2011年04月08日

続々々々 またまたFeather River Route

 Western Pacific鉄道は、Reno の町にも連絡路を持っていた。
道筋は栗生氏の御紹介のこの地図を御覧になればよくお分かりであろう。

 ウェスタンパシフィックの本線は、リノの街の北方約30kmほどのところを通過しているので、何とかしてリノへの道筋をつける必要があった。距離は近いが標高差がかなりあり、それをつなぐのは結構難しいことであった。というのはリノから約10kmほどのところに峠があり、その標高差は250mほどである単純に考えて2.5%であるから、そのままでは困る。Google Earthでリノを探し出して北に向かう線路を探し出されると良い。半径160m位の急カーヴで右に左にとうねる線路が見つかるだろう。180度カーヴどころではなく210度を超えるものもある。このようにしてかなりの距離を稼ぎ、峠を越える。
 途中の工場まではリノから貨物列車が走っている。

 こうしてReno Junctionまでつながっている。この線は現在は使われていないようだ。枕木の間に背の高い雑草がたくさん生えていた。このジャンクションはデルタ線になっているが現在は東西方向の本線だけしか機能していない。この写真はグーグルアースの中にあるのをリンクしている。東を向いて撮っている。

 Reno Junctionの西にはPortolaの町がある。この町はWestern Pacific鉄道とともに生まれた町で、西部によくあるMagic Cityと呼ばれるもののひとつである。もとはゴールド・ラッシュの時の宿場とは言えない程度の集落であったが、水があったので鉄道開通により機関区ができ、町を形成した。雨後の筍のように急速に形成された町をこのように呼ぶ。 

縮小IMG_3624 ポ−トラの街には鉄道博物館があり、それを見たかったが、冬季は閉鎖中であった。金網にへばりついて内部の写真を撮っていたら、たまたま通りかかったポリスカーにつかまって、「ここは鉄道用地だ、ただちに退去せよ。」と警告を受けた。
「日本からこの博物館を見に来たのだ。中に入れないからここから写真を撮っている。」と言い訳をしたが、「直ちに出ないと逮捕する。」と脅されて渋々その場を去ることにした。
 
 

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