2007年02月

2007年02月17日

Throttle

 Throttleというのはまさに蒸気機関車の喉首を絞るものである。蒸気の供給量を決めているのはここである。機関士の左手はいつもスロットルに掛けられている。引けば蒸気の量が増す。

 機関士によってはスロットルを徐々に引く。一気に大きく開ける機関士もいる。

 もし貴方が罐焚きで、スロットルをゆっくり引く機関士と組むとする。貴方の仕事は簡単だ。水面計の2/3の水位を保ち、石炭の量を少なめにして置いてよい。何も起こらない。徐々にストーカの速度を上げるだけだ。機関車は滑らかに加速を続けるだろう。罐の火は白熱し、地獄の炎となって燃えさかる。
 簡単なことだ。どうして全ての機関士がこうしないのか。 

 一気に開ける機関士は多分サディストなのだろう。罐焚きをいじめたいらしい。ブラストで火床を吹っ飛ばして、罐焚きがうろたえるのを見たいのだ。

 Tomはいつもスロットルを徐々に開けた。罐焚きがまだ準備できていないようなら30秒待った。それくらいの時間があれば、準備をすることはできる。

 いつもこう言っておいた。「機関車が正しく動けるように、火を燃やせ。」それだけだ。

 もし罐焚きが間抜けだったり、手抜きをするようだったら、雷を落とす。そういう連中につきあっている暇はない。

筆者敬白
 皆様のおかげで続いてきましたが、筆者多忙でしばらく休載させていただきます。
 書きためてあった分も本日でなくなりました。開始は3月の上旬を予定しています。
 


追記
 続編 第2部は6月27日からです。

2007年02月16日

続 Guilty

 約半数の新人罐焚きは、補欠表に名前が載せられているときに事件に遭遇する。補欠表とは,当番表の下にある。一般に罐焚きは特定の機関士と組になって乗務する。その罐焚きが何かの理由で乗務できないときには、補欠表から順に指名されて乗務する。ということは、新人はいつも違う機関士と組むことになる。

 ろくに訓練も受けていないのに、毎回異なる機関士で、異なる種類の機関車に乗務するのである。これは大変に困難なことである。

 良い機関士に当たったとしても、機関車が全くいうことを聞かないこともある。あっという間に、火床が吹っ飛び何も無くなるという事もある。どうしてだろうか。

 これは機関士がスロットルを開け閉めするのに合わせて石炭層の厚さを調節しなかったからだ。ブラスト(蒸気の煙突からの排気)が強くなれば、通気量が増える。すると火床が持ち上がる。ブラストが強くなる、すなわち機関士がスロットルを開け始める前に給炭量をうんと増やす必要があったのだ。

 下りの次には登りがある。下っているうちに火床を整え、水を足し、石炭を十分にくべる。安全弁が吹き始めると同時に上り坂に差し掛かって、機関士がスロットルを開けても大丈夫な状態にできなければいけない。

 そのタイミングが大切である。そのタイミングをどうして知るかは機関士との事前の打ち合わせによる。"work on her!"(それ行け!)と合図を送ってくれる機関士も居るが、大半はいらいらしながら自分でタイミングを計るしかない。機関車が最高の状態で、やってくる大きな負荷に備えている状態を"red hot"と言う。

2007年02月15日

Guilty

"Guilty"という章題がついている。刑事事件の有罪の意味である。

 この国の刑事裁判では、有罪が証明されるまでは無罪が推定されるという原則がある。残念なことに、鉄道ではそうではない。見習い罐焚きは、機関車を"Hot" にできるまでは有罪と看做される。

 ある程度要領が分かって蒸気が上がるようになり、機関士仲間で「あいつはなかなかやる」という話が出るまでは、乗務前に「こいつに任してやっていけるのか。」と疑いの目を向けられるのだ。

 罐焚きになるのには、年齢とか学歴といった線引きがあるわけではなかった。ある者は高校を終了し、そうでない者は鉄道の養成コースを出、その途中というのもいた。そんなものは、罐焚きの仕事とはあまり関係ない。

 罐焚きの仕事は厳しい。運の悪いスタートを切るものもいる。どうしようもなく調子の悪い機関車に当たって、塗炭の苦しみを味わうものもいる。そのときの機関士もハズレでは、本当にどうしようもない。これを"Lime Light"という。街路燈程度の火で、消えそうなことをいうのだ。このうわさは機関士仲間に知れ渡る。

 機関士は、失敗例だけしか覚えていない。うまく行って当たり前、失敗したらクズ扱いである。何人かの罐焚きは、ずっと「ドジ罐焚き」として扱われる。

2007年02月14日

Cab Heater

Cab Heater and Water Column 蒸気機関車の中は暑い。ボイラの後ろからの輻射熱で、夏はとても暑い。冬はと言えばとても寒い。外は-30℃で、Cab(運転室)の後ろは開放されている。信号を見るときは窓を開けなければならない。機関士の左足は熱く、右足と背中は凍える。

 1940年頃から。Cabの中にヒータが付いた。単に蒸気の通るパイプを引き込んだだけであったが、とても助かった。

 パイプはたいていの場合、機関士席、罐焚き席の下にあった。その内、多少工夫されて、窓の下の壁に付けられた。ここが一番寒いのだから当然である。

 Cabの後ろは冬はキャンバス地のカーテンで覆われたが、そんなことではワイオミングの寒さは防げない。徐々に扉をつけるようになった。それはストーカの装備と大いに関連がある。石炭を手でくべないのだから、後ろを開けておく必要など無い。オイル焚きに改装されれば、ますますキャブの後ろの開放理由がなくなる。

 Brakemanの座る席を確保せねばならなかったので、旧型の機関車には改造が施され、Cabを広くしたりした。そうすれば、ロッカーも増設できた。


筆者註: この写真はローリンズの公園にあった2-8-0のキャブの中である。床にはヒータが、ボイラの右後ろにはWater Columnが設置してある。ちなみにこの機関車はオイル焚きである。

2007年02月13日

遠心給水ポンプ

 Challenger, Big Boyには排気インジェクタが取り付けられているが、どちらも罐焚き側の床下には付ける場所が無い。やむを得ず、左のラニング・ボードの先端に設置してある。その場所はかなり高い場所で、炭水車の最低水位より高くなる。

 そのインジェクタに届くように水を送るために遠心ポンプが取り付けられている。罐焚き席の真下にある円筒形のポンプがそれだ。排気インジェクタを作動させる前に、その遠心ポンプを作動させる。

 給水される温水は、ボイラの真上前方にあるcheck valve(逆止弁)からボイラに入る。どうしてここなのかと言うと、この部分の温度が一番低いからである。一番温度が高いのは、火室上部である。

 ボイラを作っている鋼板といえども、熱的ショックには弱い。繰り返して熱い蒸気と水が交互に触ると、割れが生じる。それを防ぐために一番温度が低いところを探し出したのだ。

 インジェクタからの給水管は必ず迂回させて取り付けてある。それは熱いものが通ったり、冷えたりするので、熱膨張で長さが変わるからである。おそらく、まっ直ぐでは折れてしまうのではないだろうか。
 
1940年頃に作られた4-8-4,4-6-6-4,4-8-8-4はどれも共通の部品が使ってあり、、機関車のクセもよく似ていた。どれもよく走った。しかも、熟練していない乗務員でさえも、所定の能力を発揮できたのは設計が良かった証拠であろう。これらはJabelmanという人が技師長だったとき、導入されたものである。

 4-6-6-4のChallengerだけが280ポンドとやや低い圧力であったが、これが300ポンドでも何の不都合もなかったであろう。

2007年02月12日

Injector

Nathern 4000 Injector Injectorは注水器である。ボイラの発生する蒸気の圧力で、ボイラの圧力に打ち克って水を入れるという、一見矛盾のある装置である。

 まず、通常のインジェクタについて書く。機関士席の床下にはNathern4000型というNon-Liftingタイプのインジェクタがある。これが低いところにあるのは炭水車の最低水位以下に取り付けてないと作動しないからである。高いところに取付けてあるのはLifting Typeである。

 蒸気が噴射されると水が吸い込まれて、蒸気と混じる。すると蒸気は凝縮し熱水となる。高速で噴射された水蒸気が、高速で移動する熱水になったわけである。そして細いノズルが太くなると断面積が大きくなるから速度が小さくなる。するとそこにかなりの高圧が生じる。この圧力がボイラの圧力より高ければ、ボイラに注水されることになる。

 ここでよくある疑問だが、蒸気の代わりに高圧の空気では駄目だろうかということである。これは全く駄目である。空気は凝縮しない。水は激しく吹き飛ばされて排水口から逃げるだけである。蒸気なればこそ可能なのである。

 生の蒸気は300ポンド/平方インチ(約21気圧)であり、これを使うのは蒸気の浪費である。機関車はdouble-gun(二丁拳銃)である。右と左にインジェクタを持っている。

 普段は左手のGunで勝負だ。これはExhoust Injector(排気インジェクタ)という。煙突から逃げていく蒸気の一部を導き入れて、給水する。排気の圧力は極めて低く、7から10ポンド(0.5気圧程度)である。これでも給水できるインジェクタを作った人が居るからたいしたものだ。このインジェクタの基本構造は高圧型と一緒であるが、多段式になっていて、水の移動距離が数倍ある。この間に加速して急減速するのだ。

 これがうまく作動するので、走行中はこれだけを作動させる。急速に注水する必要があったり、停車中だけ、機関士側のインジェクタを作動させる。この図のハンドルは機関士が左手で操作する。

筆者註 インジェクタについては、日本機械学会誌2007年2月号p.43に図解が載っている。多段式の絵もあり、排気インジェクタの理屈がよくわかる。大型のものは超音速になるようだ。

2007年02月11日

Water Column

Water Columnwater columnの内部 Water Columnは、新しい機関車に装備されていた。旧型機関車の水面計も全てこれに換装された。これは直径が5インチ(130mmくらい)の円筒で、火室の最上部と中央部を結んでいた。水面計に比べて大掛かりな装置で、火室の泡立ちとは無関係に水位を測定できた。図中bが水面計でcがgauge cock(水位点検コック)である。

 水面計ガラスは、まず割れることが無くなった。もちろん割れたときには、たくさんのネジを緩めて取り替えることができる。

 太い部分の水面は正しい水位になるから、それに付属した水面計も正しい水位を示す。これは機関士にとって大変安心できる測定装置であった。

 水位が高いということは、水の量が多いわけで、火力が強くても負荷の変動に合わせて蒸気を発生させるということができない。水位は低い方が負荷変動に追随させやすい。しかし、水不足でクラウンシートが露出し、爆発する危険性が増す。

Bill Winstonの運転法は、そういう意味では正しい。しかしそれは罐焚きの腕が十分に良いというのが条件である。下手くそと組むとおそらく運転は困難であったろう。だから、Billと組むのは必ずうまい罐焚きであった。

 大きな負荷がまもなく来ることが分かっているなら、水位を上げて火力を高め、安全弁が吹く寸前で待つ。こうしておいて、負荷が増した瞬間に石炭を大量にくべれば、かなりの時間は最高出力を保てる。水位はすぐ下がってくるから、注水機を作動させて水位を保つ。Mighty800ChallengerBig Boyのボイラはこのような方法が確実に採れるすばらしいボイラであった。

2007年02月10日

水面計の信頼性

水面 ボイラの水面は必ずある一定の水位以上でなければならない。火室の上部の板はCrown Sheet(内火室天井板)と呼ばれる。これが水面下にないと過熱され、ボイラが破壊される。ボイラが壊れるということは機関車が吹っ飛ぶということである。ボイラは2,3百メートル飛んで、乗務員はひき肉になる。機関車の下回りは圧力で押さえつけられ、路盤にめり込む。冗談でもなんでもない。本当にそうなる。だから、機関士は水面計をいつも睨んでいる。

 水面計のガラスが割れたり濁ったりする事はありうる。そのようなときに備えてgauge cock(点検コック)がいくつか付いている。開いたとき蒸気ではなく水が噴射されれば水面はそこまであることが分かる。しかし、ボイラの形によっては、それも信用できないこともある。新型の機関車はボイラ後部が斜めに作られ、運転室の内部がより広く使えるようになっている。すると水面計の指示に誤差が生じる。 
 
 この図を見て欲しい。サイホン管から沸き立つと、火室後部の水面が泡で盛り上がり、水面計も、点検コックも意味がなくなる。すると水面の高さを誤解してしまい、クラウンシートが焼けて爆発してしまう。

 もっとも、その前にクラウンシートには鉛でできた栓が複数ねじ込まれていて、それが融けて火室内に蒸気を噴射する。その警報があれば直ちに水を注入すれば助かる。しかし、多量の蒸気が出るので、機関車はうまく走らなくなリ、次の駅まで走って救援を呼ぶ。これは機関士の失敗で、成績簿に重大な汚点が残る。機関車は火を落として機関区に回送される。

 このような事態を回避するためには単純な水面計では不十分である。
UPの機関車にはWater Columnという装置が付いていた。

2007年02月09日

罐焚きのコツ

 要するに、罐焚きは石炭を上手に燃やすだけの仕事だ。圧力を一定に保つということはもちろん大切なことである。これは適量の石炭をくべるということに尽きる。煙突から出る煙の色を見なければならない。

 黒い煙を出すことを、"crowding her"という。彼女(機関車は女性名詞)に石炭を詰込みすぎているという意味だ。どれぐらいの蒸気を発生させるかによって石炭を送り出す速度を加減する。"crowding"にしてしまったら、しばらくストーカを休ませるだけのことだ。黒い煙が収まったら、またストーカを動かす。

 ストーカを止める時間が長すぎると、火床がカスカスになる。これを、"popcorn" と言う。こうなると、石炭を入れても、再着火しにくく大変な事態になる。ストーカを止めたら火床をよく観察し、火床全体に石炭があることを確認しなければならない。そして焚口戸を閉め、また石炭を送り込む。

 罐焚きの仕事はそれだけのことなのだが、運転室の反対側に座っている男の挙動にも注意を払わなければならない。その男とは機関士のことである。機関士は、スロットルと逆転機レバーを動かす。その動きの組み合わせはものすごくたくさんある。

 逆転機レバーを中立に近くし(蒸気の膨張を使う経済運転の状態)、スロットルをやや絞ると、蒸気の上がりはとても良くなる。逆転機を再前方に倒し、スロットルを開ければ、ブラスト(煙突からの排気の量)が極端に増え、火床が持ち上がる。場合によっては、全ての石炭が吹っ飛び、火床が真っ暗になる。出発時はまさに前述の状態であるから、空転を起こして回転数が上がり、ブラストが急速に増えるときには、直ちに焚口戸を開ける。火室に空気を入れ、石炭が持ち上がらないようにするのだ。これは起こってからでは対処できないので、待ち構えていなければならない。滑った瞬間にペダルを踏むのである。

 石炭は炭鉱ごとに違う。小さい炭鉱では日によっても違う。UPは沿線で炭鉱開発をして、自社で使っていたのだ。場所によっては、灰ばかりできて燃焼熱が小さいものもあった。罐焚きはそういうことも考えて、石炭を送り出す量を加減していたのである。

2007年02月08日

罐焚きの運命

Automatic Fire Door 機関区に帰ればボスが待っている。どうして失敗したのか、説明を求められる。このような失敗が続けば、仕事を追われることも分かっている。ああ、可哀相な罐焚き!
 
 機関士の中には火床整理を手伝って、少しづつ水を足して水面を上げてやるものもいるが、罐焚きに対して全く慈悲心を持たないものもいる。サディストもいるということだ。

 このような火床不良による機関車の停止というのは、罐焚きの腕と頭の無さから来ることが大半だが、場合によってはその機関車の欠陥という事もある。しかし、その欠陥を乗り越えるのも腕のうちである。とにかく停車して火床整理する(これを、blow-up"という)のは、最大級の失敗である。

 父Richardに、Tomが特別に難しかった乗務の話をすると、父は「"blow-up"したか?」としきりに聞きたがった。遅れを生じなかったかと心配したのだ。それは大変困難な状況で、機関車を停めて火床整理をしたときのことであった。蒸気の上がりが遅く、2,3分の遅れは生じたが、たいしたことはなかった。

 火床整理の前に、ボイラの水位をすこし高くしておいてインジェクタ(注水器)を止め、蒸気の上がりを待つのがコツだ。再始動のときに冷たい水が入ると温度が上がりにくい。

2007年02月07日

再起動

 Grate Shaker この図はUPの教科書の図で、ここでの話題の火格子のことではない。この図では火格子揺りは蒸気で前後動するようになっている。しかしよく見ると手動用の棒を差し込む部分もある。connecting latchesと書いてあるところである。

 作業が終わる頃には火室は温度が下がり、ボイラは冷えている。蒸気の圧力はほとんどない。水面も低くなっている。機関士にとって最悪の事態である。この状況を脱するのに、機関士も制動手も多少は手伝うが、罐焚きが頑張るのが当然だ。誰がそのような状態を引き起こしたかを考えれば当然のことだ。このとき罐焚きは、どうして罐焚きになってしまったのか、しばし後悔する。

 石炭を考えたとおりの厚さに撒き、blowerを効かせる。ブロワとは煙突の真下にある蒸気噴出口から蒸気を噴き出させることである。すると、煙は煙突から放り出されて、ボイラの前方に負圧が生じ、燃焼用空気が火床の下から吸い込まれ、石炭が着火する。温まった石炭に新鮮な空気が供給されれば、直ちに燃え上がる。圧力は急速に復帰し、機関車は発進できる状態になる。この状態を"Hot"な状態であるという。

 焦ってはならない。ここで失敗するとまたこれを繰り返すことになる。二回目の着火は非常に難しい。圧力が下がり過ぎているからである。手早くしてボイラの余熱(レンガアーチが熱いこと)が十分に残っている内に作業を終えることが大切である。

 ここまで読んでいただくと、能力の無い罐焚きほどかわいそうな者はいないということがよくお分かり戴けるであろう。
 

2007年02月06日

スティーム・ジェットの調整

Steam Jets UPのマニュアルより ジェットの圧力を上げると火室の奥に石炭が積み上がってクリンカができるし、少なくすると後ろに積み上がる。

 火室の前の方にクリンカができるとそれは危険信号である。直ちにジェットの圧力を下げないと、すぐに"dirty fire"となって機関車は走れなくなる。機関士は列車を止め、火床の整理に掛かる。

 火床の整理ほど嫌なことは無い。熱くて目を開けていられない。自分の列車が遅れるばかりでなく、後ろの優等列車まで遅らせてしまう。罐焚きの評価簿にも汚点がつく。床板をめくって「火格子揺り」にテコを差し込んで動かす。これがまた重い。この作業をするときは焚口戸は開放しておく。そうしないと火床の下から空気が吸い込まれているので、灰が落ちにくい。巨大な機関車の広い火床を整えるのは本当に過酷な仕事だ。クリンカを砕き、火格子から灰箱に落とし込む。多少の石炭も落ちる。

 もう一つの仕事が罐焚きを待っている。地面に降り、側面から灰箱を開けて、中身を捨てる。この灰箱の底板がなかなか開かない。重労働である。次に機関車を少しずらして、スコップで燃えている石炭などを線路の外に投げ捨てて消火する。そうしないと、枕木が燃えてしまう。

 灰箱の底を閉じ、機関車によじ登る。そして、石炭を念入りに撒き、火床を調整する。この仕事をすると、大抵の罐焚きはへばってしまう。

2007年02月05日

Stoker

stokerの概念図 Loco Cyclopedia より stoker(自動給炭機)の構造について説明しておく必要がある。テンダ(炭水車)の左前の床下部分に、2気筒の小さな蒸気エンジンがある。歯車で減速され、ゆっくり廻る太いネジが石炭をテンダから機関車に送る。機関車の焚口戸のところで持ち上がり、皿の上に石炭が押し出される。すると5本のスティーム・ジェットにより石炭は火格子に撒き散らされる。

 それぞれのジェットは、中央を除き、2つの開口部を持つ。中央は3つの開口部を持つ。5つのスティーム・ジェットはそれぞれの絞り弁により強さが調整できる。お分かりのように、右前、右後、中央、左前、左後とラベルが付けられている。全体の噴出強さを調整する絞り弁もある。たくさんの罐焚きの経験を総合すると、一番うまくいくのは5つの個別の弁を開放し、全体の噴出強さを調節することなのだ。

 噴出圧力ゲージは罐焚きの目の前にあり、罐焚きは火床全体に石炭が撒き散らされるように、弁を調節する。出発を待つ間、最少の給炭量で蒸気の圧力を上げ、出発する直前に給炭量を増やす。

 この最少量のときは火床の前方に石炭が溜まらないようにする。そこに石炭が溜まった状態で出発すると、必ず大きなクリンカができて燃え残り、走行が不能な状態に陥る。どうしてこうなるかというと、出発時に給炭量を増やし過ぎることと、煙突から排気が飛び出すときに作る負圧で、石炭がもの凄い勢いで前に吸い出されるからである。

 煙突からの排気で空気の流通がよくなるので、石炭は猛烈な勢いで燃え、火床は白熱し、直視できないほどになる。機関士がスロットルを引いた瞬間、通風がよくなり、機関車は目覚めて石炭を食い始める。罐焚きはそれに合わせて石炭を供給する。

筆者註 この図は一般的な場合を示す図であり、本文とは一致しない。UPではストーカ・エンジンを炭水車側に置いている。こうすることにより、火室部オウヴァハングの重量を少しでも小さくすることを狙った。

2007年02月04日

石炭を焚く

火室・燃焼室・レンガアーチ・サイホン管(断面図)  火格子の上に撒かれた石炭は燃え上がる。燃えていない石炭を"Green Coal"という。石炭は下から上に向かって燃えていく。その逆はありえない。もし逆になってしまったときは、火格子を揺らして下の層を捨てなければならない。

 これが大変な作業で、"Cab"(運転室)の床板をめくって長いレヴァを差込み、前後に揺らす。すると、燃えカスの石炭ガラと一緒に燃え残りの石炭は、灰箱に捨てられる。

 火格子全面が、真っ白の光を放つように燃やすのが、罐焚きの責務だ。石炭はスコップで撒くのが最高に良いのだが、こんな大きな機関車でそれを実行するのは不可能である。

 火床は真ん中を厚く、四隅を薄くするのが大切である。角は燃える速度が遅く、Clinkerができやすい。クリンカは石炭が融けてできる塊りである。塊りは表面積が小さく、燃える速度が小さい。どんどん大きく成長して、そのあたりの石炭が燃えるのを阻害する。そうすると撒いた石炭はどんどん積みあがって、ますますクリンカが成長する。

 そうなると、火力が低下するので、長い火掻き棒でそのクリンカを引き出してつぶさねばならない。ストーカのスティームジェットを絞って、石炭が隅にたくさん撒かれないようにする。すると、大事な部分にも石炭が届かない。

 仕方がないので、罐焚きはあちこちのヴァルヴを調節して石炭の撒き方の工夫をする。

筆者註 図中のレンガアーチは炎の長さをかせぎ、石炭から発生するガスが長い時間燃焼するように工夫されたものであると同時に、火床からの輻射熱を吸収・放射して、投げ込まれた石炭が短時間に発火点以上に達するように設けてある。しかし、その下部の火床からの空気の流入量は、他と比べて少なく石炭が融けて固まりになりやすい。すなわち、この部分の火床を薄くするのがコツである。

2007年02月03日

Student Fireman

 汽車がまともに走らないのは、罐焚きの責任であるというのは間違いがない。へたくそと乗務すると、乗務ごとに頭痛の種が増える。機関士席に座っていても、リラックスできない。駄目なときにはますます悪いことが重なる。うまく行っていても、信号や列車指令からの指示は悪い方にいく。

 また、全てうまく行っているときでも、前方の列車にはトラブルが起きて、立ち往生している。それは別の間抜けな罐焚きのせいだ。蒸気機関車の時代は全てこのような調子だった。懐かしい風景ではある。

 投炭技術についてだが、鉄道会社はもう少し丁寧に罐焚きを養成すべきであった。新米の罐焚きはたった7往復の乗務訓練を受けるだけで十分とされていた。誰が7往復でコツをつかめるものか。もちろんどこにどんなヴァルヴ(弁)があるのかも憶えなければならないのだ。

 養成期間を終えたばかりのStudent Fireman(新米罐焚き)と組んだときは大変である。ヴァルヴの位置どころか、その機能も知らない。機関士が二人分働かなければならない。罐焚きが問題を起こさないよう、事前に「このヴァルヴを開け」とか「あれを閉めろ」と指示するのだ。

 新米罐焚きと組む機関士は十分に寛容でなければならない。よく教えておいて、手助けをしないでもなんとかなるようにしておかないと家に帰れない。機関士は、自分が見習いであった頃を覚えている。問題点はいくつかあるのだから、そこさえ解決すればよいのだ。

 しかし、新米につらく当たる機関士もいた。そうすると、ますます機関車の調子が悪くなって家に帰れなくなる、ということに気がついても良いのに。

2007年02月02日

Fireman

ファイアマンとは罐焚きのことである。機関士と違って単純作業者である。

 機関士になろうとすると、まず罐焚きを何年か勤めなければならない。1913年に父リチャードがローリンズでファイアマンになったときは、むしろ頭より体力が必要とされる仕事だった。もし普通以上の頭の持ち主ならそれに越したことはないが、どれだけの石炭をくべることができるかのみが、要求された世界であった。

 1941年にTomがこの世界に入ったときは、既にStoker(ストーカ、自動給炭機)が装備されていた。ストーカの前の手焚きの時代の話をしたい。

 どんな場合でも、罐焚きはとても大切な仕事だ。特に機関士が優秀でないとき、罐焚きの腕で運命が決まる。優秀な罐焚きはやりくりして、その機関士の機関車を走らせてしまう。理想的には、優秀な機関士とそれに見合う罐焚きという組み合わせだ。しかし、そのような組み合わせはめったにない。

 リチャードは優秀な罐焚きをかわいがり、そうでないものを嫌った。彼ほど、駄目な罐焚きを嫌った人もいないだろう。リチャードは、非常に優秀な罐焚きであったので、機関車の罐を焚くという比較的単純な仕事をマスターするとことができない人間を理解できなかったのである。

 特に、ショベルですくった石炭を手で投げ込むことと比べたら、ストーカで石炭をくべることができないとは思えなかった。

 父が帰宅するとき、不機嫌であると、それは罐焚きが失敗をやらかしたときであった。罐焚きは芸術的でなければならないのに。


2007年02月01日

機関士が手を振るとき

Big Boy water color by Kotowski もし対向列車が停まっているところに進入して行くとき、特別な合図があるとき以外は、手を水平にしたままにする。決して大きく手を振ってはいけない。勘違い起こさせるといけないからだ。もし、今乗務している機関車が特別に調子がいいときには、肘掛を二度ほど軽く叩く仕草をする。"She was a good one."(「コイツは調子がいい機関車だぜ!」という意味だ。

誰か特別な人が手を振り合図を送っていても、目を向けて「君がそこに居るのは分かっているよ」とうなづくだけで、手を振ることはしない。顔はいつも前を向けて、手はスロットルに掛けている。舞台の上の役者が、客席の友人が手を振ったからといって、手を振るわけはない。

 ここに書いた一連の動作は、駅に停まるときの旅客列車の機関士の自負心の現れである。駅では、格好をつけなければならない。しかし、町を出れば大きく手を振ることもある。
Road foreman(保線作業員の長)に向かっては、いつも大きく振った。機関士はロード・フォアマンをよく知っていたし、向こうもよく知っている。 

 駅を通過するときは大きく手を振るが、腕を肩の高さ以上には上げない。少し肘を曲げて2,3度速く振る。
 
 罐焚きはよく手を振る。機関士とは違う。機関士は顔が知られている。列車を動かす人だ。機関士が居なければ列車は動かない。しかし、罐焚きは順番に廻ってくるだけの仕事だ。

 旅客列車の機関車の右側に座っている人(機関士)には、日々このようなドラマがあったのだ。しかし、それももうなくなった。


筆者のメモ
 あっという間に一月経ってしまった。この間、個人的には大事件があったりしたが、書き溜めていた原稿を自動的に送り出してくれるので、欠けた日はなかった。
 しばらくこの調子で続けさせていただきたい。まだ、数倍の手記が残っている。手紙と聞き取りメモをあわせるとあと200回近くありそうだ。
 模型の方も書きたいことが溜まってきた。何かリクエストを戴くと、方向性が定まりやすく、助かる。
 この絵はKotowski氏の水彩画(筆者所蔵)


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