2017年09月

2017年09月20日

Midway

 Midway 1Midway 2サン・ディエゴに行ったら見たいものが、もう一つあった。長年横目で眺めながら行けなかったところだ。
 Aircraft Carrier Midwayである。係留されて、博物館になっている。

Midway 7Midway 10Midway 3 この空母は横須賀に居た。内部の造作は、かなり日本の影響を受けている。第二次世界大戦末期の空母で、航空甲板をアングルド・デッキに作り替えて、かなり長い間就役していたが、90年代に退役した。サイゴン陥落時に、家族を乗せて逃げて来た軽飛行機を着陸させたのは記憶にある。その飛行機は展示してある。

Midway 9 4000人も乗っているので、一つの街のようなものである。食堂は24時間営業、病院も歯科医院もある。補綴(ほてつ 歯にかぶせたり、入れ歯を作ること)もしてくれる。隣の部屋には入れ歯を作る遠心鋳造装置もある。憲兵に取り押さえられたならず者を入れる牢屋もいくつかある。

Midway 6Midway 5Midway 8 水兵たちの寝るところはこのような蚕棚である。機械工作をする必要があるので、このような旋盤とかフライス盤が設置されているし、隣の部屋では板金工作をする。熔接機も各種あった。飛行機の修理をするのだから、相応の工作機械が必要なのだ。部品棚を見た。凄まじい数の部品が在庫してあって、それらが瞬時に検索できるようになっている。コンピュータの無い時代からそういうシステムがあったのだそうだ。

Midway 4 見学者の半分は中国人で、大きな声でわめきながら歩き回る。日本人は少なかった。格納庫は体育館のような高さで、とても広い。最近の原子力空母はさらに大きいそうだから、想像しにくい。
 ニューヨークのマンハッタン島にはもう一つの空母が係留されている。やや小さい。そちらは宇宙開発の歴史も展示しているようだ。

2017年09月18日

続 San Diego Model Railroad Club

118_6387118_6386 引き続いてO scaleの方を見てみよう。30年前と変化はなかった。既に、かなり陳腐化された概念のレイアウトである。ありえない階段状の本線を主題とした古臭いコンセプトに基づいている。取り壊して新しいレイアウトを作るべきである。筆者も、昔はこれを見てすごいと思ったのだが、今は妙なものであると感じた。

 HOの古いレイアウトも、陳腐化して取り壊されたのであろうと思われる。レイアウトの概念は急速に進歩しているのだ。より写実的になるか、抽象化するかのどちらかしかないだろう。
 筆者の博物館は抽象化の道を選んだ。故土屋氏のコンセプトである。すべてを無彩色にし、特別の部分だけに彩色を許した。日本にはあまりない Display Layout である。
 このサン・ディエゴの博物館は、写実的なO scale レイアウトとしては面積が小さすぎる。あたかもNゲージの1畳レイアウトのような感じである。何もかもつっこんである。現場で担当者とその件について語り合ったので、いずれ反映される日が来ると信じたい。
 O scaleでは、実感味は別のところにあるはずである。実物のような慣性のある走り、ポイントのフログでのドスドスという響き、カーヴでの揺れ具合などを十分に堪能させるようなレイアウトが望ましいと考えている。

2017年09月16日

San Diego Model Railroad Club

 予定より早く西海岸に戻れたので、車で二時間余のサン・ディエゴに行った。Balboa Park にある模型鉄道博物館に行くことにした。30年ほど前にも行ったことがあるが、その後どうなったかが知りたかった。

San Diego Model RR Club 4San Diego Model RR Club 5 ここには、N、HO、Oのレイアウトがある。地元のクラブが運営に参加している。今回はHOを重点的に見た。主題はテハチャピ・ループである。実物を正確に縮小した線路配置を実現している。余談だが、筆者の博物館のレイアウトでは、Oスケールのテハチャピ半径を実現している。HOだと半径1600 mm程度だ。

San Diego Model RR Club 7San Diego Model RR Club 2San Diego Model RR Club ループの隣にいくつかある180度カーヴも作ってある。これは
Caliente だろう。
 現代のレイアウトにしては高さが低い。そうしないとテハチャピ・ループを見下ろせないからだろう。要するにaerial view (上空から見た様子)を見せたいのだ。

 色調はとても良い。初夏のテハチャピである。彩度を抑えたほどほどの緑で気持ちが良い。日本のレイアウトを見ると、彩度の高い緑があってがっかりすることがある。

San Diego Model RR Club 6 構成はこのようになっている。写真を見ながらの作業のようだ。航空写真だから、位置関係はよく把握できる。現場に行って取材もしてあるようだ。


San Diego Model RR Club 3 多額の寄付をするとこのようなプレートを床に埋め込んでくれる。これは良いアイデアだ。当博物館でも考えてみたい。

2017年09月14日

Cajon Pass の変化

 テキサスのAmarilloから西進し、カリフォルニアに戻った。ロス・アンジェルスの手前で力尽き、Hesperiaに泊まった。BNSFの本線近くの安宿である。夜中もたくさんの貨物列車が通る。

 翌朝、カホン峠を通るのだが、例によってルート66の旧道を通ってみた。道が良くなっている。昔の駅のところは完全に削り取られている。新しい道を作っているのだ。以前の180度カーヴの道は完全になくなる。

Cajon Pass 4 この写真の矢印のところが今度作られる道だ。白い線は昔の山の形である。かなり削ったのだ。線路わきの段になっているところが昔のルート66である。


Cajon Pass 3 峠を越えて西を見ると、こんな調子である。今までの起伏に富んだ道は無くなり、勾配は均一になる。左の方にくねくねしているのが、現行のルート66である。以前よく行ったお立ち台には乗用車で行く道がなくなってしまい、今回は諦めた。

Cajon PassCajon Pass 2 そうこうするうちにBNSFの貨物列車がやって来た。22‰の勾配をあえぎながら登って来る。駅の跡地は信号所になっているが、最近はほとんど通過する。左の方の高いところを走っているのはUP線である。後発の路線は不利な高所を通っているのだ。現在の技術なら、掘り下げることは不可能ではないし、トンネルを掘ることもできるだろうが、その気配はない。
 この区間だけ電化すれば、電力回生ができそうだが、万一の事故を考えるとできないらしい。石油・電気の安い国であるから、というのも大きな要因だ。

2017年09月12日

続 Raton Pass

 シカゴから直接ロス・アンジェルスに向かう鉄道はSanta Feしかなかった時代がある。カンザスを経て、コロラドからニュー・メキシコに入る経路は、この峠を通るしかない。いわゆるサンタ・フェ・トレイル沿いである。 
 その間、トンネルはこの峠だけであるから、機関車の煙突は長くし放題であった。煙突を伸ばすと、通風が良くなり、効率が上がるらしい。トンネルに入るときだけ縮める方法が採られ、普段は1 m弱も伸ばしていた。サンタ・フェの近代型蒸気機関車は、概して背が高く、5 m以上ある。煙突を伸ばすと6 m近いわけだ。

Raton Pass トンネル全体はニュー・メキシコ州にある。北の出口から10 mほど行ったところが州境である。写真を撮るためにあちこち探したが、すべての道路は閉鎖されていた。


Raton Pass 仕方がないので、車で走りながら撮った写真がこれである。全く参考にならない。この区間の最急勾配は35‰で、本線としては、とんでもない勾配である。この線路上から高速道路をに向けて撮った動画が、下にある。
 昔の写真を見ると、補機をたくさんつけて押し上げている。50輌ほどの貨物列車に、ディーゼル電気機関車を中補機、後補機を入れて、総計10輌も付けているものがある。
 事実上、この Raton Pass は貨物の通過路線としての価値は、すでに失われたのであろう。YoutubeにAmtrak車内から撮った動画いくつかある。

2017年09月10日

Raton Pass

 この峠を車で越えたいと、この40年考えていた。Amtrakでは通ったことがあるが、夜中で分からなかった。発音は、″ゥラトゥーン″ である。歌の文句でもそう言っている。教養ある鉄道趣味人は、すべてそう発音する。
 ところが、現地で確認すると、かなりの割合で ″ゥラトウン″というので驚いた。若い人は、ほとんどそう発音する。tone の音と同じなのだ。年寄りはちゃんと、″ゥラトゥーン″ と発音してくれる。綴りからは想像できない音なので、より単純な音に移行しているのであろう。これは仕方がない。
raton 2raton Ratonはスペイン語のネズミの意味である。試しに近くの店でネズミ捕りを買い、メキシコ系の人に発音を聞いてみた。例によって巻き舌であったが、ラトーンに近い音であった。”トウン”ではない。意外なことに、コンピュータのマウスもratonであった(当然か)。  

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 駅に行くと閑散としている。貨車の一輌も止まっていない。既にこの線は旅客列車だけが通るのだろう。線路近くの安ホテルに投宿したが、夜中にも貨物は通過しなかった。
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 町全体が静かで、昔の宿場町としての賑わいは全く感じられない。廃業したモーテルがたくさんあった。


2017年09月08日

Southern Transcon

 BNSFの南回り大陸横断鉄道(transcontinental RR) のことである。シカゴから、Amarilloを経て、Belen Cutoff でCajon峠に向かう。
 Northern Transconは北廻りでGreat Northern路線を通る。一方、UPは何も言わなくても、だれもが知っている大陸横断鉄道である。BNSFは2本持っていることになる。
  この3本が主要な経路で、線路は多少は分かれているが、通るべき隘路は限られている。通行量は膨大である。旅客列車は勾配がきつくても構わないので、これ以外の線路も通るが、長大な貨物列車が頻繁に通るのは、この3本以外にはない。北廻り線は、冬季には雪の影響を受けやすく、その点でも南廻り線の増強が必要であったのだ。

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119_6560 テキサスのアマリロに向かう国道60号は、この南廻り線とほとんど並行している。かなりの数の貨物列車を追い抜き、すれ違った。テキサスとニューメキシコの州境のFarwellという町では、大きな道路を踏切で横切って長大貨物列車が走っている。とても面白いが、危険である。いずれ高架化されるのだろうが、それまでは毎日数十回もその光景が繰り広げられるのだ。

 たまたま通り過ぎる列車を横から撮った。このような撮り方をする人はまずいないだろうという動画である。

2017年09月06日

続々々 Abo Canyon

 アボ・キャニヨンで撮った動画が見つかったのでYouTube にupした。たまたま、短い80輌ほどの列車で、面白くない。機関車は4輌だ。5輌つないでいれば、100輌以上ある。

 YouTubeにはAbo Canyon関連の動画がいくつかある。
 BNSFの広報ビデオは分かり易い英語で、楽しめるだろう。

 単線時代の動画である。規制の無かった時代の撮影で、気楽に撮っている。

 複線運用を4倍速で再生したビデオが面白い。走行方向は自在のようだ。
 
 Belenのヤードを空撮した動画である。ターンテイブルが残してあるのは興味深い。

 ベレンは長閑な街である。

2017年09月04日

続々 Abo Canyon

BNSFBNSF2 待っているうちに次々と来るので、写し損なう事がある。
 この写真で曲がっている線路が在来の本線で、直線が新線である。

 この写真は西の方を向いて撮っているから、曲がっている方は坂を登っている。この撮影地点の背後が峠になっているので、かなりあえぎながら通過するが、対する西向きの列車は、あっという間に通過してしまう。しかも音がほとんどしない。

 連結輌数は120輌ほどであるが、勾配は12.5‰程度であるから、比較的楽そうである。4重連ないし5重連である。

 Belenを通過するこの本線は、Belen Cutoffと呼ばれている。シカゴ ― ロスアンジェルス間のほとんどの重量貨物列車は、ここを通過する。ざっと一日120万トン強である。

2017年09月02日

続 Abo Canyon

Abo Caynon 4 残念ながら、この区間を横から見ることはできない。事前に衛星写真で調べて行ったが、予想通り、どこにも入り口がない。BNSFは線路立ち入りには極めて厳しく対処している会社で、厳重にゲートで仕切られている。例の9/11の事件以降、鉄道に対するテロ防止の観点からの規制なので、下手に逆らうととんでもないことになりそうだ。

 唯一の接点は国道60号が直角に立体交差しているところで、そこからの眺望は限られているが、多少はある。
 車内から見るには、アムトラックが旅客列車を運行しているのでそれに乗る方法がある。あるいはBNSFに正面から取材を申し込む必要があるが、個人では無理だろう。放送会社などにコネクションがなければ、相手にしてくれそうもない。

Abo Canyon 5 アメリカの鉄道ファンの間では、カホン峠、パウダ・リヴァ、アボ・キャニヨンが三大聖地となっているそうだ。これは通過トン数による数字だろう。

 相対的には、行きにくい場所である。サンタフェの街に投宿し、車で2時間かかる。ベレンの街からでも1時間かかる。


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