2010年10月25日

Feather River Route を走る

 シアトルでのChooch訪問の後はレンタカーで南に向かった。

Western Pacific RR circa 1930 Western Pacific鉄道という会社があった。大陸横断鉄道としてCentral Pacific(のちのSouthern Pacific)鉄道とUnion Pacific鉄道が機能していたが、サクラメントとリノの間のDonner Passの急勾配は大きな障碍であった。1910年代、ソルトレークから西に湿地帯を抜け、Southern Pacificと並行しつつ、より低い峠を越える別線の建設が始まった。
 当時、太平洋側に抜けるルートは、事実上Union Pacific と Central Pacificの独占であり、Western Pacific鉄道が完成すれば、競合路線としての価値は高い。

Feather River Route シエラネバダ山脈を越える峠の数は少ない。Donner Passは標高2200mであるが、その北側約70kmにあるFeather Riverを分け入った峠はそれよりも610m低い。また、必要なトンネルの総延長も少ないことが分かった。しかし、川沿いのルートで、谷の向こうとこちらを縫うように線路を敷かねばならないから、高度の技術を駆使した橋梁建設が必要であった。

 多額の資金を費やしてWestern Pacific RRは完成したが、その財政基盤は脆弱であり、第二次世界大戦が始まるまでは、借金の返済に苦しまねばならなかった。
 戦中は膨大な貨物列車の需要が生じ、それを満たすために大急ぎでCTCを完備した。
 後には、大きな車輌限界が必要なダブルスタックのコンテナ運搬貨車を通すことができて、SPより有利であったが、1983年にUPに吸収合併されてしまった。そして1996年にはWPの長年のライヴァルであったSPもまたUPに買収されてしまい、シエラネバダ越えはUPの独占となった。

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