2009年12月09日

続 SP5000

 以前、ある日本の書籍にSP5000は「最も成功した三気筒機関車」と紹介してあったが、それは正しくない。最も成功した三気筒機関車は、UP9000 4-12-2である。輌数で約2倍であるし、走行距離はけた違いに大きい。また動輪径も大きい。
 
 UP9000は原型を保って使用されたのは少ないが、SP5000は最後まで原型通りで使用された。SP5000はUP8000とほとんど同様である。実はそのUP8000はある程度出来ている。いずれお目にかける日が来るだろう。

 UP8000は10台しかなかった。しかも、面倒なメンテナンスを嫌って二気筒に改造され、5090という番号になった。それもなかなかよい恰好であるが、UP8000の無骨な形が好きである。三気筒の期間は短い。
 三気筒機関車は、動輪一回転の内のトルク変動が小さく、牽き出し時のスリップが少ない。すなわち勾配線区で好んで使われた機種である。

 グレズリ・ヴァルヴというリンク機構で中央シリンダのヴァルヴが駆動される。極めてうまい着想であるが、現実にはこのリンクの軸受はよくすり減り、ヴァルヴ・イヴェント(日本語ではタイミング)がずれて事故のもとになった。
 国鉄のC53はこの駆動レヴァに軽め穴を空けたので、剛性不足で余計にダメになったという説もある。この部分は剛性が最も必要とされる部分であるらしい。

 4-10-2と言う軸配置はSouthern Pacificと呼ばれている。UPではOverlandと呼んで対抗していた。
 4-10-2の改良型として4-12-2が作られ、Union Pacificと呼ばれるようになった。

 1970年代にカリフォルニア州パモウナの競馬場でSP5000とUP9000を同時に見た。SP5000は軽快であった。UP9000は、ただただ大きく感じた。
 いつの日かこのUP9000をスクラッチで作ってやろうと思っていたら、韓国製が出てしまった。2台持っている。片方は改造してBold Faceの、のっぺりした物を作ろうと思う。UP8000はさすがにどこも出していないはずだ。

 筆者の個人的な意見としては、祖父江欣平氏が存命のうちに、特製品でUP9000を作って欲しかった。そのつもりでかなりの量の資料を確保していた。吉岡精一氏にお願いして、半径1800个竜泪ーヴを回す時の計算まで準備していたのだが。

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