2007年09月

2007年09月30日

続々  伊藤英男氏の35mmゲージ機関車

 「ロクロは旋盤ではないのですか?」という質問を戴いている。広い意味では旋盤の一つであろうが、モータで工作物を廻す機能しかないものがロクロである。また、ベッドの上に刃物台があって刃物をスライドさせるものが旋盤である。

 ロクロでは刃物がガイドとなるべき金具と向かい合う形でヤットコ状のハサミに付けられている。それをスライドさせれば材料を細く削ることが出来る。幅の狭い刃を付けたものを使えば、材料が切断される。

 ネジを切るにはダイスをはめたものを手で握って、スイッと押し込むと出来る。限界まで来たら、ダイスをはめた道具は手の中でスリップする。モータは逆転も出来るから、ダイスを抜き取るのは簡単だ。段つきネジは、ほとんどこようなロクロ屋さんが作っていた。仕事場は板の間で、ござを敷いて胡坐をかいて座り、膝の上で作業をしていた。ダライ粉は前掛けの上に溜まった。

 ドイツ語で旋盤のことをダライバンに似た発音をするので切り子のことをダライ粉というようになった。フライスというのもドイツ語から来ている。英語ではミリング・マシンという。

 量産の仕事をしようと思うと、ヤットコ状の工具をいくつか用意し、寸法通りにガイドを調節する。それらを手順どおりに操って目的の製品を作り上げる。その道何十年というプロが作ると、NCの機械が作るのと同等以上の物が出来る。プログラムに要する時間が極端に短いので、小ロット物はロクロ屋さんに限る、と言われていた。

 昭和40年ころまでは沢山あったが、もうそのようなロクロ屋さんはいなくなってしまった。インドに行った人からは、そのような仕事をする人がまだまだ沢山居ると聞いている。

 伊藤氏は、「このような道具を作ってくれる職人が居なくなってしまったので、もう手持ちの分これきりでおしまいですよ」と残念そうであった。
 
 伊藤氏のような工作を生業とする方も、ほとんど見かけることがなくなってしまった。
 

2007年09月28日

続 伊藤英男氏の35mmゲージ機関車

 TMS誌にはさらりと書いているだけだが、客車の工作がこれまた素晴らしい。まさに博物館模型で、一等寝台の扇風機が風で廻るのを見ると、驚愕する。実に滑らかに廻る。屋根を外せば個室の内部も完璧に作られ、非の打ち所がない。塗装も素晴らしい。

 実はもう一つ特筆すべきところがあったのだが、平岡氏は見逃している。それはフランジの形状である。伊藤氏は、運転を目的としているので、曲線上の抵抗を減らすためにフィレットを大きくとっている。Low-D車輪と同様になっている。どちらもまねをしたわけではない。ただ目的が同じであるなら、結果は同じになる。

 模型の線路は、実物に比べ遥かに急なので、それなりの工夫が必要である。

 また、平岡氏の記事にはブラスの種類についての記述がない。伊藤英男氏は快削材を使用している。
 それからもう一つ、伊藤氏は旋盤よりもロクロをよく使われる。ロクロと言っても、若い方には見当も付かないのではないか。旋盤には刃物台があるが、ロクロには刃物台がない。モータで廻す材料に、あるものを食いつかせる。

 ヤットコの先に、バイトとガイドをつけたものを想像して戴きたい。はさみ方で被削物の径が決まる。それを何十種も用意し、次から次へと削っていく。「同じ形をしたものを大量に作るのには、これが一番」とおっしゃるけれど、素人には手を出せない作業だ。

2007年09月26日

伊藤英男氏の35mmゲージ機関車

 今月号のTMS誌を見て、久しぶりの感動を覚えた。伊藤英男氏の作品の紹介記事が載っている。

 35mmゲージは過去のゲージであり、作っている人などいないと思われる方は多いと思う。私自身もそう思っていた。

 伊藤英男氏とは懇意にして戴き、何度かお邪魔している。氏は特注船舶模型の大家であり、数百隻の作品を船会社に納品されている。博物館にも多数収納されている。

 35mmゲージの作品は「趣味ですよ。」との事で、今まで公表されてこなかった。平岡氏の名作探訪の連載が始まったので、伊藤氏の作品を紹介すべきと思い、平岡氏に手紙を書こうと思った矢先の発表で、大変嬉しい。

 伊藤氏の作風は、"手仕事なのに全て機械で工作したような切れ味を持つ"ことである。これは、他の達人と呼ばれる人たちの作品とも異なる部分である。

 板を切るとき、普通の人は裁断機で切るだろう。伊藤氏は裁断機を持たない。全て糸鋸である。裁断機による切り口のダレが許せないのだそうだ。

 ブラスの板に0.4mm幅で2本のケガキ線を入れる。糸鋸でその間を切る。裸電球一つの下である。太陽光は入れない。光の反射の具合で真ん中を切る。

 切り口を大きなヤスリで二回なでるとケガキ線まで削れて直線になる。これを実演して戴いたときは、本当に驚いた。やってみたがとても無理である。長い直線を切るには、糸鋸の弓が邪魔になる。この対処法として昔から紹介されているのは、弓を曲げる方法である。

 伊藤氏は糸鋸の刃をねじるのである。刃の付いていないところは焼きが入っていないので、ねじることが出来る。45度ねじると良いそうである。この方法ならば、どんな長い板も縦割りに出来る(はずである)。実際はきわめて難しい。

2007年09月24日

Marker Lights

Marker Lights マーカ・ライトの色について伊藤剛氏が解説している記事があった。"Yard"16号、1948年7月1日発行である。カブースのことをキャブースと表記しているが、後日カブースに訂正されている。(色は筆者が付けた。)

 マーカの色については、鉄道会社によって多少の違いがあるはずだが、基本はこれなのであろう。Model Railroader誌の1940年10月号の記事からと書いてあるが、10年に1回くらいの割合で、質問に対する答として載っている定番記事である。

 昔はあの小さいマーカ・ライトの中に電球を入れるのは不可能で、光を導くファイバを使ったりしていた。最近は小さなLEDがあるので容易になった。

 面倒で入れるのをためらっていたが、それを装備した車両を見ると、むらむらと意欲がわいてくる。友人のレイアウトで全ての機関車、カブースに灯が燈るのを見た。同時に音響効果もあった。素晴らしい実感である。遠い昔の駅や機関区の情景がよみがえる。

 灯火は大切である。音も大切である。機関区のクレーンの音、給水の音、ブレーキテストの音、石炭を積む音、かき寄せる音。眼をつむるだけでそれらを思い出す。

 休んでいた機関車が、ブロワを効かせて給炭を始める。エア・コンプレッサの音が高くなる。ズンッという響きとともに、安全弁が吹く。インジェクタを働かせて給水すると途端に安全弁は閉じる。その間5秒。

 全て遠い昔の思い出である。そのレイアウトの主にその話をすると、「そうだ。そうだ。」と昔話に花が咲いた。国が違っても同じ体験があるのだ。

2007年09月22日

Gyra-Light

501e1ad6.jpg F-ユニットのボンネットの先端には前照燈が付いている。二つあって、上の方は大抵ジャイラ・ライトという旋回式警告等になっている。
 
 このライトを覗き込むと中に赤いものがあるのだが、よく分からないまま30年以上経った。

 "YARD"誌39号,1950年7月15日発行に、伊藤剛氏 の絵になる解説があった。これを見れば、一目瞭然である。適度の摩擦で、ネジの回転により赤いプラスティックの覆いが電球にかぶさると赤い光が出るようになっている。逆転するとそれが反射鏡の根元に移動するので、事実上赤い光は反射されない。

 この反射鏡の回転速度は機関士の好みで変えられるらしい。場合によっては特定の位置で止めることもできるという。それでいたずらをする機関士もいたらしい。

 山の中でいつも出会う女性にライトを当てて喜ぶ機関士の話がSteffes氏の本に出てくる。

 動画を探してみるといくつかあるが、これが一番はっきりしているのでご紹介する。視点が地上にあるので、効果がよく分かる。

2007年09月20日

自動連結器の自作

自動連結器の自作1自動連結器の自作2 "Yard"誌17号を読んでいたら、自連を自作する記事があった。1948年8月の記事である。投稿者は丹羽十郎氏。丹羽氏は日本車両にお勤めであったから、専門家であった。

 ダイカスト製のダミィ・カプラを元に工作していらっしゃる。「キィは重くなければならない」、「下端を丸めておく」など、当然ではあるが必要な情報が盛り込まれた秀逸な記事である。ニクロム線をバネ材料に使うというのは、現在では考えにくい。当時はどこにでもあったのだろう。通電すると焼きが入る。

 ナックル部の製作に当たって、先にドリルで穴を空けておいて余分を削り落とすというのはうまい工夫である。

 ナックルの奥にはコイルバネがある。このあたりは、Monarchと同じである。時期的にはMonarchの発売より早いはずである。適度な強さで押し出していて、ナックルは開こうとする。その開く限度を制限する工夫もあり、感動させられる。実物のような「蹴り出し」型のキィで無く、バネで積極的に押し出している。

 どうして筆者がこんなに自連にこだわるのか。実は中学生の頃、いくつか自作しているのである。ダイカスト製のダミィに工作したので、全てシーズン・クラックで消滅してしまった。ナックルはとってあったのだが、どうしても見つからない。

2007年09月18日

Kadeeの紹介記事

Kadee紹介記事 ケイディの紹介記事としては最初の記事がこれである。伊藤剛氏による1953年1月16日発行の"Yard"誌69号に載せられた解説記事である。

 ナックルの開閉中心が中心軸上にあるので、引っ張っても外れない理屈を示している。また開放時には、ダイヤモンド型ランプを持ち上げる方式であったことと、ナックル(肘という専門語を用いている)を閉めるバネが現在のものとは全く違う方式をとっていることが分かる。

 カプラの根元にあるバネは左右の首振りに対する復元力を与える。テストでは左右に1/8"の振れがあっても確実に連結し、今までにテストしたものの中で最良のものという褒められ方をしている、とある。

 この記事の最後には、「Kadeeの成功した理由は、バネ入りナックルを使い、全ての操作を積極的に力を使用した点にある」とまとめてある。


 伊藤剛氏のお話では、「現物を見たわけではなく、MRの記事を見て解説を付け加えただけのこと」とおっしゃるが、素晴らしい解説である。力学的考察も加えられていて分かりやすい。

 このころのTMSに、どのくらい伊藤剛氏のお名前が出てくるか数えられた方がいるらしい。二位以下を引き離してダントツの一位であったそうだ。

 昭和20年代はマグネット・モータがほとんどなく、交流による直巻電動機の自動逆転方式の改良記事が目白押しである。そのような時代に、DU(ディレイド・アンカプリング)を含めた運転本位の記事が目立つのはさすがである。

2007年09月16日

続 中西氏の連結器コレクション

ブラス密連とダイキャスト密連 手前の二つはブラス板金製密連である。素人の工作のようであって、実はこれがプロの製品だそうである。合葉氏のアイデアを採用している。尖った角棒に、僅かな引掛けが見える。ここで連結するのだ。"模型と工作"誌を見て筆者が中学生の時に作った物と、さほど変わらない。


バネつきベ−カー型連結器 これは珍しいベーカー型連結器である。1960年代はこれしかなかった。なんとバネによる外れ留めを採用している。

 質量が大きいのだから、外れ留めなど要らないはずであるのに、わざわざバネをつけている。比較的厚い板を使った、かなり立派なものである。相手に向かって左側に懐が大きい構造である。この左右勝手は一時期、論争があった。二通りに分かれた理由などあろうはずがない。適当に作っていれば売れた時代だ。

ベーカー型 大小 大小の比較である。かなり大きくて重い、立派な製品である。

2007年09月14日

中西氏の連結器コレクション

Brass-Formed Automatic Couplers 中西進一郎氏から連絡があリ、生き残っている日本製自動連結器をお見せ戴くチャンスに恵まれた。珍品中の珍品が、このブラスをプレスして作った自連である。作動状況はあまり良いとはいえないが、ちゃんとキイを抜くと開放する。

 薄いブラスの板をプレスしたものと、厚めの板を組合わせて作られている。製造所は不明だが、たいしたものである。キイは薄い板である。あまり頑丈な製品ではないが、間違いなく作動するし、経年変化もない。経年変化という点では、ブラス製でハンダ付けしたものは半永久的である。もっとも、湿度が高いとハンダは錆びてくるので、ある程度の除湿は必要である。

ダイキャスト密着連結器 次にお見せいただいたのはダイキャスト製の密連である。これは筆者が考えていたものとは違っていた。針金で出来たキイを差し込む方法で、連結開放ともやや難しい。横に飛び出した針金を、ぐいと引っ張ると開放する。

 合葉博治氏発案のものは、角棒部の根元に切り欠きがあってひっかかるようになっている。そのひっかかりを確実にするために薄い板バネで押さえていた。外すときは、そのひっかりの分だけ横から押せばよい、というものであった。

 密着連結器はダイキャストのみならず、ブラスハンダ付けの製品もあった。この時期は、いろいろなレベルの商品が続々と発売されたので、ほんの僅かな期間しか市場に出ていない製品も多い。

2007年09月12日

連結器の工夫

Monarch Price List 1963 自動連結器は高価であった。たくさんの貨車を全て自動連結器にするのは難しかった。

 この表はMonarch社の連結器の価格である。1964年のWalthersカタログからの転載である(協同ライト社御提供)。その後の価格変化を調べると、1973年に$2.25、1983年では$6.00とある。

 アメリカのインフレ率を掛けなければならないが、大まかに言えば一組1500円以上の感じだ。機関車には付けるが、貨車にはところどころにしか付けられなかった。

Modified Dummy Coupler TopviewSideview そこで一部の人は、貨車用の半自動連結器を思いついた。MRの記事に出たような気もするが定かではない。ナックルの反対側を削り落として、側面に溝をつけ、スプリングになる線を貼り付けたものである。相手も同じ形をしていないと連結できないが、上から入れればダミーでもつながる。

 この改造連結器欲しさに、この中古貨車を購入した。木製で外被はブリキである。塗装が気に入らないが、安価だったので良しとした。

 現在では、ほとんど全ての車両がケイディを装備している。プラスティックの貨車キットを購入しても、当然のようにケイディを使うようになっている。ケイディの成功の原因はその価格にある。1973年の価格と現在の価格は大差ない。

 ケイディの特許はほとんど切れてしまい、ほとんど同じ形のものが何種類か出てきた。しかし、ケイディの品質は良い。他社の物はピンの周りにひびが入って(クリープ割れ)いずれ駄目になる。ケイディ製品はそのようなことはない。ケイディはそれを大いに宣伝している。それしか宣伝することがなくなってしまったからだ。

2007年09月10日

続 日本製の自動連結器

日本製Working Coupler 程度の良いのがひとつ見つかった。これもナックル・ピンの後ろが割れ、ナックルがプラプラしている。形だけでもお見せしたかったので、掲載した次第である。


密着式自動連結器というものもあった。これは合葉博治氏の発案らしい。KTMが発売していた。尖った部分を、互いに相手の穴に入れるようにして押し込むと、薄い板バネがラッチを掛ける。これは調子がよく、まず外れない。

 しかし、外すときはかなり苦労する。車輌の両側面から指を突っ込み、押し付けねばならない。慣れれば早いが、自動開放は極めて難しいと思われた。

 これも現在はほとんど割れてしまい、現存するものは少ない。この当時(昭和30年頃)の日本の製造業のレベルは、その程度であった。ZAMAKの中の鉛の濃度が高いため、いわゆる粒間腐蝕という現象(昔は粒界腐蝕と言っていた。下のコメント参照)が起こったのだ。その時期には、アメリカではこれは完全に克服されていた。

 この頃、日本のダイキャスト工場に出入りしていた人から話を聞いたことがある。電気工事がある日は、ダイキャスト工場は休みになるという話だ。

 当時、電気工事はハンダ付けで行われていた。炭つぼを腰につけて、電柱を登っていく電気工事人の姿を憶えている人は、少なくなった。融けたハンダが落下することはありうる。ハンダがザマックに落ちれば、そのロットは全て廃棄しなければならない。

 電気工事の日は、全てに機械にシートをかぶせ、ハンダが掛からないようにしたという。しかしそうしていても、50年後にはほとんど駄目になった。これは、当時の日本製のザマック地金の純度が低かったことを意味する。

 最近、1952年製のアメリカ製ダイキャスト製品をじっくり観察することがあった。全く割れがない優秀な製品であった。日本でこのあたりのことが完全に克服されたのは、昭和40年頃であるという。

2007年09月08日

日本製の自動連結器

 最近のTMS誌上で、中西進一郎氏が古い日本製模型の歴史(考古学というのだそうな)を連載されている。筆者と中西氏とは多少の年齢差があるが、同じ時代を過ごしたわけで、いくつかの製品をお譲りしている。日本製のいくつかの自動連結器のコレクションを披露し合ったが、ほとんどがシーズン・クラックを生じていた。そのうち、連結器の項が始まるのを楽しみにしているが、果たして生き残っているものがあるのか、怪しい状態になってきた。筆者の所にあるものは全て割れているので、まともな製品の写真をお見せできない。

 どれもこれも動作が不確実で、全く役に立たないものばかりであった。その原因はナックルを留めるキィが小さく軽いことにある。軽ければ、スプリングなどで押さえるなどの工夫が出来そうなものだが、何も考えていなかったのである。

 昔、筆者はせっかく手に入れた自動連結器を取り付けて運転したが、それはエンドレスを2周すると、外れてしまうものであった。X2Eを取り付けるとその点は完全に克服されたが、形がどう考えても奇妙で目立った。黒くしてみたり、ホーンを短くしたり細くしたが、どれも面白くなかった。椙山満氏は、小さいベーカー型を使うと良いと発表されていた。

 そうこうするうちに、アメリカでケイディに出会った。あまりにも良く出来ていて、何度も連結開放を繰返して遊んだ。機関車一輌、ポイント一つと貨車3輌での出発であった。あれからもう30数年になる。コレクションは増え、レイアウトもある。しかし、当時ほどの感激はない。贅沢になったものである。

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 このブログを始めて一年経った。留守をしていた一時期を除き、毎日更新してきた。

 いくつかのお便りを戴いている。

 「毎日更新なので、しばらく読んでいないと取り残されてしまう様に感じる」とあった。「隔日更新にされたらどうか」との事である。

 なるほどとも思う。確かに読者数は週末が二倍くらい多い。しばらくその方針で行くことにする。



2007年09月07日

X2F coupler

X2EX2Eの改良型がX2Fである。実質的には同じである。何が違うかということは、"Yard"誌85号、1954年12月22日発行に解説があった。

 「とにかくX2Eと全く同形で、押合面のすぐ后にDelayed uncoupling用のスプリングをはめる溝のついたものがX2F。」とある。

X2Fこの図をご覧になると、DUの様子がよく分かる。図解は、筆跡から判断すると伊藤剛氏である。

 ヒゲ状のバネがある。ピンがランプで引張られて広がった時に、ヒゲが相手の開放ピンを押すポジションに来るようになっているわけである。それにしても、DUについて、これほどまでに熱心に議論されていたことには驚嘆する。当時の日本でDUの必要性を感じていた人が一体何人いたのかは、興味深い。

 X2Fカプラは日本でも市販されていたし、開放ランプもあった。しかし、DUのためのヒゲ状バネはついぞ見たことがない。ということは日本で売っていたのは、事実上X2Eであったということになる。

 その後急速に進歩したケイディにより、X2E,X2Fは市場から駆逐されてしまった。

2007年09月06日

続 NMRAのX2E

伊藤剛氏の解説 これは古いNMRCの会報"Yard"誌86号からの転載である。発行日は1954年10月15日とある。もう53年ほど前の話だ。作図、解説は伊藤剛氏による。当時、氏は30台前半である。

 筆者はこの時期の"Yard"誌を順次精読している。日本の模型界がどのように動いていったかが、よく分かる。諸外国との情報交換も盛んになされていて、最新の情報が入っていた。NMRAに対してアイデアを発信していたことが明らかである。当時のTMSと読み比べると、"Yard"誌がTMSをリードしているというよりも、"Yard"誌の内容を紹介する形でTMSが全国に情報を流していたと言える。伊藤剛氏の功績は大きい。

 1954年頃は、動作が確実で、遠隔開放が出来るものを捜し求めていたことが分かる。ケイディは外見は良いがカーヴでの連結が難しいとか、開放ランプの形が他のものと共用できないという事が盛んに議論されている。

 一部を原文のまま引用する。
「以上のように、見慣れるまでは少々みっともないカプラーであるが、さすがNMRAが何百個かの実験を繰り返して改良しただけに、その性能としても相当のものであるようだ。NMRAではこの形式について今年の夏一般投票を取っている。その項目を要約すると\能は落ちても、より実感的な物を望むかX2Eで満足するかより良き性能を得るためにはもっと実感から離れることも甘受するか、の3点になる。この結果はまだ発表されていない。
 NMRAのカプラー標準化制定委員会の最初の動きは、市販の如何なるカプラーとも噛合い、市販の如何なるカプラーポケットにも取り付く万能カプラーであったようだが、結局そのようなカプラーは出来ないし、又市販の各カプラーとも失敗率がかなり高いことが分かったので、現在のどれにも噛合わないが、失敗率の少い理想カプラーの研究に進んだものであろう。カプラー本体とは別に、市販のあらゆるカプラーが取付くような万能カプラーポケットを作る案も現在あるようだ。」

 結局X2Eケイディに敗れはしたが、カプラ・ポケットだけは標準化されて、今に至る。
 


2007年09月05日

NMRAのX2E

NMRA X2F by KTM NMRAタイプと日本では呼ばれる。Horn-Hook型ともいう。HOのAthearnの貨車を買うと付いてくるあれである。そのブラス製の製品があったことを御存知の方は少ないであろう。X2Fだと思っていたが、 X2E型というらしい。当時一つ25円であった。高いような安いような価格であった。X2FDU用のひげが付いているものを指すのだそうだ。この頃はディレイド・アンカプリングに対する興味が沸き上がっていた時期であった。

 製造はKTM、基本設計はなんと伊藤剛氏、KTMでの設計は酒井喜房氏であった。巧妙な板金細工で確実に作動するが、推進時に衝撃が掛かると、上下が泣き別れとなる。ハンダがはがれるのである。

 筆者は、正面から上下にまたがる薄いリン銅板を張って、強度を持たせた。すると下の推力を受け持つ部分は、くにゃりと曲がる。そこで、その裏に支えを入れたりしてみたがあまり良いものではない。

 Walthersの製品は、推力を引張力と同じ軸上で受け持つので、壊れない。

X2F side viewFront View さらに詳しい写真である。

 美しいキリンス仕上げの製品で、製造所がどこなのかはまだ突き止めていない。意外に精度は悪く、ホーン(飛び出した板の部分)の位置がものによって、微妙に違う。

2007年09月04日

続 Kadeeの挑戦

 ケイディは双子の兄弟によって創立された。KeithとDaleという名前である。Keithのほうには70年代に会ったことがある。

 紹介してくれた男が言うには、「すごくへそ曲がりだから、何かいやみを言われても逆らうな。」という事だったが、至ってまともな人であった。もっとも、紹介してくれた人もかなりの変人であったので、そう言われてみれば納得がいく。

 ディレイド・アンカプリング、すなわち『のちほど開放』という少々玩具的発想ではあるが、確実な入換システムを製品化した業績は大きい。

 しかしDCC化が進めば、希望のところで開放というのは当たり前になるかも知れないが、今しばらくは価値が揺らぐことはあるまい。

 Keith は、製品化間もないMKDカプラの新型OS-5をサンプルにくれた。そのケイディ・カプラを手にした時、筆者はなるほどと思った。製品をグラファイト粉末中でよく震動させ、すれ動く部分に粉末を浸透させてある。グラファイト粉末は減摩剤として別売りもしていた。Greas-emという名前である。

 過去の多くの製品の欠点は摩擦に基づいていた。それを減摩剤で切り抜けたのだ。グラファイト(黒鉛)は、常圧では固体であるが、50気圧以上では流動するようになる。金属部品が接触しているところでは、瞬間的にそれぐらいの圧力は生じるだろうから、その瞬間に摩擦を減らすのである。

 鍵穴に鍵が挿さりにくい時は、この粉末を吹き込んでから鍵を数回往復させる。すると驚くほどすべりが良くなる。粉末ではなく油を注すと、しばらくは調子が良いが、そのうちに砂埃が付いてますます調子が悪くなる、という結果をもたらす。この種の減摩剤は、日本でも鍵穴用に市販されるようになった。東急ハンズなどで見かけるが、高価である。6Bの鉛筆の芯を削ればいくらでも出来る。

 

2007年09月03日

Kadeeの挑戦

Kadee Prototype Kadeeの革新性は、そのナックルの作動する中心をどこに持って行ったか、にある。それまでのメーカには、実物どおりにナックルが開かなければならないという強迫観念があったのだろう。どうしてもナックルのピンで回転させねばならないと思っていた。モナークは、それから脱却できなかったのだ。

 写真は、筆者の持っている最も古いケイディタイプである。材質が悪く折れてしまった。今では考えられないほど粗悪である。ナックルの回転中心は、Trip Pinの部分にある。引張り時にナックル先端を開こうとする力に、耐える必要がない。ナックルを開くことも簡単である。
 
Kadee Side ViewKadee Side View2 側面から見ると、現在のものに良く似ているが、いくつかの違いがある。トリップ・ピンの先端が上下とも加工されていて、引き上げるキィの穴やホース先端の金具を模している。

 現在は、ナックルの戻りは弱いスプリングによるが、これは重力による。内部に斜面があり、ナックルを開くと回転部全体が少し持ち上がる。斜面の角度は25度くらいである。摩擦はそれ程問題にならない。走行中の開放もまずない。

 これでケイディは急速に力をつけたのである。初期の製品はZAMAKと呼ばれるダイキャスト・メタルが割れやすかったが、後にアルミニウムの比率が多いものを採用したようだ。多分シルミン合金に近いものだと思う。

 トリップ・ピンを磁石で動かし、スプリングで戻すようにしたのが、現在のMKDタイプである。MはMagnetic、DはDelayed Uncouplingの頭文字である。  



2007年09月02日

Walthersの自動連結器

Walthers Auto Couplers Walthersは、現在は商社のような立場になってしまったが、昔は製造業者であった。たくさんの客車、貨車のキットを売り出していた。

 ウォルサーズは連結器も売っていた。おそらくこれは本邦初公開であろう。分厚いブラス製の自動連結器である。開放も遠隔操作で可能である。1940年ころの製品である。

PullingPushing 古いTMSに概念図だけ載っていたように思うが、現物の写真をご覧になるのは初めてであろう。ミキストの総集編にも転載されていたように思う。連結時には、薄い板バネがしなってラッチが掛かるようになっている。少々遊間が大きい。横から見たときの形が良くないので、ほとんど売れなかったようだ。

Walthers Side View その点、Monarchは外見が素晴らしいし、自動連結の確実さが卓越していた。モナークの開放テコを遠隔操作する工夫もあった。テコさえ動けば、ナックルがパチッと飛び出すので、遠隔開放も不可能ではなかった。


Walthers uncoupler この図はWalthersの開放ランプの概念図である。ランプが上がっていると、ピンが引っ掛かって開放させることができる。

 これは、後述のNMRAX2Fカプラーの原型であるのかもしれない。NMRAのものとの違いは、推進時に軸上で推力を受け持っていることである。これは重量列車を推進するときには重要なポイントである。

 

2007年09月01日

続 Monarch の自動連結器

Monarch Couplers モナークの連結器は、その名のとおり、王者として名声を欲しいままにしていた。優れた連結性能で何も不満はないはずであった。しかし、開放ランプで自在に開放したいと考える人も増えていた。ヨーロッパの模型はほとんど自動開放が可能であった。後述のWalthersも自動開放を謳い文句にしていた。
 
 開放テコの作用点は3種用意され、Top Operating、Ramp Operating、Bottom Operatingがあった。ランプ方式の現物は手元にないが、後述のものと似ている。それぞれに、開放テコも発売されていた。ねじり剛性の高いピアノ線で出来ていて、調子よく作動する。
 
 写真の左端のみがDummy、その他はWorking Knuckle Couplerである。筆者はディーゼル電気機関車等の半固定編成の中間連結器はモナークに統一している。

 Monarch's new coupler 次いで、Model Die Casting社はこのような新型連結器を登場させた。今までのスプリング・ラッチをやめ、ナックルの奥に回転する斜面を設け、ナックルが閉じたときに、キイの重さでラッチが掛かるようにした。キィを押し上げれば、ナックルは自由に回転する。キィの下半分はホースのような形にしてぶら下げ、質量を稼いだ。キィの上半分は、上からのリンクで引っ張るような形にした。現在はRound Houseという名前になっているかもしれない。

 これでうまく作動すればよかったのだが、斜面の部分の摩擦が大きく、作動は不確実であった。ナックルが閉じているときに引っ張ると、キィに食い込んでしまい、なかなか外れなかったのだ。後述の減摩剤を塗っても、あまり改善されなかった。これは、ZAMAKという材質の限界でもあった。もっと硬い材料であれば、変形しにくいので、より滑りやすかったであろう。

 実物を模したタイプの可動ナックル型のカプラの進歩は、ここで止まる。これ以上は進歩させようがなかった。

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