2011年01月13日

続 危険信号

 高橋氏の話は続く。
 この番組の出場者は関東地方からの応募者で、与えられた課題を風船を割らずに完成すると賞金が3000円もらえたそうである。高橋氏への謝金は1回500円であったが、プロデューサに着服されたことがあったそうだ。それを避けるために、一月ごとにまとめてもらえるようにしてもらったなどの、生臭い話もあった。

 はじめはマイクロフォンが有線であって問題がなかったが、ワイヤレスに切り替わった途端、線路上の微細なスパークを拾うようになり、毎回線路磨きに追われた。しかしいくら磨いてもそのパチパチ音が消えなかった。

 当時のワイヤレス受信機は真空管式で、2時間前から予熱してスタンバイしていたそうである。そのとき高橋氏がレイルを磨かずに走らせたところ、全く音がしないことに気がついた。レイル面に、むき出しのウォーム・ギヤから飛び散った油がついたままで走らせていたのである。
 彼は油がスパークを防ぐことに気が付き、油を全面にうすく塗布することにしたのだそうだ。その後スパークからは完全に解放されたそうだ。これは戦後すぐのMRに載っていた"Oiled Track"そのものである。牽引力を稼ぐ必要がない電車列車には良い方法であろう。
 ブラスの車輪と銅のレイルであるから、表面に薄い酸化被膜が出来やすいので油膜でそれを防ぐというわけである。これは今でもかなりの人に支持されている。DCCの時代になり、スパークでデコーダの設定が狂うのを避けるためである。Clipper Oil(バリカンの油)を模型店で売っている。筆者の実験ではミシン油でも十分である。筆者は牽引力を大切にするために決して使わない。

 車輌の故障はほとんどなかったが、参加者が壊すことはほとんど毎回のようにあった。修理道具と交換部品はいつも持っていたそうだ。

 一度、芸能人大会で、若の花が参加したとき、電車をつかんで投げ落としたことがあった。このときはひどいダメージを受けてしまい、「もう相撲取りは出さない。」ということになったのだそうな。その場面は筆者の記憶にもある。

 司会は木島則夫アナウンサであった。



[追記]
 レイルは銅の引抜きであったそうだ。筆者も持っているが、一時期はそれが人気商品であったそうだ。電気伝導性が良く、大電流が常識の時代には電圧降下を抑えるにはそれがベストの方法であった。
                                   1/30/2014 記 

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コメント一覧

1. Posted by 01175   2011年01月17日 15:37
木島則夫氏は旧制中学で亡父の先輩でした。わたしも、この番組を見ていて亡父から、その話を聞きました。地元の、この旧制中学・高校はノーベル物理学賞受賞者、内閣総理大臣、オリンピックの金メダル受賞者、統合幕僚長、日本医師会長、国税庁長官、はては、日本を実際に仕切っているとまでいわれている巨大広告代理店の社長などを輩出し、OBの栄達の度合いと多様性で突出していますが、ながびく外国による占領状態のせいか民度が劣化したようで、最近は東大に進学できるものがいない年もあります。

当地は強制疎開のあとの闇市でスイトンやドブロクとならんで鉄道模型が売られていたというくらい鉄道模型もさかんな土地柄だったようで、人口が20万程度の段階で鉄道模型を扱う店が6〜7店舗もありました。しかし、40万を越えた現在では1店舗もありません。鉄道模型店の存在というのは、なにかのバロメーターになっているような気もします。



2. Posted by dda40x   2011年01月17日 20:43
 私の友人にもその高校出身者がいて、話を聞いたことがありますよ。

 高校のレベルが落ちているのは、センター試験開始以降の教員を目指す層の劣化が主原因と見ています。優秀な素質のある人間が教師にならなくなったのです。
 では誰がなっているか…ということはあまり話題にしたくない現実です。
  
  

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