2008年04月

2008年04月29日

レイアウトは進化する

Jakl's Layout bird's eye view レイアウトは進化する。レイアウトのみならず、鉄道模型全体が進化するといったほうが正確である。
 その進化の情報を正確に発信しているのはModel Railroaderという雑誌である。残念ながら、そのほかの雑誌は5年遅れくらいであると筆者は感じている。日本の雑誌は、さらに5年ないし10年遅れくらいであるように思う。

 レイアウトの路盤高さについての記事が、15年位前にあった。毎年1インチ高くなっているというような話であったと思う。背の高いアメリカ人にとっては、65インチ(165cm)というのも平気だろうが、そこまで行くと身長180cmの筆者にも少々つらいところがある。一部のレイアウトはあちこちに踏み台があって、そこから見るようになっている。筆者の親しい友人のRod Miller氏は身長188cmの長身で、彼のレイアウトに行くと首が痛い。

レイアウトの色調についても70年代のMR誌を見れば一目瞭然である。当時の印刷技術の稚拙さを差引いても、鮮やかな色調が多い。今回紹介した中で、GaryとDaveのレイアウトをご覧戴ければすぐお分かりのように、彩度を抑えた模型は実感的である。

 ごく近所の鉄道風景も、カラーチャートを持って出かけると意外に彩度が低いことに気がつく。調色塗料を購入してもそのまま塗るのではなく、暗い灰色を少し混ぜるだけで、俄然それらしくなる。ただし新車を除く。

追記 先回までのJakl氏のレイアウトの動画を堀江壽一氏が撮影されているので紹介させて戴く。 

2008年04月27日

続々 Jakl家 のレイアウト

Bob Jakl 5 これで大体1/2が写っている。この画面の右端あたりに運転台がある。
 長大編成も留置できる線路配置であり、当時としては最大限気配りされたレイアウトである。ここでレイアウトの路盤高さにご注目戴きたい。この高さは約30インチ(75cm)である。レイアウトの高さは毎年高くなっている。座って運転する時代は、食事をするテーブルの高さがよいと言われていた。それがウォークアラウンドの時代になると48インチ(120cm)くらいがよいと言われるようになった。HOスケールであると、歩きながら顔を列車に近づける必要上、60インチ(150cm)がよいということになっている。この件については、いずれ述べる。

Bob Jakl 4 これは運転台から見降ろした写真である。上の写真の反対側を見ている。道路に沿って建つ建物は単なる板であり、Jakl氏は不満そうであった。

 Lorrel Joiner氏のレイアウトから、たくさんの建物を買い取ったので、しばらくはその移設工事で忙しいはずである。右の奥の方にはまだ工事中のところがある。

Bob Jakl 3 機関庫近くの様子である。このレイアウトには、たくさんの建物がある。

2008年04月25日

続 Jakl家 のレイアウト

Bob's Layout3 広い場所に線路を敷いて、たくさんの車輌を留置できるヤードを作るとこうなる。車輌のコレクションは、完成品、キット組立品などで、凄い量である。




 レイルは、本線と支線で太さが異なる。このあたりは、方針がはっきりしている。最近のレイアウトとの相違点は、運転方式以外に、色調について述べなければならない。このレイアウトの各部の色の彩度はかなり高い。要するにとてもきれいである。この一月ほど紹介してきたレイアウトの彩度はかなり低い。この30年で彩度はかなり落ちてきた。
 最近のブームでレイアウト製作をする人が増えてきたそうである。雑誌などに紹介されている作例の、彩度の高さにはいささか驚く。レイアウト製作用の素材自体の彩度が高いことに気づかず、そのまま使ってしまうからだ。

Bob's Layout2 採石場とヤードである。緑の部分の色がもう少し穏やかであれば、と残念に思う。昔はそのような素材がなかったのであろう。

 車輌は新車は鮮やかで当然である。古びた車輌はそれなりにウェザリングしてあった。

2008年04月23日

Jakl家 のレイアウト

Bob Jakl's layout building Jakl家のレイアウトを訪ねたのは、とにかく大きなレイアウトがあると聞いたからだ。80坪ほどもある独立の建物を敷地内に建て、そこに大規模なレイアウトを建設した。
 この写真は、レイアウト・ハウスに至る小径に立つ信号機である。これは協同ライト商会製ではない。



Bob's Lyout3 内部はこの通りで、かなりの年季が入っている。車輌のコレクションもたいしたものである。
 プロトタイプは1950年から1970年のATSF,MKT,CB&Qを想定している。

 ボブ・ジェイクル氏は、家族総出でこのプロジェクトに取り掛かったようだ。奥さんのエリザベスも非常に熱心である。O Scale Westの会場で、「是非、見に来てくれ」と誘ってくれたのも彼女である。息子夫婦もこれまた熱心である。

 このレイアウトは現在の水準から考えると、やや旧型のコンセプトに基づいて作られている。現在のレイアウトは、Walk Aroundを考えて作られている。ウォーク・アラウンドというのは、列車の走行について歩けるようなつくりである。MR の編集長のAndy Sperandeo氏の言葉を借りれば、超低空飛行しているヘリコプタから列車の走行を見るような感じで、列車の制御をする方式を指す。ジェイクル氏のレイアウトでは、運転台が建物の中二階にあり、レイアウト全体を見下ろす形でしか制御できない。 この写真の右に煉瓦風の壁があり、その上が運転台になっている。


2008年04月21日

続々々 Daveのレイアウト

Dave's Yard Yardと機関区を結ぶあたりである。
 落ち着いた色調の地面で、バラストの色も部分的に変化し、自然な感じを与えている。注目すべきは信号機の燈火である。現示されている燈火を見れば、実際の開通方向がよく分かる。

 この信号機は協同ライト商会製のDworfである。背の高い銀色のも同社製であると思われる。

 Dworfとは小人のことである。発音はドゥオーフに近い。どういうわけか、ドーフと言う人が多い。背の低い、ポイントの進行方向を知らせる信号機である。

Shell Oil Co. こちらはShell Oil Co.の油槽所である。手前のHookerというのは化学メーカの名前で、顔料などの名前にHooker's Greenなどと名前を残している。
 少し奥に、手すりが長いランボードの位置の高いタンク車が2両見える。シングル・ドームとダブル・ドームである。これらの貨車は非常に珍しい製品で、50年ほど前、Max Grayブランドで売り出された日本製のタンク車である。製造は安達製作所である。
 筆者は、どうしても手に入れることが出来なかったので、この形式を2輌自作した。製品よりよいものが出来てしまった。アメリカの友人に見せると、かなりの価格で「売ってくれ」と迫られる。

 Daveのレイアウト見学に同行された堀江ご夫妻によるMovieとStill Pictureがあるので、ご紹介する。棚に載っているコレクションだけでもたいしたものである。 

2008年04月19日

続々 Daveのレイアウト

Daveのレイアウト1 この写真は先回のスノー・シェッドの向かい側である。左の方に見えるから、相対的な位置がお分かり戴けるはずだ。天井の様子も少しだけだが写っている。
 照明は線路の上をその曲線に合わせてくりぬいて、半間接照明にしている。青空がまぶしい。
 全体の配置図をご覧になると、位置が特定できるだろう。

Round House 機関区には、キャブ・フォワードを主力機として各種の機関車が並んでいる。どの機関車も動力機構を改良してあって、滑らかな走行を確保している。この写真では照明の影響も多少出ているが、地面の錆の色をやや強調してある地域である。アメリカのレイアウトとしてはやや珍しい。


Icing Platform レイアウトのはずれには小ぶりなヤードがあり、Icing Platform がある。冷蔵車に氷を積み込む施設だ。アメリカの鉄道から、この施設が消えたのは1960年頃である。Daveのレイアウトでは1955年までの様子を表しているという。  

2008年04月17日

続 Daveのレイアウト

Snow Shed この写真が何であるかが、すぐにお分かりの方は少ないはずだ。これは多雪地帯であるDonner峠Snow Shedである。線路全体を木製の屋根で覆ったもので、片方は崖である。 キャブ・フォワードはこの中を走っていたのだ。この模型を作ったのはDaveが初めてであるそうだ。



Snow shed covered with snow この写真はそれを外側から見たところである。雪の山が印象的である。プラスティックの粉を撒き、固定してあるが、なかなかうまく固定してあると見えて、触っても落ちてこない。




積雪地との境目 積雪した部分を作るのはよいが、雪のない部分との境目はどうするかが問題となる。
「トンネルを抜けると、そこは雪国であった。」でもよいのだが、微妙な境目が欲しいときもある。Daveはそこをうまく作った。徐々に雪の量が変わるところがある。写真ではよく分からないが、現物はよく出来ている。

2008年04月15日

Dave のレイアウト

Dave Viale's Layout Daveは農機具を売る会社を経営していたが、それを手放して引退した。カリフォルニアの山中、ヨセミテの近くに居を構え、別棟にレイアウト・ルームを設けた。

 60坪の部屋に、サクラメントからネヴァダ州スパークスに至るSouthern Pacificの山岳路線が再現されている。このレイアウトのデザインはJerryの仕事である。
 キャブ・フォワードの牽く長大列車が、スノー・シェッドをくぐって行く。すばらしい光景がそこに広がっている。本線は600mの長さで最小半径は2.4mである。
 全てのスパイクはhand-laidである。

 この写真を撮ったのは昨年であり、その時点では60%のシーナリィが完成ということであったが、十分完成の域に到達していると言えた。

Dave Viale(left) ちょうど取材に来ていた。大手の雑誌ではなかったが、模型関係の出版社であるそうだ。左がDaveである。

雪の山を越えていく場面があリ、他にはない眺めが楽しめる。Garyのレイアウトも凄いが、このレイアウトには、別の凄さがある。それはTrackplanによるものである。よくもこのような配置を考えたものだと感心する。標高差もかなりある。

2008年04月13日

続々 Jerry Porter氏の模型哲学

 財産があって、時間があり、能力が溢れるほどあれば、伯楽という遊び方は楽しいに違いない。
 目をつけた人が、自分の導く方向に進み、どこにもない素晴らしいレイアウトを作るのだ。このArdenの場合はSゲージというあまり例のないサイズの鉄道であり、車輌は、すでにJerryの手の中で育てられている。彼はSゲージのメーカを仕切っているのだ。だから、車輪の規格の変更は直ちに出来た。
 
 なぜ彼がSゲージの道に入ったかは興味深い。N,HO,Oの世界はあまりにも大きく、一人の活動で大きな変化を与えられるかというと、Jerryほどの力をもってしても難しい。しかしSゲージでなら可能であったのだ。ほとんどの機関車、貨車はJerryの力によって生み出されていると言う。元は取れるのかと聞くと、「趣味だからいいのだ」と言うだけで、あまり頓着していないようだ。これも伯楽の仕事のひとつらしい。

 Sゲージとは何かという質問を戴いている。  
 Sゲージは22.5mmゲージ、1/64サイズである。日本ではこれを楽しんでいる人はほとんどいないだろう。Sのナローはたまに見る。
 Seven Eighth インチゲージ, One Sixtyfourth 1/64, Three Sixteenth inch Scale の三つのSからその名がつけられたそうである。  

 戦後すぐに、Sゲージの線路上を1/48の国鉄車輌が走るようにした人が居た。すばらしい着想であったが、どういうわけか、その試みには賛同者がほとんどいなかった。1/45,32mmゲージの0番という不可思議な方向に向かった結果、現在の日本の鉄道模型がある。その時の指導者のミスリードがすべてを複雑にしてしまった。これについては、いずれ項を改めて書きたい。
  
 

2008年04月11日

続 Jerry Porter氏の模型哲学

 模型を買い集める、そして作る。自慢する。そのレベルの人が大半だ。人はいつかは死ぬ。死んでも持っていけない。残しても迷惑になる。
 一番良い方法は、確実な後継者を作ることだ。子供がそれを受け継ぐかどうかは、不確定要素が大きい。信頼できる第3者にそれを委ねるのも、かなり難しい話だ。

 Jerryの話を書こう。結論を言うと、Jerryは伯楽になることにしたのだ。
 名馬は常にあれど伯楽は常にはあらず、という韓非子の言葉で有名であるように、名馬を見抜き、それを育てることが出来る人は極めてまれである。

 JerryはO Scale Westのみならず、あちこちのコンヴェンションを精力的に歩き、これはと思う人に話しかけ、自分の考えを話す。筆者も何度も話しかけられ、押して動くギヤLow-D車輪など高い評価を受けた。レイアウトを持っていると言うと、少し残念そうな顔をした。設計してやるのに、と言う。

 現在の彼の目標はArdenのレイアウトを作ることである。名馬は見つかったようだ。片道180キロを走って、Ardenの家に週3日手伝いに来ている。必要があれば、人手も世話しているそうだ。経済的にも援助しているようである。

 人生の中で模型を楽しむ方法はいろいろあるだろう。最終的にはJerryの生き方になるのかも知れない。「伯楽という楽しみ方があるとは知らなかった。」と同行の栗生氏も驚かれた。

 Jerryの生き方は、まさに最終解脱の域に到達しているのだ。筆者も残る人生をどう生きるべきか、大きなヒントを得た。

2008年04月09日

Jerry Porter氏の模型哲学

Jerry watching my Low-D wheel sets Jerry Porter氏は隠居の身である。この方も溢れ出る才能の持ち主で、何をしても成功するタイプの人間のようである。もともとは、精密機械加工の会社を持っていたらしい。
Intermountainブランドで、超細密キットを売り出し、模型界で名を挙げた。


 彼はその事業を売却し、悠々自適の生活である。インターマウンテンの製品は筆者も何台か持っている。常識では考えられないほど細かく出来ている。例えばタンク車のリヴェットが、丸いものと円錐形のものとを作り分けている。しかも、タンクの全周に亘って円錐リヴェットが正しい形に着いている。この型を起こすのに、どれほどの工夫があったかを考えれば、彼の非凡さが分かろう。しかし、製品群は、どちらかと言うと失敗だろうと彼は述懐する。

 あまりにも細かくて、組み立てられない人が多かったそうである。だから売り上げはそれほどは多くないとのこと。仕方なく、彼はその型をアトラスに売却し、アトラスはその組み立てを中国の職工にさせている。もちろん、一部の型はやや簡略化し、細い部品は針金で作って壊れ難くしている。下回りもダイキャストで作り、強度を持たせている。塗装済完成品で輸入し、膨大な量が売れた。


 また、レイアウトの設計手腕にかけては全米で3本の指に入ると言われている。数多くの有名レイアウトは彼の手になる。

 先日は、彼の哲学について話を聞いてきた。 

写真は、筆者のLow-D車輪を見るPorter氏  

2008年04月07日

続々々 Arden のレイアウト

 Arden's Cheyenne この写真はシャイアンの駅および機関庫の用地である。まだほとんど進んでいない。給炭台は小さいものが置いてある。いずれ大型のものに取り替えられるのであろう。機関庫は観客側にあるので、中を覗くことは難しいことになる。そこをどう考えているのか、結果が楽しみだ。




Arden's Layout 4 何度も同じ場所を写して申し訳ないが、これは最もループの構造がよく分かる角度からの写真である。3重のループで標高差を稼ぐ。意外に楽に登る。勾配は1%である。このループがあるからこそ、Jerryたちは筆者の開発した低抵抗車輪に興味を持ったのかもしれないと考えている。


Arden's Sherman Hill ループを過ぎて峠のトンネルに向かう場面である。このトンネルはヘルモウサ・トンネルと言い、Union Pacific鉄道の最高地点である。

2008年04月05日

続々Arden のレイアウト

Arden's home and Layout house 左がArdenの住まいで右がレイアウト・ハウスである。この家はもともとは馬を飼っていた農家らしく、大きな農業倉庫があった。大きなトラクタが入るように、妻の部分の壁には、高さ幅とも4m位の開口部のあとがある。もちろん今は塞いである。倉庫であるから、天井は非常に高い。

 アーデンはMIT出の秀才で、技術者として活躍していたが、大病を患ってあまり頑張らないことにしたようだ。東部にいたが、気候のよいカリフォルニアに引っ越して来たのだ。現在はコンピュータ技術を生かして、週3日、会計士の仕事をしているそうだ。あとは模型三昧であるというから、うらやましい。

Arden's Layout 2 この写真は昨日の写真の位置からずっと後ろに下がって、視点を高くしたものである。全体図の下の端からの俯瞰である。Sherman Hillの峠から、一番遠くを見ている。デルタ線が手前に見える。




Arden's Layout 3 この写真は先ほどの位置から左下に降りた所で、全体図で言えば、左下の端のループの辺りである。この辺が一番低いところである。

2008年04月03日

続 Arden のレイアウト

Arden's Union Pacific Sherman Hill この写真はほんの一部を写したものである。このような機関車がブラスで市販されていることに、驚きを禁じ得ない。1ロットが百未満だそうだ。価格はOゲージと同等である。Sゲージを楽しんでいる人たちは、互いの結びつきが強い。
「おそらく、全てのゲージの中で最も強いのではないだろうか」とはアーデンの弁である。次に何を作るか決めて、みんなで出資して作るのだそうだ。貨車はJerryが手配して作る。よくもいろんな車種があるものだと感心する。車輪は、筆者のLow-D 車輪が生産されている。これはJerryが音頭をとって、仲間に購入させている。所帯が小さいゲージなので、皆が同じ方向に動きやすい。すなわち、このようなレベルアップは、ほとんど同時に全会員が恩恵に与ることになる。Sゲージの車輌を供給する会社は2つくらいしかないからだ。

Arden's Layout Track Plan これがレイアウトの全体である。一番下が、Sherman Hillでそこまで昇ってくるのに、大変な時間がかかる。Jerryに言わせると、列車がずっと見えているようなレイアウトではつまらない。ちらりと見えたら、しばらく姿を消して、また少し見えては丘の後ろに隠れてしまうというのが良いのだそうだ。当初の予定を変更して、本物のように勾配緩和線を新設し、補助機関車を外して向きを変えるデルタ線が用意されている。
 ここを過ぎるとまた長い長い下り線が待っている。標高差は2m以上もある。ターンテーブルがある場所はシャイアンである。くだりは短そうに見えるが、全体を一周しないとたどり着けない。要するにシャイアンの上にはもう一段あるということだ。

2008年04月01日

Arden のレイアウト

 ArdenはS gaugerである。まさかSゲージを楽しむ人とこれほど親しくなるとは思わなかった。きっかけはO Scale WestでSゲージのブース、レイアウトを併設するようになったからである。それは3,4年前からだ。

 Intermountain Modelの創業者のJerry Porter氏とは、かなり前から親しくお付き合い戴いている。そのJerryが、どうしても見せたいものがあると、かなりの勢いで筆者を招待してくれたのだ。

 場所はサンフランシスコ東方約150キロの田舎で、ストックトンから、さらに入ったところである。元は農業倉庫だった小屋に巨大なSゲージレイアウトを建設中だ。線路延長は、複線区間が11スケール・マイルというから想像するのも難しい。

 UPのシャーマンヒルを完全に模型化しているという。50年代に完成した勾配緩和用の新線まである。レイアウトのTrack PlanはJerry の設計である。

 Jerry Porter氏は、レイアウトの設計家としても有名である。著名なレイアウトは彼の作品であることが多い。しばらく前に紹介したLouのレイアウトも彼の設計である。次回に紹介するDaveのレイアウトもまた、彼の設計である。

 アメリカでSゲージの愛好家がこれほどいるとは、正直な話、筆者の想像を超えていた。スケールのOゲージの半分くらいいるのではないか。ちなみにティン・プレートのOゲージは、スケールのOゲージの20倍いるそうだ。
  

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