2011年05月24日

続 Omaha の鉄道公園

Big Boy and DDA40x この公園はUPの経営者であったKenefick 氏の功績を讃えて作られた。現在のUPの盤石の基盤は彼によって作られたと言ってよい。



06640662 I-80を見降ろす丘の上にあり、東から見ると2台の巨大機関車がせり出していて、かなりの迫力だ。Google Earthでは古い写真しかないのでその位置を知ることができない。しかしStreet Viewにするとピンボケだが、その様子がわかる。

 行った日は日差しがない、とても寒い日であった。14mmレンズを用いて、引きのない場所でも十分に全体を収めることができた。画角114度の超広角レンズである。

06660677 Big Boy はもともとCheyenneにあったものだ。
 
 のちにオマハの旧Kenefick公園に移動して、10年ほどが経った。その公園は新しいコンヴェンション・センタとなるので新たな移動先を作らねばならなかった。I-80を見降ろす丘が適地ということになり、それを超大型トレーラに載せて、運んできた。よくもこんな足もとの悪い丘の上で吊り上げられたものだと感心する。この機関車は将来走行することがあっても良いように、全般検査を終えてから保存されたので整備状態は良い。タイヤも減っていない。しかしもう二度と走ることはないだろう。
 オイルポンプの駆動チェーンが外れているのは残念だ。このチェーンは意外に太い。一部の本には自転車用と書いてあるが、それは間違いである。

0704 DDA40Xもクレーンで吊り上げた様子がこのサイトにある。




Big Boy and DDA40X at Omaha Station 上の衛星写真中、”Big Boy and DDA40X”とある部分を拡大すると、このような光景がある。この写真はやや古い写真であり、公園ができるまでここで待機していたことを伺わせる。

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コメント一覧

1. Posted by Empire Builder   2011年05月27日 10:19
昨日は22日の記事にコメントしましたが、こちらのほうがふさわしいと思いこちらでコメントします。

私がオマハに行ったのは80年代後半です。オマハには数回行きました。記憶は定かではありませんが、土台と線路だけできていて、周りはただの空き地でした。まだ設置したばかりでこれから周りの整備にかかるといった風情でした。土台自体はしっかりしていて仮においてあるという感じではありませんでした。

場所は上の地図の左上にある空港に向かうAbbot Dr.のDr.の字の右にある公園を示す木のマークあたりと思います。この公園もKenefick Parkとなっていますので多分間違いないと思います。

何らかの理由でそこから少し南に移動してその後現在地に落ち着いたのではないでしょうか。

2. Posted by dda40x   2011年05月27日 20:50
 詳しい情報をありがとうございます。調べましたところ、そのKenefick Parkはコンヴェンション・センタにし、そこに2台の機関車を飾るつもりで、オマハの旧駅にとりあえず移動させたようです。その後、コンヴェンション・センタの計画はポシャりました。

 先回の記事は少々手直しをしました。

 この機関車のタイヤは新品で整備したままであったことがわかります。デンヴァのはひどく擦り減っています。
3. Posted by northerns484   2011年05月28日 08:34
ご参考までに、このBibgoyとdda40xとの移動の様子を記録した一連の写真が、

http://sbiii.com/roadld-4.html

にまとめられています(少し下にスクロールすれば出てきます)。

これらの写真は、以前Union Pacific Historical Society(UPHS)のページにあったと記憶しており、事実上記ページにも写真のCopyrightはUPHSにあると書かれています。あるいは、このページにへリンクが張られていただけなのかもしれませんが、いずれにしてもUPHSのホームページからは見つけられず、探し出すのに少々手間がかかりました。
4. Posted by Empire Builder   2011年05月28日 13:56
お調べいただきありがとうございます。機関車だけポツンと置いてあった理由がわかりました。空港の近くでコンベンションセンターにはいい立地ですね。展示自体は2台の機関車は現在のような位置関係でおいてありました。関節機は大きくてなかなか全体を一目で眺められるような場所がありませんが、2台とも全体をゆっくりと眺めることができました。バカチョンカメラで写したはずですが、整理が悪くみつけることはができません。当時はアメリカ型の知識がほとんどなくオマハとUNION PACIFICの関係すら知りませんでした。まったくの偶然の邂逅でした。何とかもう一度見に行きたいものです。
5. Posted by dda40x   2011年05月28日 14:46
この写真を探していました。以前ある掲示板で話題に出して以来行くえ不明でした。ありがとうございます。
 Kenefick Parkが二つあったということには驚きました。オマハの旧ユニオン駅は現在は博物館になっており、その裏に置いてある写真はよく見ます。その後、少し離れたところで周りを有刺鉄線で囲って数年間置いてあったようですね。
6. Posted by northerns484   2011年07月16日 23:16
> この公園はUPの経営者であったKenefick 氏の功績を讃えて作られた。
> 現在のUPの盤石の基盤は彼によって作られたと言ってよい。

2011年7月15日付のUPのプレスリリースに、Kenefick氏がお亡くなりになったということが記されています(享年90)。

http://www.uprr.com/newsinfo/releases/human_resources/2011/0715_kenefick.shtml

生涯を通じて鉄道マンであったということが書かれており、Engineerの帽子をかぶって、UP8444(FEF-3)のキャブで誇らしげにしているKenefick氏の写真が印象的です。
また、他社の併合など、先見性を持った積極経営をされたということも書かれています。一つの鉄道会社の枠にとらわれることなく、米国全体で鉄道/物流がいかにあるべきかを考えて経営した人だったのではないか、などということを感じました。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

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