2009年12月

2009年12月31日

続 試運転台

 この製品はGゲージ用からHO用まで3種ある。価格はどれもそう変わらぬ。これと同じものを作ろうと思うと、ブラスかアルミのアングルを切り、所定の位置に穴を空け、ボールベアリングの軸の段付きネジを16本作らねばならない。中間の絶縁材を手配するのも面倒な話だ。その手間を考えればこの価格は安いものだと思う。HO用はキットもある。これを見ると、段付きネジなど使っていず、ただワッシャをかませてインナ・レースを締めているようだ。
 
 売っているものは買う。作るものは売っていないものだけということにしている。

 筆者の場合、先台車、従台車の支えを必要とする。しかもそれらが、カーブで振れる様子も確かめたいので、いずれそのような仕様で全体を作り直すつもりである。
 もちろん復元装置が作動するのも確かめたいので、摩擦が少なくなるように、横方向をボールベアリングで支えなければならない。

 4軸あるので、ディーゼル電気機関車もテストできるかと思ったが、動輪径が小さいので深く沈みこんだ。ブレーキロッドがショートして、失敗であった。

 この種のテストローラは探すと他にもかなりあるが、どれも高価だ。架線付きのものも見つかる。Zゲージ用のローラまであって驚く。

 低価格の物も見つかるが、ボールベアリングではなさそうだ。




2009年12月29日

試運転台

roller unitrunning on rollersroller units on track



  試運転台はこれで6代目である。最初の1台は30年以上前に自分で作った。ローラを一つにして、ボールベアリングを使わなかったので、機関車を固定しないとずり落ちてしまった。実物は車輪1つにローラ一つである。

 2代目から5代目までは、祖父江氏のアイデアで左右を共通のローラーにしたものであった。当時は機関車とテンダからそれぞれ集電していたので、機関車の左右の車輪から集電する必要がなく、絶縁する必要もなかった。要するに、機関車に+、テンダに−を給電するようにしていたのだ。

 そのうちにDCCの時代になり、左右の動輪から集電し、テンダは機関車本体と同極性の時代になった。すると今まで使用していた試運転台は無用となり、手放してしまった。試運転台がなくなると、少々寂しい。

 先ごろ、Micro-Markのカタログを見ていて、面白いデザインのものを見つけた。レイルの上に置くタイプで、左右の動輪から集電するようになっている。しかも中央三線式での集電もできるようになっている。  
 ボールベアリングで受けるようになっているのも面白い。ボールベアリングの中を通電するのはあまりよい設計ではないが、1軸4個も使っているのでどこかが接触してくれるのだろうと思い、買うことにした。価格は意外に安い。自分で作るより、よほど経済的である。

 機関車を載せてみると、安定は良い。運転しながら機関車を押しつけても、ボールベアリング支持のおかげで全く電流値が変化しない。機関車もボールベアリング装荷だからだ。
 最高速でも0.1A台である。ヘッドライトを点けると0.4A弱になった。



 故祖父江氏にはめてもらった動輪は、振れもなく軽快に回転した。小一時間運転して、気分よく試運転を終了した。

 

2009年12月27日

岩塩鉱山

岩塩 近くに岩塩の鉱山もある。

 巨大な穴を掘り、そこから横に縦5m横10mくらいの坑道を数百メートル掘って大型ダンプカーに積み込んでいる。その塩は無色透明でガラスのようである。
 一般的な岩塩は着色している。黄色であったり、赤色であったりするのが普通だ。

 面白いことに、これらの着色した岩塩を水に溶かすと塩化ナトリウム以外何も検出されない。再結晶すると、無色の結晶が析出する。
 この理由は少々ややこしい。岩塩が地面に埋もれている間に、放射線を浴びたためである。放射線のエネルギにより、中のイオンの相対位置がずれたのである。すると、特定の波長の光を吸収しやすいので色がつくが、溶ければ全く普通の食塩である。

 岩塩は近くの牧場で消費されるので、その鉱山には鉄道が敷いてなかった。大型のトレーラで出荷される。
 家畜には塩が必要である。牧場の片隅には30cm角くらいの岩塩が1トンくらいずつ山にしてある。牛たちはそこに来て、舐めている。
 雨が少ないので溶けてしまう心配はないそうだ。馬の牧場にも塩が盛ってある。

 この岩塩鉱山の成分は海水に似ている。マグネシウムが入っていて、動物たちにも都合のよいものと言っていたが、よくわからぬ。海水を飲むとマグネシウムイオンを摂取するので下痢をすることがあると、昔習ったように記憶しているのだが。


2009年12月25日

Mining Railroad

 ユタ州の南の方にはカリウム鉱山がある。炭酸カリウムは英語でpotashという。元素名としてはpotassium である。pot(壺)の ash(灰)から得られたのでこの名がある。
 砂漠の中を走っていると切り通しがある。その切り取られた崖から白いものが垂れてかたまっているのに出くわす。舐めてみると塩化カリウムの味である。

 カリウム資源はすべて水溶性なので、ドリルで穴をあけて高圧で水を注入する。流れ出した泥水を沈殿させ、上澄み液を乾燥すると得られる。砂漠の中の乾燥した空気の中では、乾燥は速い。
 このような水溶性の地下資源は、日本にはない。雨が多くて流れてしまうからだ。

 砂漠の中に大きな屋根を架けた工場は、大抵カリ鉱山である。カリウムは肥料として用いられるのと、ガラスの材料になる。

 もうひとつ水溶性の地下資源として、トロナ鉱がある。これは炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムの化合物で、ガラスの材料として重要である。昔はソルヴェイ法で作られていたが、現在では天然物を使う方が安い。
 ワイオミングの砂漠の中にある。これは掘って水を掛けて精製するだけなので、いくらでも採れる。埋蔵量が人類の消費量の5万年分という話もあるくらい大きな鉱山だ。

 所々で見かけるウラン鉱山は興味深い。ウラン鉱は色が独特で、露頭しているのが見つかりやすい。大抵のウラン鉱山は埋蔵量が少なくすぐに資源が枯渇する。
 西部の砂漠の中には打ち捨てられた鉱山が沢山あって、どれも筆者の興味の対象である。

2009年12月23日

続々々 Bingham

Bingham Copper mineShay ビンガムには大型の蒸気機関車がいた。0-8-8-02-8-8-2などのマレーもいた。これらは東部の鉄道から譲り受けられたものである。
他に何台かのシェイもいた。

 2−8−8−2などはN&Wから来た。詳しい方は元の機種がお判りであろう。 

Don Strack 1988 このウェブサイトを開設しているDon は、筆者の古い友達で、時々連絡を取っている。以前は大きなHOレイアウトを持ち、UPの長大編成を楽しんでいたが、趣味の中心がこのウェブサイトになって、ついにレイアウトは壊してしまった。

 彼の鉄道研究はすさまじく深く、到底一般人の及ぶところではない。どんな情報も必ず自分で出かけていってウラを取る。
 今ではかなりの有名人で、ありとあらゆる情報が集まってくるそうだ。写真のコレクションも凄い。本も何冊か出している。

 以前紹介したラルフの趣味の部屋には、この2-8-8-2の巨大なヘッドライトが置いてある。つややかな黒に塗られて、明かりが灯った。

2009年12月21日

続々 Bingham

KennecottKennecott bingham Canyon 70年代の写真もウェブ上に多少あるので、お借りした。左の写真では穴の底の方は電柱がないから、ディーゼル電気機関車を使用していたのだろう。線路を頻繁に敷き替えるので電柱がない方が便利なのかもしれない。

 現在は底の方に縦坑を掘り、そこに鉱石その他を落とし込み、ベルトコンベアで水平に外に運び出している。すなわちダンプカーが、上まで土砂を積んで登っているわけではなさそうだ。

 右の写真は鉱山から選鉱した鉱石を運び出す鉄道である。20キロほど離れた精錬所に運ぶ。
 この鉱山は低品位鉱であるので、一時は閉山の可能性も取りざたされた。隣のネヴァダ州のElyという町にもKennecottが経営する銅鉱山があったがそれは90年代に閉山された。
 イリィの市街の西にこれまた巨大な穴があり、ここと同じ手法で鉄道を敷いていた。現在は精錬所も壊され、穴だけが残っている。
 操業中に中を見せてもらったことがある。穴の深さは300mくらいであった。

 自分で撮った写真をお見せできるとよいのだが、どこかに紛れ込んでしまって出てこない。いずれ機会を改めてお見せしたいと思う。
 


2009年12月19日

続 Bingham

電気鉄道による鉱石運搬 Bingham鉱山はKennecottという会社が経営している。ケネコットはソルトレーク市の中心に事務所を構える巨大企業である。一時は、鉱山列車に乗りたいからという非常に不純な動機で、この会社へ就職しようかと考えていたこともあった。

 新しい画像が公表されているのでそれをご覧戴くことにする。これは2003年撮影とある。

 こちらの方は2009年撮影とある。これらの写真を見ると、昔の鉄道は痕跡すらない。ユタ州南部のモエーブには別会社のカリウム鉱山やウラン鉱山があり、そのあたりにかなりの車両が移動したらしい。鉱石の比重が違うので、ホッパ車の容積を変更しなければならないだろう。

 300トン以上積める大きなダンプトラックとか、120トンをひとすくいするシャヴェルが沢山ある。タイヤのモニュメントは昔から変わっていない。

 砂漠の中に精錬所があり、煙を出していたが、最近はその煙の色がほとんど見えなくなった。公害防止設備が強化されたのであろう。硫酸製造設備があって93%と98%の濃硫酸を出荷している。

 銅鉱の中の金、銀、モリブデンを分離するとこれが大きな収入源になる。最近は特に儲かっていることであろう。 


2009年12月17日

Bingham 

Bingham Cupper mine全景 鉄道撤去後の斜面 Binghamはソルトレーク・シティの西方約50kmにある。初めて訪れたのは1972年である。巨大な穴の中までらせん状に張り付いた長大な鉄道があった。GEのsteeple cab(凸型)の電気機関車に牽かれて長い鉱石列車が登り降りしていた。砂漠の中で、ここだけが完全電化されていた。
 1940年頃までは蒸気機関車によって鉱石列車を牽引していた。巨大な2-8-8-2の関節型蒸気機関車が走っている写真を見たことがある。穴の中では煙が出て行かなかったらしく、穴が深くなると電化を決意せざるを得なかった。

 天候によっては、穴の中に雲がある。不思議な丸い雲で動かない。

 穴を深くするためには全ての斜面を広げなければならないので、線路を年二回横にずらすと言っていた。その労力たるやすさまじいもので、その土砂を捨てるために新たな鉄道を敷き、それを捨てに行った。

 時を置いて見に行くと、明らかに鉱山の形は変化している。しばらく前に、鉄道を撤去すると言っていた。新しい写真を見るとトラックの通る斜面が作られて、鉄道のあったところは壊されている。どうやら本当に鉄道は無くなったようだ。

 この鉱山は山頂付近での露頭(鉱石が顔を出している状態)が見つかったことに始まる。鉱脈はほとんど垂直に数千メートルあるらしく、現在では2000mほど掘ったことになる。昔の山は完全になくなり、付近の平地よりも1000mほど低くなった。ズリ(鉱石以外の土砂)は周りに積み上げたので、差し引き2000mほどの高低差がある。
人工のグランドキャニヨンと言われるのも、うなづける。

2009年12月15日

鉱山都市

 国内外の鉱山都市は、その周辺の集落とは明らかに異なる文化を持つ。

 まず、流れ者が多く、言語が異なる。昔住んでいたソルトレーク市の西のはずれにBinghamという銅鉱山がある。足尾とは異なり、完全な露天掘りである。人間が堀った世界最大の穴という表現がある。穴は、長さ4キロ、幅2キロ、深さ1キロほどである。
 掘り出した土砂は周りに積み上げたので、穴が相対的にますます深くなった。線路は、すり鉢の内部に螺旋を描いて下っていく。底まで500キロもの距離があり、貨車は2日かけて下りて3日掛けて登ってきた。しかし穴を深くするために時々線路を敷き替えていた。
 あまりにも非効率で、20年ほど前、底から、水平導坑を掘り、ベルトコンベアで運び出すようにした。 
 このビンガムの街の人たちの英語は、かなり異なるアクセントをもつ。町にはいろいろな娯楽施設があり、稼ぎのよい鉱夫たちがそこでお金を落とすように出来ていた。

 日本の鉱山も、根本的には同じ構造を持つ。相対的に町全体が裕福であった。足尾には映画館が四軒もあったそうである。
 博物館には古いカメラがたくさん陳列してあった。そのような高級品を買う余裕があったわけである。
 鉱山の設備も貴重な外貨を投資して購入したものばかりである。鉱山が外貨を稼ぐのであるから、いろいろなものを直接買い付けている。

 小さな町であるが、市内の交通は鉄道に依っていた。かなり贅沢であると言える。

2009年12月13日

足尾のフォード

Ashio FordFord Engine 足尾には市内の交通として路面軌道があった。初めは馬車軌道であったが、ガソリン機関車による客車牽引が始まった。
 A型フォードの動力部分を使った簡易な機関車である。そのエンジンが見つかったのでそれをもとに修復したのである。
 須永氏はじめ、けいてつ協会の岡本憲之氏らの多大な努力で復元を成し遂げた。

 当日は、その復元作業を直接担当された市内の自動車修理業の町田洋氏にお話を伺うことが出来た。

 A型フォードの部品はまだ通信販売で手に入れることが出来るそうで、ラジエータ、エンジンフードは本物を使ってある。

 主台枠、キャブ、車輪は、全く新しく作られたのだそうだ。自動車修理業の方は、過去にA型フォードを整備したことがあるそうで、非常に正確な知識をお持ちの方だ。
 さすがにジェネレ―タはやめにして、オルタネ―タにした。すると低速時のトルクが必要で駆動ベルトが滑りそうであったとおっしゃった。
 キャブレタのガソリンはガソリンタンクからの落差で供給されるので、タンクはエンジンより高いところにある。

 その他本物を再生利用されたので、現代の自動車用エンジンとは全く異なる構造であった。点火進角装置も調整しなければならない。

 排気マフラがないので、バラバラバラと軽快な音を立てて走る様子は興味深い。  


2009年12月11日

足尾のIngersoll Rand

Ingersoll-Rand compressors 所用で日光方面に行ったついでに足尾に寄った。目的は精錬所跡の探索とFordの機関車の見学である。

 国内外の鉱山見学は筆者の趣味の一つである。ほとんどは廃坑で、立ち入りが禁止されているが、精錬所跡の探索は楽しい。思わぬものにも遭遇する。

 今回は、須永秀夫氏のご案内でかなりの部分を見せて戴いた。以前はお仕着せの見学コースしか見ることが出来なかったが、今回は自動車で見て回ることが出来、氏の詳しい解説を聞くことが出来たのはありがたかった。

 足尾銅山は古河グループの銅山で、明治大正時代に外国の最新設備を導入している。その中で巨大なコンプレッサが2台収められた建物を見学した。
 中にはIngersoll Rand社のコンプレッサがある。まぎれもなくIRの文字が読める本物である。

この会社名は日本語ではインガソール・ランドとつづる。アクセントは最初の爛ぁ匹砲△襪里猫爛宗次匹鮨ばす必要もないように思う。

 IRはもともとは鉱山用の機械を作る会社であった。コンプレッサはこの会社の主要な商品の一つである。
 一時期、機関車の製造もしていた。HOのボックスキャブの機関車は、鉱山用であった。今でも生き延びている。

2009年12月09日

続 SP5000

 以前、ある日本の書籍にSP5000は「最も成功した三気筒機関車」と紹介してあったが、それは正しくない。最も成功した三気筒機関車は、UP9000 4-12-2である。輌数で約2倍であるし、走行距離はけた違いに大きい。また動輪径も大きい。
 
 UP9000は原型を保って使用されたのは少ないが、SP5000は最後まで原型通りで使用された。SP5000はUP8000とほとんど同様である。実はそのUP8000はある程度出来ている。いずれお目にかける日が来るだろう。

 UP8000は10台しかなかった。しかも、面倒なメンテナンスを嫌って二気筒に改造され、5090という番号になった。それもなかなかよい恰好であるが、UP8000の無骨な形が好きである。三気筒の期間は短い。
 三気筒機関車は、動輪一回転の内のトルク変動が小さく、牽き出し時のスリップが少ない。すなわち勾配線区で好んで使われた機種である。

 グレスリ・ヴァルヴというリンク機構で中央シリンダのヴァルヴが駆動される。極めてうまい着想であるが、現実にはこのリンクの軸受はよくすり減り、ヴァルヴ・イヴェント(日本語ではタイミング)がずれて事故のもとになった。
 国鉄のC53はこの駆動レヴァに軽め穴を空けたので、剛性不足で余計にダメになったという説もある。この部分は剛性が最も必要とされる部分であるらしい。

 4-10-2と言う軸配置はSouthern Pacificと呼ばれている。UPではOverlandと呼んで対抗していた。
 4-10-2の改良型として4-12-2が作られ、Union Pacificと呼ばれるようになった。

 1970年代にカリフォルニア州パモウナの競馬場でSP5000とUP9000を同時に見た。SP5000は軽快であった。UP9000は、ただただ大きく感じた。
 いつの日かこのUP9000をスクラッチで作ってやろうと思っていたら、韓国製が出てしまった。2台持っている。片方は改造してBold Faceの、のっぺりした物を作ろうと思う。UP8000はさすがにどこも出していないはずだ。

 筆者の個人的な意見としては、祖父江欣平氏が存命のうちに、特製品でUP9000を作って欲しかった。そのつもりでかなりの量の資料を確保していた。吉岡精一氏にお願いして、半径1800个竜泪ーヴを回す時の計算まで準備していたのだが。

2009年12月07日

SP5000

SP5000 lead truck SP5000 (4-10-2)のように三気筒機関車の復元装置は作るのが難しい。中央シリンダがあるので、その下の部分のスぺイスが小さいからだ。 
 ボールベアリングは外形4mmの物を使わないととてもできない。また、底板を出来る限り低くしてスぺイスを稼ぐ。
 久しぶりにSP5000をひっくり返して先台車を見て驚いた。我ながら、よくこんな狭いところに押し込んだと感心した。若い頃に作ったもので、手間暇かけて、何度も作り直した跡がある。

SP5000 trailing truck 従台車はブースタが付いているのでローラが掛かる場所がなく、内側に小さな斜面を作って、バネを強くしている。

 この機関車も全く脱線しない。どんな線路でも入っていくので、救助用の機関車には適する。低速モータを使っているので、牽き出し能力がとても大きい。半径3m1.5%の勾配で、60両のブラス貨車を牽き出した記録がある。

 このSP5000は、1963年に祖父江欣平氏が製造したものだ。何度も祖父江氏の元に戻って改造を受けている。

 70年代にアメリカでこの機関車を入手してから、井上豊氏の御指導を受け、中央気筒を動くように作り替えた。それを祖父江氏に見せたところ、どうもお気に召さなかったようだ。
「俺が作り直してやるから、任せろ。」というわけで改造してもらった。第1軸に偏心部をハンダ付けし、ロッドの逃げを作るために動軸をヤスリで削っただけでは気に入らなかったのだ。

 一回目は偏心した部品を鑞付けして削り出したものであった。それも素晴らしい造形であったが、そのあと電話を掛けてきて、「もう一度やり直しさせてくれ。あれでは満足できない。」とおっしゃった。

 再度預けて、出来てきたのは鍛造で曲がった軸を作り、それに支えをハンダ付けして旋盤にかけて研削し、圧入後に支えをはずしたものであった。実物のように滑らかで驚くべき仕上がりであった。実物を作った経験もある仕上げ工としての面目躍如である。
 クランクも本物通りの形になっている。中央ロッド、クロスヘッドは手作りだ。
 
 この経験はのちに特製品のSP5000を作られた時に生かされた。

2009年12月05日

pre-loaded

pre-loaded ボールベアリングには等級があって、われわれはその最下級に近いものを使っているのだろうと思われる。
 高いものは航空宇宙産業に使われる。何が違うのかはよくわからぬが、とにかく選り出してあるのだそうだ。テストして設計値に近いものを選ぶとそうなるらしい。値段は2桁以上違うという。

 さて、ボールベアリングは、最初からある程度の遊びがある。遊びがなければ回らない。ということは、ラジアル荷重(円周方向の荷重)だけでは多少のガタの中で回っているわけである。ガタは15ミクロン位である。

 模型の蒸気機関車の動輪軸は、ガタがあっても、ロッドのガタも多少はあるので問題ない範囲にある。

 さて、本題のプリ・ロードの話だが、スラスト(軸方向の力)を掛けると図のように溝の中で玉がずれて、ガタが無くなる。この状態で使えば、遊びのない状態が保てる。 ベアリング屋は、プリ・ロード(あらかじめ荷重を掛けた状態を作ること)された状態で使うことを推奨している。今回の先輪のガタをなくすワッシャは、まさにこの状態を作り出している。

 ミニチュアベアリングはアウタ・レースが薄いので、プリ・ロードが大きいと塑性変形する可能性があり、その限界は決められている。

 さらに言えば、シャフト、ハウジングには15から17ミクロンの隙間を空けることを要求している。無理に押し込むとたちまち変形する。隙間には油を満たすことが必要である。油膜で受けているわけである。

2009年12月03日

従台車復元装置の製作

trailing truck centering device 従台車の復元装置の工作は簡単だ。従台車後部にV字型の斜面を取り付け、ボールベアリングを用いたコロで押さえつけるだけである。
 なるべくバネの長さを大きくし、復元力が変位の大きさに影響を受けにくいようにする。バネを長くするには片持ちにせざるを得ない。片持ちはハンダがはがれやすいということになっているが、わずかの工夫で克服できる。

centering device 4 このような片持ちの軸で支えている。軸端を軽くつぶしておけば、ボールベアリングが外れる心配はない。
 片持ち軸のハンダ付けには少々のテクニックがある。軸に合わせて相手を削り、接触面積を十分大きくする。軸には軽く傷を付け隙間を保ち、クランプではさんでハンダ付けする。ハンダ付けは、薄い合金層の生成によりなされるものであるから、均一な隙間があるとうまくいく。また加熱時間は長くする。スズの拡散時間を与えるためである。この方法で付けるととても堅くつく。

 このようにして復元力を効かせた機関車は、渡り線などのSカーヴでも安定した走行が可能である。さほど難しい工作でもないので、採用されるとよいと思う。

 井上豊氏のHOの大型機には、すべてローラー式の復元装置が付いていた。ボールベアリングではないので、運転前には必ず油を注していらしたのは興味深かった。
 本職の機関士であった井上氏は、点検用の工具セットと小さい油注しを携行して、いつも走行前の注油というプロセスを省くことはなかった。その点には感心した。
 
 翻って、筆者の場合は少々ずぼらで、メンテナンスを省けるものは省きたいのだ。シール付きボールベアリングは数十年間は注油が不要である。レイアウト上に置いたら、まず持ち上げることもないので、このようなメンテナンス・フリィの部品を使いたい。

 脱線しない機関車というのはありがたい。貨車などの脱線は長い棒などで押したり引いたりして移動排除できるが、機関車が脱線すると重くて動かしにくい。下手に押したりすると、ポイントが壊れる。また、自力で貨車の脱線箇所から脱出できるし、脱線した貨車を取り除く手助けもしてくれるのでその点でも助かる。

 先従輪に復元を効かせると、牽引力が減るとおっしゃる方があるが、それは牽かれる車輌の性能に大いに問題があるとしか言えない。この機関車でも平坦線で80両牽ける。
 実物でも先輪軸重は動輪軸重の7割位である。

2009年12月01日

続 復元装置の製作

centering device 4 仮組みをした結果、補強レイルを逆向きに取り付けて高さを下げることが出来る事が分かった。

 校型の板は押し下げたH字の切り込みにハンダ付けする。薄い板だが二枚張り合わせるので丈夫である。この板の表面はローラが通るのでよく磨いておく。

centering device 3 問題はセンタ・ピンの角棒である。角パイプを切って、現在のセンタピン(丸棒)に当ててみると、丸棒が太い。
 それをヤスリで少しずつ削って角棒にし、その上に角パイプをかぶせる。ハンダ付けする必要はなく、差し込むだけである。幸い、削り過ぎはなく、絶妙の固さでかぶさった。

 それに順次部品をはめて、抜け止めを付ければ完成だ。早速ポイントの上を通して、抜け止めがレイルに当たらないか、確認する。
 ギリギリであったので1mm削り取ってネジを締めた。

centering device completed トータルで5時間の工作であった。糸鋸は3本折った。久しぶりの製作で時間がかかったが、レーザカットで部品を作っておけば1台1時間でもできるかもしれない。角棒からの切り出しも、並べてやれば速くなるだろう。
 この頃は、早くできる方法を採用したいという気持ちが強くなっている。趣味であっても時間は貴重だ。

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