2020年08月

2020年08月31日

社長専用車

荒井友光氏の社長専用車 (1)荒井友光氏の社長専用車 (3) 椙山 満氏のレイアウト移設が完了したが、その引越しの最中に、戸棚の奥から懐かしいものを見つけたので、預かってきた。

 それは名古屋模型鉄道クラブの会長であった荒井友光氏が、椙山氏の新レイアウト完成を祝って作った社長専用車であった。実はその贈呈式の現場に、筆者も居合わせたのだ。だから、一目でそれと分かった。
「椙山クン、これを作ったから、列車の最後尾につないでね。」
 1971年8月だから、49年前である。現在の外装は塗料にヒビが入り、少々見苦しくなってしまったので、写真は割愛するが、内装は刮目するものがある。

 荒井氏はスケールモデルを作らない人であった。すべて自由形であったが、国鉄型を主題としている。EH10が出るとすぐにそれを片方だけ伸ばしてSG搭載とした。”EH50”として客車列車を牽かせることにしたなど、面白い発想で楽しんでいた方だ。
 この社長専用車はマイテを個室寝台付きにしたようなもので、食堂がある。裏に貼られた紙には”T.G.Ry”とある。

荒井友光氏の社長専用車 (2) これを見てその綴りを言える人は、もうほとんど居なくなった。
 "Trans Galaxy Railway" である。荒井氏はそれを「僕の鉄道は誰にも負けないほど大きい。」と無邪気な笑顔で話された。世界で(いや宇宙で)一番大きな鉄道であろう。
 もちろんB.S.P.Ryは、Blue Star Pacific Railwayである。Railroadにしなかったのは荒井氏らしい。6輪台車を付けて、荒井氏来訪の折には、列車の最後尾に付けて走らせていた。

 室内は完全に出来ているが、屋根が固着してなかったので、椙山氏は接着剤で仮留めしたようだ。先日の名古屋模型鉄道クラブの例会で披露したら、会員が、
「これを僕に任せてくれ、電装するよ。」
と申し出てくれたのでお渡しした。人形を入れて照明が付けば、なかなか良いと思う。名古屋模型鉄道クラブの記念物として保存されるだろう。

 この車輌の縮尺を聞いたことがある。その時の答えがふるっていた。
「1/87の人形を入れれば1/87になる。1/80なら1/80さ。」
 御名答。

2020年08月29日

続 メルクリンの失敗

 先日のメルクリンの不合理なユニヴァーサル・ジョイントについて、01175氏から調査結果をお知らせ戴いた。これはドイツ製ではないそうで、驚いた。

 メルクリンは、2006年に創業一族からイギリスのファンドに売却されたが、2009年に倒産しているそうである。そして2010年に自力再生を果たしたとのこと。
 そのファンドに売却されたのちの製品は中国のサンダカンという会社(現在はバックマンに吸収された)に製造させたものがある。そのジョイント部分がおかしい2007年製の電気機関車(ジーメンスのユーロスプリンタ)もサンダカン製かもしれないということである。

 話題になったH型スパイダ金具は、製造初年1957年の 44型蒸機機関車に既に使われていた。写真を出したディーゼル機関車は1966年製の V90 という入替用機関車だそうである。


 メルクリンがこのような初歩的なミスを犯すはずは無いので、なにか怪しいと思っていたら、案の上中国製であった。これでは改良部品を所望しても無理だろう。捨てるしかない。それにしても01175氏の情報収集力には驚きを禁じ得ない。

2020年08月25日

日本製のミニチュアベアリング

 しばらく前、日本製のミニチュアベアリングの話題を出した。過去の懐かしい思い出を書いたところ、「日本製のものはない」という珍説を唱える方が、とんでもないコメントを送って来たが掲載しなかった。各方面に御迷惑をかける可能性が生じたので、そのブログ記事そのものも削除した。
 一般論として、「〜はない。」と断定した話で、正しいものは少ない。自分の視野が非常に狭いことを自白しているようなものだ。その種の 否定を断定口調で書くブログはこの趣味界にも多々あるが、それらは内容が怪しいと自己宣伝しているのと同じだ。否定の証明は困難だ。


Made in Japan  2Made in Japan よく調べてみると、手元に日本製のものは多数ある。ラベルに書き込みがあって、プライヴァシィの点で公表ができないものもあるが、筆者がベアリング屋で直接購入したもののバイアル(ベアリングを多数入れた長い容器)も見つかった。その店の納品伝票まであるから、筆者が購入したものであることは間違いない。


 
供給元の安定と確保が必須の産業では、国産品を作るのは当然のことである。また、西側諸国の軍用はもちろん、ほとんどの民間航空機のジャイロは、アメリカ製だそうだ。Honeywell ともう1社あるが、アメリカ製のボールベアリングを使っているとの証言を得ている。

<追記>
 客観的事実のみの記述とした。
 また、削除された部分を再現し引用することを禁ずる。



2020年08月23日

続 非金属製車輌の末路

 ウレタンは、熱可塑性ではない。いわゆる”流れる固体”ではないのだが、現実はこれだ。やはりプラスティック素材で骨を入れずに長い客車などを作るのは避けるべきである。成型した後、片面だけ機械加工してあるのが、ファクターとしては大きいと思う。片面だけ応力が解放されているのだろう。だから、その面にジュラルミンの板を貼ってあると、かなり違う。ジュラルミンの薄板は飛行機の材料だと思う。友人から少し貰ったのだが、もう使い尽くした。熱処理した鋼板でも良いだろう。側板は内側に反っている。(先日会ったF氏はブラス板に筋を入れて木製の側板を再現したが、裏側も同様の筋を入れていた。うまい工夫である。両面の応力を開放すると反りが無くなるのだ。)

 彼のいくつかのキットを未組で持っているので、反りを調べている。組んでない状態でも屋根板は少しずつ反っている。これを組み付けると全体が反るだろう。硬いアルミ製のアングルを、逆に反らせてエポキシ接着剤を塗ってクランプで締めた。こうすると反りは抑えられ、安定した。

 何年か経つと、ウレタンは徐々に加水分解され、壊れていくはずだ。壊れないウレタンは残念ながら存在しない。その期間が10年なのか、20年なのか、100年なのかは分からない。日本の模型に詰められたスポンジは、ほとんどが劣化してしまったようだ。不思議なのは、アメリカ製のスポンジがダメになったのはほとんど無いことだ。材料が微妙に異なるらしいところまでは突き止めた。
 我家の建築資材はアメリカ製のものが多い。断熱材のウレタンを一部剥がしてみたが、25年でほとんど劣化していなかったので少し安心したが、油断はできない。

 この客車もそのうちに駄目になるだろうから、寸法を取ってブラス板からレーザーカットで再生することにした。このような客車を作るのは難しいことではない。リヴェット打ちはかなり大変であるが、橋を作った時のことを思えば大したことではない。屋根は定評のある木製にする。60年物の屋根材がいくつかある。 
 いずれ製作記を掲載するつもりだ。2輌作る。 

2020年08月21日

非金属製車輌の末路

Sway-backed この郵便車は、車齢36年である。American Standardの社長が連絡してくれて、購入した。硬質発泡ウレタンの鋳物を機械加工してある。裏側をフライスで削って、床板、窓ガラスを嵌めるようになっていた。よくできたキットであると思った。

 表面は彼の工夫により滑らかで、塗料ののりも良く、工作は容易だった。接着はエポキシ樹脂である。もともとが軽過ぎるので、床下器具は重い物を使っている。全質量は1.2 kgほどであるから、標準的な重さの客車となった。急行列車のheadend(機関車の次位)に付けてかなりの距離を走った。数年前車輪を更新したが、それを塗装をするのを忘れていることに今頃気付いた。

 建造して10年ほどで、何かおかしくなってきた。いわゆる sway-back (弓なりに反ること)になってきたのだ。社長のRalph Brownに連絡すると、
「不思議だ。そんな例はまだ聞いていない。」と返事が来た。
「今度持って行くから見てくれ。」と連絡したのだが、いろいろな都合で、その後彼とは会うチャンスがなかった。大した価格ではなかったので良いのだが、癪にさわる話ではある。急行列車の鋼製郵便車が垂れ下がっているのは、あり得ない。この時は、まだ垂れ下がりは大したことはない。

 その後組んだ彼のキットには、すべて中に金属板(鉄板、ジュラルミン板など)を仕込んで、垂れ下がりに抗うようにしている。おかげで、垂れているのは1輌だけに留まっている。


2020年08月19日

日光浴

decal before 友人のF氏が持参した美しいタンク車のディカールの縁が、黄ばんでいる。かなり気にしている。確かに素晴らしい貨車だが、文字の周りが黄色になっているから、いかにもディカールが変色しました、という感じである。

 これを消すうまい方法はないか、と問うので、筆者のやっている方法を伝授した。これは昔アメリカの雑誌で見たような記憶があるが、誰に聞いても知らないと言う。railtruck氏も同じようなことをおっしゃったような気がする。氏はプラスティックの専門家であるから、筆者の貴重な情報源である。

decal  after 直射日光に晒すのだ。紫外線をある程度浴びさせると、黄色の部分は無色になる。彼は大喜びで写真を送って来た。
「いったいこれはどういうわけなのだ。日に当たれば黄色くなると思った。」


褪色 この説明は難しい。一般論で言えば、紫外線を浴びせると色が付くものと、消えるものがある。色が付いてそれが消えないものは、専門用語を使うと「共軛系が長いもの」である。芳香族系のものはまず消えない。フェノールがキノンになったりすると、もうダメである。そういう場合は、赤みを帯びるものが多い。要するに保存中に赤くなってしまったものは、何をしようが元には戻らないものが多い。
 一方、黄色になったものは、酸化によって2重結合が増したもので、短い共軛系であろう。これは紫外線によって、さらに酸化されて共軛系が消滅することがある。調子に乗って当て過ぎると、分子の基本部分の結合が壊れて崩れてしまうから、夏の日差しで2時間が限度である。それで消えなければ、諦めるべきだ。

 ”共軛”という漢字は、現在の化学の教科書には”共役”と書いてあるが、正しい文字を使いたい。なぜかというと、これを「キョウエキ」と読んでしまう人がかなりの比率で居るからだ。「キョウヤク」が正しい。
 高校の数学で、共役複素数を「キョウエキ複素数」と習った人がかなり居るはずだ。それは完全な間違いで、そんな数学の教師は失格である。軛はくびきである。「くびきをともにす」と読み下すべきで、2頭の牛がペアになって車や鋤を牽くことを指す。教えている言葉の意味さえ調べない無能な教師が、かなり居るということだ。筆者の高校の時の数学教師は、すべて駄目であった。英語ではconjugateと云う。ラテン語で、con は「共に」、jungare は「軛」でズバリである。
 
 
 上の共軛系とは、炭素間2重結合が2つあるいはそれ以上並んでいることを指す。黄ばみは、それ以外にC=O 2重結合の存在も寄与している。 

beforeafter 詳しい理屈は大学院以上のレヴェルの話で、言えることは、ディカールの黄ばみは2時間の日干しで直る可能性が高い。しかし、夏の日差しは強く、プラスティック製品は高温で歪むかもしれないから、冬の方が良いだろう。やり過ぎるとディカールそのものが傷む可能性があるから、外に出し忘れないようにして戴きたい。

 うまく行くものとそうでないものがあることを承知の上で、試行をお願いしたい。

2020年08月17日

半波整流による低速制御

 Marnoldのカタログは面白い。正直なところ、これがウェブ上で見つかるとは思わなかった。70年代のアメリカでも、既に過去のものであって、新品はWalthersのカタログには載っていたが、現物を見ると少々がっかりした。先にも書いたが、筐体の鉄板が薄くて剛性が小さく、出力のラグが小さいので結線しにくい。また、スロットルはガリガリして高級感が無かった。しかし今回、セレン整流器の性能向上について、知見が広がり、有難かった。

 今回このカタログを熟読して一番興味があったのは、半波整流による低速制御(いわゆるパルス電源)である。p.21(画面左下のペイジを表す数字は 16)の Super1 回路図には一箇所ミスがあるが、気が付かれるだろうか。右上のDPDT(いわゆる6Pスウィッチ)に行く線がない。2つのセレンからの出力と結ぶべきだ。

 トランスの上の巻線にはスライドする端子が2つあるから、それを別々に動かすことができれば、半波だけの24 V(実効値で12 V)も出せるし、半波は普通に出し、残りの半波は低電圧にすることもできる。要するにセンタータップを偏らせることができるのだ。実際には半波だけの24 Vは出さなかったようである。特許( US2859398)を見れば半波を微速用に出していて、残りの半波は電圧を0から可変のようだ。非常に簡単な方法である。これについてはTMSに詳しい解説がなかったように思う。気が付かなかったのか、理屈が分からなかったのかは分からない。

 伊藤剛氏が試作した回転式接点断続法では、誘導負荷を遮断するので火花が出て、すぐに消耗してしまったそうだ。その点、半波方式は自然に遮断されるので、寿命について考慮する必要は全くない。それとレオスタットとをさらに組合せれば、より細かい運転法が可能だ。今まで紹介されていた方法はパルス式だけの給電であったから、細かい制御が難しかった。このパルス方式は、実効値は小さいが瞬間の電圧が高いので、多少接触が悪い状況でも、動き出させることができる。

 宣伝文句には列車の慣性に打ち克ってゆっくりスタートできるとあるが、この文言だけは賛成できない。慣性ではなく、静止摩擦であろう。
 一般には、現在の模型でも摩擦が大きいものがいくらでもあるから、それを走らせるには工夫の余地がある。小さなスライダックを2つ繋げば、ほぼ同等のものができるだろう。片方は通常のトランスでも良いかも知れないが、その時はレオスタットを組み合わせた方が良いかも知れない。レオスタットはいくつか転がっているので、使いたい人には提供しても良いが、モータの特性に合わせて調節するのはかなり面倒であろうと思う。
 もはや過去の遺物であると云うべきで、これを再現する価値があるかどうかは疑わしい。やるなら、完全なソリッドステートである。決して難しくはない。既にそういうものは市販されていたように思う。しかし、既にDCCの時代である。低速運転は何も考えなくてもできるようになってしまった。 

 また低速での起動をしたいなら、牽かせるものの抵抗を極限まで小さくし、ギヤの伝達効率を高くすることが早道である。当博物館では、120輌を牽いて登り坂で微速前進ができるが、完全直流運転で、何の仕掛けもない。  


2020年08月15日

模型とラジオ "鉄道模型部品ものしり帳"

Mokei to Radio (3) ”模型とラジオ”という雑誌があった。”模型と工作”誌には合葉氏が興味深い記事をたくさん書いていたが、”模型とラジオ”誌にはより実践的な工作記事が載っていた。1961年の4月号の別冊付録は珍しいことに、鉄道模型の部品価格の絵入りカタログであった。いったい何度これを読み返したであろう。既にОゲージは斜陽化が始まり、HOの時代が始まっていた。 

 近所の模型屋の店先の3線式Oゲージはトイトレインから脱却できず、子供の眼から見てもつまらないものに見えた。ごく一部の腕のある模型人は、2線式の重厚な模型を作り、座敷に敷いた線路上の運転を縁側から見せてくれた。それに対抗するHOも、さほど素晴らしいものではなかった。大きさ以外に何が違うかと言うと、直流運転で逆行が簡単であったことだ。

 Oでも椙山氏の率いるクラブではDC化が完了していたが、一般にはセレンがとても高価で、DC化は進まなかった。子供の小遣いではとても買えなかった。 1.3 Aで475円という札が掛かっていて、それを見つめてため息を漏らしていた。
 母方の祖母が来た時、何か欲しいものはないかと問うので、それを買って貰ったのは嬉しかった。直流がいくらでも取れるので、鉛蓄電池を充電して、それで機関車を走らせて遊んだ。鉛蓄電池は内部抵抗が小さいので、脱線してショートすると電線が発火した。畳に焼け跡が付いて、それを削り取るのには苦労した。その他、ここには書けないような事故を連発しつつ、DC運転を始めた。父は心配して、二重の安全装置を付けてくれた。楽しい小学生時代であった。

Mokei to RadioMokei to Radio (1)Mokei to Radio (2) この”ものしり帳”を見ると、例の Marn-o-Stat が付いた写真があり、価格は16,000円である。直流電源は高価である。日本製の機器は工業製品を並べたものであり、それなりの機能、正確さを持っていたように思う。アメリカでMarnoldの製品をいくつか見たが、電圧、電流計はひどい物であった。プレスしたブリキでできた箱に怪しい針がつけられていて、誤差は2割くらいあった。しばらく持っていたが、捨ててしまったので写真を見せられないのは残念だ。0 Vがセンターにあるのは良かった。
 スロットルの武骨さを見れば、それなりの出来を期待するが、貧弱なものであった。

 Marnold の製品は、彼の合理主義の設計思想がよく見えるものばかりだ。安く、効率を高くするにはどうしたらよいかを考えて、実現した人ではある。センタータップ・トランスを使用していたのは知らなかった。セレンが1枚であるのも驚きだ。セレンの性能は、後期には製造所のノウハウによって、随分と差があったことも分かった。高性能なものが存在したらしい。アメリカで見た彼のパワーパックの筐体は薄い板でできていて、いくつかのコンポーネントを完全に組立てて結合しないと、強度が出ない物であった。天賞堂の筐体は、その点、剛性が高く素晴らしい。

 

 これらの写真は小栗彰夫氏の蔵書を撮影戴いた。実は筆者も持っているのだが、書き込みが多く、人に見せられたものではないので、程度の良いものを提供戴いた。

2020年08月13日

Tenshodo のカタログ

Tenshodo 1960 友人のN氏が天賞堂のカタログを送ってくれた。このパワーパックは1950年代の末から売られているようだが、当初の英文カタログでは同じ機番でもレオスタットが異なる。これはアメリカでは "Marn-o-Stat" と呼ばれた部品である。輸出用にはこれを用いたのだろうが、国内向けには回転式を採用している。1959年の価格は16,000円。15 V  6 Aとある。

 Marnold という人が作って売っていたことから、この名前がある。Marn-o-Statを触ったことがあるが、いかにもアメリカ製という武骨なもので、作動させるとニクロム線をシュウが擦るのを、ジョリジョリと感じた。ニクロム線の本数が数えられるような感じであった。日本製のレオスタットの回転は滑らかで素晴らしい。

Tenshodo 1969 これは1969年のカタログで、価格は19,500円だ。Tマークがあるかどうかはわからない。
 1964年の価格表では19,000円となっていて、価格は意外と安定している。


Tenshodo 1972 そしてこれが1972年のカタログである。価格は21,000円である。この後はPFM方式が載っている。この頃になると、Tマークが無いと売りにくい時代であろう。


Tenshodo 1964 トランジスタコントローラが発売されているのは1964年である。この実物は1回しか見たことがない。売れたのは何台だろう。その価格は15,500円であった。この価格は決して高くない。1967年に自分で作ったが、7,000円ほど掛かった。

 これらを見ると、電源の価格は総じて高い。自分で作れる人の数が少なかったのだろうか。

2020年08月11日

セレン整流器の耐圧

 昔アメリカで聞いた解釈によると、「セレン整流器の耐圧によって、自動車の電圧が12 Vに決まった」のだそうだ。12 V化は、1953年から始まったという。電圧が高いほどクランキング(スタータ・モータを廻す) 電流が減るから電線を細くできて、効率が良い。歴史的な順序は間違ってはいないから、説得力はある。

 鉛蓄電池の充電での最高電圧が2.26 Vであるから、その6倍で13.6 V、電圧降下分2 Vを足すと15.6 Vである。交流が正弦波であれば、電圧の最大値は√2倍で22 Vとなり、許される最大電圧に近い。6 Vの車の時代が長かったが、それは亜酸化銅整流器の耐圧とも関係があるのかもしれない。しかしその頃はジェネレータの時代で、直流発電をしていたから、因果関係は希薄だ。現在はオルタネータで、三相交流発電である。ばらすとダイオードが6個付いている。

 最近の車には12 V でない車が出て来た。48V車である。トラックはしばらく前から24 Vである。PHVでは数百 Vであるが、主回路に異常が起きた時には切り離され、非常用クランキングは補助の12 Vバッテリィで行って、ガソリンのみで家まで帰れるようになっている。直流の48 Vは感電の可能性がある電圧だ。汗をかいていると危ないと思う。

 我々が楽しんでいる鉄道模型の電圧が自動車用の充電装置から決められたものであれば、その起源はやはりセレン整流器の耐圧ということになる。実験室で使う直流電源のことをエリミネータと言っていた時代がある。これは battery eliminator のことであり、鉛蓄電池が無くても通電実験ができる装置という意味であった。出力はAC16 V、DC12 Vであったものが多い。これがパワーパックの原点である可能性は高い。

 電圧は直接目で見えるものではないから、様々な素子の性能で決まったものが多いのは、歴史的事実である。例えば 1 Volt という電圧は、初期の実用電池であるダニエル電池の電圧で決められたことは、意外と知られていないが電気化学史上の事実である。一方、真空管のヒータ電圧12.6 Vは、鉛蓄電池の6個直列満充電時の電圧であることは有名である。


 現在はシリコン整流器が常識である。これは電圧降下が小さいので、発熱も小さく効率が高い。また耐圧が250 V以上あるものが大半で、既にそういうことを考える必要はほとんどなくなってしまった。

 筆者は、高校生の時にシリコンダイオードを初めて手に入れた。12 A規格の製品で、放熱器にネジ込んで使うタイプだった。当時は高価で、4つも買えなかったから、トランスをセンタータップにして、ダイオードを節約した耐圧が大きいからこそ、できるのである。セレンでは2段にしないと壊れる。即ち、その枚数はブリッジ接続の枚数と同じになってしまい、ダイオードの数の節約はできないわけだ。それに比べれば、センタータップとシリコンダイオードの組合わせでは、はるかに効率が良くなることを知って、感動したことを覚えている。
 セレンより電圧降下が少なく、さらに半分の数で済んだから、DC出力電圧が高くなった。また放熱器は大きいものを作ったのに、全く熱くならなかったので拍子抜けした。きっと熱くなると思い込んでいたのだ。
 センタータップ方式の電源を鉄道模型に使った例は、国内ではまず無いだろうと思う。

 この電源を用いたトランジスタ・スロットルを椙山氏のところに持ち込んで披露した。国鉄の電気技師のH氏が操作してとても気に入り、椙山氏のレイアウトの4台あるキャブを、全て作り替えた。但し、シリコンダイオード・ブリッジを採用した。


〔追記〕 セレン整流器は徐々に進化し、その終末期には耐圧が36 V以上に達したようである。また電圧降下も小さくなっているそうだ。そうなると18V車が可能になるが、 シリコンダイオードが普及すると同時にオルタネータが標準装備されて、ブリッジ接続のセレン整流器は姿を消した。8/16/20

2020年08月09日

続々 最高級のパワーパックを検分する

Tenshodo Power Pack (3) お送り戴いた内部の写真は興味深い。これにもセレン整流器が使われている。その大きさは当方が保管しているものと大差ない。ちょうど能力が半分であると思われる。
 ポイントマシン用の電源は走行用電源のトランスであるから、これでは作動時に速度が一瞬下がる可能性が高い。ポイントマシンの作動電流が大きいので、電圧降下が起こるからだ。

Tenshodo Power Pack (2) 認定番号は付いている。1970年頃のものだそうだ。01175氏によると、Tマークが付いていないものを製造販売できなくなったのは、1968年からということだ。 


 若い方はセレン整流器など見たこともないだろう。耐圧が低く、せいぜい16 V(正弦波実効値)ほどしかない。直流では 25 V くらいだ。電圧降下は 2 V 程度(もちろん電流によって変化する)で、当時の他の整流器に比べて優秀であった。
 鉄板に金属セレンを貼り重ね、カドミウムとスズの低融合金を塗り付けてある。それを通風を良くするために隙間を空けて、ネジで締めたものだ。鉄板は単なる基板であって、整流効果には寄与していない。
 当時は自動車部品として大量に作られていた。自動車整備工場の充電器には、10 cm ✖ 20 cm ほどもある巨大なセレン整流器が付いていた。高温になると壊れるので、扇風機で風を送っているのを見たことがある。


2020年08月07日

続 最高級のパワーパックを検分する

inside 中はトランス2台と、セレン整流器2基、レオスタット2基だけしか入っていないが、結線数が多いので電線は賑やかである。しかし回路構成は単純明快である。

 最大電流は、セレン整流器の大きさから推測すると、合計5 A程度 6 Aである。セレン整流器を見るのは久しぶりだ。どういうわけか、2つのセレン整流器が並列につないである。不思議な結線である。こうするとどちらかに電流が偏って焼けやすくなるのが常識的な考え方だが、セレン整流器は、電流が増えると抵抗が増えて他方に電流が廻るのだろうか。

 セレン整流器は、過電流で焼けても、その膨らんだ部分をつついて外し、順方向にしばらく通電すると直った。低融点の接合金属が融けただけだからだ。もちろん許容電流は減った。セレン整流器は耐圧が低く、もう使う人も居ないが、多少の高周波まで使える。特性はショットキーバリア・ダイオードに似ているはずだ。
 驚いたことに、今でもセレン整流器は骨とう品としてヤフー・オークションで売っているが、買うべきではない。漏れ電流はシリコンダイオードとは比べ物にならないほど大きく、効率も低い。価格はべらぼうな水準で、失笑してしまう。 シリコンのブリッジで簡単に代用できる。 

 それにしてもスウィッチ類は、現代の感覚では操作しにくい。昔はジーメンスのキィ・スウィッチの操作は気持ち良いと感じたが、今ではやや違和感を感じる。
 操作盤上の番号とポイントマシンとの対応は、分かりにくい。ポイントに立札を立てて、番号を書いておかねばならないし、正位、反位をどう決めるかは問題だ。発売当時のカタログにはどう書いてあったのだろうか。

 DCCの時代に60年前の製品が持ち込まれたのである。何とかして有効利用して差し上げたいが、かなりの工夫が必要だろう。何か良い用途はないだろうか。

Tenshodo Power Pack (1) Litte Yoshi氏から、所有されている同系統廉価版のパワーパックの写真をお送り戴いた。




追記 
 セレン整流器を並列につなぐのは、ごく普通に行われていたようだ。電流が増えると抵抗が増すので、電流は平均化される。昭和30年台のTMSに接続図が載っている。理屈は書いてない。


2020年08月05日

最高級のパワーパックを検分する

Tenshodo Powerpac (1)Tenshodo Powerpac (2) 先日持ち込まれたのは、これである。天賞堂が1960年頃発売していた最高級のパワーパックだ。未使用とのことで、驚いている。当時の価格を調査中であるが、確か2万円前後であったと思う。大卒初任給が1万円程度の時代であるから、とんでもない製品である。不思議なことに、「天賞堂」の表示は無い。通産省の認定品であることを示す甲種電気用品形式承認のいわゆる " Tマーク " もない。当時はモグリの商品が普通にあったのだろうか。のちにカツミが売り出したものには、その認定番号が表示されたことを覚えている。当時、父にその話をしたが、「当然だ」とのことであった。
 
 2系統6回路でポイントマシンは12台が操作できる。もちろんソレノイド型である。ポイントの制御は別のトランス(50 VA程度の大きさ)で行う。ポイントマシンの電源が共通のトランスであると、走行中の切替え操作で速度が変化した。それを防ぐためで、高級機ならではの仕様である。スウィッチは、倒した瞬間だけ導通するタイプである。補助接点が付いているので、同時に信号機の点滅も可能であったろうが、その出力線を取り出す穴はない。

 車輛の制御はレオスタット方式であるから、電流制御であって、現代の小電流で走る車輛のコントロールは難しいだろう。この部分だけは電圧制御方式に改造せねばならない。メータには電圧・電流が表示されるが、2系統の合計を示している。切替えスイッチを付けて、2系統のそれぞれを見られるようにすべきであったと思う。今なら電圧・電流計は安いのでそれぞれに独立させるであろう。
 ちなみにレオスタットはホィートストンによって導入された言葉である。流れ(rheo)を固定するという意味だ。即ち可変抵抗器である。

 ヤフー・オークションにこのようなものが出ている。同系統の廉価版であるが、基本構成は同じである。興味深いのは「DC16 Vが一定で、変化しない」との説明があることだ。壊れていると思ったのだ。
 可変抵抗による電流制御の意味を知らない世代に入ったわけだ。適正な負荷をつなげば、その負荷に掛かる電圧を変えられるが、思い付かないのだ。これには "Tenshodo" の銘版が付いているが、Tマークがあるかは、分からない。


2020年08月03日

続々 特急”はと”編成を預かる

  他にC62も持って来ねばならないし、優等客車もあと何輌かある。Oゲージのままで走行性能を極限まで上げて、博物館のレイアウトを疾走させるのも面白い。そうなれば客車ヤードに入れておいて、リクエストがあれば走らせるという形になるだろう。Oゲージの旧製品は下廻りと動力機構を全て入れ替える必要があり、その工事を待たねば、線路には載せられない。バネが無いものは集電が悪く、スパークでレイルに傷がつく。当博物館のレイルがきれいなのは、それが無いからである。客車であっても電球では電流が大きく、台車が固定軸だとスパークが出て、すぐに車輪が傷だらけになる。と同時にレイルも傷むわけだ。
 現在博物館のレイアウトを走っているUP4-8-4と10輌編成の急行列車は、LED照明で登り坂でも0.7 Aで走る。この程度の効率を実現するのは可能である。

 下廻りはすべて新製する予定だ。台枠はレーザで切り抜き、動輪は鉄タイヤの新品にする。
 筆者は国鉄型の知識が少ないので勉強中であって、いろいろな方からご指導を戴いている。

 最近、いろいろな方から寄贈の相談がある。應迎寺の話は現実のものとなりそうな気配である。どなたもおっしゃることは同じである。
「家に置いておくと、自分が死んだときに捨てられてしまう。頼むよ。」

 今のところ、ワンフロアが完全に空いているので、そこに順に置いて、内容物を示す紙を貼っている。スペイスはかなりあるから、当分は全く問題ない。ガラス棚もいくつか新しいものが入ったので、代表作は展示している。


2020年08月01日

続 特急”はと”編成を預かる

JNR passenger cars (4) この客車群には、その細部がすべて再現されている。サボとか細かな標記はすべて実物通りである。デッキ部分の頭上にあった2等寝台などの行燈まで、正確に再現されている。昭和20年代の東海道本線を走った列車がそのまま縮小されているのだ。3次元のスケッチという表現が当っていると思う。
 急行用の一編成もあって、マイネなどの珍しい客車もある。進駐軍に白帯を取られて、黄帯の時代だ。当時としては極限まで細密化された模型であった。
 ちょうど新しく車輪を作るので、引き受けたタイミングは最高であった。台車は通称”文鎮”のTR47を中心とした一群である。3軸台車もあるが、いずれ3Dプリントに取り換える。長軸であれば車輪を取り替えるだけでOJにもなるだろう。

EF58 機関車はとりあえずEF58旧車体が来た。単機で走らせても 5 Aも喰う。博物館にある電源では動かせない。DC2線式を採用しているのは、椙山氏の方針をクラブ員全員が受け入れたからだ。当時はDCを採用していた人は、少ない。その点四日市のクラブは、全国でもまれなDC2線式100%のクラブであった。
 HOは最初からDC2線式で発売されたものが多いので、逆行が容易なHOに人気が移ったのは仕方がないだろう。

 当然、動力はコアレスモータと3条ウォームに取り換えることになる。50 mAで動くようになるだろう。筆者は高校生の頃、国鉄型を作っていたが、その後数十年のブランクがあったので懐かしく見ている。一流の模型人が工夫を重ねて作った模型は工芸品であり、修復して展示する価値があるのだ。


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