2008年02月23日

Lorell Joiner氏のこと その2

 自宅敷地内に90坪の別棟を建て、レイアウトはその中にあった。工作室、資料室があり、真夏なのに寒いほどの空調であった。さらに別棟に倉庫があり、古今東西のすべてのブラス・モデルが山と積んであった。

 Joiner氏は電気技術者でもあったが、建築業界では有名人であった。また、不動産事業でも成功した方であった。アメリカの競馬界で5本の指に入る、という名馬も所有していた。彼の姉はかなり有名なピアニストで、カワイのピアノは最高だと言っていた。その方のお宅にもお邪魔したが、自家用ジェット機もヘリコプタもお持ちであった。テキサスの典型的な豪邸であった。食堂には銀器がずらりと並んでいて、それを磨く人を雇っていた。各部屋には名画もたくさんあった。昔は牧場を経営していたのだろうが、今は石油が出るらしい。映画ジャイアンツを地で行くような話であった。

 Joiner氏は祖父江欣平氏がMax Gray,US Hobbiesの大半の製品を製造して、それがKTMブランドで輸出されていたことに驚き、「アメリカに引っ越して来い。工場を建ててやる。」と言った。
 祖父江氏が、工具を全部持ってこなければ仕事が出来ないし、食事の問題もある。無理です。」と答えると、「全部もって来い。日本食のコックを雇おう。」とまで言ってくれたが、結局のところ、この話は流れた。もし実現していたら、アメリカの模型界はどうなったであろうか、興味深い。

Great Southern GP-7 Cockham Drive installed その後、e-bayで、Joiner氏のコレクションが売りに出されるようになった。氏のコレクションはすべてGreat Southernというロゴが入っていて、すぐ分かる。Oゲージの雑誌に、Joiner氏の広告が載ったのはそのしばらくあとである。

 「私はGreat Southernの所有者であるが、健康上の問題があり、すべてを処分したい。レイアウト、車両すべてを一括して売却する。個別の売却には応じられない。」というものであった。彼は重度の糖尿病であったそうだ。

 それから一年、悲劇的な最後であった。彼は失明し、頭を銃で撃ち抜いて自殺したのだ。


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