2021年12月

2021年12月30日

続々 走らないものも鉄道模型か?

 今野氏の記事中、走らないレイアウトとあったが、それが何を意味しているのかは、よく分からない。この号には無いようだ。

 当ブログで扱ったのは、北海道のレイアウトについてである。雄大な景色を作られたようだが、実物通りの列車を牽けないらしい。これは悲しい。勾配を作るときは、ある程度の計算をして、可能な範囲を掴むはずだ。そして実験をして確かめる、という手順を踏むのが普通だ。被牽引車の抵抗も当然測定してみなければならない。
 高校1年夏休み前程度の初歩の物理であり、難しいことを言っているのではない。自分でやる自信がなければ、友人に手伝ってもらうのも、恥ずかしいことではないはずだ。それをしていないということは、理解し難い。


 たかが模型といえども、物理法則はあまねく適用される。作ってみて駄目だったというのは、中学生の工作までであろう。気分だけで作るというのは避けるべきことだ。

 筆者が博物館のレイアウトを作るに当たって留意したのは、絶対に躓かない運転を確保することであった。
 過去の実験データから確実に実現できる範囲のものを作ったわけで、難しいことをしたわけではない。オペレイションを見せるディスプレイ・レイアウトであるから、走り以外考えることはなかった。

 TMSは、レイアウトの紹介については、大きなミスを犯している。それはディスプレイ・レイアウトという概念を紹介して来なかったことだ。走りを確保しないレイアウトは、存在価値がないということを周知してこなかった。シーナリィ付きのレイアウトの紹介ばかりだ。しかも最近は異常に細かく、綺麗なレイアウトの紹介ばかりである。
 音の問題動き(緩和曲線も含めて)については、ほとんど見ない。それで良いのだろうか。 

2021年12月28日

続 走らないものも鉄道模型か?

 先頃、表題の記事を発表したところ、異常に多くのアクセスが有り、少々驚いた。ほとんど誰も興味を示さないだろう、と思いながら書いた記事であったのだ。
 コメントは少なかったが、会った友人たちが「ズバリだね。もっと書くべきだよ。」と言う。

 今野氏のブログにも、引用されたようだ。今野氏は、走りにはうるさい方である。筆者は、「おそらく世界で一番、走りにうるさい人(ある友人談)」だそうで、「走らないものを載せるな」という点では、共通する認識を持っていると感じている。 
 最近の模型誌で、走りについて書いてあるのを見たことがない。しばらく前、意味が取りにくい牽引力の表があったが、編集部には物理を理解する人がいないように感じた。分かる人がいれば、もう少しまともな記事になったと思う。

TMS Jan 2122 今野氏の記事には、今月号のTMSの記事について書いてあった。筆者は田舎に住んでいるので、TMSなどの雑誌には接触するチャンスが限られている。先日所用で出掛けた折に、大きな書店に寄って求めた。機械室ドアの開くディーゼル機関車の記事があった。なるほど、このことかと読んだが、得るところは少ない。
 逆に、これを真似する人が増えるのではないかと思った。やってみると分かるが、実用性は無いし、事故が起こる。要するに壊れやすいのだ。
 ディスプレイ用に開きっ放しのものは作ったことがあるが、異なる範疇に属する話題だ。また、車輪の裏が塗っていないのは感心しない。また、除雪装置の先端はレイルに触らないように出来ているのだろうか。

 筆者は、あちこちの蓋が開くのは好きではない。完成品で開くものは、すべて固定する。塗装が剥げやすいのと、その蓋などを亡失しやすいのだ。祖父江氏が、超絶技巧の製品を出したときにも、そのことを危惧した。祖父江氏は、一度はやめると言明したが、後に絶妙な構造のバネと鎖で、蓋を拘束したものを作った。やはり蓋が開いて、内部の構造が見えると嬉しいのだろう。実は、その内部は二人でDenverの博物館で攀じ登って撮った写真が元になっているから、筆者にも多少の責任はある。Big Boyの砂撒き装置など、あまり資料はないのだから。しかし、砂箱の蓋を開けると砂が見えないというのは、奇妙なもので、あまり感動しない。
 祖父江氏は、蝶番で開くものを閉じたときに完全に面が合うように、しかも扉の作動限界が実物と同じになるように作った。ハンドルを廻せば、ちゃんとロックされる。そこは、流石であるとしか言いようがない。今回のHOの作品とは、ちょいと違う。 

2021年12月26日

続々 MOW

UP MW Hoppers これらのホッパ車は鉄鉱石用であった。鉄鉱石は密度が大きく、運べる体積が小さい。貨車の上の縁から出ないように積む事になっていた。ユタ州のプロゥヴォの鉱山で使われていたのだ。
 それに改造無しで砂利を積んでいた。砕石は安息角が大きいらしく、山盛りであった。おそらく仮の運用であったろう。後にこれらはアリゾナ州との境の鉱山会社に売り飛ばされ、もっと大きな砂利専用ホッパ車が用意された。

Atlas ore car improved ladder 右はブラス製である。他方は Atlas のプラスティック製であるが、大改造してある。ハシゴの部分を完全に切り取り、針金にしたのだ。これは、このような銀色塗装車では大きな効果を持つ。
 オリジナルは奥行きが 5 mm以上もある板状のものであった。正面から見たときの投影面積はまずまずであるが、上から見ると板が並んでいて、奇妙なものだ。黒ければ目立たないが、銀色では目立ってしまう。ステップ(厳密にはstirrupと言う)も作り直すべきであった。最近のプラスティック模型はこのような部分にも神経が行き届いているだろうが、40年以上前の模型なので、無神経さが否定できない。ある程度のブレーキ装置などを付けて、塗装した。斜めの支えは、入れ忘れた。いずれ作ってはめ込みたい。

 ブラス製の方は、これまた安達製作所製のもので、少し歪んでいたのを、バラして直した。おそらく検査でハネられたものが、巡り巡って、ここに来たのだ。亡くなった友人の遺品である。

 1960年代のブラス製品は、どんな状態であっても、修復できる。エッチングをほとんど使っていないので、板の腰があるからだ。
 直さねばならないブラス貨車はあと10輛ほどあるので、順次紹介していきたい。

 これらの貨車のディカルは、全てDr.Yに印刷して戴いた。この場を借りて感謝の意を表したい。  

2021年12月24日

続 MOW

MOW caboose このカブースは安達製作所製で、 US Hobbies に輸出されたものだ。資料が少ない時代だったので、窓配置が間違っていた。トイレ以外の窓を左右対称にしてしまったのだ。それでは非常に不自然な室内配置になるはずだが、検査に通ってしまったようだ。

 このジャンクを15年ほど前、安く手に入れた。事故車で、あちこち壊れて悲惨な状態であったが、捨て値であった。不要な窓を塞ぐのは非常に難しい。側板を直ちに捨てて、作り直すべきであった。

 窓枠を外して当て板を付け、そこにちょうど嵌まる板にリヴェットを打って、炭素棒で加熱して密着させた。コテでハンダを塗りつけた。曲がったヤスリでハンダを削り、あとは小さな板にサンドペーパを張ったもので削った。妙にリヴェットがはっきりしている辺りだ。
 何度も削ったり埋めたりしたが、完全には直らない。本物にもこの種の補修痕があるものも多いので、良しとした。この時代の製品は十分な厚みのブラス板でできていて、丈夫である。ハンダ付けも熟練した職人の手によるので、よく出来ている。後の韓国製は板が薄く、またエッチングした板を使っているので、へなへなである。バラすと歪んでしまい元に戻らない。

 ハシゴを曲げて付け、屋根上のラニングボードは、エッチングで透けたものにした。ここは目立つので、改造は必須である。
 アルミニウム・ペイントを塗り、完成である。この車輌には、珍しくACIラベルが貼ってある。これは1970年代に採用された、反射光に依る車輌認識装置である。海上コンテナにも貼られて、日本にもやってきたが、汚れに弱く、すぐに廃止になった。80年代には、すでに剥がし残しが存在するだけであった。これもその状態である。


2021年12月22日

MOW

  Maintenance of Way のことである。要するに保線用の車輌だ。クレインと共に出動し、現場に復旧用資材を運ぶ。

UP MOW1 これは、わずかの部品からスクラッチビルトされたものである。track panel 軌きょうを運ぶのだ。
 縦の骨格になる材料があったので、あとは適当に切り出した板から作った。下廻りのリブ等は3Dプリントで作ってもらい、完成した。かれこれ15年近く掛かっている。
 クレイン車を改造中で、DCCによる可動になる。それに合わせて、様々な車輌を作っている。 

 他には仮台車を運ぶ貨車、カブース、砂利を運ぶホッパ車、飯場となる宿泊用の車輌、これにはシャワァや食堂も完備している。水を運ぶタンク車、現場監督が常駐することがあれば、衛星電話付きの専用車がある。 

 昔はMOWはこのような銀色だった。最近は薄い緑色になったようだが、筆者の好みで、この銀にした。1970年代の色である。

2021年12月20日

コレット と 割出盤

 コレットが2つ付いていた。Φ4 と Φ6 を掴むものだ。ERコレットに似たサイズだが、取り外し用の溝がない。
 試しにERを嵌めてみたが、しっくり来ない。少し長いのだ。この旋盤専用のコレットを売っていたようだ。売れた数が多いので、その種の中古市場で手に入れたい。


Indexingindex teeth 割出装置があった。どういうわけか48分割一つしかない。奇数、素数のインデックス・プレートが欲しい。



 レーザで切り出して 、割り出し板を作ってみたくなった。17分割とか23分割のインデックスがあると面白そうだ。問題はホブである。インヴォリュートのホブを手に入れたい。
 おそらく、まともな刃物屋で作ると、17枚用と23枚用は歯形が異なるはずだ。高そうである。

2021年12月18日

糸鋸、剣鋸盤

coping saw さらに戴いた部品を調べると、糸鋸盤がある。大きな剛性のある弓がついているので、それが上下するのかと思いきや、そうではなかった。堅く曲がりにくい糸鋸が、弓に取り付けられた鞘の中を上下する。要するに片持ちの糸鋸である。これは果たしてうまくいくのだろうか。鋸刃にはいつも曲げ応力が掛かる。少しずつ曲がるだろう。そうすると鞘からはみ出そうとする。鞘には丸い筒が嵌っていて、刃がはみ出さないようになっている。 付属の刃は、いわゆる木工用のものと同じ太さである。もちろん、材質・熱処理はずっと高級だ。
coping saw mechanism 後には弓の上端に板バネを付け、その弾力の範囲で、ぴょこぴょこと動くものがあったようだ。
 それよりも、最近、他社のものでよく見るコイル・スプリングのほうが安定するだろう。


sabresaw どうするか迷っているうちに、もう一つの付属品があることに気が付いた。それは剣鋸盤の部品であった。糸鋸盤のメカニズムを利用して短い剣状の鋸 sabre saw が出入りする。市販のジグソウを裏返したような物が、できるわけだ。これは使えるかもしれないが、その用途の剣鋸の供給は、すでに無いだろう。
 市販のボッシュなどの刃の根本を切り取って、試してみたい。うまく行けば活用できる。 

2021年12月16日

丸鋸盤

circular saw 実は当博物館にはもう一つユニマットが来ている。伊藤剛氏の遺品である。これはよく使ってあり、心押台は磨り減り、ハンドルは欠けている。ハンドルを新たに挽き出して改装する計画があったが、手を付けてなかった。今回到着した部品の中に丸鋸盤コンヴァージョン・キットがあったので、とりあえず取り付けてみた。

 組立図を見ると、Φ60 または Φ90 の鋸刃が使えるようだ。中心の孔径はΦ16.0である。この孔径16 mmという規格はヨーロッパには多いが、アメリカ、日本ではまず見ない。近いものは15.87 mmである。すなわち、5/8インチである。これなら、高級な国産品が簡単に手に入る。

 それを採用するには、鋸のアーバ arbor(軸)径を少し削るだけであるから、簡単である。スピンドルに取り付けた状態で削るのだから、心も自然に出る。

 手持ちのプロクソンの丸鋸は、出力が小さく、2 mmのブラス板が切れなかった。これは出力が100 Wなので、楽勝のはずである。
 この機械は鋸盤としての専用機になりそうな気配だ。   

2021年12月14日

ユニマットの品質

 1960年代から、ユニマットは雑誌に載っていた。子供の小遣いではとても買えないものではあったが、いつかは手に入れようと思った。    
 1970年代になり、Myfordを持っていた人が薦めたので、イギリス製を買うつもりであったが、思わぬことでオーストラリア製の小さな Sherlineを買ってしまった。アメリカに代理店を持っていたためだ。それには、いくつかのアタッチメントを付けて補助機として便利に使っていたが、貸出し先の神戸の友人宅で地震により壊滅した。

 80年代にアメリカで小型旋盤を手に入れ、Bill Melis氏の指導のもと、様々なものを作って楽しんだ。その後、日本に持ち帰って部品を取り替え、現在に至っている。

 その後ユニマットを見ることもなく過ごしてきたが、吉岡精一氏の遺品のユニマットを動かしてみて、その精度には驚いた。スピンドルの振れの無さ、各部のガタの少なさ、チャックの締り具合が最高である。
 その頃には粗悪な中国製の旋盤が上陸していたが、それらは比較の対象にもならない。国産品、米国製と比べても上回る精度であった。中でも、付属していたフライス用万力には驚いた。ガタはなく、鋼材は熱処理が完全で、とても硬い。 

 精密機械とはかくあるべき、という信念を持った人が作っている事がよく分かる。酒井のMLシリーズと比べても、一段上である。 


2021年12月12日

ネジ切り

 筆者の自宅の旋盤は、模型用としてはやや大きな部類である。ライヴ・スティームを作れる大きさだ。アメリカで買ったので、親ネジはインチネジで、メートルネジを作るときは127歯の歯車を介して、少々面倒な算数をする必要がある。この計算は、父に習った。昔はよくやったが、最近は手が出ない。インチネジを作るのは先述のように実に簡単で、アメリカ製の機械の修理はすぐできる。メートルネジは小さな旋盤で作るか、ダイスで切っている。左ネジはダイスが無いので自分で作らざるを得ない。

 本物の小型蒸気機関車の復元時に、ボイラの修理に特殊ネジのタップを必要とした。友人の機械工は、硬い工具鋼から旋削し、熱処理して作った。こういう作業はまず見ることがないので、勉強になった。

 ネジを切るのは難しいことではないが、太いネジの場合は切り込む位置を分散して、深く切り込まねばならない。そのずらし方(千鳥という)は、かなりの熟練が必要である。 

 この徳島弁の旋盤工氏の動画は他にもあるが、どれも素晴らしい。熟練工の凄さを、柔らかなタッチで見せてくれる。旋盤のテクニックは指導者につかないと習得しにくい。そういう意味でも、この一連の動画は実践例として素晴らしい価値がある。

 この方法は面白い。ダイスの歯が逓増しているのを利用して、一回の切込みで相当の深さまで削れるが、負荷はかなり大きい。出力の小さな旋盤では難しいだろう。作るのは難しくないのでやってみたい。(この方法は、偶然にも上述の旋盤工の動画のコメントに出ていることに気が付いた。)


2021年12月10日

ネジ切り装置

 ネジを切る必要があるのは特殊なセンタ・ピンとか、連結部のピン、ジグの締め付けネジ作成などだ。たまに、規格外の太いネジを作って全体の高さ調整をしたことがある。大抵の場合は既製品のネジで済む。

 普通の旋盤上では、ネジ切りはパズルを解くような感じである。どのギヤを使うかを考えて組み合わせる。インチネジは倍数になっているから、1/8という数字を元にして考えればすぐできる。メートルネジでは、親ネジとワークのピッチの比率を作るので、いつも同じ方法では出来ない。早見表がついていればそれを見ればよいが、いつもその早見表がすぐには見つからないから、考えるしか方法がない。

leaders and followers このユニマットSLでは、歯車の切り替えによるネジ切りではなく、親ネジそのものを取り替えるようになっているところが面白い。昔の倣い(ならい)旋盤のようである。ネジの深さは鉋台(かんなだい)の上をなぞる滑り子で制限する。
 これは、この機種以外の製品にはない機能である。要するに、ネジ溝を”転写”するのである。日本ではメートルネジの親ネジしか売っていなかったが、アメリカではインチあたりの山数で、24,32,40,48,56,64,72,80などがあった。

 さて、作動状況を見ていこう。この動画がすべてを物語る。少々速いが、この速度でもできるわけだ。筆者のネジ切りは、この1/3程度の速度である。切り上げが難しいからだ。
 切り上げのコツは最初を長く、徐々に短くすることなのだが、思うほど簡単ではない。この動画の6回目(最後から2回目)の切り上げは少々遅れたので、ギギッと音を立てて食い込んでいる。

 訪ねてきた友人に見せると、ネジ切り専用機としてバラさずに使うべきだとの提案を受けた。確かに、そうすると便利である。
 兼用にすると、その変換作業が大変で、やる気が失せる。


2021年12月08日

Emco Unimat SL の到来

 大先輩からユニマットSLを戴いた。50年以上前のものだろう。 若い人の教材のつもりで、引き受けたのだ。何人かに声を掛けたが、
「ベッドが鋳造ではなく丸棒だ。」
と言うと、躊躇してしまう。重負荷では撓むということになっているからだ。確かに、鋳造品と比べると剛性は少ないだろう。’70年代のModel Railroaderに、どうやって剛性を高めるかという記事があったほどだ。
「そんな重切削をすることもないはずだから、大丈夫だよ 。」
とこれを薦めたが、結局のところ、行先がなくなってしまった。
 多少錆びていたので、分解して油を塗り、スティール・ウルで磨いた。サンドペーパで磨くと細くなってしまう。
 
Emco Unimat 一緒に届いた箱を開けると、極めて珍しいものが入っていた。ネジ切り装置である。日本で見るのは初めてだ。これは非常に面白い発想で作られていて、親ネジを取り替えて目的のネジを切る。
 太い親ネジ leader(先導するもの)には一部を切り出した雌ネジ follower(追随するもの)が押し付けられ、ネジの進行が奥のロッドを介して刃物に伝わる。刃物はある程度の力でワークに押し付けられているので、雄ネジが切れる。ネジの深さは、少しずつ深くすることができるようになっている。細いネジ溝だから、深さだけの加減である。希望のネジピッチに合わせて、親ネジとフォロワは8種付属していた。早速組み立てて試運転した。

2021年12月06日

続々 伊藤 剛氏の瀬戸電を見る

11PM モータは目立ちにくいように汚く塗られている。このモータの名前は ”11PM” であった。当時の深夜番組のタイトルを取っている。11極のペッタンコ・モータなのだそうだ(TMSの記事にはペチャンコとある)。


Setoden bottom 裏はこんな具合だ。単純な動力機構だが、車体がピッチング(前後方向に揺れること)するので、車体との干渉が無いように作られている。台車枠には、側面にピンがある三点支持を採用している。 

 この模型で特筆すべきことはよろい戸である。ブラスのプレス品なのだが、何かのベンチレータの部品なのだろう。それを手際よくまとめ上げて、自由に上げ下げできるようにしてある。どこでも止まる固さにしてあるところが、素晴らしい。

 運転台のコントローラがヘッドライトのメインスウィッチになっているところは、剛さんらしい。こういうところは独特の感性で、カチンカチンと動き、非常に実感的である。 

2021年12月04日

続 伊藤 剛氏の瀬戸電を見る

instruction 箱の中には、説明がたくさん書いてある。イラストを入れてあるので、わかりやすい。問題は蓋の中央にあるウレタンスポンジだ。いずれだめになるから、別の材料で作らねばならない。

 TMSの記事は、きれいな状態の写真が載せてある。その後、かなり走らせたあとがあり、そこら中塗装が剥げている。今なら、優秀なプライマがあるから、こんな剥げかたはしないだろう。

 剛氏宅に伺うと、いくつかの車輌を重ねて抱え、剛氏は現れた。そんな持ち方では傷がつくが、へっちゃらである。感心したのは、その持ち方でも壊れないことである。ハンダ付けが完全だから剥がれないのだ。
「落とさない限り、壊れませんよ。」と一向に気にしないようだった。「また塗り直せばよいのですから。」 

 body distortion 車体は急停車で歪み、平行四辺形になるが、この写真ではその様子はわからない。また、車体は枕木方向の軸を中心に前後にピッチングする。すなわち、急停止すると前に傾き、さらに車体が歪むのだ。

 これを披露されたときは、クラブ員一同爆笑した。バネは意外と固いが、車体がかなり重く、具合良くピッチングする。多少の摩擦もあり、よく減衰して実感的である。今考えているinspection carの設計に、とても参考になる。  

2021年12月02日

伊藤 剛氏の瀬戸電を見る

Setoden by Go Ito 剛氏の瀬戸電の記事を書いてから、現物を収容している容器の蓋を開けた。
 例によって、電車の出し方、その他の細かい注意がわかりやすく書いてある。剛氏はご自分の作った模型が最低100年以上は鑑賞に耐え、機能することを願っていた。

 したがって、原則として非晶性プラスティックは使っていない。ブラス、ステンレス、洋白、銅、ハンダ、木材、POM樹脂製の歯車、ガラス、エポキシ樹脂しか使わなかったのだ。

 40年ほど前のNMRCの会報に模型の寿命の話が載っている。その記事を出される前に、筆者に打診があった。どのような材料が永持ちするか、いわゆるプラスティック(非晶性のものを指す)はどうして駄目なのか、を説明して差し上げた。

 プラスティック製品がだめになっていくのは当然ではあるが、明確な説明を聞いたのはそれが初めてだったそうで、納得されたようであった。

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