2015年08月

2015年08月31日

turntable

turntable ターンテイブルは整備されたばかりだ。 手すりが付いているということは、観客を乗せて廻ることがあるのだろうか。



turntable 3turntable 4 動力は電動油圧モータである。三相電動機でポンプを動かし、油圧モータを作動させている。回転方向制御、速度調節が容易で、起動トルクが大きいからであろう。
 駆動輪に掛かる荷重を大きくするために、コンクリート製の錘を載せている。
turntable 2turntable 5turntable 6 これが全体像である。塗装が綺麗で驚いた。中央部は剛構造であるが、上に引張りを受け持つリンクがある。
 ということは、センタで荷重を受けるということである。 

 短いが、これでチャレンジャを廻すことができる。もちろん、テンダの一部をはみ出させ、後ろ2軸を楔で持ち上げるという離れ業である。センティピード台車はイコライザ可動範囲外で底突きするので、このようなインチキができることがわかったのだ。いわゆる現場知というもので、最初からそれを狙って設計したのではない。

2015年08月29日

続 roundhouse

 扇形機関庫の外側を見てみよう。

round house 4 この扇形庫はかなり大きい。明り取りの窓ガラスは、既にことごとく割られて窓枠も折れている。現役時代はなかなか優雅な雰囲気であったに違いない。  
 この部分のパラペット部分には変更がない。すなわち、木製の梁に屋根を載せてあったのだろう。

round house 5 この写真を見ると、パラペット部に四角の座金がたくさん見える。この裏には鉄骨の梁があるのだろう。煉瓦壁に穴をあけ、ボルトを通して梁を抱かせている。
 この煉瓦はとても脆く、強度はない。日本ではまずできない工法である。地震が来るとばらばらになってしまうだろう。
 結婚式場の辺りだけは、完璧に修復されている。窓枠が美しい。

acetylene storage この倉庫は日本の油庫に似ている。東海道本線の木曽川駅に保存されているものを思い出した。
 説明によると、アセチレンガスのシリンダ(いわゆるボンベ)を仕舞っておくところだそうだ。アセチレンの密度は空気より小さいので、換気窓は上にある。



 

2015年08月27日

roundhouse

round house beam 扇形庫のつくりは、どの例を見てもだいたい同じである。煉瓦づくりの前壁、後壁の間には木造の屋根が掛けてある。Beam(梁)は木造が多い。hemlock(ツガ)やoak(樫)の巨木を挽いて作った柱に、brace(すじかい)をボルトで留めただけの荒っぽい作りだ。屋根は簡単で、ほとんど載せてあるだけだ。
 
round house doorsround houseround house 2 扉は大きな機関車が出入りするので巨大であり、明かり取りも兼ねている。このドアは新しく作ったもので、当時のプラクティスを踏襲している。材質は松のようだ。節があるのが良い材である。この辺りの感覚は日本とは異なる。knotty pine という言葉があり、「生き節」を賞味する。生き節とは周りの材と結合していて、強度のある節のことである。逆に「死に節」とは板を押すと節穴ができるような節である。我が家の天井はこれと同じ材である。 
 斜めのワイヤでドアの重さを支えている。こうすれば、垂れてくるのを防ぐことができる。ターンバックルの締め方で直角を保つことができる。
round house window 改装された部分から、未改装の部分を見ている。蒸気機関車の時代が終わってからは、扇形庫の使い方はかなり変わったはずだ。
 ディーゼル機関車は、各部のユニット化が進み、修理はユニットの交換で終わりである。それは隣接する machine shop で行われた。線形庫は単なる機関車置き場になり、そのうちに倉庫になってしまった。

round house 3Master Plan 外に出ていって、残りの部分を見た。すべてを改装するには、まだかなりの資金と時間が必要だ。この飛び出している建物が何だったのかはよくわからない。

 このマスター・プランを見ると、かなり大規模な計画のようだ。

2015年08月25日

Evanston機関区

 今回の最大の目的の一つはこのエヴァンストンの機関区跡を訪ねることであった。昨年友人が近況を知らせてくれ、40年ぶりに行ってみたくなったのだ。

 Evanstonは、ワイオミングの西の端だ。良い水が流れる川があって、機関車の給水には適した。当然のように、そこには機関車の停泊所が作られ、それが機関区になった。

 40年前に行ったときはUPのディーゼル電機機関車の整備工場があり、一般人は立ち入りが制限されていたので、外から見ただけであった。大きなラウンドハウスがあり、ターンテイブルが稼働していた。
 その後、検査・整備の設備はシャイアンの機関区に吸収され、空き家になってしまったのだ。

weddingwedding 5wedding 3 数年前、エヴァンストン市は、この残された建物を歴史的建造物と認定し、税金を投入して保護することにした。一部を改装し、空調設備を取り付け、多目的な会場として貸出している。今回も結婚式をしていたので、中には入れないかと心配したが、「日本からこれを見に来た。」と言うと、「構わんから入れ。」と招き入れられた。式が始まる直前であったが、中を一巡りさせて戴いた。ふくよかなお二人であった。

wedding 7wedding 4 この機関庫は大きい。柱の太さは16インチ(約45 cm)角である。Big Boyは来なかったが、チャレンジャは来ていた。機関庫の奥行きはところにより、増築して長くなっている。扉のデザインも新製時期が違うので、場所によって変化している。

 

 

  

2015年08月23日

またまた Cajon Pass

Cajon Pass 4 話が多少前後するが、またカホン峠に行った。通り道だから、よく来るのだ。おそらく30回は行っているだろう。
 何度来てもすごいところだと思う。5000馬力の機関車が5両で120輌の貨車を牽く。1万トン以上の列車だ。

Cajon Pass 3Cajon Pass 2 排気が熱い。腹の皮が共振してぶるぶると振動する。スリップもせずに楽々と引き上げるのは素晴らしい眺めだ。蒸気機関車の時代は、これまた素晴らしい光景だったに違いない。ただし列車規模は現在の1/5程度だった。

Cajon Pass 数年前に線路が更新されたので、UPの1線とBNSFの3線がある。この写真にはUP線は写っていない。10 mほどの標高差があるところを通っている。ATSFが先に鞍部を押さえたので、後発のUPは少し高いところを通らざるを得なかった。
 相変わらず列車の密度は高く、30分で5本通過した。

 22.5パーミルという勾配はとてつもなく急で、とても長大列車が走る線区ではないと思えるのだが、次から次へとやってくる。
 今回は例の丘に行かずに旧国道脇で観察していた。暑くて例の丘では熱射病になりそうだったからだ。この場所からは、昔はCajon駅が見通せた。現在は信号所になっている。

2015年08月21日

航空博物館 最終回

 鉄分が不足しているとのお便りがあったので、これで終わりにしよう。

 
TBM-3 2 Gramman TBM-3 Avenger である。これが本当に飛ぶのかと思うほど太く、重そうである。乾燥質量で4.8トン、装備、燃料を積んで8.1トンもある。
 アヴェンジャは非常に性能が良かった。飛行機というものはその姿が美しいものは性能が良いことになっている。これは唯一の例外であろう。
 このサイトでは見つけ出すことができなかったが、博物館の収蔵品リストには在る。

TBM-3 4TBM-3 1TBM-3 5 主翼は45度の角度の軸で折り畳める。大きな飛行機なので畳まねば空母に積めないからだ。その畳み方はかなりの工夫があって、興味の湧くところである。
 コンピュータによる3次元の設計ができなかった時代に、このような設計ができたのは素晴らしい。単に畳むだけでなく、伸展した時の強度も万全であった。
 以前、スミソニアン博物館で見た時は暗く、写真が撮りにくかったので、今回はじっくり見てきた。

TBM-3 3 3人乗り組みで、中間の通信士は、腹面の機銃による射撃手も兼ねていたらしい。


2015年08月19日

続々々 航空博物館  

B-24 1B-24 2 ヨーロッパ戦線のほうの展示館に行くとB-24 Liberator がある。当初はヨーロッパだけであったが、のちに太平洋方面にも配属された。
 B-24は飛行艇の設計が基本にあるそうで、胴体の断面が、縦長である。B-17の尾輪式ではなく、機首に車輪があって、前方視界がよく、離着陸が楽だったと聞いた。
B-24 3B-24 5B-24 4 機首の回転銃座が物々しい。こんな形では風が漏れそうだし、雨だって入りそうであるが、大丈夫なのであろうか。
 爆撃手の観測窓は平面の磨きガラスで、そこにはワイパーも付いている。
 筆者が見たかったのは、腹部の回転銃座だ。これが見たくて来たのである。防弾ガラスでできた球状の砲塔に入り、電動で回転と伏角の動きをさせる。果たしてよく当てることができたのか、はわからない。銃手は仰向きに寝転んで足を上げ、股の間に照準器をはさんでいる感じである。死亡率の高いポジションだ。
 銃手は体格の小さい者を選んだ。狭いから、パラシュートを腹に固定して乗ったそうだ。機内との行き来はできない。B-17は尾輪式だから、クリアランスが小さく、離着陸の時は引き上げていた。
B-24 6 爆弾倉扉はシャッタ状である。扉ではない。 内部は暗い緑色である。いわゆるオリヴ・グリーンだ。 
 扉はこの歯車で開く。

2015年08月17日

続々 航空博物館

 屋外の展示をざっと見てから、屋内の展示を見に行った。外にはたくさんありすぎて、1時間程度ではとても見られない。

隼隼2隼 エンジン があった。意外と細い機体である。エンジンは外してあって、この機体は飛べない。他の機体からのエンジンもあった。


Bad Angel このP-51マスタングには意外な撃墜マークがあった。
 第二次世界大戦中、このパイロットは唯一、独、伊、日、米の敵機を撃墜した男として有名であるという。アフリカ戦線で戦い、捕虜になって送還されたのちも飛び続け、台湾でたまたま出会った日本機を撃墜、さらに鹵獲された米国のC-47輸送機を捕獲して海中に墜落させた。

CorsairCorsair 2Corsair 3Corsair engine 




 F4U Corsairがあった。これは艦載機で、着艦フックがある。土屋氏はコルセアの攻撃を見ている。
「かっこいいんだよね。音がいい。ブィーンと飛んで来るんだ。ところが、日本の飛行機はバラバラバラという音で、それを聞いただけで負けそうな気がした。」とおっしゃった。
「あの翼を逆ガル・ウィングと言うんだよね、あれが良かった。塗装も綺麗で、ガラスがきらきらしていた。100 mくらいの距離で見た。操縦士の顔が見えるくらいの超低空飛行だった。」
 戦争末期は制空権を奪われたも同然で、艦載機が横浜上空を飛び回っていたのだそうだ。

2015年08月15日

続 航空博物館


  この博物館は米軍基地に隣接しているので、飛行機を持ってくるのは簡単だ。巨大なB-52が何機もあるが、博物館の隣のハンガ(格納庫)に入っている。
   
Skid  輸送機を見ることができるのはうれしい。輸送機は不整地にも離着陸する能力を求められるので、フロート状のスキッドをつけていることがある。タイヤをたくさんつけて、接地圧力を下げるようになっていたりする。腹部にblister(膨らみ)をつけて、それを収納する。


KC-97winged boom  これは珍しいKC-97である。もとの設計はB-29である。エンジンを替え、胴体を太くしただけで根本的には似ている。それを空中給油機に改造したのだ。尾部から伸ばした給油管は小さなV字羽根によって誘導され、受油機に接続される。尾部先端には窓があって、誘導員がそこから見て給油管を操縦する。


Boeing 787  思わぬものを見た。Boeing 787の初号機 2号機である。試験飛行を終え、生産型に移行したのちは無用のものとなり、ここに寄贈された。
  十分新しいので、そのまま使い続けられるのではないかとも思うが、何か事情があるのだろう。

Boeing 787 2Boeing 787 4Boeing 787 3  近寄って、整備士以外は見られないところを見てきた。着陸装置はアルミ合金製だ。もちろんシャフトなどはスティール製である。昔の飛行機の脚部はスティール製である。だから、野ざらしの展示品はそこが錆びてくる。この飛行機はかなりの部分がアルミ合金製であった。

  筆者はいつも小さな磁石を携行して、そういうことを調べるのが趣味である。もちろん、飛行機に影響を与えるかもしれないので、磁気漏れがないようにしている。


追記
 この787については
記事が見つかった。調査不足であったことをお詫びする。(8/20/2015)

2015年08月13日

航空博物館

Lockheed ConstellationLockheed Constellation 2 露天にたくさんの飛行機が雨ざらしなのだが、砂漠の中なので湿気が少なく、保存状態は悪くない。子供のころ大好きだったConstellationが2機もあった。コンステレーションは3枚の垂直尾翼を持っている。筆者の子供のころ、飛行機の絵本には必ずこの絵があった。

 垂直尾翼を3枚にすると、高さが低くなり、既存の格納庫に入るというのが狙いであったが、かえって重くなって失敗だったそうである。P-38の尾翼に似ていると思ったが、やはり解説に同じだと書いてある。また、1953年型Studebakerによく似ていると思っていたが、やはりこれに触発されたと書いてある。ぼんやりとした感想が、解説を読んでつながった。こういうことに関してはウィキペディアは面白い。まさに娯楽である。
 
flying tankerKB-50J B-29の改造型の空中給油機KB-50Jがあった。ジェットエンジンで推力を補っている。このころは、この手の動力補強がよく行われた。
 翼端のポッドには給油装置が収納されている。 

 
Globe MasterGlobe Master 2 もう一つ筆者には忘れがたい機体があった。C-124グローブ・マスタである。エンジンはワスプメジャ星形28気筒×4である。胴体を太くし、積載量を増やした。機体前半の開口部が大きく、装甲車が積める。
 伊勢湾台風の時に救援物資を積んで飛来した。落下傘でいろいろなものを落としていったように覚えている。空港にはたくさんの同型機がいた。

Pregnant GuppyPregnant Guppy 2 写真でしか見たことがないPregnant Guppyがいた。NASAのロケット輸送専用機だ。とんでもない形だが、ちゃんと目的を果たした。
 この機体も、C-124と同じエンジンを搭載している。


2015年08月11日

Rentacar

 元々はRent-a-Car と書いていたのだが、いつの間にか言葉は進化して短くなった。道路上の標識の表記は”Rental Car”である。
 よく使う会社の上級会員になっているので、予約しておけば、電光表示板に名前が出ていて、その番号のところから乗り出すことができる。会員の出場は非常に簡単で、免許証を見せればたちまち遮断機が開く。

Nissan Maxima 今回は長距離を乗るので、燃費の良いカローラを予約していたのに、やや大きなV6 3.5Lエンジンを積んだNISSANのMaximaという車に当たった。燃費は感心しなかったが、アメリカ人好みの加速性能を持っている。かなり乗ってある車で、6万マイルとあった。日本で10万キロ乗ってあればかなりガタが来ているはずだが、高速道路が多いので十分新しい。しかし、座席はややくたびれ感があり、シートベルトのラッチが壊れていて、はめにくい。一部のプラスティック部品が欠けているのだろう。押し込んでおいて差し込めば、何とか掛かるが、腹が立つ。途中で交換してもらおうと思ったが、ついつい最後まで乗ってしまった。
 後ろのドアの断面が変わっていて、窓の下に角がある。サイド・ミラで見ると飛び出していて、バック運転の時の基準を失わせる。妙な設計である。機能を重視していない。

 アメリカ国内用のGPSを持っているので、出発前に行き先を打ち込んでおけば大変楽である。走っている途中でも、腹が空けば、最寄りのスーパ・マーケットを教えてくれる。まず安いボトル入りの水を大量に買って、スタートした。

 ロス・アンジェルスで用を済ませてから、アリゾナに行った。そこまで、あちこちの鉄道施設の写真を撮りながらの移動である。Tucsonは2回目である。25年前、トゥーソンは田舎町だったのにかなりの都会になっている。
この辺りだけには、saguaro (サハロと発音)がたくさん生えている。日本人にはこれがサボテンのイメージだが、本当は非常に限られた地域にしか生えていない。
 友人に会った。どこかお勧めのところはないかと聞くと、航空博物館があるという。第二次世界大戦の飛行機がたくさんあるというので、行ってみた。入場はシニア料金で入れて助かったが、寂しくもある。


2015年08月09日

LAXの変化

 今回のアメリカ行きは珍しくLAX ロス・アンジェルス国際空港着である。この30年、この空港は避けてきた。下手をすると入国審査、通関だけで3時間半も掛かり、乗継便には必ず乗り遅れる。迎えの人を待たせてしまうのも申し訳ないので、小さな空港のシアトルとかポートランド、あるいはサンホゼに降りて、それから次便に乗ったり、陸路で行ったりしていた。
 今回はロスアンジェルスに用事があったので覚悟を決めて降りてみたのだ。入国審査に並ぶ前にトイレに行き、水を持って臨んだ。

 ところが、行ってみると人がほとんど居ない。他にもいくつかの飛行機が降りているのに、流れが滑らかである。「ESTAを持っているか?」と聞かれた。ESTA(エスタと読む)は事前入国審査の一種で、14ドル払うと2年有効である。過去にアメリカ国内でトラブルを起こしていなければ、すぐ認証される。
「ESTAの客はこちらへ。」と誘導しているので、そちらに行くと、コンピュータの端末があり、それに自分でパスポートを差し込んで読み取らせると、ESTAの情報を確認される。
 いくつか質問に答えなければならないが、例によって破壊活動に参加しているかとか、麻薬を持っているかとかと云う下らない質問だ。その画面に日本語で、「すべてにNOを押してください。」とあったのには笑ってしまった。間違えてYESを押すと別室に連れ込まれての押し問答になる。それを防ぐためとはいえ、日本人は信用されているのだと再確認した。
 そのあとは係官による面接だが、「何日?、観光か?」と聞かれておしまいだ。スーツケースは一つだったので、税関は何も言わずに通してくれた。総時間、わずかに15分だ。そのうちの5分は、手荷物回転台から取るために待った時間である。

 今回の体験で、LAX経由が素晴らしく快適になったことを知ったので、利便性が格段に高まった。なんといっても、LAXからの乗継便の多さには魅力がある。

 今回の誤算は、この入国審査に長い時間がかかると想定して、レンタカーのピックアップ時間を遅く設定したことだ。事務所に行ったら早過ぎて、準備ができていず、違う車を探してもらうのに、30分ほど掛かった。


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