2007年07月04日

第7線区

 Rawlins から Green Riverまでの線区は、1913年に父が最初に雇われた線区である。また、私が1941年にこの鉄道で働き始めた線区でもある。そして、ローリンズ以西の線区は今でもそう呼ばれている。 

 それはUnion Pacific鉄道が、1869年にこの地に線路を敷いた時のままであろう。しかし、純粋な歴史家は、ユタ州で東西の線路が結ばれたのが1869年だから、ワイオミングを通過したのは1868年だろうと言うかも知れない。
 
 そんな昔のことはどうでも良いが、考えてみれば当時の人たちがグリーンリヴァーのような西部の果てにまで行こうと思ったとはとても考えがたい。

 私の父の時代は、手で石炭を投げ込んでいた。しかも勤務時間は平均12時間である。現在(1987年当時)私の平均乗務時間は3時間くらいのものだ。2時間で終わるものもある。

 客車の乗務員はグリーンリヴァーを越えて、ソルトレーク市やオグデンまで行った。また、アイダホ州のポカテロまでという乗務もあった。これらの乗務距離は350マイル以上もある。ローリンズの機関士は、グリーンリヴァーまでの132マイルであった。

 多分これはそのうち変わるであろうと思われる。しかし鉄道の中の取決めというものは、変わる速度が遅い。UPは、乗務時間を長くしようとしていたが、最近はその気持ちが弱くなってきたようだ。

 鉄道ファンは皆良く知っているように、機関士と乗務員の最長勤務時間は12時間である。これは、国の法律の規定による。1907年には16時間だったが、10年以上前に12時間になった。 

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