2009年02月

2009年02月28日

余裕について

 「余裕がある」という言葉は誤解を招く可能性があるので、はっきりさせておきたい。筆者の考える「余裕」とは次のようなものである。

・少なくとも、走らせる線路を持ち、走らせる時間がある。(後者が大事)
・コンテストで上位に入賞させるのが目的で模型を作るのではない。結果としてコンテストに応募することはある。
・工学的な素養がある。少なくとも中学校の理科を100%理解し、応用できる資質を持つ。
・模型屋以外に、工具屋、素材屋に自分で行く事ができる。
・鉄道以外の分野の趣味人とお付き合いできる。
・自分のアイデアを公表する。
・他人の指摘を素直に受け入れる。
・友人と助け合う。

 筆者のお付き合いしている模型人で、これらの点を全て満たしている人たちの作品はすばらしい。
 模型雑誌の編集方針はこれらの方向性とは異なるように感じる。その雑誌を頂点とするヒエラルキィを構成し、ある価値観を植えつけようとしているように感じた。趣味というものは人間の持つ「遊び」の部分である。人さまざまであって当然だ。

 椙山満氏は四十年以上前に仰った。「コンテストは魔物だ。
 コンテストにおいて上位入賞すると、全てが正しかったように勘違いする。中身が間違っていようが、主催者の勘違いで選ばれた結果だけが一人歩きする。
「主催者もはじめは気が付いてませんでしたが、あれは記事集めの道具なんですよ。」と椙山氏は何度も仰った。
 ところが入賞すると、何もなかったところに「権威」が誕生するのである。その権威が新たな権威を作り出す。しかし、ほとんどの人はそれに疑問を感じない。おかしなものでも、それを再現することが正しいことだと、一般読者に思わせるのだ。

 内野日出男氏も仰った。
「人のアイデアを盗んででも、作って出そうとする。ひどい話だぜ。事後でもいいから、『使わせてもらいました。ありがとうございました。』の一言ぐらいあって、当然だよ。」

 コンテストは日本の模型界に多少の進歩を与えたには違いないが、それ以上の混乱を残したように、筆者は感じている。

2009年02月26日

続々々 雑誌の存在価値

 今年もO Scale Westに参加した。詳しくはNortherns4-8-4氏の報告をご覧戴くとしよう。この未曾有(みぞう)の不況下では趣味界も影響を受けていると思ったが、意外にもほとんど影響が見られなかった。

 要するに、皆さん余裕があるのだ。余裕の中からしか良いものは生まれない。出版社も余裕がある。同業他社を押しのけてなどという雰囲気は微塵もない。
 だからこそ、その記事には余裕が感じられる。瑣末なことはあまり書いてない。これは昔から感じていることだ。大きな方針を力強く推し進めていく編集方針は敬服に値する。

 日本の雑誌にそのようなところがあるだろうか。DCCにしても、これ以上の制御方式は存在しないことが、何年も前から明白になっているにもかかわらず、DCCを強く薦めるという記事などない。
 散発的には載るが、やや偏向した記事であったと思う。世の中には多数の機種があるのだから、せめて主な数機種を比較検討した記事があってもおかしくない。
 発煙装置にしても、DCCであれば電力はいくらでも使える。大昔の発煙装置の回顧など全く意味がないが、編集者がそれを書きたがるというのは問題だと思う。そんなことを書くくらいなら、現代の発煙装置について1行でも書くべきだろう。

 イコライズについても全く同様で、こうやりましたという記事はあるが、イコライズするとはどういうことなのかについては、ほとんど例がない。僅かに内野日出男氏の記事にさわりがある程度である。しかしバネとの関連の記事は全くない。

2009年02月24日

続々 雑誌の存在価値

 雑誌は正しく情報を伝えねばならない。
 編集者の思い込みで制限を加えることがあったと聞く。旋盤を使った工作記事を発表しようとしたら、「普通の人は旋盤を持っていないので、このような記事はご遠慮願いたい。」と言われたそうだ。
 旋盤なしで、蒸気機関車をどうやって作るのか教えてもらいたいものだ。小型旋盤を持てばこのようなことが出来る、という記事こそが必要なことであった。

 昔よく見た言い回しに、「今はまだ語るべきときではない。」というのがあった。子供心にも、見下された感じを受けた。どうしてそのような情報操作が必要であったのかは、いまだに理解できない。

 要するに、雑誌社の勝手な判断で趣味の上限を決めてしまうのである。趣味は無限の可能性を持つ。誰もが同じ程度の楽しみ方をすれば良いと考えたのは大きな間違いであった。
 学習指導要領で上限を決められたこの国で、ノーベル賞を期待する方が間違いかも知れない。趣味の世界も同様で、飛びぬけて優秀な人の作品を皆が見ることにより、全体のレベルが向上するものである。MRに紹介されている記事は、一般人にはとても無理というものも多々ある。しかし、時が経てばそれが普通になっていく。それを見せないというのはどう考えてもおかしい。

 平岡氏の連載の紹介記事も、過去の工作法ばかりでなく、これから一般化されるであろう工作法をも扱うべきではないだろうか。
 最近、このブログでも扱った3Dプリンタによる工作法、CNC多軸フライス、ワイヤ・カットなどを使った工作を、平岡氏の頭脳で展開してもらいたいものだ。

 工作機械を自由に使うことを考えると、最終的には設計能力が問題になる本物の構造をよく知り尽くした上で、模型化すればすばらしい作品になるだろう。祖父江氏の作品がすばらしいのは、彼がまさにこの点で抜きん出た力を持つからである。  

2009年02月22日

続 雑誌の存在価値

 以下の文は、しばらく前に投稿したものの再録である。

>雑誌の編集に携わっている人たちが余りにも不勉強であるのは、昔から感じています。しかし、一般大衆に対しては威圧的です。またそれを読みきれず、迎合する読者にも責任があります。

>雑誌に掲載されることが名誉であると思わされていないでしょうか。昔よく見た言い回しに、「〇〇〇の貴重な紙面を拙稿でけがすことをお許しください。」なんてのがありました。これでは主客転倒です。

>優れた原稿によって、雑誌の価値は上がるはずです。雑誌社は、そのような優れた原稿を求めて、探し歩かねばなりません。そのツテの多い雑誌社こそ、能力のある雑誌社です。

>編集部の書いた記事が多い雑誌は、それだけで存在価値を自己否定しているのではないでしょうか。

 
 また、もはや鉄道趣味誌は「化石化」した状態だという論評がどこかにあった。どの記事を読んでも、活路を開こうという気力が感じられないのである。
 それを打開するのは、優れた記事を集める以外ないのだ。栗生氏が仰るように、Web上には「オッ」と思う記事がいくらでもある。どうしてその人たちに接触しないのだろう。
 某誌は、「うちは投稿されたものを載せるのが原則です。」と言っている。それではもう成り立たない時代になった。


2009年02月20日

雑誌の存在価値

 雑誌は何のためにあるのかが問われている。最近はテレビ、新聞の存在価値まで怪しくなったという説もある。
 インターネットが世の中に現れたとき、今後はこうなるかも…と思ったことが、本当にそうなりつつある。マスメディアは、その存在価値が揺らいでいるのだ。

 いわゆるマスメディアには巨大な力があった。それは編集権である。このニュースはボツ、あるいはこのニュースは大きく扱おう、という判断が編集長に集中していた。
 したがって、新聞によって取り上げ方が大きく異なった。意図的に何かを伏せることも不可能ではなかった。

 インターネットの普及で「誰でも編集長」「誰でも報道記者」の時代になった。ありとあらゆる不祥事が公表される。しかし、いまだに不祥事は金、権力でねじ伏せられると思っている経営者が居て、時々槍玉にあがっている。時代錯誤の人たちはまだ多い。

 趣味界も同じだ。誰でも発表できる。もちろん玉石混交だ。それを判断するのは読者である。Web上に流されている情報はピンからキリまである。
 どう考えてもこの人はパラノイアではないかという記事もある。そのうち読者も気が付くから放置しておけば良いのに、そこを突っ込むからトラブルが起こる。

 Web上には、すばらしい記事も多い。雑誌に発表されていないのはなぜか。すでに雑誌は見放されているからである、と考えるのは私だけだろうか。メディアの価値にしがみついている人は雑誌に投稿するだろう。あるいは取材に応じるだろう。しかし採り上げ方は向こう次第だ。価値を理解できない編集者に切り刻まれるなら、自分で発表してしまおうと考えるのは当然だ。一度でもそういうことを経験していれば、雑誌社の能力の限界がよく分かる。

 ジャーナリストは、とにかく博識でなければならない。何でも知っていなければならないのだ。この趣味界の雑誌だけでなく、新聞を読んでいると、最近はその前提が大きく変化していることがよく分かる。

2009年02月18日

やってはいけないこと

Bridge and Trestle Handbook 栗生弘太郎氏のブログで指摘されている通り、曲がったガーダ・ブリッジがTMS2月号に載っている。これはいかにもまずい。しばらく前のTMSの特集記事で、橋の話があった。その中で曲がった橋はいけませんと書いてあったように記憶している。編集者は何をしているのだろう。このような原稿はボツにするか、書き換えを指示しなければ、雑誌の品位が保てないはずだ。このレイアウトには曲った橋が必要だというのなら、本来はこうだと一言付け加えるべきである。

 紹介されているPaul Mallery氏の本を持っている。30年以上前に買った本で、表紙を見ると別の本だと思うくらいだ。この本は椙山満氏のところで見て気に入り、すぐ購入した。栗生氏ご紹介のは最近刊で、筆者の持っているものとは多少図の番号が違うが、中身は大半同じであろうと思う。

 毎日、通勤の電車の中で読んだので、表紙は擦れて傷んでいる。何回も読んだから中身はよく覚えている。
 友人に鉄橋屋さんがいたので、この本をネタによく議論した。ほとんどの理論はアメリカからの輸入であることが分かった。

Errors その後高速道路が普及し、インターチェンジの曲がった橋が目に付くようになった。彼は顔をしかめて、「あれは有限要素法という理論で設計できるようになったのだけど、あれを見て、レイアウトに曲がった橋を掛ける奴が出てくるだろうよ。」と予言した。まさかとは思ったが、時を経て、予言は当たり始めた。最近はあちこちで見る。この図は上記の本の"笑ってしまう間違い"のページの最初にある。

2009年02月16日

続々々 イコライジング

 井上豊氏は、HOの機関車に次々と簡易イコライザを搭載してTMSに発表された。サブタイトルは「スムーズな運転のために」であった。

 椙山満氏のレイアウト上で、これらの機関車の試運転を行ったのに立ち会った。椙山氏のレイアウトの線路は比較的軟らかい。枕木の下に緩衝材が入っているからである。静かに走った。
 ところが、八王子のご自宅で木製道床の天賞堂製の線路で不整を作って走らせると、コツンコツンと音がする。スムーズではない。

「やはりバネが要りますね。」と言うと「そりゃそうだ。ヤマ氏がこれでやってくれって、しつこく言うからそう作っただけで、本当はバネを入れるべきなんだよ。」
「ゆっくり走らせる分にはあまり問題がないが、大型の4-8-4を高速で走らせると、あちこち壊れるだろうな。」
「コイルバネはいかんよ。エネルギィを吸収しないからだ。重ね板バネでなきゃならん。あまり気が進まなかったが、こんな簡易イコライズでも、集電が良くなるんだね。これは気がつかなかったね。儲けものだ。」
「ゴムでもいいんだよ。僅かに変形するだけでいいんだから。」とゴムを使った緩衝装置のスケッチを書かれた。ゴムを三角に切って頂点で支える工夫であった。
「うまい工夫ですね。」と言うと
「なに、これは今田隆吉氏のアイデアだよ。彼はゴム屋だからね。」
 そのアイデアを筆者に渡して、「お前やれ。」と言われたのだが、まだ手をつけていない。もう30年も経ってしまった。ゴムはエネルギィを吸収するから緩衝性がある。

 
10年ほど前、イコライズされた高級な既製品の機関車を持って、筆者のレイアウトに試運転に来た方があった。線路上に置いて通電すると、最初のカーヴで第一動輪が脱線した。
「おかしいですね。」と手を触れるとボイラ部が妙に軽いではないか。
「バランスが取れてませんよ。」と言うと、
「重いからウェイトを抜いてきました。」と言うではないか。呆れてものが言えなかった。

 これでは何の意味もない。イコライザを装備する以上、設計どおりの軸重配分を実現するために、重心位置の設定は最重要である。機関車を吊り上げてバランスを見ながら補重する。イコライザが付いていると高級と思っている人は多いが、その機能を理解している人は決して多くはない、と感じる。

2009年02月14日

続々 イコライジング

 「揺れるのはけしからん。」と仰る人もいる。「イコライズした模型に可動するバネが入っているのはもっとけしからん。」と叱られたこともある。
「イコライズするとどうしてバネが要らないのですか?」と聞くと「バネのたわみで、調整したイコライザが所定の位置からずれる。第一、変動が分散するからバネは不要である。そんなことは当たり前だ。」というお答えであった。また、「バネがあると、レイルの継ぎ目でコツンコツンという刻み音が聞こえなくなる。」とも仰った。

 これはどうやら宗教問題の様相を示す。話して分かるという問題ではなさそうだ。筆者はバネは不可欠であると思う。その一方、上記のようにバネ無しイコライズが当然だという方もいらっしゃるのだ。
 大きな軸重を掛けて高速で走らせると、バネがなければイコライザは徐々にへたる。しかもやかましい。

 最近のTMS誌上で紹介された祖父江欣平氏のBig Boyは極めて静かだ。フログの欠線部を乗り越えて行くときも、滑らかである。ドスドスという響きを感じるだけだ。実物どおりの重ね板バネを用い、緩衝性がある。あの記事には、そのことも全く触れていない。どうしてメカニズムに触れないのだろう。外見の話ばかりだ。

 以前OJゲージのEF58の紹介記事では、「ロンビック・イコライザ」に触れていた。4つの支点が同一平面上にあるのだろうか。あの構成では、車内の長いイコライザ・テコがたわむので、バネがなくても程々に柔らかいサスペンションになるであろう。しかし、揺れは減衰しにくい。ダンパがないからだ。
「鉄道模型はこれで完成の域に達した。」とまで書いてあったが、「過負荷でスリップしないようでは完成の域に達したとは言えない。」と考えるのは筆者だけだろうか。あのギヤ比では不可能だ。
 起動時にスリップが起こらないような設計ではモータが焼ける。そういうことは設計時には考えるべきである。模型といえども機械なのだ。
 およそ設計と言うものは条件設定が大切である。条件を無視した設計は意味がないはずだ。

2009年02月12日

続 イコライジング

 旧型電気機関車、要するにイコライザのついた機関車と並行して走る国電によく乗った。筆者の目はイコライザの動きに釘付けだ。
 イコライザは細かく動き、バネのたわみはほとんど見えない。ブレーキを掛けて止まるとき以外、バネはたわむように見えなかった。

 井上氏が指摘されたのはその点である。大きな変動が高速で与えられるとき、バネが折れる可能性がある。イコライザがあれば他の軸に分散するから、被害を免れる。
 「木曽川鉄橋の橋台(Abutment)は硬いんだ。」と仰った。「築堤は軟らかい。でもな、あの橋台を通り過ぎるとき、ガツンと来るんだ。俺は尻を持ち上げるのさ。罐焚きが立ってるときは膝を曲げる。脳天まで来るからな。客車はバネが深いし、軽いからあまり感じないが、機関車は重いんだ。バネは硬いからな。ドカンと来るんだよ。C59よりC62のほうが乗り心地が良い。1軸多いからな。イコライザのテコの軸受には十分給油しておかねばならん。ここの油が切れると、バネが折れるからな。」

 ここまでの話を読まれて、読者の皆さんはどのようにお感じになっただろう。模型のイコライザと本物のイコライザは目的が違うのである。実物は衝撃力を緩和するために柔らかいスプリングを使うわけにはいかない。飛び跳ねてしまうからだ。固いスプリングで自由度を大きくするのはイコライザの仕事である。

 模型の線路は実物よりはるかに硬い。不整の度合いも大きい場合が多いだろう。バネ無しでイコライズすればよく追随する。それはゆっくり走るときだけである。高速なら飛び跳ねるだろうし、やかましい。
 逆に線路の保線がよく、さらにバネが十分に柔らかくて、しかも長ければイコライズする意味があまりなくなる。

 筆者のUPのFEFはまさにこの典型である。先輪、従輪にもかなりの軸重を与え、完全な復元装置をつけ、動輪軸箱のストロークは大きい。バネは1.5倍位長いものを用い、ペデスタルにはグリスを入れて緩衝力を持たせた。この機関車をスケールスピード100マイル/時で適正負荷状態で走らせて、正面から望遠レンズでビデオ撮影すると、なかなか面白い。実物のようにある周期でグワングワンとローリングしながら走る。バネなしイコライズした機関車は、妙におとなしい走りであるが、カタカタ音が大きい。これは好みの問題だが、寿命に大きく関わる。

2009年02月10日

イコライジング

 イコライジングについてのコメントを戴いている。筆者の鉄道ではイコライズされていない機関車の方がやや多い。
 イコライズすなわち高級というステレオタイプな見方が定着している様で残念だ。

 故井上豊氏とは随分と懇意にして戴いた。氏は特急の機関士で、「つばめ」時代のC62を運転されていた方だ。アメリカの機関車には造詣が深く、多くのことを教えて戴いた。
 筆者がイコライズ化に夢中になっていた時期があった。それをご覧になって、「イコライズは何のためにあるか知っているか?」と問われた。
 「線路の不整に対応するためです。軸重を等しくする効果があります。」と答えた。
「そんなもの関係ない。線路は柔らかい。機関車は重いからむこうが勝手に沈む。」「軸重なんて等しくしたって、機関車の動輪が回れば静止軸重の何倍かの力がかるのだから関係ないさ。動輪のバランスが何パーセントとってあるか知ってるか?」という話になった。

 要するに、イコライザの目的は普通我々が考えているものではないということであった。「イコライザは、スプリングが折れないようにしているだけだ。」と仰ったのである。これには驚いた。

 井上豊氏は名古屋機関区きっての飛ばし屋であったそうだ。C62の速度記録が129km/h という話を持ち出すと、「140は出る。いつも出してた。」と鼻で笑った。「C11の方が速い。145は出る。」という話になった。「バックのほうが速いんだな。気持ちいいぞ。名鉄の電車をあっという間に抜いてやるんだ。」という凄い話も出てきた

2009年02月08日

続々Arvid Anderson の Kit

Tri-level Auto Carrier Arvid Andeson がどんな人であったのかは、全く分からない。アメリカである程度年季の入った模型人に聞いてみると、口をそろえて、「買っても完成させるのが難しいから、ほとんどの人がそのまま持っているよ。」と言う。「一種の詐欺だね。」とまで言う人がいる。夢を売っていたわけである。最終的に行き場所はなく、安値で売却される。

 そういうわけで、筆者のところにはその「不良債権」が大量に集まってきた。ほとんど押し付けで買わされた物ばかりである。
 昨年の春、それらを一挙に組み立てた。多くを望まず、ただ走れば良いことにした。

 その中の1台に、Tri-level Auto Carrierがあった。これはなかなか良い。この車種のように、広い部分で接着することが出来ないものには、ハンダ付けは有効である。細い板を裏に当ててつけると丈夫で、衝突時にはがれることもないだろう。

 ブレイス(筋交い)を入れるだけでは心配であったので、社名を入れる薄板をリン銅板で作って強度部材とした。
 重心は高く、ゆらゆらと揺れながら走る。この走りは大型模型の特質である。実物の走りを思い起こさせる。

 この車種のキットは板が多いのでかなり重かった。薄い板ではあるがチャネルを組合わせているので、かなりの剛性がある。これも連結器座を厚板で作って強度を出した。そうしないと少しのショックで床板がめり込んでしまうからだ。 

2009年02月06日

続 Arvid Anderson の Kit 

Arvid Anderson Kit  Arvid Anderson のキットは、単なる素材キットである。要するに、板を所定の寸法に切り、あとは適当にチャネル、アングルを入れてあるだけである。

 設計はうまいとはいえない。特に下回りの設計はよくない。力の掛かり具合を考えていない。連結器の付く部分も薄く、衝突時にはくしゃくしゃになることは明白だ。
 仕方がないので、車端部分にはボルスタ部分まで届くような、また幅が十分ある大きな厚板を貼り付け、力を分散させる必要がある。

Arvid Anderson Kits 1 図面をご覧になれば、どんなものかは見当がつくであろう。細かい寸法は一切出ていないので、割り振りが大変である。同じものを沢山作るなら型紙を用意しておけば良いが、そうでなければ極めて面倒である。

 完成後には、端材がかなり残る。実は、アングルなどの出来が悪く、3割くらいは捨てなければならない。その分が見込まれているわけである。




Arvid Anderson Kits 2 ホッパ車のように斜めの板が組み合わされるようなものは、正確な図面がないのでとても難しい。ジグを作ってはめ込み、組み立てた。

 出来上がると、そこそこに良いが、板が薄いので軽くて値打ちがない。特に Flat Car は軽い。裏側に重りを接着した。適当な積荷を用意せねばならない。

2009年02月04日

Arvid Anderson の Kit

Gon from Arvid Anderson kit Arvid Andersonはブラス製キットを売り出していた。どれも非常に薄い0.25 mm(1/100インチ)の板で出来たキットであった。チャネルやアングルをハンダ付けすると強度が出る設計であった。

 素材キットであり、怪しい図面と完成見本の写真しかない。これを作れる人は限られていた。したがって、カスタムビルダが小遣い稼ぎに作る商品であった。価格は安い。今でも10ドル台で買えるだろう。筆者はかなり沢山持っている。並べて作れば、手間はそれほど掛からない。1台だけ作れと言われたら、断りたい製品である。

Flat Car from Arvid Anderson Kit 板が薄いとハンダ付けが容易であるが、一方、板が熱で伸びてヘロへロになりやすい。点付けでハンダを付ければ良いのだが、それでは弱い。長い距離を全てハンダ付けしようと思うと、かなり難しい。双方を木の板にはさんで押さえ込み、真ん中、端、その中間という具合に付けていく。その途中で水を垂らして冷やさないと伸びきってしまう。

 上のゴンドラ(無蓋車)は、それらしいディカールがあったので貼った。黒との対比が美しい。
 下のFlatcarはステイク(縦棒)を嵌める部品がよく出来ていた。実物と同じ構造であった。床板は木製であり、実感的である。積荷を用意しなければならない。

2009年02月02日

Athearn のキット

Athearn Kit アサンのキットは筆者が最初に購入したアメリカ製鉄道模型である。70年代に10ドルほどで売っていた。側板はブリキで、シルクスクリーンで印刷してある。車体の骨組は木製である。薄い木箱を作って、その表面に金属板を貼るわけである。側板以外は塗装してない。塗料はFloquilを使用しているので、それを購入すれば必ず色が合うということになっていた。

Athearn Kit in 1946 このキットは1946年発売である。中に入っていた詰め物は1945年11月24日のロスアンジェルスの新聞である。ブリキ板は再生品で、なにかの缶詰の板である。戦争中も作っていたという話であるから、そのときの材料であろうと推測する。最近、e-bayで安価で購入した。

 缶詰めのブリキを再生したのを見たのは、アメリカ製ではこれがはじめてである。日本ではE社がブリキ・ガラレイルをそれで作ったと言う話は聞いたことがある。レイルの長さは、アメリカ軍の放出品の空き缶の寸法によって決まったと言う話すらあるのだ。
 
Floquil Paint included in an Athearn kit Athearn は Floquilを操業当初から採用している。このキットには塗料が入っていた。60年以上の歳月を経てもそれは流動した。溶剤を加えてよく振ると、それはまさしくFloquilであった。色調は完全に一致した。
 
 FloquilのPigment(顔料)は細かく、非常に薄く仕上げることが出来る。貨車ではそれほど大きな問題ではないが、機関車のディテールをつぶさないように塗るには、これに勝る塗料はない。また、顔料が細かいので、ウェザリングにも適する。

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