2016年09月

2016年09月30日

クラブ・レイアウト

この合運の参加者が毎年減っている。参加者で、年金受給者でない人が、何人いるのだろう。おそらく、両手で足りるとのことだ。
 鉄道模型は年寄りの遊びになったようだ。若い人もいるのだが、それはNゲージがほとんどで、車輛工作をする人は少ない。HO以上の模型はいずれ、日本では絶滅してしまう、と心配する人が多い。

 この合運も、会場の床にシートを敷くことから始まり、机の搬入、線路の組み立てをする。撤収時にはその逆をやるわけだ。年寄りにはつらくなる。クラブ所有の固定されたレイアウトが欲しい。

 筆者のブログをご覧になっている方が、
「クラブレイアウトが必要だ。」
という話をされた。筆者も同じことを考えていた。自宅から、山を越えて一般国道を通って現地に行ったのだが、途中で見た、山あいにある廃業したホテルなどはなかなかの好物件だと思う。 駐車場はかなりあるし、交通の便もかなり良い。価格はおそらく1000万円も行かないだろう。
 鉄骨作りであれば、内部をぶち抜いて大広間ができる。
 最近は法人の作り方はいろいろあるので、法人の所有として登記すれば、相続問題からは切り離される。
 
 不動産を持つということは、十分な大きさの固定レイアウトが出来るということだ。このようなクラブが大都市の郊外にいくつかできない限り、この国の鉄道模型の未来は真っ暗だと考える。筆者の例を参考にして戴きたい。田舎の土地は安いのだ。
 諸外国の例を見れば、クラブ・レイアウトは当然のように存在する。 

2016年09月28日

続 関西合運

 筆者の属するJORC関西には様々なお客様がいらしたが、
「ブログをいつも拝見してますよ。」
と仰る方が多く、驚いた。

 ガーダー橋を持って行ったが、意外と人気があり、皆さんが手に持って、その重さと構成を吟味された。意外なのは支承が人気であったことだ。可動する支承は初めて見たという方が多い。
 ダイキャスト部分はかなり欠陥があり、パテで埋めなければならないことを指摘されている。塗装するので全く問題ないであろう。
 トラス橋の図面も持って行った。その規模、精緻な設計には賞賛を戴いた。レーザによる加工手段がなければ、とてもできる代物ではない。
 ブレイスが同位相あるいは逆位相の件については、構造の専門家がいらして、実例を示して話をしてくださった。災害時に橋台の半分が無くなったりした時には、逆位相のほうが落橋せず、生き残る率が高いらしい。
 ピッツバーグ市内の同位相の例の話は面白いとのことであった。

 持って行った貨車は少なかったが、手で押すと、するするとどこまでも滑走するのが面白く、何度も実演した。
「今までの鉄道模型の概念を崩しましたね。」と言われた方があった。
「いやそうではなくて、鉄道というものは、もともとそういうものなのです。模型がその特性を再現するように方向づけられなかったのが間違っていたと思います。」
と答えると、
「全くその通りですね。潤滑というものすら抜けている車輛がありますからね。」

 軸受からキーキーと音を出して走る車輛は少なくない。

2016年09月26日

関西合運

 ベルの内側の色については、たくさんのコメント、メイルを戴いている。正直なところ、筆者にはお答えできる知識はない。赤は目立つという意見もあるが、振れないベル(固定されて、内部で打ち金が動くもの)もあり、赤である積極的理由とも思えない。 
 日本も銅は戦前は輸出をしていたし、 戦争がはじまると、薬莢製造に多量に必要なので、諸国が輸出を制限したことが大きい。当時はアメリカ西部の銅山はまだまだ未開発の部分があった。

 さて、週末には関西合運に行った。長雨で塗装ができず、生地完成まで持って行った貨車20輌が完成しなかった。せっかく、塗装の工程表を作り、デカールの数も確認したのに、である。かれこれ10年ほども掛けたプロジェクトだったので、少々残念であった。

 仕方がないので、DCCのディーゼル電気機関車と、持ち運びが楽なプラスティック製貨車4輌だけを持って行った。ご覧になった方は、DCCの重厚感ある走りに、感銘を受けられたようだ。機関車がとても重そうに見える動きをする。Momentum(動いていると止まらない) のある動きだ。牽引力は十分あり、連結器を押さえて止めようとするが、かなりの力があるので、皆さん驚かれた。超低速も可能だ。
「『3条ウォームは力がない』ということを言う人がいるが、ありゃ嘘だね。」 
 ホイッスルを鳴らしてエンジン音が高まり、警告ライトを点滅させながら走ると、観客は陶酔状態だ。

 貨車には間に合わせのウェイトを入れていった。例の使えない曲がったゴム板を切って入れていったのだ。固定しなくても具合よく納まる。また、運搬中に中で踊っても、被害はない。 ゴム板を持ってみての感想は、
「意外に重いものだね。」
ということである。 

2016年09月24日

続 ベルの内側

 色は赤か黒だ。赤は警戒色ではあるが、黒い機関車の前面にあったとしても、明度の差が小さく、視認性に欠ける。内側が黄色や白だったりすると、かなり目立つだろう。
 たぶん、視覚に訴えるという話ではないと思われる。

 材質については、書き出すときりがない。金属の専門家に話を聞くと、やはりヤング率に大いに関係がある。硬い材料は高い音が出せる。銅合金であれば、青銅系のものがよく、ブラス(黄銅)系のものはダメだ。青銅系でもスズの割合を多くすると良いらしい。その代わり割れやすい。
 歴史上有名な割れた鐘は、いくつかある。フィラデルフィアの独立記念館に行くと、その割れた鐘が展示してある。嬉しくて鳴らしまくったのだろう。色はかなり白い。ということはスズの比率が高いということだ。

 アルミニウム青銅も極端に硬い。その専門家の話によると、船に付ける鐘の注文があったが、普通の青銅製を示しても納得しなかったそうで、鋳造屋が聞きに来たのだそうだ。

 アルミニウムを1割弱含む銅合金で、恐ろしく硬い。スクリューなどに用いる例が多かったが、それを鐘に転用したのだ。
 素晴らしく良く響く音で、発注者は納得したそうだ。

 日本の話なので、多くの鐘がそれで鋳造されていると思うが、意外に出くわさない。消防車の鐘は今までどおりの音である。

 戦争中はアメリカでも各種の物資が不足した。有名なのはBig Boyなどのパイロット先端のゴムである。日本がマレー半島を押えたので、すぐに木製に取り換えられたらしい。 

2016年09月22日

ベルの内側

 機関車のベルの内側はどうして赤く塗ってあるのかという質問を複数の方から戴いている。これは極めて難しい質問で、筆者にはとても答えられそうにない。

 実は40年以上前に椙山 満氏のところで、それについて論議したことがある。当時カラー写真は少なかったが、明らかに赤のものが多く、たまに黒いものが見つかったのだ。

 アメリカに居た時、いろいろな場所で鉄道関係者に当たってみた。赤が基本のようだが、黒い時もあった。戦争中は黒かったというのが、答えとして多かった。

 赤は目立つから、という話もあるが、それはほとんど意味はなさそうだ。たまたまどこかの機関車メーカが赤く塗って出荷したのが、定番になったというのが信じられる話だ。

 もっと意外な証言も出てきた。東部で聞いた話だ。戦争中は物資が不足し、ベルの材料の銅合金は供出させられた。代わりに鉄のベルが来た。変な音だった。戦後すぐに新しいベルが支給され、音が良くなった。

 確かにその音の問題は深刻だ。鋳鉄で作ったベルの音など、聞けたものではない。ボコボコという音がする。焼きの入った鋼製ならばかなりいい音がするが作りにくい。
 日本のベルは、砲金(青銅)を使っているものが大半だ。専門家の話では、
「音が良くない。もっと硬い材料を使うべきだ。アルミニウム青銅はいいよ。試作したら、皆驚いた。」
 この話を聞いたのは20年以上前のことだ。今ではどうなっているのだろう。

2016年09月20日

続 girder bridges

girder bridge inside ハンダ付けをした。鉄のハンダ付けは久しぶりで、コテを使った。炭素棒では炭素が鉄のほうに拡散して(浸炭)、部分的に不均一になり、しかも硬くなる。以前やった時は部分的に焼きが入った状態になり、ヤスリが引っ掛かった。コテならその心配はない。

 まず片方の板に垂直にXブレイスを差し込み、締めて固着させる。ハンダを流して固定する。もちろん塩化亜鉛飽和溶液を付けておく。ハンダはすべての隙間を満たして完全に付く。もう一方の板のスロットをよく掃除し、Xブレイスのタブを入れ、水道工事用のプライヤ(アゴが平行に開くように調整できて好都合)で締めると「コツン」と嵌まる。

 すべてが嵌まったら、また塩化亜鉛を塗って、コテで留めていく。 音もせず、臭いもないハンダ付けである。次に稲妻型の部材を逆位相に付けてできあがりだ。完璧にハンダが廻っているので、極めて丈夫である。静荷重なら、大人一人が載れる。

 終わったらすぐに流水を掛けて洗う。錆びないように直ちに高圧空気で吹き飛ばし、扇風機で乾かす。下地処理材を多方向から吹き付け、錆止めする。 

girder bridge completed ダイキャスト製側板をよく洗い、スーパーXで接着するとできあがりだ。思ったよりよくできていて安心した。完成した線路を載せると、透けていて気持ちが良い。


 鉄橋上はガードレイルが必要だ。ガードレイルの図面を見ている。細いものを使うのがデザイン的には良いことに気が付いた。

2016年09月18日

girder bridges

girder bridge construction レーザで切った鉄板を仮組みして、様子を見ている。0.8 mmの板のタブを0.8 mmのスロットに入れるのはやや難しい。タブの先端を斜めに削いで、ぐっと押し込む。ブラスの棒を当てて、金槌で軽く叩くとスロットに入って抜けなくなる。
 この状態でフラックスを塗り、ハンダ付けをする。隙間を、完全にハンダで埋めるようにする。鉄板だから熱が逃げず、100Wのコテでも簡単にできる。

 Xブレイスの両側に板をつけるのは少々難しい。反対側にも楽にはまるように、スロットをダイヤモンド・ヤスリで削っておくことが必要だ。するすると入らないと組むことができない。

 上下の稲妻は逆位相にすることにした。ピッツバーグの街の中でN&Wの橋を見上げて、同位相のものを確認したが、たった1例しかない。あとはすべて逆位相であった。

tie jig 転車台上の枕木整列ジグである。先回の失敗を踏まえて、肉盗みしてある。簡単に嵌められ、外しやすい。この上でレイルをスパイクする。線路の中心がずれると、回転した時、線路が合わないから、精度が必要だ。
       

2016年09月16日

続 隠しヤード敷設

escape track 隠しヤードの中の機廻り線である。長い機関車も一旦突っ込んで、切り離せるような寸法になっている。12輌の客車を留め置くことが出来る。ポイントマシンは、後付けは難しいので、予め付けておいた。切り離し用のアンカプラはまだ付けてない。電磁石方式にしようと思う。この工作は裏からできる。

 この部分は天井が低く、140 mmしかない。首を突っ込むこともできないので、横から手を入れて線路を敷く。ポイント部は、コルク板の上に貼ったものをハーマンのところで貰ったので、それを使っている。車輛が通ると騒がしい。通過速度がかなり小さいので問題にはならないが、貨車を手で押してその騒音を調べた動画を作った。かなりひどいものである。コルク道床は、何の役にも立っていない。


hidden yard その他の通常ヤード部分は7線あって、まだ工事中である。 照明は十二分だ。工事の時や、脱線復旧の時には必要なので、やや多目の照明を付けたのだ。捨ててある蛍光灯器具を有効利用した。使用時間が短いのでこれでよい。ゴムシートを敷いたが、5 mm厚ではなく、2 mm厚のシートを使った。エラストマの効果もあるので、十分静かだ。
 敷設は大変難しい仕事で、釘を打つ手を、横から入れることしかできない。この部分は25 mm合板上に建設し、一気に持ち上げて吊ボルトで留める方法も考えたが、重量がかなりあるので諦めた。長さは6 m以上あるから、同時に8人ほど居ないと持ち上げられないからだ。

 工事は、線路の通りを見る人と釘を打つ人が必要で、T氏にお願いして手伝ってもらった。あまり丁寧な仕事はしていない。速度が遅く、行き止まりで誰も見る人などいないから、完全な直線にはできてないが良しとした。ただし騒音対策は完璧である。 

2016年09月14日

隠しヤード敷設

 亡くなったハーマンのところには、お悔やみを伝えるために、寄るつもりだった。ちょうど線路が不足していたので、荷物を現地で受け取るための送付先に指定してもよいかと聞いたところ、快諾を得た。2日のうちに荷物が届いたと連絡があったが、
「これは線路か?うちにもいっぱいある。持って行ってもいいよ。」
ということになり、博物館への寄贈という形で貰ってしまった。全部で数十本あり、かなりの体積だった。しかし、業者が商品を入れて来た箱が大きめだったので、それにぎっしり詰めることができた。
 空港に持ち込んだ時、検査で引っかかると思ったが、箱に
”Model Railroad Tracks”
と大書しておいたので、X線で検査しただけで通った。開けられると、もう一度きっちり詰めるのは難しいほどのすし詰め状態だったから助かった。透視するとレイルだけしか見えなかったのだろう。

 沢山の線路が揃ったので、隠しヤードの線路を敷き詰めた。「8線」+「機廻り線」で9本あると、線路がかなりの量必要だ。
 5 mmゴム板の上にエラストマを置いて、線路を留めた。ゴムは25 mm合板の上に置いてあるだけで、ところどころ、ずれ留めで釘が打ってある。この方法は、デッドニングがよく効いて、とても静かである。
 貰ってきた線路の中には、コルク道床に木の枕木を接着したものにスパイクしたポイントがあった。分岐の向きがちょうど良かったので、機廻り線用にフレクシブル線路の間に挟んで使った。
 その部分はとてもやかましい。ビデオに撮ったので、いずれYoutube にupする。 

2016年09月12日

続 Allegheny

the Henry Ford (14)the Henry Ford (29)the Henry Ford (28) 1973年にこの博物館を初めて訪れた時、持っていた情報は、
「とてつもなく大きな機関車がある。世界一大きい。」だけであった。
the Henry Ford (25)the Henry Ford (23)the Henry Ford (24) それはBig Boyに違いないと思っていたのだが、行って見たら外れであった。
 当時はどこにどんな機関車があるかという情報はあまりなく、現物を見て驚くことが多かった。幸い、アレゲニィは井上氏の模型を知っていたので、なるほどという感じである。

 世界一大きいというのは間違っているとは言えない。機関車の「大きさ」はいくつかの次元で語られる。
 質量、長さ、出力、引張力などである。その前に「機関車+テンダ」が、100万ポンド(454トン)以上なければ比較の対象にはならないらしい。1980年代のNMRAの会報にいろいろな諸元から考える記事が載っていた。整理が悪くてその記事が見つからない。
 確か、アレゲニィは引張力と機関車の質量とが最大ではなかっただろうか。長さはPenssyのS1だ。出力にはいろいろな測定条件があり、Big Boyは連続した出力の点で1位だったような気がする。短時間の出力ではPenssyのQ2が凄い。それと速度の問題もある。Big Boyは大動輪で高速運行ができた。特に下り坂ではその違いは大きい。また稼働していた輌数、期間、運行距離も大きなファクタである。
 様々な点で、Big Boyを最大、最強、最速、とする意見が支配的であると感じている。

2016年09月10日

Allegheny

the Henry Ford (26)the Henry Ford (27) 多くのコメントを戴いた。すべて正解で、Alleghenyである。ビデオが繰り返し放映されていて、その発音はやはり第一音節にアクセントであった。

 この機関車は整備し終わった状態で放置されたので、それをそのまま博物館に収蔵した。タイヤが削りたてである。デンヴァに置いてあるBig Boyのタイヤが磨り減っているのとは大違いである。塗装も当時のままだろう。ベルの外が黄色であるのは興味深い。
 
 ベルの内側を赤く塗るのは、大半の鉄道会社で行われている。40年ほど前、筆者は自分の機関車のベルを赤く塗って椙山氏のところに持って行って披露した。椙山氏はそれを目ざとく見付けられて、褒めて下さった。懐かしい思い出である。

the Henry Ford (21)the Henry Ford (30) この機関車の大きさは、尋常ではない。よくぞこんなものを作り上げたものだと感心する。
 この博物館がなければ、屋外に放置されて朽ちていったのだろう。

2016年09月08日

続々 Greenfield Village

Greenfield Village (15)Greenfield Village (16)Greenfield Village (17) この工場はフォードの工場の一角をそのまま移設したものだ。動力は蒸気機関である。非常に懐かしい。筆者の子供の頃は、日本にはまだこのようなシャフトのある工場がたくさんあった。もちろん電気モータ駆動であったが。天井のシャフトから動力を取るから、ベルトに巻き込まれると大事故である。3枚目の写真の機械は、売店で売る小さなブラス製の商品の部品を作るために作動させるが、作業中にベルトに巻き込まれる事故を防ぐために金網でその部分を囲ってある。

 シャフトには丸いドーナツ状のフェルトが通してあり、シャフトの回転により、自然にあっちへ行ったりこっちへ来たりする。即ちシャフトの錆び止めである。
各種の工作機械が並び、これで自動車を作っていたと思うと隔世の感がある。

the Henry Ford (7) 前後するが、Henry Ford博物館の中の最も人気のある展示物はこの貨車の前にある。
冷蔵車は保存状態が良く、あちこちの飛び出し具合がよくわかる。ちょうど製作中のと同型だから助かる。しかしここまで細かく作っても、他が同水準でないと変なものだ。
the Henry Ford (11) 冷蔵車の扉に手前に黒い札が差してある。板の厚みには驚いた。こんなに厚いのである。

 さて、その前方にあるのは何だろう?この博物館の中で最も写真に撮られる頻度が高いのだそうだ。大き過ぎて、運び込む時に入り口を少し壊して入れたそうである。  

2016年09月06日

続 Greenfield Village

 この村の中には、20世紀初頭の様々な職業を再現して見せてくれる場所がある。印刷屋とか、焼き物を作る工房とか、機織り、ガラス屋、木工所、鍛冶屋などがある。
 その中で特に興味を持ったのはこのブリキ屋である。ブリキ板(スズめっきをした軟鋼板)を曲げて、いろいろなものを作ってくれる。大物は時間が掛かるので、簡単なクッキィの抜型をお願いした。短冊形に切ったブリキを片方だけ曲げて手を切らないようにする。それをくねくねと曲げて目的の形にして、最後はハンダ付けだ。

Greenfield Village (11) 大きな焼ゴテ(1ポンド級)を出して見せたが、これは使わないと言う。どうするのかと思えば、アルコールランプを使うのだそうだ。このアルコールランプは、タンク部分が多面体で、いろいろな角度で置くことができる。

Greenfield Village (12) ほとんど横向きに置き、吹管を使って炎を所定の場所に導く。吹管は、長さが30 cmほどの平仮名の「し」の字の形をしたブラスの細い管で、青い炎を目的の場所に当てることができる。フラックスを少量塗ってハンダの粒を置く。やはり置きハンダだ。ブリキはハンダ付けが極めて容易で、あっという間に付く。机に松脂が置いてあるので、それも使うのかと聞いてみたら、松脂はあと始末が面倒だから使わないそうだ。
 ハンダは2×3×1.5mm程度の大きさであった。

 ここで作られた商品は、売店で適価で売っている。 

2016年09月04日

Greenfield Village

 このグリーンフィールド・ヴィレジには1991年から鉄道が整備された。もちろんヘンリィ・フォード自身の意思によって線路敷設は予定されていたのだそうだが、時間が掛かった。
Greenfield Village (9)Greenfield Village (7) 機関庫は1884年に建てられたものを移設した。転車台は手動である。
 稼働可能な蒸気機関車は3輌あって、先の4-4-2、4-4-0とこのメイソンボギーがある。 
  
Greenfield Village (30) かなり大型である。訪問時には機関庫に入っていたが、走っている動画はかなり見つかる。


Greenfield Village (31) 機関庫の中にはピットも切ってあり、動輪の嵌め替えもできるようになっている。工具類の並べ方は参考になる。


Greenfield Village (34) 煙突は上下できるようになっていて、煙を庫内に充満させることがない。見学スペイスは高く、作業の邪魔にはならない。原則として機関車を奥に突っ込む。そうすれば作業スペイスが確保できる。
 テンダは後ろに尻を出しているときもある。昔、テンダばかり買う男がいたので、何をするのだと聞いたら、こう言った。
「機関庫に並べるのだ。」

2016年09月02日

祖父江欣平氏の殿堂入り

 祖父江欣平氏を、O Scale Hall of Fameに入れようと、過去5年ほど動いてきた。その前の段階から考えると、もう10年もやって来たことになる。

 DavidはワシントンDCの弁護士で、この運動に力を入れてくれていた。今まで殿堂入りした人は、すべてアメリカ人だ。その点も難しいところであった。
 筆者は各地で何回か、祖父江氏に関するクリニック、”The man who built engines for Max Gray" を講演した。参加者はすべて、祖父江氏のファンになり、運動を後押ししてくれた。O Scaleのコンヴェンションをまとめる評議会で何度も話題になったらしいが、すでにその年の人選が終わっていて、難しかったようだ。
 ようやく、今年になって可能性があるという知らせをもらったが、決定を知らされたのは最近だ。日本人が、アメリカの殿堂入りをするということは、画期的なことであり、日本の模型界のみならず、世界に影響を与えた模型人という意味でも、我々模型ファンは深く心に刻むべきことであろう。
 写真を送らねばならない。良い表情のものを探している。
  
 これは、もちろん日本の模型雑誌でも発表すべきことである。さて、どんな扱いになるだろうか。雑誌社にコンタクトしたいが、先年コンピュータが2台ともクラッシュして、アドレスが行くえ不明になってしまった。 

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