2023年08月

2023年08月31日

摩擦の少なさ

 見学者の中には博士号を持つ者も何人か居たので、摩擦についてわいわいと議論があった。最初はボールベアリングだろうという話だったが、「こんな大きさではボールベアリングの効果よりも、中のグリースの抵抗のほうが大きいよ。」と言うのが居て、ピヴォット軸受に違いないという結論が出た。さすがに優秀である。
 しかし、そんな細いものでは壊れやすいし、寿命が短いという意見が出た。そこで、台車を分解して車輪を外したものを見せた。
 POMまたはナイロンの円錐軸受で、ステンレスのピヴォット・コーンを承けるというやり方には、全員が驚いた。軸重が 100 gw以下すなわち、1箇所あたり 50 gw以下では何の問題もなく30年も走っているというと、絶句した。

 どうやってその結論に到達したのか、という質問があった。
「いや、僕が見つけたわけではないよ。アメリカの Athearnという模型屋がこの台車枠に、普通鋼のピヴォット軸を使っていたが、錆び易かった。先端が錆びてしまうと、鉄の酸化物は研磨剤だから、擦り減ってしまう。錆びない材料に置き換えたら、長持ちする筈だと考えただけさ。それと少量のモリブデン・グリースによる潤滑だね。」と答えた。 

 先輪がなぜ動輪より小さいのかという質問をすると、幾何学的なことだから、みな夢中になって考えていた。そういうところは高校時代と同じだ。 よくできる奴らが集中したクラスだった。 

2023年08月29日

続 見学会

 貨物列車の運転は滞りなく行われた。その前にカブースを手で押した。その動きが100輌以上前の機関車に伝わって押されたのを見て、歓声を上げた。これはインパクトのあるデモンストレイションである。
 出発して坂を登る時、動輪が少しスリップして前後のエンジンの音がずれるのを面白がった。貨車10輌ごとに少し毛色の変わった貨車をつないで数えやすくしてある工夫を面白がる人もいた。貨物列車全体の質量が40 kgと知り、摩擦の少なさには驚いた。
 しかし、「さて、何輌つないでいましたか。」と聞くと、下は60輌、上は120輌とでたらめであったのは面白い。他のことに眼が行って、数えられなくなるそうだ。子供はそういう傾向が強い。

 特急列車 San Francisco Overlandの運転は大変感動的であるそうだ。発車して加速するが、登り坂になるといささか苦しくなる。登り切ると巡航速度になり、下りになると100マイル/時を超える速度で滑り降りる。それは手に汗を握る興奮だそうだ。下りの動画を撮った。

 FEF4の慣性増大装置の演技では、少々工夫して、手廻し発電機を用意した。廻すと発電されたエネルギィが徐々にテンダに注入されるのが分かるのだ。動き始めたら手を止めても、そのまま走って行く。軽く逆回転させると動輪がロックした状態で滑って行くが、さらに廻すと逆回転する。これは大人気で、やらせてみると興奮した。
 次に、テンダだけを外して本線上に置いた。手で押すと走って行き、そのまま斜面を登るのには驚いたようだ。数メートル登って、ゆっくり降りて来た。何人かは、
「本物のようだ!」と言った。我々は本物を見た世代であった。  

2023年08月27日

見学会

 最近見学者が急に増えている。一般公開はしていないので、クラブ内の方が多い。ところが先日、高校の同窓会があり、その直前に申し出があって、
「有志だけで見たい。10人入れてくれ。」と言う。

 快諾したものの、中には、
「何かわからないけど、とにかく面白そうだから見たい。」という女性も居たから多少は心配した。3台の車に分乗して来てくれた。事前に、写真撮影は自由だが、GPSだけは切ってくれと頼んでおいた。公開前だから、その写真がどこかに転送されて位置が特定されてしまうと対応が面倒だからだ。

 当初は高さ 330 mmの透明なバリアを付ける予定だったが、お行儀の良い方しか来なければ、無い方が良いとの結論になった。すなわち、絶対に手を出さないということを確約させた。

 事前にリクエストがあって、100余輌の貨物列車、FEFの牽く特急列車、それとFEF4の単機運転でのスリップを用意した。スリップさせるための線路をヤードの貨車などを片付けて用意した。

 最初に祖父江氏、土屋氏、内野氏の話をしてから、運転に入った。 

2023年08月25日

貫名氏の報告

 JAMが終了し、その報告を戴いた。

 このブログの読者は、興味深く観察されたそうだ。現物を見るのは初めての方も多かったようだ。運転の滑らかさ、直接手で押して動くその軽さには、どなたも驚かれたそうである。
 数人の方はギヤセット(ギヤボックス付き)を欲しいと注文されたようだ。ある程度の腕のある方は、マニュアルさえあれば換装は可能である。ただし、リーマを持っていないと難しい。
 
 現在開発中のより薄いギヤボックスができれば、さらに応用例が増えるであろう。筆者はHOを触ったことがないので、勘所が分からず、購入者からの質問にもうまくお答えできないことがあったが、今後は貫名氏が頒布してくださるそうで助かる。注文してあった薄型ギヤは納品されたので、現在ギヤボックスの制作中である。換装マニュアルを一部分書き換えねばならない。

 今までは日本製の模型を換装することを考えていたが、韓国製機関車の換装は思わぬ障壁があるそうだ。動輪軸断面が真円でないものがあるという。そうなると、ボールベアリングが入らないこともある。
 模型といえども、まともな工業製品である磨棒鋼を使用してあるものと、そうでないものの差は大きい。正しい磨棒鋼が手に入る国に生まれたことを感謝したい。

2023年08月23日

続々々 山川 眞氏の死去

connecting DC 山川氏のレイアウトは畳の部屋に敷いてある。離れの12畳、8畳、廊下、納戸を経由して戻ってくる。側線は数本あり、客車列車が置いてある。電源は古いバッテリィ充電器とスライダックを組み合わせたもので、逆転スウィッチは露出型の大きなナイフ・スウィッチであった。
 
 あるとき、内部で断線したらしく、助けを求めていらした。手元にあった直流安定化電源(0volts が出るように改良済)を進呈すると、大変喜ばれた。

 この簡易レイアウトは床面にあるので、寝転がって鑑賞する。子供の頃を思い出す。なめらかな走行で、うっとりする。よその運転会場でのあのガラガラ走行とは異なる。ただ、枕木と路盤との間の緩衝材が無いので、甲高い音がするのは否めない。分岐の結線部は十分狭く、落ち込んだりしない。

 訪問すると毎回二人で寝転がって運転を鑑賞した。実に楽しい時間であった。のちに当博物館にいらしたのは、どの程度の静かさなのかを確認するためであった。 
 静かでよく走ったのでご満足を得た。3階が空いているので、そこをOJの展示室にするようお願いされた。実は、先月からそのプロジェクトが動き始めていたのだ。 

2023年08月21日

続々 山川 眞氏の死去

 山川氏は電気機関車の模型も精力的に作られた。床の間に巨大なEF58があった。1/20 の大きさであり、車内の抵抗器、継電器、空気圧縮機、ボイラなど、これでもかと作られていた。そのまま博物館に置けるような模型である。

 写真、図面などの資料はたくさん集めていらっしゃったが、それだけではこの様な模型はできない。山川氏の強さは、三次元の空間把握力である。見たものは憶えているからこそ、形ができるのだ。土屋 巌氏は輪を掛けて凄かった。デザイナとしての卓抜した能力だ。

EF58 旧車体 OJ の機関車群は全てイコライズされ、滑らかに走った。ただ、各軸に吊り掛けモータを付けていたが、モータのトルク不足でスリップが起こらないのは不満だった。そこで、筆者の6軸ディーゼル電気機関車を見せた。3軸ずつ連動させ、2モータにしたものだ。強大な引張力を期待できる現物を見せたわけだ。平歯車でなければ押しても動かないと思っていたので、3条ウォーム装荷の電気機関車を思い描くことができなかったのだ。

 山川氏は俄然やる気を出し、改装計画を立て始めた。もちろん6軸連動が一番良いが、ほとんどスリップしないので面白くない。筆者の6軸機関車の一部は、3軸ずつ独立させている。 

2023年08月19日

続 山川 眞氏の死去

 吉岡精一氏が筆者に山川氏を紹介して下さったのは35年前である。腕が良く、向上心のある方であった。後者が大切である。吉岡氏はOJの仲間の中で山川氏を最も高く評価していた。というのは、例えば見かけ上細かく作ってある台車ではあるが、中でジャーナル部が左右動しても平気な人がいる。これでは、台車が斜めになって走ってしまう。そういう模型が多い中で、山川氏の車輌にはそういうことが一切なかった。
 とにかく、よく走る車輌を作るために、最大限の努力をされる人だった。逆に言うと、そうでない人が多かったのだ。吉岡氏は細密工作自慢会のような運転会がお嫌いだったようだ。だからこそ、吉岡氏は筆者との連携を大切にされた。
 吉岡氏がOJの会合に筆者の3条ウォームの組込見本を持って行ってもほとんど評価されなかったが、山川氏だけは飛び付いて来た。その後売り出された怪しい3条ウォームの不具合で、やる気を無くされたようだった。その頃は筆者は国外に居た。

 その後再会し、筆者の機関車群を見てどうしてもやりたいと言われた。ところがそのOゲージ用ギヤボックスは大きく、OJの台枠にはとても入らない。さりとて、新たに歯車を用意するのは、少々難しかった。
 自宅に招かれ、様々な模型を見せて戴いて、尋常ならざる探究力と工作力の持ち主であることが分かったので、お手伝いしたい気持ちが強くなった。そこで、ギヤセットだけをお渡しし、ギヤボックスの図面を描いて送った。驚くべきことに、その図面通りのギヤボックスをフライス盤で削り出し、素晴らしい走りを実現された。その頃から、山川氏はOJの会合に行く頻度が減ったようだ。逆に筆者とは緊密に連絡を取り、様々な部品や資材の調達、二次加工などを引き受けた。お宅には筆者が東京に行くときに必ず寄るようにし、年に10回程度お会いした。次から次へと作品が完成した。この完成とは、動力改装工事の完了を指す。

Mr,Yamakawa's OJ gauge layout 筆者としては、OJ分野でも動力改造の希望者が増えることを願っていたが、
「それは無理。あの人達は走らせることにあまり興味がない。」
と言われてしまった。山川氏は自宅に30畳程度の運転場を持っていた。そこが根本的な違いであった。
 


2023年08月17日

山川 眞氏の死去

Makoto Yamakawa 1 山川 眞氏が亡くなった。91 歳だった。お元気だったが、急なお別れであった。凄腕のOJゲージャである。生まれつき耳が不自由であったが、美的感覚に優れ、家業の家具製造で特殊な能力を発揮された。いくつかの有名ホテルでは、今だにその家具を使い続けている。

 裕福な御家庭に育たれたので、昭和20年代の特急列車には一等から三等まで全て乗り、トイレの中まで写真を撮られたそうだ。カツミ模型店で発売になった部品には、山川氏が原型を作ったものを量産したものがたくさんあった。

Makoto Yamakwa's engine 車輪は鋳型を作って特注し、台車、床下器具は詳細な調査によって精密に作られた。客車区には日参していたそうだ。これは動く資料集と言っても過言ではない。多くの車輌を作られたが、ほとんどがスクラッチから作られている。マイフォードの旋盤を使いこなし、蒸気機関車を次から次へと作られた。板バネは作動して曲がるように作ると、静かになるということを実際に作って示された。これはOJのお仲間には理解されなかったようだ。そういう意味でも客観的な方であった。

 例の怪しい三条ウォームにはかなり投資したが、全て無駄になって、筆者のところに助けを求めて来られたのは10数年前だ。正しいウォームギヤをお渡ししたら、あまりにもよく動くので興奮して、泣いて喜んだというのは大袈裟でなく、本当である。大量に採用したいとおっしゃった。

 のちに筆者のOゲージ用のギヤを薄く削って OJ用に作り替え、新ギヤボックスを作りお渡しした。結果は素晴らしく、
「今まで何をやっていたんだ!時間と金の無駄だった!!」と、残念がられた。
 たくさんの機関車を改装し、嬉しそうに走らせていらしたのは、つい三年前である。その静かな走りには満足されていた。また、反トルクの処理を、今までほとんど誰も研究しなかったことに対する怒りはなかなか収まらなかった。

 耳が聞こえないのに静かさをどうやって知るのかは興味深い。手の平を線路に当てるのである。うるさいものと静かなものを識別する能力は凄かった。当博物館にいらして、その静かな運転を”体感”し、「驚異的な静かさだ。」
とおっしゃった。 
 運転会に参加されて、車輪が振れている模型を見ると顔をしかめ、「話にならん。」とご立腹であった。そういう模型はよくあったのだ。  


2023年08月15日

続々 高効率ギヤ搭載機関車の展示

 おそらく、貫名氏は牽かせる物を用意されているだろう。質量が大きく、低摩擦の車輌群だ。
 
 彼は筆者の言わんとすることは、すでにご存知のはずだ。HO版のLow-Dを装着した客貨車群を用意されているのだろう。
 お持ちの方は、当日会場まで持参してつなぐべきだろう。さらに大きな編成となり、面白い動きを見られる筈だ。

 先日もそれを見て興奮した人が居るが、列車の後端を押して連結器遊間を縮め、最終的に機関車を押すというのが見られるかも知れない。これは、今までは決して見ることができなかった現象である。

 I田氏は数十輌の貨車を牽いたデモ運転をしていて、動画で見ることができる。これと同じことを目の前で見ることができれば、大きな衝撃を与えるであろう。某コンテストも、評価が定まるに違いない。

【貫名氏からの連絡】
 JAM会場の「インターアーバン・ワールド」という展示だそうだ。小判型の平坦エンドレス上に高効率ギヤ装備の蒸気機関車数輌が、30輌ほどの貨車を牽いて走る。
 他に、「関西学院大学 鉄道研究会 模型班OB」の展示でも、高効率ギヤを装備した機関車6輌が客車列車を牽く様子が見られる。  

2023年08月13日

続 高効率ギヤ搭載機関車の展示

 どの様な展示になるのかは当方には全くわからない。観客が見たいものが何か、は貫名氏が考えてくれてあると思う。 
  
 重い列車をじわりと牽き出す様子、坂の途中で再起動する様子などを見せてくれると面白い。先にご指摘のあった、押して動き、前照灯が点くという場面も面白そうだ。 

 貫名氏は工学を修めた方なので、この種のメカニズムのキモは確実に押さえている。解説は正しく、観客の知りたいところを確実に見せて下さると期待している。

 今年もあの怪しいコンテストはあるのだろうか。低速、高速の話だ。負荷無しでやるのは小学生程度だと書いて、非難轟々かと思ったが、実際には「よくぞ言ってくれた。」という御意見をたくさん戴いている。やはり、分かる人は分かっているのだと安心した。

 重負荷での挙動を評価するコンテストがあれば、この歯車を装荷した機関車は、どの分野でも上位を独占するだろう。効率が高いということはそういうことなのである。 

2023年08月11日

高効率ギヤ搭載機関車の展示

 貫名氏のお話では、近々開かれるJAMの会場内で、貫名氏とお仲間の皆さんが高効率ギヤ搭載機関車の運転を披露するそうだ。場合によっては、押して動く場面を目近で見ることができるだろう。

 貫名氏達は、すでに多くの機関車を換装されている。その動きには大変満足され、このメカニズムをより多くのファンに知らせたいということである。このメカニズムの露出を増やして欲しいとお伝えしたところ、この様な事になって望外の喜びである。

 これは開発者としては身に余る光栄である。筆者自身はHOには疎く、このメカニズムの換装促進には全く寄与できない。しかし、今回それが、購入者によって行われる、というのはとても嬉しい。

 このギヤには某大手が触手を伸ばして来ていたが、結局のところ業務縮小で立ち消えとなった。もう3年ほど前に接触できれば、また異なる展開になったであろう。

 現在のギヤはギヤボックスの幅が十分狭いとは言えないので、既存の台枠に無調整で入るわけではなかった。近々、より狭いものを発表するので、換装はかなり簡単になるだろうと思われる。 

2023年08月09日

続 Low-D 再生産

 車輪の精度について無頓着な人は多い。某運転会に行った友人からこんな報告を受けた。

「30年以上前のKTMの車輪が一番精度が良い。」と頷き合っている人たちが居たそうだ。何を見てそう言ったのか知らないが、友人の弁では、
「要するに、彼らはLow-Dを見たことがないからだ。いや、見ても分からないのではないか。」と言う。

 他社製の車輪をマイクロメータで測定し、顕微鏡で挽目を見ると、その粗さには驚く。ノギスで測っても、径の違いが分かるものもある。また、軸と車輪を結びつけるネジが粗く、しかも心が出ているとは言えないから、走りは悲惨だ。またジャーナル部分は太く、半径比が小さいので回転抵抗は大きい。

 Oゲージの線路上で異常に静かな車輌群が走っていれば、気が付く人は居るはずだ。筆者が、
「OJでは少ないから、見たことが無いのじゃなかろうか。」と言うと、
「いや、あの場にはOJの線路もあり、Low-D装着の電車が走っていたよ。でも気付かなかったんだ。」ということであった。これではお手上げである。

 要するに、これは観測能力の問題である。すなわち違いが分かる人ではないわけだ。もう少し若いときに高精度な車輪を見ていれば、考え方も変わっただろうが、すでに手遅れなのだろうか。

 実はその中のお二人は会ったことがある。OJ版のLow-Dを見せたこともあり、走っているのも見ていたことを憶えている。しかし、その静かさ、動揺の無さには気付かなかった。恐れ入ったのは、別れ際に、
「サンプルを寄越せよ。テストしてやるから。」と言ったのだ。
これを聞いて、とてもお相手は出来ないと思い、早々に退散したのが5年ほど前だ。自宅に走行用の線路を持たないようでは、音の問題は観測できないだろう。その点では、吉岡氏は別格であった
 
 走らせていない人には、車輌の性能は比較できない。 

2023年08月07日

Low-D 再生産 

 しばらく供給が途絶えていたLow-D車輪を再生産している。  

 三菱のジェット機がどういうわけか離陸できなくなり、そのプロジェクトに参加していた工場が、アオリを食らって倒産した。厳密には廃業と言ったほうが正しい。要求に応じて高価な工作機械を買ったが、注文が来なくなり、仕事をやめざるを得なかったのだ。その工場の挽物の品質は最高で、ネジの精度はこの世のものとは思えないほど素晴らしかった。ネジが締まるというのはこういうことなのだ、と分かる精度である。ぎゅっと締まるようなネジはまがい物である。角度にして1度半以下の回転でコツンと締まって緩まないそういうネジを作れる機械は稀で、その廃業によってこちらはとても困った。その機械を持っている工場を探さねばならなかったからだ。

 幸いにも見つかり、交渉の末、再生産に漕ぎ着けた。ウクライナ戦争の影響はここにも出ていて、単価は6割以上、上がった。しかし新たな工夫ができ、より精密な圧入装置を用意して組立工場に渡したので、振れは完全に防げる。

 前回の製作では廃業寸前で、製品の組立てにやや問題があり、一部を廃棄する羽目になった。今回は、飛躍的に精密に組める工夫をしたので、正確なものを供給できる。

 しばらくの間、国内の供給が途絶えた間に、ヤフオクでは転売で利ザヤを稼ぐ人が何人か居たが、まもなく不可能になろう。十分な供給体制が整ったからだ。数多くの転売があったということは、すでにデファクト・スタンダードになったということである。また、その価格でも買う人が居たということは、その価値が十分に在ったという証明でもある。

2023年08月05日

続 若い見学者 

 彼は3条ウォームギヤの効率について、あまり知識がなかった。押して動く程度のものだと思っていたようだ。
 音がするようなウォームギヤはまがい物であって、存在すべきものではないことを強調した。

 現物のギヤボックスを実際に触らせて、感想を聞いた。
「これがウォームギヤとは、とても思えない」と言う。機関車がするすると押せて、前照灯が点くのにはかなり驚いたようだ。

「このギヤセットだけ分けて下さい。」と頼まれたが、それはお断りした。ギヤボックスとボールベアリングのセット、それと高精度シャフトの組でなければ売らないことにしている。そうしないと怪しいギヤボックスを作って、「動かない!、インチキ商品を売付けられた!」ということになってしまうからだ。これには過去に苦い経験がある。高名な模型人だから分かっているはずだと思ったのだが、実際にはその方は小学生程度の理解しかなかった。

 このギヤのバックラッシについて、話をした。潤滑油が通る程度しか隙間はない。モリブデングリスの塗布についても説明した。潤滑油なんてなんでも良いのだと思っている人も居るから、そこは特に注意した。完全密閉のギヤボックスが必要である。
 模型用の歯車ではなく、精密機械の歯車であることを認識してもらわねばならない。つい先日も、訳の分からない人が「歯車だけを売れ」と言って来たので、困った。この人も価格だけを見て買いたいと言ったのだ。怪しいOゲージ用のギヤも最近は高いのだそうで、何でも良いけども、安い筆者のを買いたいのだ。こういう人とは接触を避けているが、下手に断ると「あいつは独り占めしている」と言われかねない。
 
 模型人は自信過剰の人が多いようだ。今まで誰も出来なかったことを、歯車さえあれば自分にもできると思うらしい。このギヤにはかなりのノウハウが有る。全部が設計者の意図の通りに組まれれば、高性能を発揮するが、1箇所でも駄目な所があれば、性能はガタ落ちで作動しない。謙虚さが大切だと力説しておいた。


2023年08月03日

若い見学者

 若いOゲージャ S氏の来訪があった。今まで筆者の作品、動画を見たが、たくさん牽いて走るのを実際に見てみたいとのことであった。
 最近は雑事が多かったのでしばらく走らせていなかったが、無事走り、極めて滑らかな走行を見せることができた。

 120輌の貨物列車が坂を登るのは、驚いたようであった。途中で止まってから、再牽き出しが困難であるのは実感的であったという。停車中にカブースを手で押すと、その動きの波が40 m先の最先端まで達し、機関車が押されて動いたのには、「すごい!」と叫んだ。

 次にFEF3によるプルマン10輌編成の運転を見せた。
「蒸気機関車がこんなに滑らかに走るのは、HOでも見たことがない!」とのことであった。特に坂の上から、位置エネルギィを運動エネルギィに変えて下り降りる様子には、興奮したようだ。
2000 km以上走ってもこの調子だよ。」
と言うと、潤滑についての質問があった。車軸、ギヤ、モータには無注油、ロッドには10時間ごとの洗浄、注油をしていると答えた。
 ステンレスのロッドピン、ブラスのスリーヴのお陰である。全ての摺動部にはブラスの小片を摺板として当ててある。相手はラッピングしてある。   

 貨車の標準質量を 355 gと決めていることを知り、POM樹脂のピヴォット軸受を採用していることは意外だったようだ。
「本当に持つのですか?」と聞くが、
「すでに30年以上走り続けているが、何の故障も無い」と言うと驚いていた。
「先入観を持ってはいけないのですね。」と言う。その通りなのだが、今だにピヴォット軸受を忌避して、摩擦の多い軸受でキーコーと音を出しながら走らせている人は居る。  

 帰り際に、「やればできる上限を見せて戴いたので、これに追いつくようにしたい。」という決意を聞かせてもらった。 

2023年08月01日

続 機関士の手記

 この本がよく売れているようで、筆者も嬉しい。国内でも直接購入された方が何人かいらっしゃるようで、感想を聞かせて戴いた。

 本文の半分ほどは当ブログの記事と同じであるが、最後の部分は家族でなければ書けない内容で、とても興味深い。ボーイングB17に乗務し、偵察員、爆撃手を務めた。2回撃ち落とされて不時着し、レジスタンスの手引で脱出に成功、再度イギリス本土から出撃している。25回の出撃で生き残ったのだ。

 イギリスから見ると、ベルギー爆撃は川向うであってあまりにも近かった。ところがドレスデンは奥地で、敵地の上空を長く飛ばねばならなかった。損耗率が大きく、よく生きて帰って来られたと思う、と言っていた。carpet bombingという言葉をよく聞いたが、絨毯爆撃である。市民を抹殺するのが目的だ。1平方マイルに計300トンほど落とすらしい。最初は爆風で石造りの建物を壊し、2回目は焼夷弾で建物の骨組の木材に着火させる。
「俺は一体何人殺したのだ。」と彼は苦悩した。

 帰国後、復員兵に対する優遇措置で大学の学費を免除されたので、弁護士の資格も取ったが、結局は好きな機関士の道を歩んだのだ。

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