2009年05月23日

続 タミヤのオープンハウス

Tamiya Collection 3 その青年は、ヒノキ棒を組み合わせた線路をキットから作ったが、線路幅が32个任△襪里呂かしいと、23.5mmゲージにした。当時、金属製の線路は高級品であった。車輪も木製であった。
 彼は、「どうしてOゲージは32个覆里。近鉄なら正しいが国鉄は狭いのに。」と言った。当時は、伊勢湾台風直後で、近鉄名古屋線が標準軌化されたばかりのときであった。

 三重県に入ってすぐの駅、桑名には標準軌、国鉄、三重交通北勢線の3種のゲージが並んでいて壮観であった。ものさしを持って行って測った。挙動不審だったらしく、補導されそうになった。

 1/45で計算すると確かに標準軌は32个砲覆襪、国鉄は23.5mm、北勢線は17mmになる。その青年はこれらの3種のゲージを揃えた模型を作ろうと言っていたが、父君が亡くなったそうで、故郷の福島に帰ってしまい、その後の消息は知らない。

 高校生の時、北勢線の模型は作ったが、16.5mmゲージにした。すべての寸法を、巻尺で計って図面を起こして作った。まだ大事に保管してある。 

 写真の蒸気機関車は欲しくてたまらなかったが、頼んで箱の中を見せてもらってがっくりきた。ロッドも何もないおもちゃであった。
 
 田宮の木製B凸電は好ましいスタイルだ。プロトタイプはどこの会社だろう。ほだか号と書いてある。
 これは近くの洋品屋の主人が買って、精密に作った。下廻りを捨てて、台車はブラス製のD21だったかを付けた。動力を入れ、走るようにしてあった。色が良く本物みたいだと思った。ずいぶん長くその洋品店のショウ・ウィンドウに飾ってあったが、いつの間にか、夜逃げしてしまった。

 下の段に写っているスターリン戦車を作った。ナイフと紙ヤスリで整形して箱絵そっくりにした。キットのままでは、全く違う形にしかならなかったからだ。初めてラッカ・サーフェサを塗って研いだ。表面がつるつるになって美しかった。ディカルはない時代だったので手で書いた。

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
Recent Comments
Archives
Recent TrackBacks
Categories
  • ライブドアブログ