2010年08月06日

Mike Hill氏を訪ねて その1

IMG_0940 Mike Hill氏を御存じの方は日本にはあまり居ないと思われる。アメリカの古い鉄道模型人でこの方を知らない人はほとんどいない。OゲージのみならずHOの世界に於いてもである。
 アメリカで最も成功した模型店経営者の一人である。模型店経営を目指す人は、この人の模型店を模範とする。
 ただ規模が大きい店はいくらでもある。品ぞろえの方向性、店員の質、コレクタが相談する価値のある知識が彼にはあった。
 
 筆者が最初に訪ねたのは1976年である。シカゴの北西方面に向かう、まさにシカゴ・アンド・ノースウェスタン鉄道のParkridge駅の前にあった。小さな店で間口は5m位、奥行きは15メートルくらいであった。当時見たこともないブラス製の機関車がたくさん置いてあった。値段は高く、貧乏学生にはとても手が届かないものばかりであった。

 客が少なく、店主のマイクはいろいろなことを教えてくれた。ほとんどが日本製であること。良くできているが走りは完全ではないこと。走行装置を改良するのを専門にする人たちが居ること。ディテール・アップをするためのロストワックスを作る人たちがいること。カスタム・ペインタと呼ばれる人たちが居て、それでも飯が食えることを教えてくれた。
 夜に来れば近くのレイアウトを見せてくれるように頼んで上げようということになって、名前は忘れたが、その日はかなりのお年の方のレイアウトを見せてもらった。

 その日以来、Mike Hillの名は筆者の脳裡に深く刻まれた。その後シカゴに行けば必ず寄るようにしていたが、如何せんシカゴと縁の無い場所に住んでしまって、5年、10年に一度しかお会いするチャンスがなかった。 

 それでもたまに会うと覚えていてくれて、例の3条ウォームギヤのことや、ボールベアリングの入った台車のことなど話題に出してくれた。
 日本にも、走りの改良に熱心な人間が居るということを覚えていてくれたのは嬉しかった。

 その後パークリッジの駅の反対側の間口40m位の大きな店を構えるようになった。3年ほど前、引退して店は売却した。しかし、Hill's Hobby Shopという名前は受け継がれている。
 その住所をGPSに入れてたどり着いたのは、昔とは似ても似つかぬ店で訪ねたことを後悔した。行く価値は全くない。ご本人も「あの店のことは忘れろ。」とおっしゃる。

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by ワークスK   2010年08月06日 23:33
記録を紐解いてみたら、1996年から2004年まで、10両を購入していました。もちろん通販です。USH製PRRのK4sに"correct boiler"とあって、思わず手が出てしまいました。総じて少し高めだったのですが、塗装を含めて完璧に整備された状態で送られてきた印象があります。
2. Posted by dda40x   2010年08月07日 00:11
 USHのK4のボイラがおかしいのは有名で、そのあたりの経緯については簡単には説明できません。祖父江氏も悩んでいたのですが、USHからそのまま行けという指示があったのだそうです。USHのケマルヤン氏はPRRの機関車など、どうでも良かったのでしょう。ずっと後に、祖父江氏は正しいボイラの機関車を作りました。これは例のBig Boyより出来が良いという評価もあります。
 さて、ヒル氏は知り合いのカスタムビルダに頼んで6台だったかのボイラを載せ替えました。内側から見るとその部分だけ色が違います。
3. Posted by vonutz   2010年08月07日 12:44
Hillさんはお元気そうですね。ある時から店の品揃えが全く違うものになっていたので何かがあったのかなと心配していました。
日本にいる走りの改良に熱心な人-祖父江さんについては強い関心を示していました。訪問した折は、アメリカに居る走りの改良に熱心なKlein Schmitd氏の工作室に案内されてしまいました。Hillさんには専属のペインターBernie Beddy氏がいて何台か塗装を依頼したことがあります。
写真はMikeの自室でしょうか?スクラッチビルドされたC&NWのHがありました。自室に招かれるのは異国の住人だけと聞いたことがあります。泥棒に入られないようにとのことでした。

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
Recent Comments
Archives
Recent TrackBacks
Categories
  • ライブドアブログ