2009年01月19日

続 Buying Brass Models by Weight

 どうしようもない屑は、すぐ売って始末した。そして新しいダンボール箱をいくつか用意した。何があるか、ある程度の分別を始めた。この時点で約 90 kgまで量が減っている。

 Tankerが約120輌、Gondola(無蓋車)が20輌分ほど、Open Hopperが30輌程、Boxcarが数輌、Flatcarが10輌ほど、 Cabooseが10輌分ほど、その他数十輌分あった。

 安達製作所はMax Gray向けの貨車を40種程輸出したので、その部品が残っていたのだ。

 必要なことは、完成見本または写真を手に入れることである。手持ちの部品と照らし合わせて、何がどうなるのかを調べた。
 この作業は数ヶ月掛かった。あたかも考古学者が化石を発掘し、全体を復元する作業の様であった。
 
 足りない部品が少ないものから組み始める。タンク車はすぐに10輌くらい出来た。完成見本にいくつかのヴァリエイションを持たせて世界で一台のものを作った。

 その頃、神戸の故魚田真一郎氏と知り合った。彼はこの宝の山の価値をたちまち認識した。
 「こないにたくさん、どうしますねん。ボクも手伝いますわ。」とうまく丸め込まれ、一部を売却した。震災でつぶれてしまうことが分かっていれば、手放すことはなかっただろう。

 ともかく、これが長年の間に組立てられて、当鉄道の貨車を構成している。この時代のブラスの貨車を、これほどの数 保有している人は世界的に見てもまれらしい。我が家を訪れるアメリカ人は、皆 驚嘆する。

 親しい友達がアメリカから来訪したときには、世界で一台の特製品にサインしてプレゼントすると大喜びする。 

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