2009年06月

2009年06月30日

リヴェット形成法

 リヴェットを表現する方法は、大きく分けて2つあった。裏から押し出す方法と、表面から植え込む方法である。

 どちらも使っているが、裏から押し出すには組み立て前の準備段階しかできない。リヴェットをつけ忘れたときは表から植え込む。決して難しい作業ではない。正確に穴を開けて、差し込んでハンダ付けする。適当な高さに切りそろえてから丸くする。
 歯科及び彫金用の刃物でコーンカップカッタというものがある。飛び出している線の先端を丸くする道具だ。これで丸く仕上げるのだが、深さの問題があり、市販品では深すぎる。砥石で擦って、穴を浅くする必要がある。
 歯科用のカッタには、純粋のコーン(円錐)を形成することができるタイプのものがある。それを使えば円錐型リヴェットも可能である。

 祖父江欣平氏の植え込みリヴェットはハンダ付けされていない。ドリルの穴は微妙にマイナスである。専用のドリルを用意しているようだ。そして差し込む線をぐっと押しこむ。その勘どころは彼にしかできないのだが、抜けて来ない。引っ張っても抜けない。押し込んだ時に塑性変形してひっかかってしまうのだ。筆者はまねをしたが、抜けてしまう。

 電解生成リヴェットの形は良いが、生成には少々時間がかかる。0.3mmほど盛り上げるのに1時間はかかる。組み立て済みでも局所的に電解液につけることができれば良い。極端な話では塗装済みの車体の鼻先にHゴムを付けることもできない話ではない。
 また、旗竿の先端を丸くすることもできるし、煙突先端に縁取りをつけることもできる。

 いろいろな応用例が考えられる。
 
 

2009年06月28日

続 電解研磨とリヴェット

ブラスめっきによるリヴェット生成法 高校生の時に作った近鉄2200のお面のリベットは、この方法で作った。これを特許出願しようと思ったこともあるが、誰もそれを買わないだろうと諦めた。被覆材に何を使うべきかがわからなかったことも、その理由の一つだ。ラッカーでは、薄いと電気が通ってしまう。最近のプリント基板のマスキングならうまくいくかもしれないと思っている。リヴェットを表現する部分を針で傷をつけるのであるが、印刷できればそれに越したことはない。当時は傷をつけるために、ジグを使った。
 丸いリヴェットは見かけが良い。打ち出しリヴェットもよいが、板が全く歪まないのが利点である。それと、曲面や細い棒にもリヴェットをつけることができることが利点である。組み立て後にリヴェットを付け足すことも訳なくできる。

 銅のリヴェットは柔らかいのでブラスのリヴェットにしようと思った。陽極に銅と亜鉛を並べ、電解液を硫酸銅と硫酸亜鉛の混合液にすると、どういうわけかブラスメッキができる。理論的には怪しいのだが、実用上は問題ない。これは電気化学便覧に書いてあった。色々な商品がこの方法でブラスメッキされている。
 一部のソフトメタルやダイキャスト製品にも応用されている。

 このアイデアは、長年温めていたものだが、個人で秘匿していても意味がないので公表することにした。
 現代のCNCの機械でリヴェットを押し出す方法もあるが、この電解法によるリヴェットの方が形が良い。CNCの機械に細いフライスカッタを付けて所定の位置の被覆剤をはがすのが最も良い方法であろう。

 エッチングは3段くらいまで実用化されているが、それはへこませるだけのことである。膨らませるのはこの方法の利点である。しかも丸く膨らむ。Hゴムのような半円弧状の断面は、実によく再現できる。


2009年06月26日

電解研磨とリヴェット

メッキによるリヴェット成形法 電解研磨は容易である。これを使わない手はない。ヤスったあと、細かいサンドペーパで磨いてもせいぜい2000番くらいの細かさである。
 適当な酸の中にぶら下げて陽極とすればよい。陰極は何でも構わないので、適当なブラスの板を使う。
 筆者は希硫酸を使うが、硫酸が手に入りにくいときには希塩酸でも構わない。トイレ用の酸性洗剤を5倍くらいに薄めて使えば良い。電圧は3Vくらいで良い。電圧よりも電流の方が大切である。30秒おきくらいに取り出して見るわけだから、気にするほどのこともない。
 サンドペーパで磨いた痕が無くなるのがわかる。鏡面になるわけである。しかし、塗装を前提にすれば、そのような研磨にはあまり意味がない。ロッドなどを磨くときには良い。

 このような作業は屋外でするべきである。場合によっては陽極で塩素ガスが発生するし、陰極では水素が発生する。酸のミスト(霧)も発生する。筆者はデッキの上でやり、終わった後は水で流す。

 ところで、メッキは角に集積しやすいと書いた。平面の中央には、付きにくい。それでは全体を絶縁材で被覆して、平面の真ん中だけ物理的に絶縁材をはがしたらどうなるだろうか。
 この方法は高校生の時に思いつき、やってみた。部分的にメッキができるだけだと思っていたら、意外な結果がもたらされた。その部分が盛り上がるのである。しかも丸くなる

 これはリヴェットになる。Hゴムの表現にも使える。ただし、被覆材が良質でないとそこかしこに変なものが析出する。

 ここに公表したので、すでに公知の事実となり、誰もこの件の特許出願はできない。

2009年06月24日

続々 Hard Center Frog

電解メッキと電解研磨 先々回の問題に対していくつかの御回答を戴いている。

 railtruck様が正解である。レイルに銅メッキを掛ける。メッキにより銅は完全に均一に生成するわけではないし、完全に均一に生成するとしても、円以外は相似形にはならない。レイルのように角があるものは、その部分の電界が大きいので、角が膨らんで丸くなるように厚く付く。

 無電解メッキという方法もあるが、そこまで相似形にこだわるものでもないので、簡単な電解メッキを掛ける。

 メッキにより4%くらい太くなったものを加工してフログを作る。それが縮むわけだから、厳密にいえば、レイル断面はおかしくなるだろう。
 しかし、フログの断面を顕微鏡で見る人はいないので、これで良いことになっている。

 上述のように電解メッキは、表面の凸凹をより強調するようにメッキが付くので、仕上がり面は粗雑になる。機械加工のあとの微小なざらざらが、さらに大きな粗粒面になってしまう。昔はメッキ屋はそれをバフ加工で削り落してさらに厚くメッキを掛けていた。現在は無電解メッキになったので、自然につるつるのメッキ面が生成する。

 逆に、工作物を陽極に吊るして電流を通じると、とがった部分が先に溶けていくので、短時間でつるつるにすることができる。これを電解研磨という。筆者は時々利用しているが、紹介記事を日本の模型誌で見たことはない。

2009年06月22日

続 Hard Center Frog

Prototype Hard Center Frog これは実物の写真で、このサイトからお借りしている。図面も簡単に手に入る。

 長いレイルの末端を所定の寸法に曲げ加工して、ボルト穴を明けるだけでフログが完成する。斜めに削る必要がないので大きな工作機械が無くても容易にできる。

 Hard Center Frog は古い特許である。100年も前から実用化されている割には、日本では全くと言ってよいほど知られていないのはどうしてだろう。組み立てフログよりはるかに頑丈で、保守も楽である。特許はとうの昔に切れているのだから、何の遠慮もいらないはずだ。

 この件については、こちらのサイトにこのような記述がある。乗り移りという語があるのが気になる。摩耗の度合いが違うと段差ができやすいのだろうか。
 
この他、クロッシングの製造方法としては、鍛造によるもの、マンガン鋼の芯にレイルを巻いたハードセンターと呼ばれるものがあります。ハードセンターは米国で好んで使用されていますが、低速では良いものの乗り移りが悪くなる傾向があり北東回廊の分岐器の大きな動揺の一つの原因でもあるようです。

2009年06月20日

Hard Center Frog

Hard Center Frog この写真は、ROW社製のフログである。
Right"O"Way社は、Lou Cross氏の会社であり、洋白製のポイントの部品を各種販売している。

 フログは二種類あって、このようなハードセンタのものと、組み立て式のものがある。プロトタイプの年代に合わせて選べる。

 日本の鉄道では全体が一体に鋳造されているが、このハードセンタ方式ではごく一部が硬い材質で、摩耗したときの取り換えは比較的容易である。
 軸重の大きな国ならではのアイデアである。

 この種のフログの原型作りを頼まれたことがある。結果として多忙で断ったが、やっておけばよかったと後悔している。いくつかアイデアはあった。

 ロストワックスは鋳縮みがあるので、普通のレイルを組み合わせて原型を作るとやや細くなってしまう。彼らがこれをどうやって克服したかは興味深い。

 読者の諸氏ならばどうされるであろうか。コメントを通じてお考えを知らせて戴きたい。(正解は次々回発表)

 ROW社のフログ、ポイントレイルは多種あり、よくできている。筆者もいくつか購入している。しかし、原則として筆者はポイントを自作している。フライスと大きなベルトサンダがあれば容易にできる。

 HO以下なら、手作業だけでも容易に作れる。ジグも市販されているので挑戦されてはいかがだろうか。




 

2009年06月18日

続 90° Crossing

Hard Center Frog for Crossing これはハードセンタ・フログである。ハードセンタというのは商標であると思う。
 
 硬い材料で一体に鋳造し、それに通常レイルをネジで留めた構造である。レイル継ぎ目が斜めであるから、ショックが軽減され、長持ちする。
 通常のポイント用フログには多用されている。模型にもその形のものが市販されている。

 この直角クロッシングは、Stocktonにある。ストックトンは農業が盛んで、日本からの移民が多かった。戦前はここに領事館まであった。
 UPとBNSFの交差点であり、両者の重量貨物列車が通過するので、より頑丈な構造が採用されたのであろう。

 やはり、ここもクロッシングの沈み込みが大きい。よく折れないものだと思うほど沈む。大事な部分のボルトも緩んでいるし、留め金具の向きも逆である。大丈夫だろうか。

2009年06月16日

90° Crossing

90°Crossing90°Crossing Frog

この1月にNortherns484氏とカリフォルニアを旅した際、通りがかりのFresnoに直角クロスがいくつかあると教えて戴き、それを見に行った。

 アメリカではクロッシングというのはそれほど珍しい存在ではない。信じられないほど大きな鉄道同士が大平原上でクロスしていることはよくある。
 地図上で「エイッ」と線を引いて、鉄道建設が始まった国であるから、それぞれの免許が交差するということはありうる。

 その後、大規模なクロッシングは徐々に姿を消した。立体交差ができたからである。しかし、小規模な鉄道が本線を横切る場合にはそのまま存続している。

 このフレズノのクロスは後者に当たる。本線の列車密度は比較的高いので、通過によるクロッシングの傷みは大きいと思われる。

 このようなクロッシングは、フログ部分が二重構造になっていて、車輪が当たる部分は、特別に硬いマンガン鋼でできている。これをHard Centerという。

 軸重が30トン近くもある車両が一日に千台以上も通るのであるから、よほど丈夫でないと持たない。保線も完璧であろうと思っていた。しかし、現場に行ってみるとかなりいい加減なので驚く。この写真のはハードセンターではないが、本線上の継ぎ目が少なくなるようにできている。

 バラストの突固めが不完全で、車両の通過によって沈み込む。するとクロス部が撓(たわ)む。こんなに撓んでもよいのだろうかと思うほど,撓む。疲労してすぐ折れてしまうのではないかと心配するほどである。



2009年06月14日

続 Route 66

Barringer Crater 筆者はRoute 66を何度も走っているが、一か所だけ行きそびれたところがあったので、昨年思い切って行ってみた。

 それは Barringer Crater であった。小学校の頃から「子供の科学」等でよく見た隕石孔である。バリンジャ・クレイタがRoute 66沿いにあることを知らなかった。

 Santa Fe 鉄道の拠点であるFlagstaffからそれほど遠くなかった。
 同行の栗生氏には無理を言っておつきあい戴いた。感謝している。

 この種のMeteor Crater(発音はメテオでなく、ミーティアに近い)はネバダ州の砂漠の中にたくさん残っている。バリンジャ隕石孔が最大である。しかしこれほど大きいとは思わなかった。"Meteor"は特急列車の名前にもある

 これは何万年か前に落ちたものだが、これが現在の地球に落ちると大災害になるだろう。陸上はもちろんのこと、海に落ちても大津波が発生するだろう。

 雨が降らない地域ではこのような形で残るが、日本のような気候ではたちまち崩れてしまう。この近くを走るSanta Feの本線の築堤も実に簡単に作ってあるが、崩れることはない。  

 

2009年06月12日

Route 66

Route 66 カホン峠はRoute 66の一部である。
 この峠の歴史については、この銘板をご覧戴くとよくわかる。サン・バーナディーノは、最初はモルモン教の人たちの居留地であったそうだ。

 アメリカのいくつかの峠を越えると、よくぞこの場所を見つけたものだと感心する。あの広い原野を馬で調査し、鞍部を探し当てるのは大変な仕事である。

 このカホン峠は、鞍部を越えるとかなり平坦である。峠の上の部分はHesperia という町で、ここには友人がいてよく訪ねた。
 カホン峠を線路沿いに登っていくとトンネルもなく突然鞍部に出る。少し手前からトンネルを掘ればかなり楽ではないかと思ったが、実際の標高を調べると頂上が平坦だから、トンネルを掘っても標高差は残る。すなわち現在のルートが最適解である。

 最近ルート66は脚光を浴びている。筆者の世代はこの歌をよく知っている。テレビでドラマもやっていた。シカゴからLA(ロスアンジェルスとは言わない)への最重要路線であった。普通の道は東西、南北に走っているが、この道は斜めに走っているのが珍しい。

 実際に走ってみると、ひどい道が多く、ブレーキ故障でたくさんの人が亡くなっている場所がある。


2009年06月10日

Cajon Pass のお立ち台

Elevation 4000Ft at I-15overview from I-15 カホン峠にはいくつかの有名な撮影場所がある。

 筆者は1973年以来、約25回程度ここを訪れている。最近はBNSFになって警備が厳しくなった。鉄道用地への立ち入りが厳しく制限されていて、Railroad Police まで巡回している。思えば昔はどこにでも簡単に入り込めた。

 昨日のコメントのSullivan's Curveあたりへは、そう簡単には行けない。車では無理で、歩いて行かねばならないが、夏は蛇がたくさんいるので危ない。いわゆるサイドワインダである。尻尾の先の輪をカラカラ鳴らしながら脅しをかけている。近寄ると襲われる。
 冬なら比較的安心であるが寒くて立っていられない。

 全体を見渡す場所で、最も簡単に行ける場所は高速道路の外の空き地である。この写真の標高 4000Ft の地点で右に出られる。そこには大パノラマが広がっている。高速道路が開通してからは、ここが目玉になった。ここは、鉄道の峠とほとんど同じ高さである。この場所から高速道路に出るには気をつけないとぶつけられるかもしれない。十分な車間距離があるのを確かめて車線に出るが、トレーラがたくさんつながって走っているので、それをやり過ごす必要がある。

 鞍部は向こうの方の送電鉄塔が2本立っているところの根元である。左の方のやや高い線路はUP(旧SP線)である。
  

2009年06月08日

続 Cajon Pass の守り人

Cajon Pass 以前、トールズ氏が植えた植物について興味深いことを話してくれた。
 10年ほど前、せっかく植えて根付いた植物を、公権力によって引き抜かれたことがあるそうだ。砂漠の過酷な環境でも根付く植物はまれである。線路沿いに生えていた日よけになりそうな木を植えたのに、National Forest内で無許可で木を植えたと実力行使されたのだそうだ。

 アメリカでは国立公園やNational Forest内ではRangerと呼ばれる人たちが強権を帯びて活動している。警察権まで持っているので、下手に逆らうとブタ箱に入れられる可能性がある。

 その後当局との交渉の結果、許可されたようだが、トールズ氏は憤慨していた。その経緯もこのサイトに書いてあった。

 このHill582には連結器が置いてあったが、最近の写真を見ると壊したトンネルの破片まで持ち込んだようだ。1913年に完成したらしい。95年間使用して廃棄したことになる。

 このHill582は道路から見えているが、実際に行くのは少々難しい。歩いて行けば簡単だが、車で行くには1キロほど西に行って線路を越えて戻らねばならない。乗用車でも行けるが、わだちが深いので、4輪駆動車なら楽である。ここから撮った動画がNortherns484氏のブログにある。ちなみに、その動画にちらりと映る人は筆者ではない。

2009年06月06日

Cajon Pass の守り人

Mr.Don E Toles カホン峠には、いくつかの「お立ち台」がある。絶景を眺める最高の場所が10か所くらいあるのだ。
 その中のHill 582という地点には手作りのモニュメントがあり、きれいに整備されている。写真のように植物もたくさん植えてあり、頂上も平にしてある。
 
 その場所を守っているのがこのToles氏である。地元と言ってもサンバーナディーノだから片道60キロくらいある。そこから毎日通って清掃したり、遠くからやってくるファンにアドヴァイスを与えている。
 
 もの好きと言えばおしまいだが、いつ行ってもお会いする。向こうもよく覚えていて、当方をカリフォルニア住民だと思っている。「日本から来ている」と言うととても驚くが、「来る価値があるところだ。」と言う。

 貴重な写真をたくさん撮り、それを公表している。このウェブサイトの写真の大半は彼が撮ったものである。

 今回は、トンネルその他の情報を詳しく聞いたので、その場所に写真を撮りに行くことができた。そのために進入する道路が鉄道用地であると、鉄道側にとがめられた場合、不利である。どの道が公道かという情報は彼に頼るしかない。面白いことに本線に沿った砂利道が公道であることがわかったので、その道を走った。西部開拓時代の馬車が通った道らしい。

2009年06月04日

トンネルの模型

 このカホン峠のトンネルを壊している写真を見て思い出したことがある。以前Lorrel Joiner氏のレイアウトを見学に行ったとき、トンネルの中を覗いて驚いた。本当にトンネルが掘られているように見えたのだ。天井には薄暗い明りが点き、トンネルの断面がぼんやりと照らし出されていた。

 普通のレイアウトではトンネル・ポータルだけ作って、中はがらんどうの山である。誰もトンネルの中など見ないからそれで良い。
 Joiner氏はそれでは我慢できなかったのだ。トンネルの内部をを作った。「中で脱線したら困るだろう」と聞くと、「直線だから脱線しない。」と言う。「第一、脱線するような車両を走らせるのが間違っている。」と言った。

 考え方によっては、普通のがらんどうの山の中で脱線すると、取り出せなくなる可能性があるが、直線のトンネルなら、針金等で引っ掛けて取り出すか、あるいは押し出して取り除ける。

 昨夏、Dennisのところに行ったとき、そのトンネルがあった。どうしたのかと聞くと、Joiner氏のレイアウトを壊したとき、取り出して持ってきたと言う。
「欲しければ持って帰れ」と言われたが、他の荷物が重くて諦めた。すでに自動車の部品を80kgも持っていたのである。

 カホン峠の土は意外と軟らかそうだ。日本では考えられない傾斜で切っている。雨がほとんど降らない地域だからだ。しかし、切った面には何らかの薬液を注入して侵食を防いでいるはずである。



2009年06月02日

続 Cajon Pass

 カホン峠から逸走した列車はふもとのサンバーナディーノでひっくり返る。一昨日のコメントの場所には行ってみたことがある。かなりの宅地が更地になっていた。streetviewでも様子がわかる。

 列車は途中の急カーヴでも脱線せず、加速を続けて最終的にそれほど急でもないカーヴで、脱線して積み重なった。
 
 このカホン峠を最初に車で走ったのは1974年である。当時は高速道路が完成していず、ルート66の一部であった。現在はI-15の一部になり、すばらしい高速道路が完成している。昔のルート66は閉鎖され走ることができないが、ごく一部は昔のままになっている。
 このI-15は霧による交通事故が多く、多重衝突で多数の死傷者が出ることがある。20年ほど前には40人ほどが死亡する大事故があった。

removing tunnel 今年は有名なSallivan's Curve方面 に行ってみた。トンネルを壊して増線したと聞いたからである。昔のトンネルを壊す場面がこのサイトにある。

 昔は単線であったが、土を取り除いたので複線を敷くことができた。かなりの量の土であるが崩してしまった。95年前の開通時の段階では、このような大量の土は動かさずにトンネルを掘った方が安かったのだろう。

 50年前には蒸気機関車が走っていた。どんな音だったのか、聞いてみたかった。Union Pacific はこのLA-SL線にBig Boyを転属させる計画を持っていた。しかし、水と石炭の補給がままならない。砂漠の中に補給地点を設け、そこに水と石炭を運ぶ手間を考えると無意味ということになり、Big Boyはすべて廃車された。   

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