2007年02月03日

Student Fireman

 汽車がまともに走らないのは、罐焚きの責任であるというのは間違いがない。へたくそと乗務すると、乗務ごとに頭痛の種が増える。機関士席に座っていても、リラックスできない。駄目なときにはますます悪いことが重なる。うまく行っていても、信号や列車指令からの指示は悪い方にいく。

 また、全てうまく行っているときでも、前方の列車にはトラブルが起きて、立ち往生している。それは別の間抜けな罐焚きのせいだ。蒸気機関車の時代は全てこのような調子だった。懐かしい風景ではある。

 投炭技術についてだが、鉄道会社はもう少し丁寧に罐焚きを養成すべきであった。新米の罐焚きはたった7往復の乗務訓練を受けるだけで十分とされていた。誰が7往復でコツをつかめるものか。もちろんどこにどんなヴァルヴ(弁)があるのかも憶えなければならないのだ。

 養成期間を終えたばかりのStudent Fireman(新米罐焚き)と組んだときは大変である。ヴァルヴの位置どころか、その機能も知らない。機関士が二人分働かなければならない。罐焚きが問題を起こさないよう、事前に「このヴァルヴを開け」とか「あれを閉めろ」と指示するのだ。

 新米罐焚きと組む機関士は十分に寛容でなければならない。よく教えておいて、手助けをしないでもなんとかなるようにしておかないと家に帰れない。機関士は、自分が見習いであった頃を覚えている。問題点はいくつかあるのだから、そこさえ解決すればよいのだ。

 しかし、新米につらく当たる機関士もいた。そうすると、ますます機関車の調子が悪くなって家に帰れなくなる、ということに気がついても良いのに。

トラックバックURL

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
Recent Comments
Archives
Recent TrackBacks
Categories
  • ライブドアブログ