2012年04月

2012年04月29日

続々々 St.Louis の鉄道博物館

COM_3963-2COM_3967-2 この博物館には、興味深い貨車がいくつかある。その一つがこの16輪タンク車である。この貨車については栗生氏のブログでカヴァされている。早速写真をお使い戴いたので、もう御覧になった方も多いだろう。塗り替えたばかりのようで、つるつるであった。赤いペンキの飛び散った跡が周りにたくさんあった。
 黒丸は明らかに目玉を意識しているのである。
COM_3965-2COM_3964-2COM_3966-2 筆者はこの種のスパン・ボルスタの構造に興味がある。実物でも、このようなタンク車では剛性が大きく、線路のねじれに対しての追随性(コンプライアンス)が不足するはずである。どのような構造なのかが見たかった。
 
COM_3969-2 このtri-level auto carrier はねじられやすい構造だ。したがって、長くても設計は容易なはずだ。これと同系統の貨車をブラスで作った。模型は堅く、そう簡単にはねじられない。緩和曲線のカント増加部分で脱線した。ロンビック・イコライザを改良された伊藤剛氏の手法に従って、イコライジングした。全く脱線しない。
 それをお見せしたいのだが、ここしばらく行方不明である。どこかにはまり込んでいるだろうと楽観視しているが、もう半年ほど見かけない。  

追記 カヴァ coverする とは取材などによって記事を掲載すること、放送することである。複数の方から質問を戴いた。

2012年04月27日

続々 St.Louis の鉄道博物館

COM_3937-2COM_3938-2 もう一つ見たいものがあった。それはEMDのFシリーズ(B+B)やEシリーズ(A-1-A+A-1-A)の側面である。前頭部の写真はいくらでもあるが、側面のディテールを写したものは少ない。キャブへの登り口のステップがどうなっているかは、模型を作っていると分からなくなってくる点である。写真を見ても蹴込みが有るようで無いようで、はっきりしなかった。この博物館には1939年時点でのGMのデモンストレータ塗装で保存されている。

COM_3944-2COM_3946-2 単なる梯子では、つま先が掛かる部分が少ないので登りにくく危険である。つま先がどの程度入るようになっているのか、いわゆる蹴込み(けこみ)の深さが知りたかったのだ。
 上の FT では梯子が付いているだけで蹴込みはない。つま先が当たる部分には Kick Plate と呼ばれるステンレスの板が張ってあって、靴で塗装をはがさないようになっている。
 下の E8 では 梯子の奥行きが少なくなり、より深く入るように蹴込みが作られている。蹴込みは2インチ(約5 cm)であった。

COM_3956-2COM_3954-2COM_3955-2 ALCO の RS-3も興味があった。これは作りかけて長年放置してある機関車である。細かいところが良く分からなかったのだ。Missouri Pacific RRの機関車が置いてあって、とても参考になった。

2012年04月25日

続 St.Louis の鉄道博物館

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 この博物館のコレクションで興味があったのはこのY-6aである。Y-6bが作りかけなので、細かいところの検証が必要であった。
 あまり引きのないところであったので、14mm超広角レンズを使ったが、空からの光を遮るのを忘れたため、青いフレアが出てしまった。もう少し絞ればその影響が小さくなっただろう。
 この機関車は複式(いわゆるマレー)である。経済性に優れ、強大な引張力を誇った。動輪径が1470mmと小さく、動輪軸重が大きいからだ。貨物専用機で石炭列車を牽いていた。優秀なボイラを持ち、5600馬力を出した。
 動輪径が小さいとはいえ、100km/hまでは出せたそうであるから大したものである。
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 先台車、従台車のあたりの様子を見に来たのである。1軸従台車は先台車と同じ物を用いているのが興味深い。このタイプは復元装置を付けにくいので工夫が必要である。模型は多少割り切って作る必要があるかも知れない。

2012年04月23日

St.Louisの鉄道博物館

COM_3989-2 セントルイスは23年ぶりだ。シカゴから南に車で4時間半である。ミシシッピ川の渡河地点であって、この街でミシシッピ川の最大の支流であるミズーリ川と合流する。西部開拓時代はこの街が西部への入口であった。このアーチはそれを表す。
 昔はこの街に学生時代の友人がいて、訪ねたことがある。当時は街の北部が荒廃し、ホテルでは強盗が頻発して危ないからと、自宅に泊めてくれたことを思い出す。

COM_3907-2COM_3900-2 セントルイスには鉄道博物館がある。Big Boyその他の大型機関車が保存されている。アメリカにしてはそれほど大きな博物館ではないので、30分で見て廻れる。入場料も8ドルである。
 西部の砂漠ではないので雨が降る。すなわち、屋外ではそれほど保存状態は良くないので、屋根の付いている部分に格納されているものが多い。

COM_3910-2COM_3911-2COM_3928-2 ここの売りはSanta Feの5011 2-10-4である。とにかく巨大な機関車で、高さが 5.1 m もある。多分アメリカ中で一番背の高い機関車であろう。この機関車が展示されているのは、全米で三か所であるが、博物館はこことGreen Bayだけである。
 動輪軸重32トン、機炭全体で400トンもある機関車である。Big Boyの軸重が30トンほどであることと比べても重い機関車である。動輪径が1880mmもある高速機関車である。
 設計が新しいのでボイラの構造に工夫があり、出力は6000馬力以上とされた。この数字はBig Boyと同等である。

2012年04月21日

続々々 友人Harmon

COM_3834-2 ハーマンの道具は英国製が多い。いつもシカゴのコンヴェンションにやってくる英国人に頼んで持ってきてもらうものが多いからだ。この左のリヴェット打ち出し機は先回紹介したものとは大きさが違う。どちらもX軸Y軸を動かすことができるので、千鳥に打つことも簡単だ。
 右の灰色のものは筆者と同じテキサス製である。これは以前に紹介した
COM_3831-2 工作台は時計用のものである。 糸鋸を使うときの台を差し込んで使う。カエデ材で出来ている。硬い材料だが、手に優しい。オークであると硬いのは良いのだが、下手をするとささくれが刺さる恐れがあり、気をつけねばならない。左に写っている木製洗濯バサミは以前紹介したものである。
COM_3829-2 この梯子は最近作ったと言っていた。ハンダが完璧に廻っている。日本ではハンダの付け過ぎと言われそうであるが、アメリカでは標準的な付け方である。接触面全面にハンダが廻って、表面張力で薄く盛り上がっていないといけない。

COM_3884-2 ハーマンの家を外から見ると、こんな格好である。たまに来る孫たちのためのブランコがある。

2012年04月19日

続々 友人 Harmon

COM_3838 ハーマンは大量の図面を持っている。全て本物の図面だ。それを元に作っているので正確そのものの模型である。洋白材の丸棒、角材、板が大量にあった。

 旋盤はもう一つあり、それは7 × 10である。7とは回転させられる最大径のインチであり、175mm程度である。
10は10インチの長さのものまで回転させることができるという意味である。最近買ったというのだが、調子が悪いので使いたくないと言う。

 調べてみると刃物台のgib(いわゆるカミソリ)の調整が良くない。また、それを留めるネジの穴の周りが膨らんでいる。間抜けなことにこの中国製の旋盤は、刃物台を仕上げてからネジを切っている。タップが通れば塑性変形も起こるので、ネジ穴が膨らみ、よそに当たっている。
 全てばらして、研ぎ直し、カミソリも800番のサンドペーパの上でバリを取り、良く油を付けて拭き取った。これを組立てたところ、非常に調子が良くなり彼は大喜びだ。ちょっとしたことなのだが、それが出来ていない旋盤など使えないのは当然である。
「中国製だから駄目なのかと思っていたが、そうではなかった。」
という言葉が出てきたのは意外であった。 
「この整備法を友達に教えてあげるといいよ。」と言うと、
「もちろんだ」ということになった。

COM_3842 sCOM_3840 s これは動輪の組立ジグである。へその部分が凹むので、挟んで締めれば出来上がりである。自作品である。
ブラスが使ってあるので、あまり頻度高く使うと、変形するであろう。アマチュア用である。プロ用は別の場所で見たが、全て鋼製である。
 プレスはラックを使ったタイプでアメリカには良くあるが、日本ではほとんど見ない。

COM_3844 s 最後にこのエプロンをご覧戴きたい。
 裾にベルクロ(いわゆるマジックテープ)が付いていて、机の下のテープと噛みあう。仕事を始める前にエプロンを仕事台と結びつければ、部品が無くならないと言う。

後記 鹿ケ谷氏のサイトに写真入りの説明があるので、それをご覧戴くと分かりやすいと思う。

2012年04月17日

続 友人Harmon

COM_3824 sCOM_3825 sCOM_3828 s ハーマンはスクラッチ・ビルダである。手先が器用で、極端に細かい作業をこなす。作りかけの機関車が2輌あったが、どちらも気が遠くなるほど細かく作ってある。
 彼はイリノイ・セントラル鉄道が好きである。子供の時からすぐ近くに駅があって、入れ替え作業を見ていた。たまに特急が通過するのを、眺めた記憶があるからだ。

 彼はこのパシフィックに2年掛かっている。九割がた、完成の域に達している。ブラスと洋白との組み合わせである。火室の下部のMud Ring(マッドリング)があるのには驚く。電動模型でこれを作っている人は少数だ。火室は二重の鋼板で出来ていて、隙間に水が入る。水の中の不純物は火室下部に溜まりやすいので、それを時々排出する。その部分を「泥が溜まる部分」として、こう呼ぶ。 

COM_3833 sCOM_3835 sCOM_3837 s 手工具はイギリス製だ。リヴェット打ち出し機、3本ローラ、小型旋盤、小型フライス盤があった。
よく見ると旋盤はもう少し大きなのも買ってある。

COM_3839 s 加工硬化を実演した。このくねくねと曲がってしまうロストワックス鋳物のハンドル(キャブ内のターレットから来る長い軸付き)を固くしないと取り付けしにくいし、また曲がってしまう。
 鉄板の上に乗せて、ネジまわしの軸でこするだけで具合良く硬化し、ぴんとした。ハーマンは「知らなかった。こんな方法で硬くなるのか。」と驚いた。

2012年04月15日

友人Harmon

Harmon5Harmon4 かねてより招待を受けていたハーマンの家を訪ねた。シカゴのO'Hare空港から南へ80マイルほど行った大平原の中の農家だ。考えてみれば、今までたくさんの友人宅を訪れたが、農家は初めてだ。左が格納庫である。

Harmon3Harmon1Harmon2 大きな土地を持ち、トウモロコシと大豆を作っている。農家というより会社を経営していると言った方が当たっているかも知れない。見渡す限り広がる農地の一角に新築の家があった。
 1 kmほど離れたところに倉庫があり、そこには巨大な農業機械が入っている。その横に中学校の体育館程度の大きさの倉庫があり、飛行機が入っている。彼の息子は農薬や除草剤などの散布を請け負う航空会社を経営している。この飛行機は作業専用機で、製造数が少ない型だそうだ。気に入っているので2機目を最近購入したという。乗用機も持っている。GPSがあるから、アメリカ国内ならどこへでも行けるよとのことである。但し、洋上飛行はしたことが無いそうだ。
 この格納庫の中には、まだスペイスがあるのでもう一機入れたいらしい。この農薬散布専用機は製造数が少ないので、手に入りにくいのだそうだ。
「もし、日本で見かけたら知らせてくれ。買い付けに行く。」と言っていた。

 シカゴの方に飛んでいくと管制が厳しいそうだ。近くしか飛ばなければ、300 m 以下の高度に限り飛行計画も不要だということだ。近所にはもう一軒飛行機で農薬散布をしているところがあるらしい。その飛行機と衝突しない限り、事故はないという。飛行中にエンジンが止まったらどうすると聞くと、「経験はないが、止まっても降りるところはいくらでもあるという。このあたりの道路はどこもまっすぐで、通行量は少ない。200mあれば降りられるという。

 庭先には砂利敷きの滑走路がある。800mもある。理由は、薬液を満載すると離陸しにくいからだ。

 射撃が趣味で、庭で的を撃つ。ライフルの弾は 3 km も飛ぶ可能性があるので、土盛りした一角があり、そこでしか撃たない。



2012年04月13日

続々 シカゴのダウンタウン

Millenium Park これはMillenium Parkである。ミレニアムというのであるから2000年に出来たものだろう。70年代はここは鉄道用地だったと思う。イリノイ・セントラル鉄道の留置線であった。二階建ての電車がたくさん置いてあった。また、貨物列車が通過して行ったのを覚えている。今でも多少は線路が残っているが、以前の規模の 1/3 程度である。
 現在はスケート・リンクになっている。やりたかったが、旅先でけがをすると収拾が付かないので諦めた。

Millenium Park 2Millenium Park 3 その後ろにはこのステンレスの大きなオブジェがある。このような巨大なものは、一体どこで作ってどうやって持ってきたのだろうか。現場で作るのは難しそうだ。子供たちには絶大な人気がある。
 
Sky Scrapersスケートリンクの向かいの建物を撮った。煉瓦を使った建物はやや傾いて隣の建物に寄り掛かっている。基礎が狂ったのだろう。古い建物は往々にしてこのような状態になる。
 10年ほど前に訪れた時はもっと巨大な建物から煉瓦が落ちて来るようになり、その建物のある一角の全ての道路が鉄骨のシェルタで覆われた。それに厚さ2インチの木の板を張り、落下に備えた。この種の目的には木材は緩衝性があって適する。鉄板ではよほど厚くしないと突き抜けるだろう。その建物は20世紀初頭に建てられたものであった。それらはすでにほとんど取り壊されている。

Under the ElSky Scrapers 2 市街地を歩くとこんな感じである。昼でも日が差さないので暗い。El(高架鉄道)は100年以上の歴史があり、ときどき沈下して運休している。


sign for blindsSign for blinds 2 先日問題点を指摘された盲人用ブロックである。色は黄色ではない。 

追記 この公園は2005年に完成ということだ。

2012年04月11日

続 シカゴのダウンタウン

only good reason to keep the ugly Marilyn Monroe このマグニフィシェント・マイルはシカゴ随一の目抜き通りで、パリのシャンゼリゼ、ロンドンのボンド通り、ニューヨークの五番街、銀座通りなどとはGreat Avenues of the Worldとして提携しているはずだ。実測値としては1マイルを少し切る程度である。有名店や著名なレストランが並び、歩くだけで幸せを感じることができるような通りである。

 この像はその通りの南の端の公園にある。余りにも巨大で驚いてしまった。スカートの中に50人位は入れるのではないか。にわか雨が降りだしてその中に入って雨宿りしている写真がある。

 先回の写真は 14 mm 超広角レンズを使って撮ったので大きさが分かりにくかったかもしれない。横から見るとこんな調子だ。それにしても大きい。どうやって作って、どうやって運んできたのかは不明である。

COM_3782-2COM_3783-2COM_3787-2COM_3789-2 何枚か撮ってきたのでお見せする。周りの様子が分かる画像を集

めた。

2012年04月09日

シカゴのダウンタウン

BNSF 3月にはシカゴに行った。貯まっているマイレイジの消化旅行であって、気楽なものだ。花粉症がひどいので、それからの退避という大義名分もある。
 レンタカーを郊外の駅前に駐車し、列車に乗ってシカゴのダウンタウンに行く。

BNSF2 やってきた列車はプッシュプルで、機関車に押された8両編成であった。事前に駅で切符を買っていたので、車掌の検札時に見せるだけでOKであった。切符は前の座席の背もたれの上にあるクリップに挟んでおく。
 客車は二階建てで、着席定員が多い。二階の客の検札も、切符を見えるように挟んでおけば、下から行える様になっている。 

BNSF3BNSF4Chicago Union Station 列車は駅に近付くとダブルスリップをたくさん通ってユニオン・ステーションへと向かう。ダブルスリップ独特の音を聞きながら到着した。駅にはたくさんの列車が停まっていて、全体は薄暗い。曲がりくねった通路を経て外に出るとそこは旧シアーズタワァの真下であった。

Chicago DowntownEL ダウンタウンを歩きながら上を見ると、車に乗って来なくてよかったと実感した。空がほとんど見えない。これではGPSは全く作動しない。おそらくアメリカの大都市の中で、あるいは世界中で一番空が狭い街はシカゴであろうと思う。
 New Yorkの方がもう少しましだ。またELに乗って一周し、食事をしてあちこち散策した。

In the skirt The Magnificient Mileという通り(東京で言えば、銀座通り)に面した広場には不思議なものがあった。たくさんの人が上を見て写真を撮っている。さてこれは何であろうか。

2012年04月07日

ゴミ箱の中

yhst-22106725251441_2203_82412769 今回のコンヴェンションで最も印象的だったのが、この事件だ。

 いつも古い書籍とか雑誌を並べている男がいる。毎年会うのでおマケしてくれるいい奴だ。今年は妙に御機嫌が悪い。たくさん並べてあるModel Railroaderの旧号が一つも売れないのだ。
「こんなことは今までなかった。Kalmbach社がDVDを出したからだ。」とブリブリ文句を言う。

「そうだね、あれを買った人は紙の本を捨てるかもしれないから、古本の供給が過剰になって、値段が付かないかも知れないね。」と言うと、「あああ、もう駄目だ。」と頭を抱えた。

 最終日の午前中に彼はMRの山をゴミ箱に投げ込み始めた。200冊くらいあっただろうか。そして残りの荷物を車に積み込んでさっさと帰ってしまった。
 残った我々は一応最終時間まで居たが、何人かが集まってそのMRを見ていた。

「図面は紙が良いね。」
「そうだよね。でも紙も劣化しているからすぐ破れてしまうよ。」
というわけで、何冊か引っ張り出してそれぞれが興味ある図面だけ外して持って帰った。帰宅して早速コピィを取り、原本は捨てた。拙宅には図面のコピィは何百枚かあり、綴じてある。時々出して眺めるのは楽しい。

 Kalmbach社の広告には、「計算してみよう。199.95ドルで912冊、一冊当たり22セント!」とある。あまり劣化はしないだろうが、DVDというメディアがあと何年用いられるのだろうかは心配だ。

Model Railroaderの電子配信の件はここに書いた。

2012年04月05日

The man who built the Engines for Max Gray

 今年は、見学に行くと、Garyが客を放り出して筆者の方にやってきた。
「明日のClinicの件だけど、」と切り出した。
「祖父江氏の作品がいくつあるのか知りたい。リストを持っていないか。」と聞く。

Clinic 次の日、筆者は祖父江氏についての講演をすることになっていたのだ。そのタイトルは、
”The man who built the engines for Max Gray" 「マックス・グレイに機関車を作った男」である。以前から、この演題についての講演を頼まれていたのだ。
 
 中身はしばらく前、とれいん誌に頼まれて書いたものをもう少し詳しくしたものである。参加者が多く、用意した椅子が全部ふさがった。50分の講演であるが、面白いエピソードをいくつか入れておいたので、参加者は皆大笑いしながら聞いてくれた。
 やはりハンダ鏝の持ち方の件は受ける。蒸気機関車のスポーク動輪を筆者と話しながら糸鋸で切った話などは興奮して聞いていた。
 マックス・グレイが日本に来た時、カツミの社長が、祖父江氏を横においていながら、紹介しなかった話をすると不思議そうだった。そこで、”He was a chicken that laid golden eggs." 金の卵を産むニワトリだから紹介したら引き抜かれてしまうと思ったのだというと大爆笑が起きた。
あとで、「そうだよ。こいつが作っていると分かったら、どんな方法を講じてもアメリカに連れて行っただろうさ。」と言われた。

 講演の最後に、Oスケールの殿堂入りの話をした。「殿堂入りしているのは全てアメリカ人である。アメリカのOスケールを支えた人が入らないのはおかしい。彼には十分に資格がある。」と言うと、全員が立ち上がって拍手をしてくれた。
 殿堂入りを決める役員が二人来ていて、次回の会合でこれを議題に入れると約束してくれた。期待できそうだ。

2012年04月03日

続 O Scale West 2012

 コンヴェンションの会場での売買はさほど面白いものもなく、夕方にはレイアウト・ツアの話題が出る。評判の高いレイアウトはすでに行ったところばかりで、新規のレイアウトの公開もない。友人たちと連れ立ってレストランに行って飯を食い、ビールを飲んで楽しむ。
 皆が、この先どうなるのかということを心配している。

 アメリカ内のことは筆者はあまり心配していない。価格が下がれば参入者は自然に増える。より若い人たちが入ってくれば、なんとか維持できるだろう。問題は日本国内である。すでに絶滅危惧種に指定されているOゲージがどうなるかはとても心配である。HOですら、ブラス工作をする人が少なくなっているのだ。

OSW_3612 sOSW_3620 sOSW_3621 s 今年もGary Schrader氏のレイアウトを見に行った。毎年少しずつ進歩している。例によって細密化された機関車、貨車、客車がDCCによって走る姿が公開されている。

OSW_3606 sOSW_3628 sOSW_3607 s 相変わらず整頓された工作台は素晴らしい。今年は左手に小さい抽斗をつけた棚を取りつけた。高い位置にあるので中身が抽斗を透かして分かるのがよい。

2012年04月01日

O Scale West 2012

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 今年もO Scale Westに参加した。先回の写真の、電車を見下ろすホテルの向かいのホテルで開かれた。今までは会場に所狭しとテーブルが並び、雑踏とまではいかないがかなりの人手があったのに、今年はやや人出が少ないと感じた。
 Oゲージを楽しむ人の高年齢化により徐々に規模が小さくなって行くのだ。それと同時にOゲージ車輌の価格低下には驚く。今までは1000ドル以下ではろくな物が買えない状態であったのに、700ドル出せば何でも買えてしまう時代になった。来年はもっと下がるかもしれない。

 中古ブラス市場はすでに供給過剰になった。物故者が増え、大量のコレクションが市場に還流されているからだ。さりとて需要は増えない。価格は下落する一方だ。特にMax Gray-KTM製品の価格下落が顕著だ。厚い板でできた祖父江製作所製の機関車であれば、ロストワックス鋳物を追加加工するのも訳なくできるから、価値がありそうなものであるが、現実にはそのような工作をする人が極端に減ってしまったからである。
 一方、全体の設計がまずくても、ロストワックス鋳物がきらきらと付いている韓国製品が高いのである。手を入れようとすると、こちらの方が手間が掛かる。下回りを投げ捨てて新製しなければならないからだ。

 ロストワックス鋳物の投げ売りも多い。今回はバケツ一杯ほどの買い物をしたが120ドルほどであった。以前なら2000ドル以上の価値がある。もうすでに欲しがる人が減ったのである。

OSW_3544 sOSW_3543 s 中古プラスティック貨車も1台5ドルというのが相場になってきた。以前なら20ドルは出さねばならなかった。筆者はすでにコレクションを終了しているが、これを思えばずいぶん高値で集めたものである。5ドルという価格は、台車の価格である。
台車欲しさに、古い貨車を買った。

 デカールはそこそこの価格である。いつも価格はあまり変動しない。ときどき投げ売りがあったので、それをまとめ買いしてある。もう必要以上に持っているので、今回はほとんど買わなかった。

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