2008年11月

2008年11月30日

椙山 満氏の車輌群 HOゲージ編

 昭和36年あたりから、HOの台頭を目の当たりにし、椙山氏はHOを採用し始める。当初はOとHOを併用していたようだ。
 名古屋の陶磁器輸出商のO氏が鉄道模型の輸入を始めたのもその頃であった。欧州型の模型をいくつか買われたようだが、ご不満であった。やはりアメリカ型でなくてはという気持ちが強かったと仰る。

 アメリカへの輸出用の模型を名古屋の百貨店から買うことが出来るようになり、当時入手可能であったものをほとんどを買い揃えられた。
 その頃、酒井喜房氏との親交が始まり、PFM-Unitedの製品をかなり集めることが出来た。アメリカの模型店からもかなりの数を輸入した。それには筆者も多少の貢献をしている。

 椙山氏は、入手するとすぐに塗装された。車庫の片隅に塗装台を置き、コンプレッサでラッカーを吹き付ける。気に入らないとすぐにラッカーシンナにつけて再塗装である。自然乾燥は待ちきれなくて、ヘアドライヤで乾燥し、デカール貼りとなる。車輌にウェザリングを施すようになったのは、日本ではほとんど知られていない頃からである。

 当時デカールを貼ることを知っていた人は少ない。水に漬けて浮き上がったのをさっと掬って貼るのだが、リヴェットの部分がうまくなじまなかった。洗剤を塗ったりして努力されたがあまり効果があるとは言えなかった。

 その頃、Model Railroaderの広告にSolvasetを見つけ、「これだ!」と購入されたのだ。その効果は覿面で、過去に貼った失敗作は全て張り替えてしまわれた。
 何百輌もあったのだから、大変な作業であったと思われる。

 デカルの在庫はかなりの量をお持ちであったので、それを目あてに来訪する客も多かった。しかし、いつもにこやかに応対され、貼って差し上げた。貼り終わると、客は嬉しくてすぐ持ち上げてしまい、台無しになる場合も多かった。しかし、決して声を荒げることもなく、直ちに貼り替えられた。その客は毎回同じことを繰り返す人なので、貼ったらすぐに高いところに置いて、客が帰るときに渡すようにはされていたが。

 思い出は尽きないが、来月からは筆者自身の模型製作の報告である。
 

2008年11月28日

椙山 満氏の車輌群 Oゲージ編

Texas Eagle 昭和22年から35年にかけて椙山氏は多くのアメリカ型Oゲージ車輌を製作された。木と紙を主体にした工作で、下回りはブラス製部品を使っている。
 筆者はかなりの数の車輌をお預かりしている。いずれレストアして、レイアウト上を疾走させたい。

 名古屋に民間情報教育局(CIE)なる施設があったそうだ。占領政策のひとつで、アメリカの文化、産業を紹介する場所であった。これはアメリカ文化センタの前身で、現在はアメリカン・センタという。学生であった椙山氏はそこに頻繁(ひんぱん)に通い、ありとあらゆる鉄道車両の写真を見、図面を書き写した。
 そうして1/48の正確なアメリカ型車輌を製作したのだ。当時はスケールモデルが少ない時代であったが、このように現在でも通用する模型を作られたのは驚くべきことである。

Sleeper and Observation この写真はTexas Eagleである。寝台車はDuplex Sleeperである。展望車もある。製造年は1949年と読める。寝台車は48年製である。連結器はX2Eに改装されている。

Chain Drive,  X2F coupler クラウンギヤ + チェイン・ドライヴである。直巻モータであるから、これで十分走る。逆転用に大きなセレン整流器が入っていたので、シリコン・ブリッジ整流器に取り換えた。
 今の方には逆転用セレンと言っても通じないと思うので、簡単な説明をする。界磁コイルが整流されて常に同一方向の磁気回路を生じていれば、電機子の極性を変えるだけで逆転が可能になる。マグネットモータが入手できなかった頃の、直流による逆転方式である。交流でコイルとラチェットを用いた方式(今でもライオネルは採用している)もあったが、DC方式が圧倒的に優れていると、椙山氏は昭和20年代にDC方式を採用されている。 

Dry Ice Car これはドライアイス運搬車である。古いCar Cyclopediaには写真が載っているが、それを模型化する人が居たのである。美しいハンド・レタリングで、すばらしい仕上がりである。これも1949年製である。Flat CarにはStakeが刺してある。

2008年11月26日

続々 椙山 満氏の思い出

 我々の趣味は本当にこの社会で認知されているのだろうか、と時々心配になる。椙山氏は、ありとあらゆるメディアに取り上げられ、鉄道模型の楽しさを宣伝された。
 その後、10年以上経つが、意外と新規参入者は少ない。

 鉄道模型は本物と同様、設備産業であるため、車輌だけでは面白くないのである。工作の腕の立つ人は車輌工作をして、人に見せるという楽しみ方が出来るが、そうでない人は、運転を楽しみたい。
 すると、ある程度の広さの運転する場所が必要になる。組立て式レイアウト(このような言葉は英語にはないようだ。Snap Trackというのが近いらしい。)で楽しむだけでは面白みに欠ける。

 必然的に、レイアウトを所有する人のところに行くことが必要となる。このような新規参入者を暖かく迎え入れてくれる趣味人が多く存在しなければならない。椙山氏は、それを熱心に実践されたのである。彼ほど多くの人を自宅のレイアウトに迎え入れた人は珍しいのではないか。

 素人でもにこやかに迎え入れ、仲間に紹介された。いろいろな催しに招待するうちに、いつの間にか、その素人が主催者側の人間となり、次の世代の新規参入者を迎え入れている。すばらしいことであった。

 業界が率先してこのような人材育成をしなければならないのだが、その気配はない。雑誌も役に立っているようにはとても見えない。

 趣味者が主催するコンヴェンションが、小規模であっても各地で行われると良いと思う。そのとき、レイアウト・ツアも同時に行われるべきである。車輌工作だけでは寂しい。
 

 椙山氏の逝去の報を受け、いくつかの思い出を書いた。最初にも記したが、いかなる趣味にも指導者は必要である。卓越した指導者としての椙山氏のおかげで、幾多の模型人が育てられたことを、この趣味界は記憶せねばならない。 

2008年11月24日

続 椙山 満氏の思い出

 椙山氏の名前は初期のTMSによく出てくる。伊藤剛氏と共によく紹介されている。TMS主催のコンテストを、意味のないものと批判された後はあまりTMSにはそのお名前が載ることはなかった。
 どちらかと言うと、現在のコンテストは記事の題材集めに近いもので、それを当時から見抜いていらしたことは特筆すべきことである。

 氏のポリシィは明確であった。「楽しまねばならぬ。楽しくなければ趣味ではない。楽しむ時は仲間がいるともっと楽しい。仲間を広げよう」である。

 そのとおりなのだが、それを身を以って実現された方は少ない。医者として地域の医療に貢献しつつ、献身的に奉仕活動をされ、友人を家に招いて楽しく遊ぶ。一体いつ寝るのであろうと不思議であった。

 一月に1本くらいのペースで新作映画を作られた時期もあった。伺うと、16mmフィルムがたくさんぶら下げてあり、編集作業の真っ最中であった。順につないで、テープレコーダと連動させるとトーキィになる。それを磁気再生が出来るように外注し、映写会を開く。当時としては高価なズームレンズを使用しているが、決してズーミングをされない方であった。遠くから走ってくる車輌をズーミングしていつも同じ大きさに撮ることを極端に嫌われた。「人間の目にはそういう見え方はしない。」ということだ。「ズームは画像の大きさを調節するものである。」からだ。
 パニング(カメラを列車の走行方向に廻す事)も、してはいけないことのひとつであった。「列車は通り過ぎるものである。」のだ。

 自動車で列車を追跡することはお好きであった。蒸気機関車のロッドの動きを丹念に撮られた。 機関区での人の動きを撮った作品もあった。

 その後、アメリカの映画をテープやDVDで簡単に買えるようになって、60年代の映画を見ることがある。その撮り方が椙山氏の撮り方に似ているのは興味深い。  

2008年11月22日

椙山 満氏の思い出

 椙山氏の存在は東海地方の模型人の中では、大変大きな存在であった。毎週土曜日には、各地から来客があリ、紹介して戴いた。

 どなたもその規模、質の高さに感銘を受けた。車輌のコレクションも立派であったが、出来合いの車輌を切り継いで、面白い車輌群を作られた。その発想が極めて独創的で、筆者の後々の模型製作に大きなヒントを戴いた。

中学生のときに封切られた「大平原」Union Pacificに夢中になり、連続45回見たとのことである。全てのせりふを暗記されていたのには驚く。この映画が椙山氏をアメリカ型鉄道模型の世界に引き込んだ。それに登場する4-4-0をOスケールで2両自作された。
 4-4-0を大変好まれ、HOスケールで市場にあるものは全て集められたはずだ。

 また、特筆すべきこととして、"Ready to Run"がある。この言葉は、箱から出してすぐ走る完成品を表す言葉であるが、椙山氏のお宅での意味は少し違う。何百輌もある機関車がどれも線路に載せると、音もなく動き出すのである。とにかく調子がよい。
 筆者は今まで多くの趣味人とお会いしたが、このレベルに到達されている方はほとんどない。氏は、購入されると分解、調整を直ちに終え、3日以内に塗装、デカル貼りをする、と決められていた。集電を良くし、ジョイントを取替え、ギヤを慣らすために負荷を掛けて運転する。そして外して洗浄し再注油する。

 当たり前のように見えても、これを徹底するのは難しい。来客があると、「どれがいいですか。」とリクエストを受け、その機関車を走らせる。どの機関車も本当によく走る。聞くところによると、棚の上の機関車を毎日順番に走らせて、調子の悪いものはすぐ修理するのだそうだ。

 走りが悪い電車は、全てSPUD(いわゆるパワートラック)に取り替えられた。その前に、MRの広告をご覧になって、「これをやってみよう」と仰り、台車枠の中にモータを入れたHO用の動力台車を取り寄せて差し上げたが、満足がいかなかったようだ。SPUD をテストして、「良し」となったら百台単位で購入されて、御友人にプレゼントされた。そのため、急速に使用者が増えた。

 しかし、設計者は毎日走らせる客が居るとは思わなかったらしく、焼けたり、磨り減ったりした。それが製造元に伝わると、改良された商品が届いた。椙山氏はこれをMRに紹介された。アメリカでもよく売れたのではないだろうか。

2008年11月20日

椙山 満氏の死去

 椙山 満氏が9月8日に亡くなった。82歳であった。
筆者の自宅のレイアウトがある程度完成した時期に、見て戴いて開通式のクス玉割りをお願いしたいと申し出たところ、あまり調子がよくないからとそのまま延期になってしまったのが悔やまれる。
 ここしばらくはご無沙汰してしまい、そのまま訃報を受け取ることになってしまったのは、返す返すも残念だった。

 椙山氏とは高校生の時にレイアウトにお招きに与って以来、お付き合いさせて戴いた。高校の大先輩でもあり、郷土史の研究家としても有名であった氏のおかげでアメリカ型に開眼し、ありとあらゆるアメリカの鉄道映画を見せて戴いた。
 戦争のせいで学生時代に英語をあまり勉強できなかったと、私に映画を見せて「今なんと言ったか?」と問われた。高校生であやしい英語能力ではあったが、半分くらいは理解できた。その後アメリカに引っ越した時も、よく電話を戴き、いろんなものをお送りしたことがある。

 趣味であっても指導者は必要である。筆者は最高の指導者を得たことになる。
Model Railroaderを航空便で購読されていて、氏のお宅に伺えば、おそらく日本で一番早くアメリカの情報に接することが出来た。MRが届いた週の土曜日にはそれを読むことができた。これは最もよい英語の勉強法であった。外国から客人があれば、極めて怪しい通訳をするはめになるが、意外に通じるものであった。お互いに鉄道のことはよく分かっているからである。

Blue Star Pacific Railroad (MRに紹介された)を作られるとき、どのレイルが一番良いかを調べるために、仮設レイアウトのエンドレスに各種のフレクシブル・トラックを一本ずつ、つぎはぎに敷き、その減り具合を調べるのにお付き合いした。結果はPecoが一番であったので、新レイアウトにはPecoを全面的に採用された。

 TMSよりも早い時代に模型趣味を持つ全国の友人と回覧雑誌を作られ、全国に多くの御友人を持たれた。
 御友人がいらっしゃるときには、よくご相伴させていただいた。また、新着映画があれば16mm映写機で鑑賞会を催したりされた。16mm映画の撮影、編集はプロはだしで、多くの作品を残された。

 日本シトロエン・クラブの会長でもあられた。ご趣味のシトロエンを全国で一番たくさん買われたとのことで、フランスから販売部長が挨拶に来たこともあった。

 最近は四日市の軽便鉄道の調査をおまとめになった。氏の祖父は関西(かんせいと読み、今の関西本線四日市ー大阪間)鉄道の創始者の一人であられた。その経緯をまとめた冊子も拝見した。鋭い観察眼によって新しい切り口を見せて戴いた。 

 現代の鉄道模型の礎を築かれた方が、また一人亡くなられた。

2008年11月18日

鋳物を湯口から外す

Castings on the Tree 3Castings on the Tree 2Castings on the Tree 






 
 まだロストワックスの話は終わらない。

 洗い終わったツリィを机の上に並べた。失敗がないか、ざっと目視して調べる。今回はF9のステップが2箇所欠けただけで、あとはひとつも失敗がなかった。
 Dennisが言うには、近年にない最高の出来であるそうだ。新しい埋没材はプラスティックにもよいことが分かった。今後はこれで行こうということになった。

 さてこのツリィから部品を外さねばならない。ワックス型を組立てるときは取り外しやすいように組んであるので、ニッパでパチンとやれば切れるはずなのである。

Cutting from sprue しかし太さが3mm以上もあるのを一気に切るのは大変な作業である。この機械は空圧で作動するカッタである。足で踏むと切れ、放すと開く。5mm径でも切れる。刃がむき出しで危ないが、極めて便利である。数百の部品が瞬く間に切り離された。



Power Cutter この写真はその手元の様子である。刃は片刃で大きなニッパという風情である。ブスンという腹に響く音を立てながら刃が動く。


2008年11月16日

Metal Cutting Saw

cutting machine この機械は小さい。鋸刃の直径が2インチ(51mm)しかない。出力は30W程度である。価格は30ドル弱

 Dennisの工房にこれが二つあった。ひとつは鋸刃をつけ、もう一台は切断砥石をつけていた。非常にちゃちな製品で役に立たないと思ったが、細い真鍮線を切ったり、ステンレスのシャフトを短くしたりするのには十分に役に立つ。調整しておけば、十分に直角に切れる。もちろん精度を出すにはフライス加工が必要である。

 今回のF9の下回りの製作にはこの機械が役に立った。3/8インチ角アングルを切断し、、1/4インチ角の真鍮棒をさくさくと切れる。100Vでは回転数が足らないので120Vで使用した。刃が薄いので損失が少ないし、仕事量も少ない。

 中国製の機械は、アタリもあればハズレもある。それを承知して探せば、それなりの物もある。この手の機械は日本でもホームセンタの特売品の中に埋もれている気がする。刃物がよくなければ取り替えればよい。
 このHarbor Freightという会社は、20年ほど前からある会社で、専ら中国製の機械工具を超安値で販売している。はじめは眉をひそめるような商品が多かったが、最近はなかなかいいものを置いている。大手のホームセンタの商品と全く同等と言える商品が増えてきた。というより、大手が輸入する商品がここと同じになってきたのである。もうアメリカ製の工具は、普通の店にはほとんどない。Dremelにしても製造はMexicoとか中国である。
電池は日本製であった。

2008年11月14日

Foredom

Foredom Moto-Flexはどちらかと言えば、素人用である。
 プロ用はこのForedomである。このモータは直巻電動機であり、トルクが電流の二乗に比例して発生するから、低速でも使いやすい。昔は極端に高いと思ったが、現在の実売価格は200ドル強である。強力型もあるがこの程度で十分だ。

 このフォアダムは宝飾加工用とか歯科技工用としての目的でつくられ、各種のアタッチメントが自由に組み替えられるようになっている。フレクシブル・シャフトは、中と外とが別売である。専用グリースもある。ハンドピースも各種ある。シャンクが1/4インチ(6.35mm)や6mmのものもあるから、いろいろな工具が使える。  

 ある程度以上の設備を持っているクラフツマンは必ず持っている。Dennisのところにもあった。理由は「使いやすいから」に尽きる。低速でのトルクは凄い。それだけに、ワイヤをねじ切ることもあるのだろう。

Dental Drill Engine 筆者は持っていない。その代わりに、この歯科用エンジンを持っている。親類の歯科医が廃業するときにもらってきた。これも低速トルクの大きい直巻モータを使用している。ベルト(紐)ドライヴなので、その保守をしなければならないがとても使いやすい。刃物は2.35mm(3/32inch)である。速度調整はカーボン・パウダをシリンダ内で圧縮するようになっている。昔の電動ミシンの速度調整と同じである。この写真ではベルトが緩んでいるが、それはアームを立てて休ませておくときに自動的に緩むようになっているからである。珍しくドイツ製の機械である。

 電車や機関車のモータに直巻モータが使われ続けてきた理由はよく分かる。起動時のトルクが大きい。
 その点、模型のマグネットモータ(分巻特性)は、重負荷で使うときには挙動が実感的でない。短い編成の時には感じないが、80両以上の貨物列車をじわりと牽き出す時には、妙な感じがする。これは最近のDCC化によりかなり改善されているが、直巻特性の挙動にはとても及ばない。

2008年11月12日

新型Dremel

Dremel cordless Moto-Tool Texasに行ったときに、ホームセンタに行って、工具や材料を見た。そこでこのドレメルを買った。安くて使いやすい。Dennisはこれを3台ぶら下げて使っている。先端工具を替える時間が惜しいからだ。

 ドレメルは2つ持っている。一番古いのは35年以上前に買ったボールベアリングつきの速度固定タイプだ。何度か焼いてしまったので今のは電機子が三代目である。
 当時は速度固定しかなかった。スライダックで電圧を変えて使った。界磁が磁石なのでモータは分巻特性である。これは意外に使いにくい。
 低速では力がない。しかもスライダックは手で回すので、力が足らないとき、もう少し電圧を上げるということが出来ない。足踏み式のスライダックを作らねばと思っていたところ、サイリスタ制御の足踏みコントローラが出たのですぐに購入した。これは便利である。トルクがあって使いやすい。

 次に買ったのはMoto-Flexである。これは尖端が細くて使いやすい。特に、線路のギャップ付けには便利だ。Cutting Diskがレイルに対して直角に切り込めるからだ。これも足踏みコントローラで使った。これもワイヤをねじ切ったので、部品を交換した。
 コントローラはひとつなので切替スウィッチで選択する。現在、工作台にはこの二つがある。後者は天井からぶら下げてある。

 今回のドレメルはリチウムイオン電池駆動である。作動中に電池のモニターが点灯するのでどれくらい充電量があるかがよく分かる。電線がないというのは、すこぶる便利で、庭先で作業するときはそれを実感する。

 値段は70ドル弱で、往時の価格を知っているものとしては、その安さに驚く。昔は40ドルもした。物価は6倍として、240ドルである。とても高かった。
 それを某出版社が極めて高い値段で国内販売していた。もっと安く売れたのに。そのせいで普及が遅れたと私は見ている。

2008年11月10日

擬似三相交流

 先日の擬似三相交流で三相モータを回す話を紹介したところ、複数の専門家からお便りを戴いた。

 効率を考えなければ問題なく動くという結論である。驚いたのは、新幹線の床下にある空気圧縮機等の小さいモータを動かすための三相交流はこの方法で作り出していたということである。架線から来ている電源は、当然単相である。

 現在はインバータであるが、0系新幹線の時代には擬似三相交流であったそうだ。ただし、キャパシタではなくリアクトルで遅らせるということである。
 電子工学が未発達の頃は、これがベストの方法であったらしい。

 いずれにせよ三相モータを動かす電源は120度の完全な三相交流でなくともよいということである。

 また、別の方からはこのリンクを紹介戴いた。これによるとやはり90度、135度であった。記憶していた数値は正しかった。
 この回路は出力によってかなりの変動があるはずである。回すモータの特性によって定数を計算して最適値にする必要がある。

 送電線の3線の並べ方については、興味深いことをお教え戴いた。3線はところどころでひねってあるのだそうだ。3つの線を等価にするためには、そうせざるを得ないが、今までそんなことには気づかなかった。これからは上を見て歩かねばならない。

 「いろいろなところで物理学は生きている」と感じた一週間であった。
 
 

2008年11月08日

エアコンの外部ファン

quiet fan blade 我が家のエアコンはアメリカ製の三相用である。安価で長持ちするが、音が凄まじかった。アメリカでは隣の家までの距離が大きいし、どの家のエアコンもやかましいので問題にならないからだ。
 ジェット機の離陸のようなキーンという音がして、とても夜間は使えなかった。大きな防音壁を作り、閉じ込めたがまだうるさかった。あるとき、内部の落ち葉等を掃除するために、上部の送風機の羽根を外してみた。

 羽根はアルミ製で、直径76cmである。大雑把な形に成型して、リヴェットで組んだものであった。ちょうどその頃、何かの雑誌で、「ふくろうが野ねずみに襲い掛かるときに、羽や胴体前面に小さな突起を筋肉の力で起こし、その効果で風切り音を消している」という記事を読んだ。

 多少は効果があるかも知れないと思って、バランスを考慮しつつ、4mmピッチで深さ2mm程度のV溝をつけた。早速モータ軸に取り付けて、起動させるべく、室内のスウィッチを押した。音がしない。何かの故障だと思って外に飛び出して見たら、ちゃんと廻っている。

 すばらしい効果であった。あまりにも静かで、室内からは起動してもわからなかったのだ。

 航空関係の友人に連絡して、特許が取れないものか相談したところ、「そんなものは昔からあるよ。効率が下がるから、飛行機には使えないさ。」ということだった。
 それならエアコンに使う限定で特許が取れないか聞いてみたら、「三菱重工がその方式を採用したのを今年から売り出した。」という連絡があり、愕然とした。現在も売っているのだろうか。

 この微少突起は、新幹線のパンタグラフにも採用されているし、トヨタのセルシオの屋根上のアンテナにも採用されている。しかし、車体全体をデコボコにした自動車は見たことがない。


2008年11月06日

続 三相交流

3-phase power line 日本ではほとんどの電線路は三相交流で配電されている。その三本の電線の配置は、たいてい直線上にある。
 郊外の大きな送電用の鉄塔を見てもほとんど6本、12本くらいをそれぞれ直線上に配置している。
 米国の郊外にあるさほど電圧の高くなさそうな電柱を見ると、このような三角配置が大半である。この写真では、正三角形には見えないが、それは施工上の問題であろう。設計者は正三角形を考えていたはずである。
 
high voltage 3-phase power line この写真は、もう少し電圧が高い場合の送電線である。見事に正三角形になっている。この碍子は引っ張りに耐えるだけでなく、剛性のある構造である。どのような構成になっているか、知りたいものだ。三相交流で送電するとき、3本の導体を正三角形に配置すると、効率がよいはずである。最近話題の電磁波輻射による健康被害も低減されると思う。

3-phase power line3 これも正三角形である。これは簡単に作れる構造であるが、避雷の点で難しいところがあるかもしれない。


2008年11月04日

三相交流

 日本の場合、三相6600Vで市街地まで配電送電しているので、三相が欲しければ電力会社に頼めばトランスを上げてくれる。多少の金が掛かるが可能である。このごろは三相のトランスではなく、V結線というやや簡易方式で給電配電するようだ。トランスの利用率は低下するが、小さなトランスを取り付けるだけで三相給電配電が可能になるので、小規模の需要家に対しては、ほとんどこの方式を採っている。
 我が家の空調は三相であり、維持費がとても安い。

 アメリカはどういうわけか、三相を引きにくい。街路ごとの分岐がすでに単相三線で、随分太い線で給電配電している。三相トランスをつけてもらうと遠くから専用電線を引くので、出費が大きいのだそうだ。
 このあたりの設計思想の違いはどこから来たのであろうか。

 インバータにするとモータの回転数が自由に選べる。便利であるが、普通の機械にインバータをつけただけではモータが焼けることがある。
 モータの冷却ファンは出力軸の反対側にあり、定格どおりの回転で冷却能力を発揮するようになっている。

 これを低速で回すとどうなるであろうか。風量が不足して焼ける可能性がある。どうすればよいかというと、別電源で送風機を回すのである。簡単な軸流ファンを増設するだけのことである。

 旋盤には回転計をつけた。周速度を表示する装置も市販されている。

 インバータを付ければ、逆転も急停止も自在である。加速曲線も自由に選べるので運転はとても静かである。
 
                 
              <御指摘の用語を改めました。>

2008年11月02日

Dennis のWork Shop

Dennis' workshop Dennisの車庫には工作機械が並んでいる。一般人でもこの種の機械を持っている人はいる。あまり高級な機械ではない。台湾製の25年位前の機種である。しかし模型を作るには十分である。

 
 アメリカでは住宅地では三相交流の給電は難しい。単相三線の120、240Vしか来ていない。結線を見て驚いた。単相を擬似三相にするコンバータを付けている。小さなコイルと巨大なオイル・キャパシタを組み合わせた原始的なものであった。1本を進角させるだけのもので、2馬力程度なら何とかなるというが、効率はよくない。大きさは縦75cm、幅45cm、奥行20cm程度のものであるが、すごく重そうである。縦フライスの奥の壁に取り付けてあった。どこかで中古品を手に入れたらしい。

 今なら、インバータがあるからそれを採用すべきである。無断変速で急停止用のブレーキ回路まで付いたものが約3万円で買える。それを使えば、ベルトの掛替え、ギヤの切替えが要らなくなる。そのあたりのことは左のリンク先のSEC_SUZUKI氏に相談するとすぐ解決する。単相モータに比べて、三相モータはトルクが大きく、使いやすい。足踏みで急ブレーキが効くと安心でもある。また、起動が滑らかになり、ベルトの傷みも減る。
 単相電源から200Vの三相交流が作り出せ、なおかつ周波数が30〜90Hz程度まで無段階に変動させることが出来る。400Hzまで周波数を上げる事も出来るだろうが、それではモータが分解するだろう。設計の段階では想定していない条件ではあるが、1.5倍なら持つはずだ。入力を200Vのタイプを100Vで使うには、100Vを倍電圧検波(懐かしい言葉!!)する。
 ブレーキ回路は外部に抵抗をつけ、放熱させる必要がある。

 なんとなく、ディーゼル電気機関車のダイナミック・ブレーキを操作する気分でもある。

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