2011年03月

2011年03月31日

またまた Feather River Route

Clio Trestle 先回場所がよくわからなくて行けなかった Clio の Trestle(鉄橋) を見るのが目的のひとつであった。また、前回ループを見る場所がないと思ったが、いくつかの衛星写真を見ると、なんとか行けそうな気がした。

 いつも出かける前に準備はあまりしない。行けば現地で情報は集まるし、インターネットさえつながればより的確な情報も集まる。しかもGPS(カーナビ)があるので、余計に準備をさぼりがちであった。
 しかし前回の収穫はあまりにも少なく、残念であった。

 今回は毎日衛星写真と地図を見比べ、どの方向から入れるかを念入りに多角的に調べた。ある古い地図には旧国道がループ横の線路を踏切で渡るように出ていた。この道を行けば線路に出られるはずだと確信した。

 というわけで、いつになく周到に調べたうえで出かけた。それでもClio の鉄橋はどこにあるのかわかりにくい。横の国道からは標高差があり、100mほど下なので見通しは利かない。
 国道わきのリゾート地(別荘地)に入り込み、GPSでは後 100 m位のところまでたどり着いたが、雪のためその先には進めなかった。

 1時間ほど探したが線路に近づく道は見つからず、GPSでその下の州道を探して出た。その道からは見上げるはずなのにやはり山の中でわからない。
 散々探して先の国道に出るための道を登りかけたら、はるかかなたにそのトレッスルの雄大な姿が見えた。目を凝らせば、その向こう側に別荘地の屋根も見える。

 GPS を細かく見るとClioの集落を東に横切り、さらに北上するとそこに行けそうだ。
 現在地を中心に、Trestleの見える方向で線路の位置を調べ、その地点を打ち込み、そこに行く方法を探させた。直線距離では1マイルほどであったが、道路は8マイルもあった。これでは見付からないわけだ。今回はGPSの機能を最大限に利用した。  

2011年03月29日

続々々々 Fresnoのレイアウト

Clovis depot4 このレイアウトは約80坪くらいの部屋に作られている。もちろん元の床は平面なのであるが、作られた床は奥のほうに行くにしたがって高くなっている。

Clovis DepotClovis Depot3 いちばん奥は天井との差がかなり小さくなって遠くまで見通しがきく。このあたりの見え方は事前に周到な設計がなされたものと思う。



Clovis Depot5 この写真は最上部からの見通しである。レイアウトの片隅にはこのような見晴らし台も用意されている。これも設計段階での準備があるからである。すなわちレイアウトは走らせるだけでなく、観客の立場に立った設計が必要であることをこのレイアウトは教えてくれる。非常にに先進的なコンセプトである。このような視点を持ったレイアウトはまだ少ない。

 電話連絡だけで、かなり無理を言った訪問であったが、快く見せてくれたことに感謝して辞去した。

 

2011年03月27日

続々々 Fresnoのレイアウト

IMG_3586IMG_3583IMG_3582 このレイアウトのコンセプトは、いかに山々の重なりを表現するかである。
 向こう側の山との隙間には人が入れる隙間を作らなければならないので、その部分はこの写真のような巧妙なつくりである。
 中心部分の観客が集まる部分からはこの隙間部分は見えない。ビデオは2本発表されているが、それをご覧になるとその隙間部分がわかる。HOBO Rideというのは貨車に無賃乗車している連中の視点であり、Cab Rideは機関車から前方を見ている景色である。

 建設業に携わる人たちが作っているので壁の仕上げなども非常に小奇麗である。トイレも立派な部屋で、とても倉庫の中の設備とは思えないほどすばらしい。

 シーナリィの彩度は低く抑えられ、非常に実感的である。このようなシーナリィのレイアウトは日本ではあまり見ない。

2011年03月25日

続々 Fresno のレイアウト

IMG_3573 この写真を先回の写真と比べて見られると良いだろう。ほとんど同じ場所、方向で撮っている。
 ハーバーガ氏の左後ろに見える合板で出来たキャンティレバ(片持ち梁)は、完全にシーナリで覆い隠されている。


IMG_3585 その片持ち梁の中を見るとこうなっている。隠しヤードにアクセスしやすい設計である。確かに今まで見たほとんどの隠しヤードは見通しが効かないうえ、妙な位置にあってあまり便利とはいえなかった。この合板を使った構造はすばらしい。合板の厚さは 3/4 インチ(19mm)である。


IMG_3576 まだ工事が完全には終わっていない。 ストラクチュアが完全に揃うまで、あと5年は掛かるだろうということであった。




IMG_3587このレイアウトの特徴は岩山の表現である。ウレタン樹脂で作られている。シリコーンゴムの型を使っていくつかの岩の表現をつくり、それをつないでいるのだ。
 曲がった橋だが、言うまでもなく、桁は直線である。


2011年03月23日

続 Fresno のレイアウト

Gary Herberger Fresno には非常に親しい友人がいた。Gary Herberger氏である。2002年に惜しくも急逝されたが、それまで家族ぐるみで付き合っていた。彼が「見せたいものがある」と、筆者をM.BenzのC280に乗せて連れて行ってくれたのが、ここである。

 フレズノ空港のすぐ近くの倉庫街の中にそれはあった。建物の所有者は建設業をしていて、資材の調達もしてくれた。Gary達はレイアウトの製作に勤しんでいた。

 それから何年か経ち、そのレイアウトのことも記憶が薄れ掛けた時のことだ。栗生氏の掲示板の1625で突然それが示されたのだ。当時は骨組みだけであったが、それがほぼ完成された姿で現れたのだ。確証はなかったが、それが同一のように思えて、問い合わせた。O Scale WestのRod Miller氏が連絡してくれてアポイントメントを取った。
 代表者はJohn Ford氏であった。どこかで聞いた名前である。有名な西部劇をいくつも撮った映画監督と同姓同名であった。

 夕方の8時に待ち合わせて、真っ暗な倉庫前で待った。すぐには現れなかったのでやきもきしたが、そのうちにやってきて中に招き入れられた。やはり以前来た場所であった。

 当時筆者が持ってきた3条ウォーム駆動のディーゼル機関車が、下り坂で本当にダイナミックブレーキを効かせて降りてきたのを見て、ゲイリが手を叩いて喜んだのだ。
「本当にすごい!本物と同じだ!」と彼が子供のように感動したのを見たその場所である。 

2011年03月21日

Fresno のレイアウト 

 帰国後初の記事である。震災による原発事故の報道には頭が痛い。放射能放射性物質の違いが分からない記者が書く記事は、無用の混乱を招くだけである。英語では radioactivity と radioactives であるから明らかに違う。

「風評被害は報道によって作られる」というのは本当である。数値の報道も単位が間違っているものが多い。たとえば距離と速度とが混同されているようなものである。どうして物理、化学の知識の十分ある人がこの種の報道に携わらないのだろう。
 制御棒が差し込まれた状態で停止した原子炉は、爆発するはずがない。また、水素爆発は高校の教科書にも載っている程度の周知の事実で、当然想定の範囲内である。高温の鉄合金と水の接触では水素が発生するのである。
 核反応が停止した炉内には、半減期の短い中間生成物質が存在する。これらが崩壊するときの熱が問題であるが、それはいずれ収まる。過激なことを言えば、炉外に放出しても2週間程度で収まると筆者は見ている。危険な体内被曝を起こす核種のセシウム137の放出量は、今回はチェルノブイリと比べると少ない。
 すなわち、今回の事故で放出されたある程度の放射性物質の害は、数ヶ月中に問題ないレベルまで下がろうということだ。作業員の被曝も大げさに取り扱われているように感じる。浴びないに越したことはないが、健康に直接の被害があるほどでもない。

 放射性ヨウ素が放出されるのに、事故直後にヨウ素剤を飲ませなかったことについての批判などが色々あるが、こんなことはどうでも良いことである。日本では海藻類を普段から沢山食べている。海藻が濃縮したヨウ素をすでに十分摂取しているのである。だから、新たに発生した放射性ヨウ素は吸収されにくい。
 チェルノブイリのような内陸地ではヨウ素は常に欠乏しているから、たまたまやってきた放射性ヨウ素は優先的に取り込まれてしまう。条件が違い過ぎるので、今回のことは全く気にする必要がない。

 日本は新鮮な水が大量に手に入る国である。それを飲めば体に入った問題のある元素もいずれ出て行く。前述のように内陸部では飲料水の中にそういう元素が常に存在している。すなわちこの場合は移住しか方法がない。

 このようなことを書くと、批判を浴びそうだが、これは客観的な事実である。誰も書かないので、とりあえずこのブログの読者だけにはお伝えしておきたい。

 それにしても津波の被害の大きさには恐れ入った。被災者の心痛には心より同情する。些少であるが寄付もさせて戴いた。

 さて、以前の続きのレイアウト訪問である。Fresnoに新しく出来た全く新しいコンセプトを取り入れたレイアウトである。
 これは栗生氏が紹介された記事で知った。
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2011年03月12日

シカゴにて日本の大地震を知る

 先週よりアメリカ中西部に居る。今日の朝、ホテルでTVを見て飛び上がった。
 すぐにインターネットを使って日本の状況を調べたところ、史上最大の地震であることが分かった。こんなに離れていても、津波の襲来をヘリコプタから撮った動画を見ることができた。
 自然の力に比べれば、人間の力など無力なものだと思い知らされる。東北地方にも知人が多く居るので、彼らの無事を祈るばかりだ。
 こちらの知人から、家族の安否を聞かれた。日本に帰ることができるかと問われたのには驚いた。空港に津波が押し寄せる動画を見ているからだろう。


 当地は先週より天候不順で、大雪、暴風、大雨に見舞われ、思わぬことで雪山に突っ込んだりという多少の事故もあった。車も損傷せず、我が身も無事であった。暴風雪の中、除雪車の働きを頼もしげに見ていた。マイナス20度以下になったが、高速道路はいつも開通しているところが日本と異なる。
 除雪車が除雪しながら、塩と砂を撒く。これが効果絶大で、ほとんど滑らないので、普通タイヤでほとんどの車は時速50マイル(80キロ)ほどで走ることができる。車は塩まみれ、泥まみれで色が分からなくなるほどだ。

 今回はミネソタ州に行ったついでに、足を伸ばして、南北ダコタ州にも行ってみた。つまらぬ理由であるが、その二州は筆者にとって未踏の州であったからだ。これで全州踏破したことになったが、雪の中で景色がよく分からなかった。どちらもまったくの大平原で、取り立てて景色というものも少ない。途中で「大草原の小さな家」のあった町を通過した。本当にまったく平らで、すごいところであった。

2011年03月04日

続 Jakl家を訪ねて

Jakl's Layout 3 この写真はキャブ(運転台)から見た半分弱の景色である。なかなか壮観である。




Jakl's Layout 2All Door Boxcar すべての貨車は大なり小なり改造されていて実感的である。右の写真はAll-Door Boxcarが扉を開けたところである。ドアは左に寄って重なっている。


Mole's SkinTrack Cleaning Car これはTrack Cleanerである。Covered Gon(天蓋付き無蓋貨車という矛盾した名前)に細工してある。この天蓋は自作のようだ。それに重りを付けた摩擦板がある。その板に張ってあるのはMole Skinだという。要するにモグラの皮で、アメリカではメガネふきなどに使われているそうだ。安くてよく効く材料だとのこと。これは買ってくるのを忘れた。

 無事であれば、筆者は今頃ミネアポリス方面に向かっている頃だ。しばらく休載させて戴く。 


2011年03月02日

Jakl家を訪ねて

Jakl's Layout ちょっとした用事があって、Jakl氏を訪ねた。ヨセミテ渓谷に近い山の中に住んでいて、住所だけで尋ね当てるのはかなり難しい。GPSあればこそである。
 しばらく前にも訪問していて、それからいろいろなところが進歩していた。Joiner氏のレイアウトから外した背の高いビルディングは隙間なく取り付けてあった。

 今回は、レイアウトの公開日ではなく、筆者の個人的な用事で寄ったので、ゆっくりと話ができた。

From Cab Jakl氏は航空会社の整備の仕事をしていた。奥さんのエリザベスは鉄道会社に勤務していたそうだ。このレイアウトでの運転掛は奥さんである。夫唱婦随の典型的な例でうらやましい限りだ。3人の息子さんたちはこのレイアウトの維持に多大な協力を惜しまない。家族ぐるみで取り組んでいるのである。

From Cab 2 レイアウト全体がほぼ完成の域に近づいているので、新たな工事はしていないようだ。テキサスから運んできたストラクチュアは、この新天地にしっくりと溶けあっていて、最初からそこにあったようである。車輌は全部で500輌程あるそうだ。どれも多少は手が入っていて、ただ買っただけというものはない。このあたりの手の入れ方が筆者との類似点である。Low-D車輪をいくつかサンプルとして差し上げた。

 

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