2009年09月04日

2009年09月04日

愚行権

 愚行権という言葉は一般には知られていないようだ。日本語に取り入れられて20年も経っていないであろう。英語では "The right to do wrong (things)" と言うのだそうだ。
 これは、「人に迷惑をかけない限り、個人の自由は最大限に守られる」という公理から導かれる権利である。憲法の幸福追及権に含まれる。

 筆者の友人で38歳でコロンビア大学の教育学の教授になった男(日本人)がいる。当時、彼が「日本には愚行権がないも同然だ。」と言うので、そこではじめて知った次第である。
 彼は「民主主義と愚行権はともにある。」と言った。「たとえば麻薬だ。日本では持つことも吸うことも違法だ。売るのも当然違法だ。アメリカでは、売る者は厳罰に処せられるけど、買う方はほとんどの州で許されている。」
 例が悪いが、確かにそうだ。
「君の好きな鉄道模型も、北朝鮮あたりでは非合法だろうね。日本だって戦争中はその様な趣味は資源の無駄とか軟弱だとか言って、白い目で見られただろう。」ときた。

 それを聞いて悟ったのは、この種の趣味は明らかに愚行の中に入るのだろうということだ。しかし、我々はそれを十分楽しむことができる。汽車を作って刑務所に叩き込まれることもないし、明らかに間違ったことを記事に書いても許される。しかし、編集者にはそれがない。麻薬の売人と同じになるからだ。
 雑誌は年少者も読む。判断力の乏しい者に間違ったことを教えることになりかねない。編集者の責任は重大だ。昔、筆者がマスコミ関係者と付き合っていた時に、飲むと彼らがいつも同じことを言う。
「メディアの責任は重大だ。」「編集者の資質は教養の一語に尽きる。」
 おそらく、彼らの先輩たちに繰り返し聞かされているのだろう。しかし、最近の記事を見ると、その教養という点で疑問符が付く記事が多い。読者はそれに対して声を上げなければならない。

Recent Comments
Archives
Recent TrackBacks
Categories
  • ライブドアブログ