2019年07月

2019年07月30日

矜持

 M氏は、どうしても筆者を黙らせたいようだ。人格攻撃まで書いている。筆者を異常性格者として葬り去りたいらしい。これはナチスが使った手口である。正当な意見を言う者を精神異常として拘留し、殺害した。
 しかし、この件については、異常な人に異常と言われると、ひょっとしてまともかも知れないから、少し安心している。このブログに書いてあることなど、無視すればよいのに掴みかかって来るというのは、ひょっとして、このブログは大きな力を持っていると勘違いしたのかもしれない。無視されるが良い。

 ”貧すれば鈍す”という言葉がある。筆者の人生の中では、どういう時に使うのかが分からない言い廻しだったが、好例を見つけた気がする。井門氏は金があるから、逆らっても無駄だと書いているのだ。まさか、そういうことを言う人だとは思わなかった。彼は矜持を捨て去ったようだ。

 残念ながら、当方はそんなことには全く利害関係がない位置に居るということが分からないようだ。HOを楽しむ友人がたくさんいて、皆迷惑しているのは最近知った。ウソの入った情報をばらまき、国鉄型は1/87、 12 mmゲージが正しく、1/80はガニ股で見るに堪えないと攻撃する。そんなことを許しておくわけには行かない。

 誰かが言ったが、それは義侠心なのだそうだ。強きをくじき・・・、何とか、ということを言うつもりはないが、間違っていることに対して、間違っていると言うのは正当な権利である。とやかく言われる筋合いはない。
 筆者は昔から、誰に対しても同じようにものを言うので、摩擦が起きることがあった。しかし結果として、すべて良い方向に行っている。負けたことはまずない。客観的なことは覆せないから、勝ってしまう。
 私たちはこのように解釈している、などと言う連中は、最初から負けを認めているのと同然だ。

 このブログは、広告の無い無料新聞である。圧力に影響されるわけがない。日本に確かな鉄道趣味雑誌がないから、始めたブログだ。読んで、なるほどと思う人が居れば、それで目的を達している。抑圧された雑誌とどちらが価値があるかは、読者の判断である。      


2019年07月28日

HOの起源

 M氏は4日も掛けて書いた文章だとは言うが、全く客観性のないお粗末な文章である。自分に都合の良い発言だけをなぞって、権威付けに利用している。
 まともな人はこういう文章を読むと、めまいを感じる筈だ。逆に、何も知らない人が読むとそうなのか、と納得する人もいるだろう。そういう意味では、そこそこに優秀なアジテータではある。
 理系の論文にも、こういうのがたまにある。いわゆる御用学者が書いたものだ。

 さて、井門氏(M氏も含まれるかもしれない)が拠り処としている山崎氏の1949年の文章には、正しくない部分がある。

 山崎氏はイギリスとアメリカにはある程度詳しかったようだが、欧州の事情に関しては全く不勉強であったことが分かる。
 先回もお伝えしたように、HO=1/87は1953年のNEM発足後の規格であるから、山崎氏の文章の時点では、決まっていなかった。山崎氏は欧州の情報を知らなかったのだ。欧州=メルクリンと思っている人が多いようだが、メルクリンは交流三線式の独自の世界であって、それをスタンダードと言うのは無理がある。山崎氏はメルクリンはよく出来た玩具と言っているから、模型の範疇には入れていなかった。

 また、HOがアメリカ発祥のスケール規格という話は、明らかな間違いである。3.5 mmというアメリカとは全く関係の無い数字を見て、何も感じないのだろうか。今も昔も、アメリカではメートル法は定着していないことを知らない人の文章である。 
 HOはゲージ規格として、Oの半分で、欧州から始まっているその後、アメリカでは早い時期に、HOスケールとして定着したのは事実であるが、欧州ではHOゲージ=16.5mmとして発展してきた。

 山崎氏が16番を広めようとしていたのはわかるが、氏の権威が強くなったのは1960年代のことである。したがって、1949年の山崎氏の発言を拠り処にして議論を展開するのは無理がある。当時は複数の模型雑誌が乱立し、その一つの若い尖った編集者が、言ってみただけのことなのだ。やはり、昔から言うように「四十にして惑わず」である。それぐらいの歳になるまで、編集者などできるわけがないのだ。
 1970年代になると、山崎氏は過去の失敗に気が付いている気配がある。それが書かれたのは、先日の記事である。「五十にして天命を知る」だろうか。その後は違う方向に行っているが、そんなことはどうでも良い。

 イモンの新しい「1/80はHOではありません。」の文章も、保存しておくべきだ。10年後に読み返してみよう。



2019年07月26日

NMRA Life membership

 M氏はNMRAの life membership 終生会員権を保持していることが自慢らしい。手元の1972年の全会員のリストを見ると載っていないから、それ以降の加入なのだろう。72年の日本の会員を見ると、山崎喜陽氏も載っていない。そこには、日吉菊雄氏や伊藤剛氏、他に製造業者約10人の名前がある。筆者が入ったのは1976年で、その当時のリストには載っている。筆者もライフメンバになろうと思ったこともあるが、その頃に「ライフメンバはお荷物」と称する記事が会報に載り、
「財政的には全く貢献していない。少ない金額で、多年の恩恵を受けられる制度はやめるべきだ。」
と主張していた。なるほどと思い、普通会員のまま、35年ほど入っていた。計算すると、ライフメンバになるための金額の二倍以上払っている。その間何度となく、様々な記事の執筆者に手紙を書き、意見を送ったりした。そのうちの何人かとは、後に会うことができた。

 これは、会員であれば当然のことである。活動を活発化するには、意見交換が大切だからだ。会員証を御札のごとく飾っていても、全く意味がない。そのうちに筆者はアメリカに引越したので、地域の催しには積極的に出て、本部との意見交換もしたし、なにがしかの寄付もした。チャタヌーガにある本部の建物のどこかに、筆者の名前の入った煉瓦がはめ込まれているはずである。
 そうこうするうちに、Paul Shimadaという人から電話があった。
「今度の年次総会に出ますか?会いたいのだが・・・。」
と言う。誰なのか判らなかったが、電話を切ってからNMRAの会長であることに気付いた。滑らかな英語を話す(2世だから当然か)、教養のある人だと感じた。すぐに電話を掛け直したら、今度は日本語で話し始めた。その日本語は分かりにくく、困った。

 年次総会に行くと待ち構えていた。筆者のことは日本に居る時から知っていたらしい。時々興味深い問い合わせがあって、記憶に残っていたと言う。日本に帰るのか、こちらに住むのかと聞かれた。「帰るのなら、NMRAの日本支部を開いて支部長になってくれ。」と言われた。
 まだこちらも若く、将来のことは決めかねていたので、とりあえずはお断りした。もしそうなっていたら、どんなことになっただろう。山崎氏が何か言ってきたかもしれない。
 その後、サクラメントに行ったときには、連絡してお宅に伺い、家族でご馳走になった。15年ほど前に亡くなったが、能力に満ち溢れた素晴らしい方であった。

 2000年代になってからはNMRAは徐々に変質し、HOの意見が強くなると同時にFスケールが台頭し、Oスケールの人たちは離れ始めた。2008年にRP25のありえない数字についての質問をしたのが、筆者の会員としての最後の活動だ。答えられる能力のある人はいなかった。出まかせのおかしな答を送って来て、それは間違っていると言っているにもかかわらず、勝手に規格表に追加した。それで筆者はNMRAとは決別した。その後時間が経ったから、規格委員は入れ替わっているだろう。当時、NMRAに意見を言ったとK氏に伝えたところ、「NMRAに意見するなんて・・・」と絶句していた。するべきなのである。しなければならない。

 ともかく、NMRAに入っていると嬉しそうに言う前に、会員としての活動をされるが良い。そうでない人は入っていても意味がない。規格その他はインターネットでも手に入るのだから。


 今回の「1/80はHO」の意見も、言うべきなのである。KATOの加藤 浩社長が言えば、採用される可能性がある。KATOはDCCの普及にも貢献し、アメリカでの評判はすこぶる高い。言えば必ず反響があるはずだ。M氏の言う、「相手にされません」というのは根本的に間違っている。
 今回の規格の改訂についても、M氏は一般人より触れる機会が格段に多いにも拘わらず、何も気が付かないというのは、鈍感以外言葉が見つからない。眺めていただけではないだろうか。


2019年07月24日

HO gaugeは和製英語 ?! が消えた

 右手の手術が終わって二週間になる。抜糸後、再固定された。ギプスが、がんじがらめに巻いてあって、全く動かせない。右手が使えないと出来ないことは無数にあり、模型工作はすべてお休みである。ネジが締められない、糸鋸が使えない、ヤスリが掛けられない、金槌が打てない、ハサミが使えない。それとマウスが使えないので、ブログは当分の休みを戴いている。バックボタンが押せないというのは、本当に困る。音声入力というものもあるが、話にならない。

 メイルを確認していたら、イモンのサイト内の表題の文章が消えていると連絡を受けた。多くの方からお知らせを戴いたが、情報を総合すると、7月14日から新しい文章になったようだ。更新後の文を読んだが、歴史にはかなり怪しいところがある。以前の文章は皆さんで保存されているはずなので、比べてお読みになると良い。
 井門氏はブレインを持っていないのだろうか。外国の文献を細かく当たれば、捏造部分があることぐらいすぐわかるはずだ。山崎喜陽氏が昭和24年に書いた文章を全ての原点としているが、これは正しいとは言えない部分を持つ。

TMS #41916.5mm=HO 当時20代の若者が知ったかぶりをして書いた文章が、どうして原点になれよう。その後の彼の文章は、右に行ったり左に行ったりして、あとで気が付いたことを言い出せずに終わっている。TMS419号のミキストをお読みになれば、HOゲージという言葉を認めている記述にも遭遇する。山崎氏を中心とする歴史には意味がないのである。

 困ったものだと、この文章を書き始めたのは先週なのだが、片手では時間が掛かってしょうがない。そうこうするうちに、数人の友人から「爆弾だよ」とM氏の文章を転送された。そのうちのお二人からは、「不発弾だけどね。」と注釈が入れてあった。


2019年07月04日

炭素ディスクによるハンダ付け

 しばらく前の実演の写真を、MS氏から戴いた。炭素棒ハンダ付けの実演をせよ、とのことで、機材一式を持って出かけた。大きなトランスが入っているので、それを2つも入れると20 kgもあった。大きなスーツケースを牽いて行ったのだ。
 いつも手伝って戴くDr.Yも、自作のトランスを持って来られたので、それもお見せした。二次側の線は熱くなるので、ビニル被覆はいずれ可塑剤が昇華し、ぽろぽろと割れて来る。テフロン線に更新するようにお勧めした。一週間後にお会いしたら、直ちに巻き替えられたそうだ。

 伊藤 剛氏製作の炭素棒ハンダ付け機も、供覧するべく持って行った。非常にコンパクトに作られ、独立した足踏みスウィッチが無いにもかかわらず、1次側の断続が自由にできる優れものであった。
 ケースの蓋は蝶番で開くが、その陰にマイクロスウィッチが隠れている。蓋に触れると On になる工夫だ。実に素晴らしい工夫で、誰しも驚く。足元にケースを置いて、蓋を軽く押さえれば、On になるのだ。

炭素ディスク 炭素棒ハンダ付けの現場を見たことがある人は日本では少なく、かなりの方が熱心にご覧になった。太い材料(例えば 4 x 5 mmの角棒で出来たテンダの端梁)にステップを取り付けるのは、普通のコテではできないが、炭素棒なら3秒で完了だ。分厚い鋳物(Φ30、5mm厚)に小さなロスト部品を付けるのも5秒でOKである。外す時は。炭素棒で出来たピンセット状のもので挟めば、すぐ取れる。持ったまま、ずらして付けることも容易だ。

 客車側板のシル、ヘッダを隙間なく付けるのは、熟練がいる。プロは大きなコテの温度を最高に上げ、ジグで押さえ付けた細い帯板を一気に付ける。これはアマチュアには、かなり難しい。もたもたしていると、熱が板の方に廻って、全体が反る。こうなると修復不可能だ。
 帯板にハンダを塗り付け、良く磨いた側板にはフラックスを塗る。そしてこの炭素ディスクを当てて毎秒 2 cmほどで移動させると、全く隙間なく、完璧なハンダ付けができる。ハンダが両側に僅かに光って見える、理想的な状態である。

carbon disk 炭素ディスクは仙台の今野氏に挽いて戴いたものだ。中心部の金属が炭素ディスクとよく篏合し、この部分の接触抵抗が小さいことが肝要である。そうでないとこの部分が発熱し、燃えてしまう。
 アメリカで見たのは炭素ローラで、直径より幅が広いものであった。工業用途のもので、電流は100 Aも流れるそうだ。極端に太い電線が付いていた。何を付けるのに使ったのだろう。


 今度は右手の手術で入院しているので、しばらく休載する。左手は、お陰様でとても調子が良い。こんな事なら、もっと早く手術を受ければ良かったと後悔している。ボタンを嵌めたり、靴下が普通に履ける生活を、久しぶりに体験した。ここ何年かは、ヤットコでボタンを嵌めていたのだ。

2019年07月02日

エア・コンプレッサの出口

 梅雨時は湿度が高い。当然のことながら、空気を圧縮すると、その中に含まれる水が凝縮する。この記事を読んで心配になって、連絡した。理屈はよくわかっていらっしゃる方なので、問題はなかったが、もう少し広く知らせておかねばならないと思い、記事を書くことにした。水滴を含む空気が噴出すると、塗装面は悲惨な状態になるだろう。

 ほとんどの方は、飽和蒸気圧という概念をよく理解していないだろうと思われる。飽和蒸気圧は温度のみの関数で、その数値以上の蒸気圧は存在しないから、それ以上では、水は凝結する。これは梅雨時だけではない。真冬でも十分に凝縮する。

 例えば、大気圧で 27℃、湿度92%の空気には 25 mmHg の水蒸気が含まれる。それを圧縮して4気圧(圧力計の読みでは、最初が0気圧だから 3気圧)にすると、仮定される水蒸気圧は 100 mmHgになる。そのような状態は許されないので、27℃ での許される値、27 mmHg になるまで凝縮する。
 こう書くと、何だ簡単じゃないか、水滴ができて水が取り除かれたんだ、と思う人は多いが、実際にはそれ程単純ではない。

 気体を圧縮すると熱くなる。物理の時間にその理屈は習うだろう。分子の運動エネルギが増大するのだ。即ち、温度はかなり高いので、凝縮する量は僅かである。
 蒸気機関車の空気溜めの前の蛇管は、その熱い空気を冷やすためである。空気溜めの温度はなるべく低いほど良い。こうして、中には水が溜まる。仕業検査の時には、空気溜めのドレン・コックを開け、水を抜くのは当然である。凝縮水は、油とともに噴出する。

 塗装をされる方は、コンプレッサは買ってもエアタンクを持たない人が多い、と聞く。それは決して良くない。エアタンクは圧力の脈動を防ぐためと思っている人が多いが、実際は、水を分離するために必要である。
 連続使用するとタンクも熱くなるので、扇風機で冷やすのも手だ。途中のパイプを水冷(できれば氷冷)すると完璧だ。

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