2013年07月

2013年07月25日

持ち帰った工具

 今回は純粋に人に会うだけの旅行であって、コンベンションのように物を持って行ったり、買ったりすることが無い。スーツケースは空同然であった。こういうときは頼まれていた工具類を持って帰るチャンスである。

14 今回、頼まれていたOptical Center Punchをたくさん買った。知りあいの店に注文して、これも友人宅に送らせておいた。軽くて大きな箱が届いた。注文数を間違えて少し余ったが、欲しい人はたくさん居るので、心配はない。現にメイル1本であっという間になくなった。
 この工具は評判が良い。最近は円安で高くなったが、それでも8000円ほどである。日本でも類似品はあるようだが2倍ほどもするようだ。
 brass_solder氏が早速レポートを書いて下さった。 


Steel Square 2Steel Square 他にもリクエストに応えて購入したのは、このスコヤである。通常の組み立て式とは異なり、全体が一体である。すなわち狂いにくい。組み立て式のものを信用して使っていてひどい目に会ったので、それを廃棄してこれに乗り換えた。
 厚板から削り出しであるので、重厚である。「この重さが何とも言えない。」という感想を多くの人から戴く。今回はHOの人たちからのリクエストなので、小さいものを選んだ。大きなものもある。エッジが斜めになっているので、全体を少し傾けてエッジを密着させて使う。昨年のKonno氏のレポートをご覧戴きたい。

towing member and hitch 車の部品でかさばる物を買った。これは車の後ろに取りつけて、トレーラを牽く装置である。ネジ4本で付けられる。とは言え、アンダーカバァの一部を切り取らねばならない。
 私の車種用は日本ではまず見つからない。たとえあっても10万円もするだろう。それがたかだか130ドルだったので買った。箱ごと手荷物として預けたら、案の上、荷物検査で箱は切られ、中身が飛び出していた。
 下のタイルが30cm角だから、大きさは見当が付くだろう。自動車部品はほとんどがこのように大きな箱に入り、その大部分が空気である。しかし、この箱を切り縮めたりすると、平均密度が大きくなって持ちにくかったり、壊れやすくなる。箱ごとの質量は15 kgであった。
 中味は11 kg強である。
 友人宅に送らせた。友人の奥さんは、「貴方宛の荷物が届くと、貴方が来るということが分かる。」と笑った。 

2013年07月23日

Boeing 787

787  同窓会があって出掛けていた。安い切符を買ったせいで、帰りは搭乗率の低い便に押し込まれた。それはデンヴァ発のUnited便である。787を使った成田までの直行便が出来たのに、利用客が少ないのだ。朝早い便でデンヴァに飛ばねばならないので、それで売れていないのだろう。しかし出発時刻を遅らせると、成田に着くのが遅れて接続便が無くなるから、ギリギリの設定のように見える。

787 ユナイテッド機内は全日空とはやや仕様が異なり、シンプルである。エコノミィ席ではTV画面までの距離が小さく、老眼の筆者には見えにくい。座席は、座面がスライドしてリクラインするので快適である。身長180cmの筆者にも不自由はなかった。


787 窓が大きいのが良い。今までの1.5倍程度大きい。今までは窓側の席でないと外が見えなかった。787では通路側からもかなりよく見える。
 Variable Tint(ボタンで液晶の色が変わる)を採用している。その変化速度をかなり遅く設定している。急に変わると。まぶしくてびっくりするからだろう。
 5段階あって、左が全開、右が全閉の状態である。
映画を見たり、寝ている時は右の状態である。この程度の光の漏れがあると、機内の照明電力を節約できるのだろうと思う。なかなかうまく出来ている。

ANA's Boeing 787 来週はANAの787に乗るチャンスがあるので比較してみたい。



2013年07月09日

続々 Bob Longnecker氏のこと

 内野日出男氏はアマチュアではあったが、その抜きんでた腕を生かして、模型店のパイロットモデルの製作のアルバイトをしていた。
 PFM‐KodamaのK-27の試作時に、内野氏は温めたアイデアを全て詰め込んだのだそうだ。それを見て驚嘆したのが、PFMの技術顧問をしていたボブであった。あわてて日本にやって来て、作者の内野氏と会ったと言う。それ以来、極めて親密な関係を保っていた。

 内野氏は建築士であるから、その作品には機構的に怪しいところはない。そこがボブの眼に叶ったのである。TMSの旧号にはいくつかの作品が載っている。TMSの山崎氏は作品を見て、かなりショックを受けたらしい。どれもアマチュアの作品ではないレベルだったからだ。
 OJの作品が多い。軌道楽会では主力メンバーであった。個別の機種を挙げるのは控えたいが、模型店のパイロットモデル製作は非常に多い。 

 ボブは当時開発されたばかりのコアレス・モータを日本に初めて持ち込んだ。それを内野氏に渡して、機関車に搭載した。内野氏は、二つのモータの線を結んで廻した。するとあたかも軸がつながっているように、片方廻すともう一方が回転するのを見て、驚いた。
 筆者が内野氏との知遇を得たのは1980年頃だと思う。東京駅の地下で吉岡精一氏に紹介された。お勤めの都庁から近いのでそこを選んだのだ。ビールを飲みながら楽しくお話を聞かせて戴いた。その時もボブの話が出た。

「シアトルに行きたいから、その時は頼むよ。」ということであったが、互いに多忙で、それが実現したのは20年後であった。

 しばらく休載する。実は避けられない用事があってアメリカに来ている。10日ほどで帰る予定である。


2013年07月07日

続 Bob Longnecker氏のこと

 Bob Longnecker氏(1934-2004)はPFM のサウンド装置の開発者である。発明者ではない。
 高周波がリアクタンスの大きい走行用モータを通過しにくいことを利用し、動輪の接点で高周波のみを接地し、その電圧降下を検知して、音声電流のタイミングを動輪の回転に同調させる工夫である。
 シアトル近辺の模型クラブで試作したのを聞きつけ、電話したのが始まりとのことである。もちろん完成度を高めたのは彼である。その後ヴァージョン・アップされて、アナログ伝送方式での極致を究めている。
「DCCには敵わないが、アナログでここまでは出来たということを誇りにしている。」と仰っていた。

 Longnecker氏こそは正真正銘の技術者であり、模型に必要な全分野の知識を備えられた方であった。そしてその知識を生かす工作力をもちあわせた方で、比較的大型の工作機械を万全の整備で稼動させ、種々の試作をされていた。工作室には旋盤、縦および横フライス盤、研削盤、油圧プレスなどを完備し、ちょっとした鉄工所の様相を示していた。
 片隅には電子工学機器が並び、PFM方式の性能をさらに向上させる工夫をしていた。今やDCC全盛で、PFM方式を楽しむ人はかなり減った。


 ロストワックスの原型作りは、彼の得意分野で、PFMのHO機関車のロストワックスの半分以上は彼の製作であったそうだ。
 2003年にお会いしたときには、ありとあらゆる分野の模型談義をさせて戴いた。いくつかヒントを戴いたし、多少お褒めにも与った。大変光栄であった。

2013年07月05日

Bob Longnecker氏のこと

 内野日出男氏はBob Longnecker氏とは1968年くらいからの知り合いだった。お互いに趣味のことであるから十分意思疎通は可能であったので、筆者が間に入る必要もなかった。
 Bobは内野氏の腕をとても高く評価し、内野氏はBobの頭脳に惚れ込んでいた。

 ボブは東京の下町の工場を内野氏と歩いて、ヤスリ工場を訪ねている。名前は失念したが、あるヤスリ職人の腕をとても高く評価していた。身振り手振りを交えて、機械が上下し、手で送りながら歯を付けて行く様子を再現された。また、焼き入れをするとき、味噌を塗るとか泥を塗るとかという工夫について色々考察をされていた。

 日本刀を焼き入れするときには特別な泥を塗るということは知っていた。欧米では硝石とか食塩を混ぜたものを塗るらしい。馬糞を塗るという話も出てきた。
 直接水に接するより、泥や塩を介して接する方がよく冷えるというのは面白い現象である。水蒸気の膜が出来にくいのだそうだ。

 ボブは筆者の3条ウォームの記事については良くご存知で、「理屈は分かっていても誰も作らなかったのだ。コアレスモータを使うという発想がなかったんだね。そこが最大の発明だよ。」と仰った。
 同じ線路に2輌の機関車を置き、1輌を押すともう1輌も動くという話をすると、「想像するのは簡単だが、実際に動くと興奮するだろう。」と言った。その通りであると思った。

 ボブとは、2003年にSeattleで再会している。その時は内野氏夫妻を案内しての旅で、御自宅にお邪魔した。Sam Furukawa氏には大変にお世話になった。

2013年07月03日

続々 JAM

 Andyは良く覚えていてくれて、「日本ではO gaugerはどの程度いるのだろうね。」と聞いた。
「Standard Gaugeを楽しんでいる人は100人位、Narrow Gaugeも同じくらいいます。でも後者の8割はJapanese Standard Gauge である3’ 6” Gaugeです。」と答えた。
「日本にはOゲージのレイアウトはいくつある?」と聞かれたので、「4つ位でしょう。」と答えた。それ以降増えたのだろうか。

 アンディの講演は素晴らしく、納得の行くものではあったが、観客中のどれくらいがウォーク・アラウンド方式のレイアウトに興味を持ったのだろう。レイアウトの高さの点では、いまだに90 cm台の人が多いと思う。一部屋をレイアウト専用にできなければ、120cmまで持ち上げることができないと考える人が多い。長さ2mほどのセクションであっても、椅子に座ってeye-levelということであれば、運転の楽しみは倍加する。
 DCCを採用すればその長さでも十分な楽しみ方が出来るはずだ。

 つい最近、レイアウトを持ち上げたという記事を拝見した。以前は93 cm だったそうだ。少しずつ持ち上げて支えを入れるという工法を取られた。
 これは既存のレイアウトに対する改良法として非常によい手段であろう。

 ウォーク・アラウンド方式であると、列車について歩くので、ポイントの切り替えも手動でやる場合が多い。尤も、転換テコを線路上で動かすのではなく、壁についているレヴァを動かすのである。色々な意味での意識変革が必要である。

 ウォーク・アラウンドと言いながら膝をつかなければならないレイアウトもあるようだが、それでは面白味が半減する。

2013年07月01日

続 JAM

 第一回のJAMにはModel Railroader誌のAndy Sperandeo氏や
NTRAKのJim FitzGerald氏も来ていた。Andyには1985年のMR掲載時に大変世話になった。Jimには1976年にシカゴで会っている。
 ジムはNTRAKを主宰し、シカゴのNMRAのショウで大々的に発表していた。筆者に話し掛け、「ちょっとこれを見てくれ」と言って、TMSを一冊、鞄から取り出した。
「こんな雑誌が送られてきて、『特集記事を書きたいので、原稿を送ってくれ』と言っているのだよ。」
 その号には、アメリカでNTRAKという組織が動き始めたという記事が載っていた。筆者はたまたまNTRAKに興味があり、ジムから資料を取り寄せていたので、TMSに縮小掲載されたNTRAK magazineの記事には見覚えがあった。

「この雑誌はどの程度の雑誌なのだ?」と聞くので、「一応、a leading magazine(代表的な雑誌)である。」と答えた。さらに、「編集長はどんな奴だ?」と聞くので、正直に答えた。「MRと提携関係にあると言ってました。」
 そこにMRの編集スタッフが通りかかったので呼び止めて、「この雑誌と提携しているのか?」と彼が聞いた。そうしたら、MRは「そんなことはないと思う。」と言った。ジムはプッと噴き出して、「そういうことか。」と言った。
「まあいい、ところでここに何と書いてある?」と聞くので、TMSの記事を抄訳して聞かせた。
「中味は間違いないから、返事を書くことにする。」と言った。 

 その後、ジムには20年以上会っていなかったが、会場で偶然出会い、しかも座った席が隣だった。壇上での主催者の挨拶を聞いたが、その通訳が頼りなかったので通訳して差し上げた。今でも御健在のようだ。
 
 アンディは「低空飛行のヘリコプタから列車を見る」という、walk-around方式のレイアウトを紹介する講演をした。もちろんこれは英語なのでそのまま聞いた。あれから10年以上経ったが、ウォーク・アラウンド方式のレイアウトは日本にいくつ出来たのだろうか。 

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