2010年04月

2010年04月30日

CHI TOWN UNION STATION

CHI TOWN UNION STATIONCHI TOWN UNION STATION 2CHI TOWN UNION STATION 3





"CHI TOWN" とは、シカゴの別名である。シカゴにはいろいろな別名がある。Windy City という呼び名は有名である。風が強く、冬は体感温度がかなり下がる。Railroad Capitolというのもある。ほとんどの大鉄道がシカゴに集まっていたからだ。町のいたるところに大きなヤードがある。それを摸したレイアウトを作った人がいる。

 CHI TOWN(シャイ・タウン)と呼ぶのは、筆者も正直なところ、知らなかった。人によってはチャイ・タウンと発音するようだ。

 さてこのレイアウトは、おそらく世界一大きなレイアウトである。「ミシガン州に、廃業したスーパーマーケットを買い取って作ったレイアウトで200輌の貨物列車を運転している奴がいる。」と、カリフォルニアで聞いた。一度行ってみたいものだと思ったが、ウェブ上では見つけ出すことができなかった。

 ディックの奥さんのジュディが、訪問の次の日、わざわざ知らせてくれたので、予定を変更してデトロイトの北西40キロほどの町Commerceに向かった。
 確かにそれはスーパーマーケットの様であった。そこそこに広い駐車場もあった。

 入り口で入場料を4ドルほどを払って中に入ると、確かに広い。奥の壁に300という電光掲示板がある。それは現在走っている列車の長さを示しているのだ。(左の写真)
 入り口でお金を集めていた人が、オーナのPaul Gribbell氏であった。貨車を並べて車輪と連結器を取り替えている。
 「沢山牽くとプラスティックのカプラはちぎれるから、金属製のケィディに取り替える必要がある。普通の人は気が付かないがね。」と、 得意そうに言う。そんなことは当たり前のことで、当鉄道ではすべてのカプラを金属製に取り替えてある。
 車輪は、中国製の金属車輪であった。
「そんな車輪ではだめですよ。」とは、あえて言わなかった。聞くと機関車6両で300両牽くそうだ。筆者の車輪を付ければ、2台で牽けるだろうと思った。いずれ、Model Railroader に記事が出てから、話そうと思う。右の写真のホッパ車の上に紙が載っているのは10両ごとの目印である。

2010年04月28日

続々 Detroit Model Railroad Club

basementbasement 2 以前オーケストラ・ピットがあったところは取り壊され、客席の下とつながった。かなり広い地下部分である。ここにデトロイトのユニオンステーションを作ることになっているらしい。


parts shelves 地下室は工作室も兼ねている。上階の工作をするためのいろいろな資材や半製品が並べてある。現在は舞台裏であるが将来は公開するつもりだ。
 問題は消防署が認めないことだ。現在は地下に入る階段が1本であり、非常時の退避経路が確保されていないということで、署長が認めてくれないらしい。もう1本の避難階段をどこに付けるかが、とても難しいことのようだ。


rotary relay for switch machine この丸い装置はポイントマシンである。回転式のリレーをポイントマシンとして使っている。
「このポイントマシンは信頼性がある。」と言う。
「何の部品ですか。」と聞くと、
「B29 Bomberの爆弾倉の扉を開く回路のリレーだ。故障しない。」という。
もう60年も使っているそうだが何の問題もなく作動する。
時々このような軍用品の流用を見ることがあるのはアメリカならではだ。

2010年04月26日

続 Detroit Model Railroad Club

Service facilityService facility 2turn table





 機関庫周辺を見ると、3Ftナローゲージが併設されている。普通ならば片側に寄せて三線式となるところを、四線式としている。
 その理由はターンテイブルを併用したいためであった。ターンテイブルでは中心を合わせておかないと、重心が偏る。従って、ターンテイブル周辺だけを四線式にする必要があるが、ここではその周辺を四線式にしている。珍しい配置だ。
 サクラメントの鉄道博物館のターンテイブルもこれと同じ方式であるが、実物にこの方式があったのかどうかは知らない。

 偏った重心のことをクリアできる設計法であれば、三線式でも、ターンテイブルにもう一本付け加えてそこだけ四線でもよいはずだ。実際には回転橋の重心は大切であるので、そのような構造のものは見たことがない。
 
 Oスケールは実物の正確な縮尺模型ではなく、線路幅が1.8mm広いので、三線式にすると、ナロー側が狭く見える(正確には標準軌側が広く見える)ので、これはそれから逃れる良い方法なのかもしれない。

2010年04月24日

Detroit Model Railroad Club

Detroit Model Railroad Club Detroit Model Railroad Club はアメリカでもっとも古い模型鉄道クラブの一つである。Walthersの創業者とも、Model Railroaderとも深い関係がある。

 1970年頃、Model Railroaderの記事を見て手紙を出した。Oゲージでこんなにも大きなクラブがあること自体が信じられないことであった。
 昔は市内にあったらしいが、80kmほど離れたHollyという町の劇場を買い取ってレイアウトを作った。そのお披露目の記事であった。

 ディック に大雨の中を連れて行ってもらった。劇場であるから、観客席はスロープを持つ。当時、舞台とオーケストラ・ピットは残っていた。とにかく巨大で驚いた。それから40年近く経った。

spectators シーナリィは多少変化したし、まだ変化するという。観客席を区切って子供たちから見えやすいようにした。今回訪問した日はちょうど公開日で、一人4ドル払って入った。この入場料と会員の会費で、クラブが存続している。
 キャンディを満載したホッパ・カーの編成をわざと子供の手の届くところに停車させ、取らせることもする。子供たちは大喜びである。 
 年少者が興味を持つようにするということは、将来の会員を増やす手だてである。

 日本にはこのようなクラブは存在しないようだ。法人格を持ち、長い年月存続させることを目的とするクラブが欲しい。昨今、田舎であれば不動産価格はかなり安い。不燃材で作られた建物を入手できれば、維持費は知れているはずだ。このクラブは発足時からレイアウトを持っていたようである。 

2010年04月22日

続々 Dickのレイアウト

dispatching card これはそれぞれの貨車の行く先を示した指令書である。上下裏表で4パターンあって、どこで拾ってどこに落として行くのかが書いてある。
 詳しくは解析していないが、駅の数に合わせてあるのだろう。配送が終わると、その駅の前のポケットに突っ込んでいく。パターンは少ないが、多人数でやるとかなりの組み合わせができるので十分面白いであろう。


 このレイアウトをDCC化してみないか、と聞いてみると、「俺は74歳だ。全ての配線をやり直して車輌の改造をするのは勘弁してほしい。死ぬまでこのままでやりたい。」とのことであった。
 これを聞いていた一人が大きな声で言った。「ディック、それは間違いだよ。レイアウトの配線は2本になる。今の配線の量の20分の1になるよ。」
 それは事実である。筆者のレイアウトも構想時の配線は凄まじい量で、そのための電線を用意してあったのだが、DCCで配線したら電線は9割がた余った。

 DCCの時代である。この運転会の参加者の半数がDCC化している。資金が凄まじくたくさん要るわけではない。ほんの少しのやる気があればできる。このレイアウトには動力車が10台ほどしかないので簡単なことであると思う。

 この運転会の参加者に、「ディックの意思とは無関係に、DCC化することを考えてみてはどうかね。私の考えたところではポイントの数だけデコーダを用意して、13人でやれば1日で終わるよ。そして動力車は一人1台ずつ持って帰ってDCC化すれば、1週間でDCC化できる。」
と提案した。一人200ドルほどでできそうである。
「実はそんなことも考えている。」とのことである。「ディックを旅行に行かせねばならない。どうだ、お前のところでしばらく預かってくれ。」
「そのつもりだ。」と答えたが、ディックの腰は重い。
 

2010年04月20日

続 Dickのレイアウト

Dick's turntable このレイアウトにはターンテイブルが二つある。ウォーク・アラウンドの
Point to Point型レイアウトだからである。終着駅で向きを変える必要があるからだ。




turntable's conductor その構造はいかにもOゲージ的で興味深い。ターンテイブルの直径は85cm位である。もし、中心から小さな径の軸でトルクを伝えると、その軸が捩じりバネになるので、動きがカクカクとなる。太いシャフトと大きなディスクでトルクを伝える。
 このディスクには何本も溝が切ってあり、そこに細いブラスの帯がたたき込まれている。それをリン銅板のバネで押さえて集電している。枝線から給電しているのだ。回転橋には方向があり、それを間違えるとショートする。これはDC時代の発想で、DCCなら何も考えなくてよい。

turn table's mechanism 動力は、ゴムタイヤを付けたギヤ付モータで、長いバネで軽く押しつけている。実に良い動きである。ディスクの慣性質量が大きいせいか、グワーンと加速していく。自動割り出しではなく、目で見て位置を合わせる。




 このレイアウトには1台だけ、祖父江氏の機関車がある。ミルウォーキィの展示品のうち1台を持って帰るのが面倒で、買ってもらったのである。それはNYCのMohawk 4-8-2 L-2aである。 1枚目の写真の枝線のうち、ディックに一番近いところに写っている。

 彼はこれを持っているのが自慢で、訪問者には必ずその由来と効能について述べるのだそうだ。25年経っても極めてよく走って安心した。 

2010年04月18日

Dickのレイアウト

Dick's Layout Dickの家を訪ねるのは22年ぶりであり、先回は工事の最中であった。
 田舎で夜間に、家を探すのは難しい。今回はGPSのおかげで誤差50mくらいで探り当てた。入口にRailroad Crossingの看板が出ていて、ここだということが分かった。

 
 地下室に入ると、そこでは大きな声でディスパッチャ(列車指令)に連絡をしていた。ここでもウォーク・アラウンドが採用されている。
 ディックはずいぶん昔からウォーク・アラウンドを採用していた。DCCが生まれる前からである。ラジコンの送信機を腰に付け、そのポテンシオ・メータを外部に取り出し、ハンドヘルドのキャブを作った。路盤高さは48インチ(122cm)で筆者のと同じである。
Radio Control Cab in 1985Radio Control Walk Around Cab  in 1985 それは1985年の時点で完成していた。手元のスロットルを動かすと、遠くの方でサーボモータが動いて、スライダックが回転し、機関車が動き出す。パワーパックはかなり大がかりであるが、大電流が取り出せ、効率の悪い機関車でも動かせる。家の外からでも電波は到達すると言っていた。ラジコン装置はSANWAであった。

 このレイアウトでも、駅の名前はアルファベット順である。15m位進むと駅があって、そこでTrain Orderの指示通りに列車と組み立てて次に進む。次の駅が空いているかはディスパッチャに聞かねばならない。列車の組み立てに戸惑うと、他のメンバは待たねばならない。連結器以外には手を触れてはならないので、かなり面倒な操作をせねばならない。

 何度も入替えを繰り返して、どうしてもできないと降参である。
"Mr.Dispatcher、スーパーマンになりたいが、許可してくれ。"と怒鳴る。
"許す。ただし一日一回に限る。時間は30秒!”と許可が出る。
貨車を鷲掴みにして列車を仕立てて出発である。

2010年04月16日

Dick との再会

 トムリンソン氏の父君は鉄道模型界では神話の世界の人である。NMRAの創立者のひとりなのであった。NMRAの紋章になっている動輪と連結器の図柄を作った人でもある。
 ディックはそれが誇りであり、アメリカでもっとも正統な模型クラブを率いる代表者であった。ところがその後運営方針の対立から、ディックは会長の座を降り、自宅でのレイアウト建設に邁進する。その時のレイアウトは地下室にあった。あの重いBig Boyはそこで見せてもらった。
 
 1988年に家族で訪ねた時は新居のレイアウト建設が始まったばかりであった。地下室を見せてもらったときに、こんな広い部屋に本当に作るつもりなのかと驚いた。12m×25mくらいあった。
 その後彼の住所を紛失してしまい、再会は難しいと思っていたので、今回の訪問は全く幸運であった。デトロイト の模型屋 P&D Hobby Shop はOゲージの在庫が多い店である。そこの主人のPatはディックと一緒に訪ねたことを良く覚えていた。パットには1985年以降2回ほど会っている。
「お前の機関車は単三電池一本でも、するすると走った。大したものだった。あれはミルウォーキィのNMRAの発表の後だったな。」と言うので、その記憶力にこちらが驚いたくらいだ。

 パットに「ディックの電話番号が分からないか?」と聞くと、「分からない。時々来るけど、どこに住んでいるのかは知らない。」と言う。あちこち聞いてもらったが分からない。
 万策尽きたと思ったところで、「そうだ、Joeに聞こう。」と言ってジョージア州まで電話してくれた。「分かった。Fentonだ。」と電話番号を教えてくれた。
 礼を言って出ようとしたら、「ここから電話せよ。」と言う。ダイヤルして、「よう、ディック爺いか。日本からの客人だぞ。」と言って受話器を渡してくれた。
 ディックはすぐ思い出してくれ、「久しぶりだな、子供たちは大きくなったろう。」と、しばらく昔話に花を咲かせた。
「今日か、明日に会うことができないでしょうか。」と聞くと、「今晩7時以降に来い。今日は友達が13人来ている。みんなで遊ぼう。」と言う。

2010年04月14日

Dick のこと

Dick Tomlinson Dick Tomlinson氏は筆者の最も古いアメリカの友人である。1970年頃のModel RailroaderDetroit Model Railroad Clubの紹介が載り、MR誌経由で手紙を出して以来の知り合いである。全米一の模型クラブの会長から頻繁に手紙を貰うのは、惧れ多いことであった。
 MRは筆者の手紙をすぐに転送してくれた。日本の某出版社とは大変な違いで驚いた。その出版社は、「記事の執筆者への手紙は取り継ぎません。」というメモを、筆者が同封した切手付きの封筒に入れて、筆者の手紙を送り返してきたのだ。

 その後、アメリカに行くことができたので、デトロイトに訪ねた。豪雨の中、遠いHollyの町まで筆者をレイアウトを見せに連れて行ってくれた。当時、ディックはデトロイト警察の刑事であった。家に泊めてくれ、奥さんのJudyには本当に良くして戴いた。その後、1985年に、祖父江欣平氏を伴って訪れた際、
Henry Ford Museumに連れて行ってくれた。ポケットにピストルを入れて。
「俺は警察バッジがあるからタダで入れるからな。俺は君たちの護衛さ。君たちはVIPだろ?」
「そこの警備主任は友人で、なんでも言うことを聞いてくれるよ。」という調子であった。

C&O Allegheny 2-6-6-6 at Henry Ford Museum 祖父江氏は、C&O Allegheny 2-6-6-6 の実物が見たかった。「どうしても確認したいところがある。煙室戸に付いているステップの表面の模様がどんな形か、写真を撮りたい。」と言う。
 ディックに相談すると、「訳ないことさ。警備主任を呼んで頼んでやるよ。」と答えた。

 現場に着いて、ディックが頼むと、その警備主任が付いてきてくれて、筆者に「登れ。」と言う。「大丈夫ですか?」と聞くと、「私が許可をしている。さっさと登れ!」
 筆者が屋根の上に立った瞬間、遠くの方から警備員が笛を吹きながら警棒を振りかざして二人走ってきた。
「直ちに降りろ!」
 筆者は撃たれるのではないかとひやひやしながら、「私は特別許可を得ている。」と怒鳴り返した。すると、「そんな許可があるわけない!この ass holeめ、降りろ!」と怒鳴る。アス・ホウルと言うのは最大限の罵り言葉である。
「反対側に廻れ。君たちの上司が居る。」と言うと、「がたがた言ってないでさっさと降りろ。さもないとぶちのめすぞ。」と言ったところで、警備主任が、「君たち、もういい。あっちへ行きなさい。」と促した。
 警備員たちは不思議そうな顔をして去って行った。

Allegheny's Step at Smoke Box Front その時の結果であるが、ステップはデッキと同じ模様であった。模型製作には上から観察した資料が必要なのである。そのときの調査のおかげで、筆者のコレクションには祖父江氏のカスタムビルトのアレゲニィが加わった。

2010年04月12日

続々々 Kalmbach社のHOレイアウト

MR Layout 8MR Layout 9 この辺りは舞台裏である。二段の収納用のヤードが在った。二段の間隔が十分広く、奥の方にも手が届きやすい。路盤は、3/4インチ(19mm)の構造用合板である。
 上の段のポイントマシンの設置の仕方に興味を覚えた。見えないところなのでこれで良いのである。上に飛びださせれば、下の段には全く飛び出さない。工事も保守も格段に楽であろう。機能を最優先させた設計で、筆者の好みである。
 ポイントマシンは手前と向こうの二列に並べ、中間部分の駆動は細いロッドに依る。

MR Layout 11 この部分の立体感が面白い。カメラは単眼なので、いかにも奥行きがあるように思える。実際の深さはせいぜい 5cm である。
 これはあきらかに印刷媒体を使う出版社だからこその表現である。
「ちょっとしたトリックですよ。」としか言わなかったが、目で見ると不可思議な感じがする。真正面から片目で見ない限り、薄い建物と背景画にしか見えないのだ。 

Kalmbach社訪問記は今回で一応終わる。出版社の中で多人数のスタッフが関わって研究用のレイアウトを作るからこそ、説得力ある記事が書ける。レイアウトの一つすらない出版社が、投稿された記事を載せて、したり顔で解説記事を書くのとは違って当然だ。MRは、プラグマティズムに満ち溢れている、と感じた。 
 車輌の性能テストなどもここで行うのだそうだ。

2010年04月10日

続々 Kalmbach社のHOレイアウト

MR Layout 6MR Layout 7MR Layout 10






 これらの場面は降水量の比較的少ない地域での春の景色である。日本は多雨であり、植生が異なるし、この種の岩が露出しているとすぐに風化してしまうであろうから、この褐色の岩はまず見ることがない。

 鉄橋の場面が二つあるが、非常に自然であると感じる。それはスパンと高さの関係が正しいからである。これは既製品をそのまま使っているようだ。時々見るものには、長さだけを伸ばしたりしたものがある。
 すると、いかにも折れそうで危なっかしい。それでは水道橋程度の荷重にしか耐えないであろう。

 水面の処理は未完成であったが、来たる3カ月でどのような仕上がりになるのか楽しみである。7月には再訪問したいと考えている。
 Milwaukeeという土地柄か、港湾を主題にした設定もある。また、ビール工場があるためか、穀物倉庫もある。
 
 この区間にもキャブを接続する穴がいくつか設置してある。このような有線方式をtethered (犬の鎖がついた)という。正確には、前に Plug-in と言う語を付けるべきであろう。

2010年04月08日

続 Kalmbach社のHOレイアウト

MR Layout 3MR Layout 4 この辺りのサイドボードの色は他と異なる。"Troy"という町の駅なのである。
 今回は時間がなくて確認はしていないが、このような駅の名前はある法則に基づくものが多い。

 northerns484氏の情報によると、アルファベットの順になっているものが多いのだそうだ。このようなレイアウトは多人数で遊ぶのを目的としている。すなわち、固定メンバだけではなく、visitor(来客)も参加することがある。ディスパッチャ(列車指令)からの指示を受けて、どの駅なのかが瞬時に判断できなければ、操作が出来ない。少なくとも目の前の駅がどの頭文字で始まっているかはわかるので、いくつ離れた駅であるかが分かる方がよいということだ。
 
MR Layout 5 この写真で位置関係がお分かり戴けるであろう。
 ところどころにDCCのキャブ(運転用の発令器)を差しこむ穴が開いている。順次差し替えながら歩くのであろう。
 無線を使わないのは不思議である。最近の無線方式は急速に進歩して、昔のようなタイムラグがほとんどなくなっている。
 



2010年04月06日

Kalmbach社のHOレイアウト

MR Layout 1MR Layout 2 30坪ほどの部屋に案内された。この部屋では、社内のボランティアによるHOレイアウトを建設中である。かなり意欲的な設計も取り入れられているが、概してこれまでに発表されている手法によっている。

 当然ウォーク・アラウンドを採用している。路盤の高さは54インチ(137cm)を標準としているようだ。 HOであればこの高さが目の高さからの距離が近くてよいだろう。
 日本人の体格からはこれよりやや低い方がよいだろうが、130cm以上は欲しいところだ。日本にあるHOレイアウト(モジュールレイアウトを含む)でこの程度の高さをもつものがいくつくらいあるのだろうか。

 アンディに、「数年前、JAMの第一回の時、講演されましたね。『低空飛行のヘリコプタからの眺望』というお話でしたが、それが日本では理解されたか、いささか疑問です。日本ではどうしても全体を見渡せる場所から固定されたコントローラで走らせるという方式から抜け出せない人が多いように感じています。また、レイアウトの路盤が低い場合が多いのです。」
と言うと、
「良い物でも浸透するには時間が掛かる。アメリカでも、当初はなかなか理解されなかった。レイアウトの高さは徐々に高くなってきてここまで来た。」
「Oスケールでは多少低くてよいが、HO、Nでは高くないと車両を横から見ることができない。」
と述べられた。
「成功した事例がいくつかできると急速に普及するのではないか。」
とのことである。

2010年04月04日

続々々 Kalmbach社の過去のレイアウト

HO layout section このレイアウト・セクションも見覚えがある。
 これは現在建設中の社有レイアウトの一角にあり、多分本線に接続されるのであろう。

 来る7月の中旬にミルウォーキィでNMRAのコンヴェンションが開かれる。創立75周年で、発祥の地ミルウォーキィに戻るということらしい。25年前にもこの地で開かれ、その時は祖父江氏と参加した。

 そのNMRAコンヴェンションで、カルムバック社はオープンハウスで社内ツアを実施するらしい。その目玉がこの社内レイアウトである。

 7月まで残り少ないので、急がねばならないと言っていた。7割方は完成していた。緩やかなカーヴを持つウォークアラウンド・レイアウトの典型である。

 実に穏やかな色調のレイアウトであり、過去に見たどのレイアウトより彩度が低い。実物は個別には彩度が高くても、遠くから見るとその表面の微細な素粒面により乱反射が起こり、全体に白っぽく(無彩色に近く)なる。
 つまり、色鮮やかなものでも、極めて薄い灰色を吹きつければ彩度は低くなる。

 以前UPのカブースの塗装済みを購入した時、あまりにも鮮やかでレイアウト上に置けない程であった。わずかに黄土色を混ぜた灰色を薄くして何度も吹き付けたところ、色が落ち着いた。これは簡単な作業であり、必ずやるべきことであると再確認した。

2010年04月02日

続々 Kalmbach社の過去のレイアウト

 HO layouta building in MilwaukeeMr. Kalmbach and his assistants






 このレイアウトもしばらく前に連載されていたものである。その片隅の建物の前に3人の若者が立っている。よく見ると何か持っている。それがMRの発刊を知らせるパンフレットである。

Mr, Kalmbach, the founder この写真は時々MRに載るので覚えがある。三人で始めた出版社がここまで大きくなったということを示すため、本社ビルの玄関に飾ってある。当時の印刷機の現物も置いてあった。ただしそれはパンフレットを印刷するためのものであり、輪転機ではない。

 本社玄関を約束した時間に訪れると、ガラスの二重ドアが音もなく開いて驚いた。その中にある受付の女性が遠隔操作で開いてくれたのであった。この写真はその玄関わきのギャラリィにある。

Recent Comments
Archives
Recent TrackBacks
Categories
  • ライブドアブログ