2008年11月20日

2008年11月20日

椙山 満氏の死去

 椙山 満氏が9月8日に亡くなった。82歳であった。
筆者の自宅のレイアウトがある程度完成した時期に、見て戴いて開通式のクス玉割りをお願いしたいと申し出たところ、あまり調子がよくないからとそのまま延期になってしまったのが悔やまれる。
 ここしばらくはご無沙汰してしまい、そのまま訃報を受け取ることになってしまったのは、返す返すも残念だった。

 椙山氏とは高校生の時にレイアウトにお招きに与って以来、お付き合いさせて戴いた。高校の大先輩でもあり、郷土史の研究家としても有名であった氏のおかげでアメリカ型に開眼し、ありとあらゆるアメリカの鉄道映画を見せて戴いた。
 戦争のせいで学生時代に英語をあまり勉強できなかったと、私に映画を見せて「今なんと言ったか?」と問われた。高校生であやしい英語能力ではあったが、半分くらいは理解できた。その後アメリカに引っ越した時も、よく電話を戴き、いろんなものをお送りしたことがある。

 趣味であっても指導者は必要である。筆者は最高の指導者を得たことになる。
Model Railroaderを航空便で購読されていて、氏のお宅に伺えば、おそらく日本で一番早くアメリカの情報に接することが出来た。MRが届いた週の土曜日にはそれを読むことができた。これは最もよい英語の勉強法であった。外国から客人があれば、極めて怪しい通訳をするはめになるが、意外に通じるものであった。お互いに鉄道のことはよく分かっているからである。

Blue Star Pacific Railroad (MRに紹介された)を作られるとき、どのレイルが一番良いかを調べるために、仮設レイアウトのエンドレスに各種のフレクシブル・トラックを一本ずつ、つぎはぎに敷き、その減り具合を調べるのにお付き合いした。結果はPecoが一番であったので、新レイアウトにはPecoを全面的に採用された。

 TMSよりも早い時代に模型趣味を持つ全国の友人と回覧雑誌を作られ、全国に多くの御友人を持たれた。
 御友人がいらっしゃるときには、よくご相伴させていただいた。また、新着映画があれば16mm映写機で鑑賞会を催したりされた。16mm映画の撮影、編集はプロはだしで、多くの作品を残された。

 日本シトロエン・クラブの会長でもあられた。ご趣味のシトロエンを全国で一番たくさん買われたとのことで、フランスから販売部長が挨拶に来たこともあった。

 最近は四日市の軽便鉄道の調査をおまとめになった。氏の祖父は関西(かんせいと読み、今の関西本線四日市ー大阪間)鉄道の創始者の一人であられた。その経緯をまとめた冊子も拝見した。鋭い観察眼によって新しい切り口を見せて戴いた。 

 現代の鉄道模型の礎を築かれた方が、また一人亡くなられた。

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