2011年01月15日

続々 危険信号

 この番組は長く続いたので、高橋氏にとっては、それが部品の耐久力試験の場であったと述懐する。
 電圧をセットして、スナップ・スイッチでパチンと電源を投入すると動くようにしていたのだが、そのスイッチはすぐに壊れてしまった。意外に寿命が短いものであることが分かったのだ。

 次はロータリースイッチにしたが、これも壊れた。最終的には肉が厚いナイフスイッチにしたらしい。

 当時はあちこちの地方都市に開局記念番組として出張した。人気番組であったから引っ張り凧だったらしい。
 地方都市にとっては、NHKの放送局が出来るということは大変重大なことであって、番組放映後の打ち上げは、今では想像出来ないほど豪勢なものであったそうだ。市長、警察署長、消防署長…という御歴々がずらりと並ぶ大パーティであった。この番組を支えるのは楽しかったけど、とても疲れたそうである。

 高橋氏は、カツミの現社長を毎日品川のM学園の幼稚園まで送っていったという。当時は家内工業的な企業であった。そして高橋氏はカツミ模型店を支える大きな柱であった。このころからアメリカとの交渉に当たり、年に何回も渡米して打ち合わせをした。おそらく当時のわが国の鉄道模型業界ではもっとも訪米回数が多い方であろうと思われる。英語が非常に堪能な方である。
 


[追記]
 ナイフスイッチは1回しか使用しなかったということだ。
 視聴者から、電車の速度が速い回と遅い回があって、不公平だと指摘されたのだそうだ。それで変圧器の1次側に3Aのスライダックを入れたところ、スイッチが要らなくなったのだそうだ。今までは変圧器の出力が2V刻みであったが、無段変速になって具合が良かったのだ。

 風船を載せる台のあとに金網で作ったトンネル風のものがあったことをご記憶の方もあるだろう。風船が割れるとゴムの切れ端が飛んでレイル上に落ちる。それを列車が巻きこんでしまうことが立て続けにあったそうだ。インサイドギヤに巻き込まれると外すのに苦労する。
 それで、風船のゴムが落ちないようにトンネルを作ったところ、列車が見えないと言う苦情が来て、それでは透けて見える金網にしようということになった。大道具を作る人がすぐ作ってくれたそうで、それ以降全く問題なく運営された。
 この金網は、出演者が走って戻るときに列車を壊さないためだと思っていたが、全く別の理由であったのは大発見であった。                           
                                  1/31/2014記

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