2014年05月11日

2014年05月11日

続 またまたスクラッチ・ビルディング談義

 スクラッチ・ビルド至上主義の方々は、自分たちの優秀性を人に認めさせたがるように感じる。優秀さの次元は一つではないので、こちらとしてはどうでも良いと思っているのではあるが、ある会合で露骨に嫌味を言われたことがある。

「ここにはスクラッチでないものを持って来られては困る。」

 ここまで来ると常軌を逸していると筆者は思うのだが、読者の皆さんはどうだろう。その方は最近お亡くなりになったそうだが、その会合には足が向かない。 

 日本のクラブによくある閉鎖的な雰囲気を感じる。自分たちはこうしているから、そうでないものは来るべきではない、という考え方だ。人間の能力の次元は極めて多いから、色々な人と出会わないと、人生を無駄にするように思う。排除しておいて、工具、パーツの外国から取寄せの依頼だけはよくあった。変な話だとは思ったが、断る理由もないのでどんどん引受けた。彼はその工具を随分自慢していたらしい。ロストワックス鋳物もいくつか取り寄せたが、それを使うことには何のためらいもないというのは、理解しがたい論理ではある。


 ゆうえん氏がキット改造の愉しみという一文を発表されている。その中に筆者も登場するが、まさにおっしゃる通りなのである。筆者は、随分以前に、”Scratch Building”という記事を発表した。3回の連載になっている。それを指していらっしゃるのだろう。

 これだけ各種の製品が発売されているご時世に、市販されているものを作ることはない、と思うのは間違っているのだろうか。完成品、キット、パーツを買う瞬間、我々は時間を買っているのである。
 もちろん不完全なところはある。しかしそれはすぐに直せる。スクラッチ・ビルドする能力があればこそ、なのだ。

 最近ポイントをいくつか作ったが、これもスクラッチ・ビルディングである。フログの鋳物を買えば早いが、機械があれば訳なくできるので、自作してしまった。これを持って行ったら、その会合に入れてくれるのだろうか。


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