2016年12月03日

続 Walthers の客車キット

magnet fastening この側板はブリキ板すなわちスズめっき鋼板である。磁石にくっつくので、小さなネオジム磁石を本体に取付け、鉄板を吸着させる。
 磁石は2.5mm径、2.5mm長のものを11個植え込んだ。接着は例によってスーパーXである。 パチッと小さな音がして完全に吸い付けられる。このままでもよいが、走行時に下にずれると面白くないので、床板に引っ掛かる、小さなLの字型の板バネをハンダ付けし、重さの大半をそれで受持つことにした。磁石は剥がれない方向に働いているだけである。

 こうすれば側板は着脱自由で、あとからでも内装を付けることができる。電装も簡単にできる。磁石は一つ20円くらいのものだ。もう少し大きなものを考えていたが、それでは吸着力が大き過ぎて、取るときにブリキの側板が曲がってしまう可能性が高い。

Walthers steps この模型のステップはブリキを曲げて、ハンダ付けしてある。昔はアメリカ人がこんな工作を内職でしていたのだ。ハンダの付け方は下手である。フラックスはちゃんと洗ってあり、錆びることはない。

 内装に必要な座席を作らねばならない。一部は用意してあるが、足らないだろう。

2016年12月01日

Walthers の客車キット

Old Walthers Walthersの客車キットについては以前書いたが、新たに発掘されたキットについて書かねばならない。このキットは1940年代のものだ。
 木製屋根と床板をホワイトメタルの妻板で結合し、ブリキ製のサイドを貼るのは同じなのだが、これは少々面倒な構造になっている。どうやったら組めるのか考えていた。
 先に屋根をネジで留めてから床板を斜めに嵌め込んで連結器座で留めるのか、それとも床を先に留めてから屋根を床板に穴を開けて細いねじ回しで留めるのか、それを考えているうちにやる気がなくなってお蔵入りになったような気がする。
fastening roof この写真はあとの方法である。細い穴からネジを落とさないように4本締めるのは難しい。屋根を留めて側面を張ると、ネジを外して床板を外すことができるが、再度締め付けるのは難しい。即ち、室内を作る方法がなくなる。今回は現代風の工法を採ることにした。
 説明書がないし、図面もない。多分コーチ(座席車)である。よくあるタイプだから、さほど気にしていない。屋根をハリマン型丸屋根にすれば、UPあるいはSPのコーチになる。


 これは同時に発掘されたSolarium Dinerである。要するに一等食堂車だ。日当たりのよい食堂車で、少人数で豪華な食事をする。おそらく、貸切りが基本であろう。この発音はカタカナのソラリウムの綴りからは推測し難く、ソゥイリャム である。太字を強く発音する。
 椙山 満氏はこの種の車についてお詳しく、様々な話をして戴いた。アメリカ人は日なたが好きなのだ。日本で電車に乗って日が差すと、たとえ冬であってもシェードを下ろすが、アメリカ人は日に当たりたがる。日に当たると生命力が増すと考えているのだろう。という話だった。確かに映画を見ていてもそれを感じる。マリリン・モンローの「お熱いのが好き」などにはそんな場面が出てくる。

Solarium Diner2Solarium Diner この模型のサイドは熔接してある。キッチン部分のドアは、少し引っ込んでいる。その部分をプレスした部品を付けて表現するのだが、ハンダ付けが面倒なのか、スポット溶接だ。もちろん、製造時に熔接したのだ。模型部品で熔接してあるものは珍しい。これは1950年代の製品だ。

2016年11月29日

ヤードの容量

 ヤードが二箇所完成したので、かなりの収容輌数が確保された。貨車ヤードはきっちり詰めれば、230輌は入ると見ている。
passenger car yard 問題は客車ヤードだ。客車編成が5本しか置けない。しかも12輌編成がぎりぎりだ。
 もうないと思っていたのに、貨車客車のキットが見つかる。物置、押し入れの整理をすると、どさっと見つかる。組み掛けのまま20年以上昼寝しているものばかりだ。
 こうなったら組むしかないので、博物館に持って行って、作業台に拡げておく。そうすると何が足らないかが見えるので、一覧表を作って書きこむ。ある程度目星が付いたところで、材料を切り、孔を開けたり曲げて部品を作る。時間があるときに一気にハンダ付けして組んでしまう。
 たくさんあったLow-D車輪が見る間に減っていく。アメリカからの問い合わせが多くなったので、再生産せざるを得ない。

 数がまとまっていれば、一挙に10輌以上組むと、一輌当たりの時間は少なくなる。塗装もいっぺんに済ませれば溶剤の使用量も少なくて済む。デカル貼りは大変だがそれも楽しい。客車はあと35輌は完成させねばならない。貨車は60輌ほどもある。

 もうこの時点でヤードはあふれてしまう。ヤードの増設を考えねばならないだろう。用地買収の可能性があるのは地下部分か高架部分だ。

2016年11月27日

線路の更新

 一部の線路を敷替えている。
 このレイアウトの建設当初は、材料が逼迫し、線路はあるものをすべて投入した。観客から近い部分には新しい線路を敷いたが 、遠い部分には中古の線路を使用していたのだ。 

damaged rail 40年前に購入した Atlas の線路は、ブラスのレイルにニッケルめっきを施したものだった。見かけはきれいなのだが、微妙な凸凹があって気になった。水を付けて砥石で擦り、突出部は削り落としてある。走らせているうちに滑らかになるだろうと思ったのは甘かった。写真中央部がざらついているのがお分かりだろう。めっきも少し剥げている。
 どうしてこんな製品を出したのだろう。めっきは無電解めっきではないように思う。無電解なら、表面が多少は滑らかである。

 最近、貨物列車を運転すると、特定の場所からゴーッという音が聞こえるようになった。こうなれば、もう頬かむりはできない。
 シカゴでフレクシブル線路を戴いてきたので、材料は潤沢にある。思い切って、新しい線路に交換することにした。先日はT氏が手伝ってくれたので、二時間ほどで、一挙に5 m取り替えた。一人で作業すると、その5 mの取替えは一日仕事である。

 延べ20 mほど取り替えて、外した線路はショウケースの中の展示用とする。すでに取り換えた部分に重量列車を走らせると、見違えるように静かになった。

 静かな走行は、車輪・レイル双方が良くないと実現できない。

2016年11月25日

隠しヤード完成

Hidden Yard 隠しヤードの工事が終了した。貨車を少しずつ整備して、自宅から持って行った。土屋氏から来たものも、当鉄道仕様に改造して入線させている。
 その数、ざっと150輌。奥まできっちり詰め込んで留置した。平面は出ているので、動き出すことはなかった。

Hidden Yard bird's eye view 上から見るとこんな感じだ。Kansas Cityのヤードはこの幅の2倍だが、それを彷彿とさせる。曲げたのは成功であった。
 ポイントの整備は済み、どの線にも抵抗なく入線させられる。路盤の一部の塗装がしてないので、近日中に完了させる。

 この部分のポイントは全部で9つあり、DCCで動かす。本線ではないので、手元から遠隔操作で動かす必要はないだろう。NCEではMini-Panelという商品を売っているので、それを採用する。まもなく到着する。
 文字通り、小さな線路配置図にスウィッチを付けるもので、目的の線のボタンを押せば、自動的にポイントが作動してルートを形成し、目的を達する。1つで8台の制御が可能だ。リレィによる制御のことを思えば、あまりにも簡単であり、また安価である。DCのレイアウトにも採用できる。そうすれば、膨大な量の電線からも解放される。
 もちろん、手元のスロットルからの指令も出せるが面倒だ。入れ替え作業は目の前で行うので、パネルに手を触れたほうが楽である。

2016年11月23日

緑の貨車

 当鉄道には緑色の貨車は1輌しかなかった時代が長い。数年前から、かなりの数が発生している。塗料を戴いたので、特に目的の無い車輛は緑に塗っている。デカルも見かけたら買っているので、いつも在庫がある。というわけで、徐々に増え続け、今では12輌ほどある。

BN Gon デカルの整理をしていたら、BN gondola(無蓋車)用のデカルが見つかった。いつ手に入れたのかわからないが、ごく一部を切り抜いた跡があった。おそらくジャンク・デカルを買ったのだろう。
 こういうのは、12袋で$5、などという売り方をしている。貼り方のガイドはちゃんと付属していたので、その通りに貼った。
 例によって劣化していて、テストで水に漬けるとひびが入った。すぐに補強剤を塗ったが、あまり芳しくなく、細かく分かれてしまう。貼るのに一苦労で、普通なら15分で終わる作業に2時間も費やした。ロゴはひびが入ったので、塗料を塗った。濃くウェザリングしてごまかすしかない。

CelotexUnderframe detail この貨車はどういうわけか緑色である。本当は空色のはずだ。実は筆者の塗装ではない。中古を1台$15で買ったものだ。色が違うので、塗り直す予定だったが、あまりにもよく出来ている。それを味わいたいので、破損個所を直し、タッチアップした。BNの色とも多少違う。
 床下のブレーキ装置が素晴らしい出来だ。作者はおそらく、鉄道で働いていた人であろう。こんなところまで、というところが細かくできている。実車に緑のものがあったのかもしれない。
 筆者はこの木製キットを沢山組んだが、床下は見えないので、すべて省略している。これを参考にして、作り足したくなってきた。

Thrall All-door Boxcar この写真は筆者の作例である。何度もサーフェイサを塗って水研ぎしてあるので、金属製と間違える人が多い。 

2016年11月21日

レイアウト見学

 突然レイアウト見学に誘われ、同行した。DCCのレイアウトは珍しい。Digitraxが4,5台並んでいた。

 個人のプライバシィに触れない程度しか書けないが、ある会社経営者が、自社の鉄骨ビル3階に40坪ほどのHOレイアウトを作った。既製品の線路、レイアウト用品を用いて作った、かなり大規模なものだ。3階は最上階で、夏は屋根が焼けて、かなり暑いようだ。
 その方は3年ほど前に亡くなり、設備を作った方を中心に今まで維持されてきた。それを名古屋模型鉄道クラブにお任せ出来ないかというお話であった。現持ち主は お子さんである。あと二年くらいは全く予定はない。そのあとはどうなるかわからない、ということだ。写真も撮ったが、掲載は控える。

 エアコンはあっても、夏の暑さはかなりのものだそうだ。筆者の感想は、プラスティック製品が多用されているので、窓からの光で劣化が進むであろうと感じた。まず窓をふさぐことを考えなければならない。
 また天井からの埃もかなり多そうだ。レイアウトの基盤面が床面から700mm程度で、台枠が合板の下にあるので、下をくぐれず、橋を掛けてその上を人が通るようになっている。天井に頭が付くので、さらに埃が落ちそうだ。全体のかさ上げをすべきだ。台枠をその部分だけ上に付ければ、下をくぐることも可能であったろう。要するに、デッキ・ガーダ方式になっているが、スルー・ガーダ方式にしておけばよかったのではないかということである。
 
 この話がどのような方向に落ち着くのかはわからないが、この種の話はこれから多くなることが予想される。先回扱ったクラブレイアウトの話も含めて、考えたい。
 理想的な話をすれば、法人化して理事長を指名するのがほとんど唯一の解だ。個人所有では、どうなるかわからない。将来の方針が決まらなければ、存続の方針も決まらない。はたして、この日本には法人化された模型レイアウトがいくつあるのだろう。

2016年11月19日

Phoebe Snow

 貨車を塗装してデカルを貼った。

115_4965 先回、ピンボケだったのは、撮り直した。艶消し塗装をしてデカルの痕を消した。 絞りを少し絞ったので、多少良くなった。側面は軽く、屋根はかなり艶を消していある。

115_4966 この会社は当鉄道には少ない。Phoebeはフィービィと発音する。日本人には読みにくい。 フィービィ・ケイツという女優を覚えている人はかなりのオジサンだ。
 フィービィ・スノウとは雪の精で、純白の衣装を身に着けている。蒸気機関車の時代には、煤で汚れるからそのような服は着るべきでないのだが、Lackawanna
鉄道では無煙炭を使用しているから服が汚れない、という宣伝である。この宣伝用に作られたキャラクタだ。
 当時は無煙炭というのは商品価値があった。C&EI (Chicago & Eastern Illinois)という会社の石炭ホッパ車には、白に近い灰色の塗色のものがあった。煤がないということを強調するためだ。
 無煙炭は発熱量が大きい。この発熱量については誤解が多い。燃焼熱(すべてを酸素と反応させたときに発生する熱量)は最大である。しかし反応速度が小さい。即ち、機関車の中で単位時間あたりに発生する熱量は、瀝青炭の場合よりもかなり小さい。だから、同じ出力を得ようとすると、火室面積を大きく取らねばならない。この辺りのことをご理解戴けない人がいる。 

sulfuric acid tank car 硫酸専用のタンク車用のデカルに良いものがなく、GATX (General American Tank Car) の切れ端を見つけたので、それを貼った。最大限に艶を出したので、デカルは気泡が入らず、きれいに貼れている。 

2016年11月17日

コメント

 また長文のコメントが送られてきた。
 前回は名乗られているので載せたが、今回は匿名で、しかも連絡先にメイルを送っても返答がないので掲載を見送る。
 よほどウォームギヤがお嫌いな方のようだ。かなり過激な文章である。模型とおもちゃの違いが、お分かりでないように思った。
 
 既存のウォームギヤと、筆者の実用化したものとは、根本的に性能が異なる。先日も友人にギヤボックスだけを見せたところ、しばらく触っていたが、
「これはいったいどういう風になっているのだ。ウォームだと言っているが、本当は違うのだろう?」
と聞く。
 ばらして中を見せると、言葉を失う。
「信じられない。教科書に載っているウォームとは違うね。」と言う。
 もちろん同じものなのだが、あまりにも動きが滑らかで、全くひっからずに逆駆動ができる。彼はギヤ比を数えていたが、 
「ウーン、参った。」
と言った。

 彼は工学のエキスパートだ。しかしこれは盲点だったようだ。米軍が使用していた6輪トラックにはウォーム・ドライヴがある。伊藤剛氏が設計した名古屋市電にはウォームギヤが使われていた。どちらもかなりの高効率だ。何よりも静粛であるのが良い。
 蒸気機関車の駆動には最適だ。2台の機関車を同一線路に置き、一方を押すと、もう片方が動く動画を撮ってYoutube にupしたい。筆者の機関車はすでにほとんどがDCC化されているのでそれはやや困難な状態だが、やる価値がありそうだ。
 それを見れば、この種のコメントは来なくなるだろう。

2016年11月15日

メカニズム

 しばらく留守をしていた。東京で所属クラブの会合があったのだ。今回は久しぶりに全員が顔を合わせたので、一人ずつ自己紹介をした。
 筆者は、
「模型の外観は適当にできていれば十分であるが、メカニズムには最高を求めることにしている。いかにして低電流でたくさん牽くか、貨車や客車はいかにして摩擦を減らして遠くまで転がるかしか興味がない。」 
と言うと、みなさんはどっと沸いた。

 家に帰ってみると、少々手に余るコメントが来ていて、無視しようかとも思ったが、載せておいた。反論も来ているが、それもそのまま載せた。

 最近、妙なコメントが時々送られてくる。お前のブログに、俺の自己主張を載せろ、と言わんばかりのものがある。 
 お断りしておくが、コメントはあくまでもコメントであって、この場を借りて自分の主義主張を発表する場所はない。それはご自分でブログ等を立ち上げて発表されればよい。メイルアドレスが書いてある場合は、それをお伝えして消去している。

 今回のコメント主は、拙ブログをほとんど読んでいらっしゃらないことがわかる。筆者は考えられるメカニズムをすべて作っている。それを祖父江氏がさらに改良したものも持っている。傘歯車駆動の機関車は3輌ある。人にお勧めできるものではない。
 価格の面でも問題があるが、一番大きな問題は音である。祖父江氏の腕をもってしても、歯車の音は無くならない。蒸気機関車がヒューと歯車音を出して走るのは問題だ。当時は若かったので、耳が敏感であったこともあるが、気になった。
 芦屋の御大の機関車はすべてこの音がする。彼はそれがお好きなようだったが、筆者は容認できない。
 また、摩擦係数と摩擦とは異なる次元の話であり、コメントの趣旨はよくわからない。

 最近皆さんもお気付きのようだが、低回転高トルクモータを用いて、低歯車比にすると静かで高効率の機関車ができる。筆者の「3条ウォーム+1段減速」は8:1程度であるが、新モータを用いて、その半分程度にすることを目標にしている。

2016年11月13日

続 隠しヤードを隠す

腰壁完成 多少色が濃い部分は1年以上前に作った部分だ。光に当たるとこの色になる。
 今回腰壁を作った部分は階段の横で、少々窮屈なところだ。当初の設計開始時に、この部分の通路をどうするかで、図面を描きながらかなり長時間討論した。northerns484氏には大変お世話になった。すでにある2800、2900 mmRの路盤を使い、通路幅を確保するのは困難な作業であった。車椅子が通る幅を考えると、不可能とも思えた。

 車椅子は行き止まりにせざるを得ないかとも思ったが、3次元で考えると、1200 mmという高さは車椅子の人の肩の高さより高い。ということは、頭を少し傾ければ通過できることが分かったのだ。体格によっては頭を傾ける必要もない。そのためには、テーブルトップの裏側には、極力何も出ていないほうが良い。オーヴァハングになるので支えが要るが、細い鋼製の角パイプを突き出させ、それで支えた。角は最大限に削り、丸くした。たとえ頭をぶつけても痛くないようにした。健常者は、普通の体格の人ならそのまま歩ける。体格の良い方は、カニ歩きすれば問題ないだろうが、そういう人は今のところない。

wheel chair clearance この写真は最近のものである。 この程度の余裕でしかないが、通過できる。合板の先が一部直線になっているのは、木取り上致し方なかったのだが、結果として良い方向に働いた。もう少し削っても良いかもしれない。いずれプラスティック板で保護される。
 
 この車椅子は伊藤剛氏による改良品で、ブレーキがレヴァをどちらに倒しても効く、優れものである。リンク機構は剛氏のお得意であった。 

 腰壁が完成したので、隠しヤードは文字通り隠され、観客からは全く見えなくなった。線路の載ったテーブルトップは、極めて剛性が高く、体重を掛けても撓まない。 

2016年11月11日

隠しヤードを隠す

 隠しヤードの工事が完了したので、腰壁を作った。高さが1200 mmの板を丸く張ったのだ。この工事は結構面倒な準備が必要であった。

bent wood frame まずテーブルトップの裏に、曲げた角材に接着剤を塗って、木ネジで留める。この時、外周との間隔が一定になるようにジグを用いる。この写真は1年以上前撮ったものだ。Dr.Yにお手伝い戴いている。

 木材を曲げるのは難しい。一定間隔で等しい深さに切り込みを入れ、ジグに押し当てて曲げる。曲がった状態を保ちながら、インパクトレンチでネジを合板の上から締める。
 上ができたら、下を作らねばならない。同様に木材に切れ目を入れ、上の部材と完全に一致する場所に置く。曲がりが不完全であると壁が波打つので、レーザを使って上下を一致させる。曲がりを固定しなければならないので、内側に薄い合板を接着剤で完全に固着させる。クランプが大量に要る。コンクリート床にはアンカを打って留める。
 たまたま本職の大工が見に来て、「あんた上手いね。これで飯が食えるよ。」と褒めてくれた。

 隠しヤードの工事が終わるまで、約半分の腰壁が固定できなかった。工事の都合上、側面から作業することがあるからだ。腰壁がないと、テーブルトップが多少撓むのが気になっていた。
 腰壁の材料は、ホームセンタで見つけた本実(ホンザネと読む)加工のカラマツだ。おそらくロシア製だろう。薄く溶いたオイルステインを浸み込ませ、ウレタン・ワニスを塗っておいた。多少の汚れは洗剤を付けて拭き取れる。

2016年11月09日

文字等を消す

 当鉄道には買ったままの車輛はない。すべて、手が入れてある。補重はもちろん、台車の付替え、細かい造作の作替え、文字入れがしてある。
removing lettering and herald 気に入ったデカルがあればそれを貼る。そのためには塗装を剥がさねばならない。すべて剥がすのは面倒であるし、うっかりするとプラスティック本体が変質することもある。過去にいくつか苦い経験があるので、最近は物理的に剥がしている。磨き砂を付けて歯ブラシで擦ると、表面から落ちるので、文字が消えていく。地肌も多少削れるが、必要なのは、地肌から文字だけ浮き上がっているのを無くすことだ。

 この方法はあとで塗装を重ねても全く差が感じられない。もちろん文字の厚みにもよるだろう。これは過去にもやっている
 このAtlasの旧製品は文字の塗膜が極端に薄いので、その点は簡単である。つまり以前は透けていたのである。文字の部分が完全に不透明でなかったのだ。これでは仕上がりが悪いので、軽くウェザリングを掛けてごまかしていた。

 今回、昔から気に入っていたデカルを入手できる見通しが付いたので、塗り替えを決心した。友人から、デカルのデータを戴いたのだ。印刷して再生できる。そのデカルはその昔、Champion Decalで扱っていたが、とおの昔に廃盤になってしまった。その鉄道会社が消滅してから60年ほどになる。フロリダからキューバ、ハバナ諸島方面に行く連絡船の路線である。アメリカとの国交が回復したので注目している。

2016年11月07日

Rail Craft の貨車キット

 最近はレイアウトの工事を数時間して、気分転換に短時間車輛を触ることにしている。その方が体力的にも具合が良いことが分かった。このキットはシカゴから来たものだ。前から探していたもので、構成に興味があった。

Railcraft panel side hopper Rail Craft はミズーリ州の製造者で、1940年代に様々な貨車のキットを出していた。ホッパは何種類もあった。そのうちのパネル・サイドというヴァージョンである。ホッパの縁部は寸法が決められていたようで、その下の部分を細工して、容量を増やしていた。骨の外に外被を付けるのは先日お見せした。これは外に持ち出したパネルを付けている。加工硬化で薄板でも頑丈になるのだろう。 

 全体は、工場でジグにかぶせて組んだようだ。直角も出ている。ハンダ付けはアメリカ人にしてはうまい。ジグから外して、内側はあとから付けてある。すべての要所に隙間なくハンダが流れている。購入者は縦のリブとかデッキ部の造作、梯子などを付けるわけだ。結構面倒な仕事もあり、自分で作ったという満足感もかなり得られるようになっている。

 写真は途中の様子である。縦のリブは安達製作所の部品と取り替えようと思ったが、オリジナルを生かしている。これを見ると、安達製作所の構成は明らかにレイルクラフトの模倣だ。安達製作所製のほうが細密感があるが、オリジナルには素晴らしいところもある。

 ホッパ縁部の部材が、チャンネルである。安達製はアングルだ。やろうと思えば真似できたのに、どうしてしなかったのだろう。細いアングル等はブリキ製である。錆びやすいが硬いので、細くできる。その辺の見極めは良い。連結器座のあたりは薄くて良くない。やはり切り取って、厚板を張り、対衝突性能を上げる。台車の心皿はブロックを削って嵌めた。完全にハンダを流して固着させる。すべての工作が終わってから、ドリルで穴を開け、タップを立てる。

 多少手間をかけて、当社仕様となる。連結するとカツンと剛性のある音がする。 

2016年11月05日

またまたcoon-skin

115_4917 当鉄道にはアライグマの皮がまだある。これが2輌あるのだが、番号が同じなのが腹立たしい。遠くに置いて同時に見なければよいのだが、色が目立つので、どうしても気になる。番号を剥がして貼り直したい。♯800程度の耐水研磨紙で水を付けて丁寧に擦ると、文字だけ消すことができる。一文字消せばよいので 、出来ないことではない。合う黒文字デカルがあればよい。

SLSF 700083 ドアの形が異なるが、塗色が同じ写真を見つけた。随分色褪せている。この種のweatheringはなかなか難しい。



 アライグマの皮についてはいろいろな問い合わせがあるが、それほど詳しいわけではないので、こちらのサイトをご覧戴きたい。
 Friscoという語はSan Franciscoの短略形だと思っていたがそうではなく、San Francisco と St.Louis および Companyの複合語だと書いてある。この見解は初めて見た。

 筆者はこの会社については、椙山満氏からお聞きしたこと以外ほとんど知識がない。大陸横断鉄道を作るためにいくつもの会社を統合し、挑戦したが力尽きた会社という感じだ。この鉄道に限らず、Texas & Pacific, Missouri Pacificなど太平洋を目指した会社は多い。大陸横断鉄道というものに対する意欲は、当時は今では考えられないほど強かったのだ。  

2016年11月03日

緩衝とは

 緩衝装置にバネを用いてはいけないのか?という質問を戴いている。

 バネを用いると衝撃は受け止めるが、そのあとが問題である。蓄積されたエネルギィの行き場所がないから、すぐに放り出すことになる。即ち、貨車は同じ速度で跳ね返ってくる。これでは意味がない。
 ぶつかった時のエネルギィのかなりの部分を熱に変える必要がある。この発泡ポリ塩化ビニルは、その点とても優秀だ。もともとは、工場で高価なジグとか測定器を置く棚の中敷き用のものらしい。緑の部分は中身が詰まっているが、黒っぽい部分は多孔質である。

 曲げると弾力は多少感じるが、徐々に変形していく。変形した後はそのままの形を保つが、力を取り去るとじわじわと元に戻っていく。 典型的なエラストマの特性を持つ。

 63 ft貨車の20輌編成(約10 kg)を時速30 km相当でぶつけると、速度はその1/5くらいで戻ってくる。脱線もしない。この件については円筒状にする材料の幅をいくつか試作して決めた。初めは、中にエアキャップ(いわゆるプチプチ)を入れてみたりしたが、弾力が強くなりすぎるのでやめた。

 ラジコン自動車用のショックアブソーバも試したが、長さを短くできないのでやめた。紹介した方法が、コストの点でも性能の点でもベストである。 材料は大量に余っているので、送料だけご負担戴ければ、必要な方には差し上げる。
 この材料を隠しヤードの地下部分に全面的に貼って、消音するつもりだったが、ゴム板が見つかったのでそれを使った。 

2016年11月01日

車止め

 隠しヤードの終端部には、適当な緩衝装置が必要である。堅いものでは編成が衝突すると壊れたり、脱線したりする。

115_4908115_4912 末端部は本線の円周に沿って長さが変化するので、折れ線状の終端を設け、それに線路に対して垂直になる木材を取り付けた。三角のブロックは、庭のデッキを作った時の廃材を取っておいたものだ。カナダのイエロゥ・シーダでとても良い匂いがする。木目が素直なので、割って作った。右の写真は仮留めの状態である。

115_4909 発泡ポリ塩化ビニルの 3mm のシートを丸く巻いて、ワッシャを噛ませてネジ留めした。列車をぶつけると、実に良い緩衝能力を示す。スポンジでも実験したが、これよりはるかに大きなものが必要だった。


hidden yard DCCであるから、配線は極めて単純明快で、すぐ終わった。 すべての線で、衝突実験をして無傷であることを確かめた。

2016年10月30日

エポキシ樹脂製貨車

car cyclo かなり古いプロトタイプである。Car Cyclopediaの古いものを丹念に見て、見つけ出した。1931年製であった。このころの車輛限界は今と比べるとかなり小さい。鉄骨トラスの内外に木板を張ったdouble sheathed boxcarである。内側は壁の途中の高さまでしか内張がない。すなわち人間の背の高さくらいから上は、鉄骨がむき出しである。

double sheathed boxcar このモデルは友人のBobが、”これをやるよ。誰も組めないキットだから、挑戦してみるかい?”と言ってくれたものだ。
 箱を開けると、屋根、妻、側板、床とラニングボードだけが入っていた。説明書もない。エポキシ鋳物で、少し反っている。修整しても箱型に組むのは至難の業だ。しばらく箱の蓋を開けては閉め、を繰り返していた。

 ある時、内側が中空だから組みにくいことに気が付いた。それでは木材を正確に切り出して直方体を作り、それに貼り付ければ良かろう。正確に木材を切り、カンナを掛けてノギスで測り、満足のいくものを作った。それにスーパーXを使って一面ずつ貼り付けた。大変な手間をかけて箱型にしたが、そのまま10年くらい眠っていた。 

double sheathed boxcar 先月の関西合運に持って行こうと作業を再開したが、あまりにも繊細な部分が多く、一月以上も掛かった。grab iron (取っ手、梯子などの掴む部分)を0.4 mmの線で作らねばならず、大変手間取った。こういう部分はスケールに拘る必要はないのだが、そうしないと本体の接続部と合わないから仕方がない。数十個の穴に正確に作られた部品を差し込み接着した。梯子を登ったところのプラットフォームは木材で自作した。目止めしてから作って塗装する。デカルはたまたま残りがあったので、それを貼った。

 こんなに手間が掛かるとは思わなかった。二度とやりたくない作業である。こうやって苦労して完成させても、数十年経てば劣化しているかもしれない。やはり金属製のほうがずっと簡単に作れて、長持ちする。 

2016年10月28日

塗装済みの貨車


sulfuric acid tank car
 完成したとは言えないが、90%完成したものを見て行こう。

 このタンク車もスクラッチ・ビルトである。かなり重い。太いブラスのパイプを切断し、それに合う蓋を鏡板としてハンダ付けした。蓋は何かの部品だったが、余っていたので削って付けた。 ドームもパイプから作った。丸く欠きとって、炭素棒でハンダ付けした。台枠はムクの角棒だ。

 何かの図面集で、見つけた細いタンク車だ。 硫酸のような密度の大きな液体を運ぶものである。タンク車の諸元のみのデカルセットがあったので、sulphuric acid 硫酸専用とした。
 ドームの上方の細かい部品はロストワックスで、硫酸用なら要らないものもある。どこの会社にしようかと迷っている。実はちょうど良いデカルがないのだ。デカルのジャンクを入れた箱から、切れ端を拾い出して貼ろうと思っている。

 実はもう一台同じタンク車がある。材料が余っていたので作ってしまった。それは青いDow Chemicalになるはずだ。デカルが用意してある。

UP cattle car UPの家畜車である。ずいぶん古い製品だ。1952年製だと思う。ひどい作りで、ハンダがぽろぽろと取れてくる。あちこち引っ張って、外れるものはすべて外し、付け直した。
 台車を取り付けるボルスタが薄板で、ネジがバカになった。厚板から作り直し、ネジを切った。当初のはJISネジで、新しいのはISOネジだ。
 車輪の内外の色が違うのがウリである。外は油でまみれ、内側は錆びている。最近はそういう塗り分けをしている。内側は塗ってないと目立つので、全て塗装し直している。 
 デカルはY氏に作って戴く手筈になっている。

2016年10月26日

続々 完成した貨車

LV covered hopper この貨車もMax Grayが輸入した時代のものだ。安達製作所が作った。少ない資料でよくぞここまでできたものだ、という感じの製品だ。少し手を加えると良いのだが、きりがないので色を塗った。デカルはたまたま特注品を譲ってもらったのがあった。それによると、black underframe とあったので、フレイムだけ筆で黒く塗った。デカルはもう少し密着させてから艶消剤を塗る予定だ。

SLSF offset hopper 先日紹介したアライグマの皮のヘラルドである。coon-skinという。帽子にも使う。デイヴィ・クロケットがかぶっているものだ。日本ではアニメイションのせいで、アライグマはかわいいという先入観があるらしいが、アメリカでは単なる害獣である。ライフルでよく射殺する。皮を剝ぐ人も減った。単に撃ち殺すだけで放置する場合が多い。鳶や鷹が来て持っていく。この種の鳥をscavenger(ゴミあさり)という。
 デカルの密着がよくない。再度修正が必要だ。写真を見てから気が付くのは、目が悪くなったのだ。写真のピントが浅いのも困ったものだ。いずれ撮り直すので勘弁戴きたい。

IC offset hopper Illinois Central の off-set hopper car である。黒色のものもある。これらは内容量を少しでも増やすために、縦骨の外に外被をかぶせた。全体を少し大きく作ればよさそうだが、積込み設備での位置決めや、機械で回転して荷下ろしをすることがあるので、その当たるところの位置関係を変更したくなかったのだろう。これもデカルの仕上げがしてない状態だ。

EJ&E この boxcar を塗らなければならないが、色合わせに苦労している。参考のために直写日光下で撮影した。この色はどこの電車の色だろう。南海の濃い緑だという意見は戴いている。 

2016年10月24日

Pacemaker

Pacemaker Pacemaker というのはNYCの hotshot(地域間高速貨物列車)である。第二次世界大戦後の20年ほど定時運行で活躍した。

 Atlas製の貨車の未塗装ををいくつかの会社が買って、それに正しい色を塗り、商品化していた。その一つが、このペースメーカである。
 土屋氏のところから来た6輌とChicagoから来た2輌ではとても正規の編成は組めないが、一応、手を加えて補重し台車・連結器を取り替えて完成させた。

 困ったことに塗り分けが2種類ある。ドアが半分赤いのと全部のとがあるのだ。どちらが正しいのかはっきりしない。様々な昔の写真を見ると、全部赤いのが多い。たまに半分だけのもあるという程度だ。赤の色はヴァーミリオンである。いわゆる朱で、水銀の硫化物の色だ。 
 赤を塗り足そうとも思ったが、合う色ができるかが問題だ。それを考えると現状でも良いような気がする。
 
 台車はこの時代にしては滑り軸受である。軸受合金が特殊で、メンテナンスがほとんどいらないという。しかしその後急速に転がり軸受に変化していった。

2016年10月22日

続 完成した貨車

ASARCON&WNP これらの boxcar は Atlas の古い製品を改良して塗ったものだ。アトラスは1970年代に、当時としてはずいぶん進歩的なプラスティックの機関車、貨車、線路を発売した。オーストリアの Roco に発注した製品をアメリカ国内で売った。上廻りはとても良い出来だが、台車が3線式対応で、あまり良くなかった。車輪を取り替えても抵抗が大きいので、台車ごとAthearnのデルリン製に替え、車輪はLow-Dだ。連結器は高さ調節用のスペーサを入れて固定した。ラニングボードの支えは薄く切り取り見栄えを良くしている。様々な改良工事でかなり良くなっているが、塗装がまずい。
 
 薄い塗装で、しかも文字がタンポ印刷のようだ。くっきりと出ていないので眠い感じがする。磨き砂でこすると文字が消えるから、それに新たに上塗りして別のものにする。当鉄道にはアトラス製品はいくつかあるが、オリジナルの色のまま、走っているものは一つもない。 
 
 車体の基本的なディテールは間違ってはいないので、小修正で良くなる。床下のブレーキシリンダも挽物に取り替え、妻のディテールも修正している。
 
 左の写真のASARCOは鉱山会社のものだ。デカルを一山いくらかで買った時に入っていた。そういう意味ではとても珍しい。N&WとかNPもあったものを貼っただけである。

 これでアトラスの未改造の貨車は無くなった。 

2016年10月20日

the bender

the bender この工具をご存知の方も多いだろう。NWSLという会社が、かれこれ40年ほど販売している。ネジを締めると、上から刃が降りてきて、下のVブロック状の雌型に食い込む。ワークを挟んでおくと、任意の位置で曲げられる。角度も好きなように曲げられる。

 この工具を博物館の作業用に自宅から持って行って置いてある。作業にいらした方が触って、どなたも「使いやすい。便利だ。」と仰る。先日複数の方から、取寄せを依頼された。取るのは簡単だが、送料がかさむ。数が少ないと、送料がばかにならない。もう少し沢山注文したい。

 もし読者の皆さんの中で、欲しいと思われる方はコメントを通じて連絡されたい。締め切りは今月24日とさせて戴く。現地価格は60ドル程度だ。

 写真の手前に置いてあるのは、その曲げ見本である。赤いネジを緩めると、突き当てのフェンスが動かせる。自由な位置で留められて、同じものをたくさん作れる。
 見本の二か所曲がったのは、カヴァード・ホッパの歩み板を取り付ける支えだ。たくさん同じ形のものを作らねばならないから、これがないととても苦労する。足の長さが違うと、歩み板が真っ直ぐ取り付けられない。

 0.6 mm程度の板なら、簡単に曲げられる。0.8mm以上はこの道具の限界を超えるだろう。もっと大きな道具を使うべきだ。
 筆者はもう少し大きな道具(業界ではブレーキと呼ぶ)も持っていて、この小さいのはこのような小物専用である。


2016年10月18日

完成した貨車

 塗った貨車を紹介していこう。
SP Tanker このタンク車はスクラッチ・ビルトである。かれこれ15年以上掛かっている。安達製作所から譲ってもらったジャンクの中のドーム部分が一つ余っていたので、それを有効利用するために作った。タンクの円筒は丸めて作り、鏡板は大きなブラスの丸棒を旋盤で挽いて作った。厚みが10mm以上あって、ずいぶん重い。ガスバーナで炙って付けたので、ハンダがたっぷりついていた。
 組立てが完了してから、余分のハンダを削る作業が面倒で10年ほど放置してあったが、先日一念発起して丹念に削り、塗装した。どこの鉄道の車輛の図面を見たのか思い出せないので、余っていたデカルを貼った。

SP GS Gon このdrop bottom gondola は床が固定のを間違って買ったものだ。ずいぶん安くて喜んでいたら、床の開かない方であった。安達製作所も、開くタイプはあまりにもコストが掛かりすぎるので、簡略ヴァージョンを出したのだ。ともかく余っているSPのデカルを貼った。レポーティング・マークは T&NO (Texas & New Orleans) にしたが、他意はない。

BN Boxcar このboxcarは、プラスティック製である。黄色系統の気に入らない色に塗ってあったので、文字等を磨き砂で削り落とし、塗り替えた。戴いたスプレィを吹き付け、たくさん買ってあったデカルを貼った。それなりによく仕上がった。

 筆者は貨車については詳しく考証はしていない。ありえない設定はしないが、それらしく見えれば良しとしている。以前番号等の問い合わせを戴いているが、こういうわけで、全く参考にはならないことを承知されたい。

2016年10月16日

塗装

Badger boxcar red のような微妙な色はFloquilを用いるが、黒は日本製の塗料である。エアブラシはBadgerのシングルアクションを改造したものだ。タンクを大きくしている。一度に10輌も塗ることがあったので、容量を増やしたのだ。
 中にぶら下がっているパイプは絶妙な硬さで感心していた。それが突然行方不明になってうろたえた。20年も使っていて、無くなったのは初めての経験だ。溶けないプラスティック・パイプで、ちょうど良い太さのものを探したが、見つからない。
 内径はインチサイズのはずなので、インチのブラス・パイプを探した。見当をつけて当ててみた。内側をリーマでさらってはめると、ぬるりと嵌まって抜けなくなった。ちょうど良いサイズであった。強く引くと抜けるから、掃除には具合が良い。長さは数通り作らざるを得ない。

painting 銀を塗ったついでに、オイルタンクも塗ってしまった。これはPlastruct製のキットである。10年以上前から持っていた。石油会社のデカルを貼れば映えるだろう。あと2,3本あると良いのだが、どうやって作ろうか迷っている。
 台車を塗るときは車輪の踏面とフランジだけをマスクする。

painted cars 16輌塗ったので、デカルを順に貼っている。フロクイルにはGlazeという艶出し剤を4割程度混ぜる。そうしないとデカルが載らない。
 ウェブ上には怪しげな情報がたくさんある。このグレイズについては、どれも量が少ない。5%などという、おまじない程度みたいな数字まである。やったことがあるのだろうか。最低3割は混ぜないと艶が出ない。筆者はグレイズを大きな缶入りで購入していた。薄め液はキシレンを使っていた時期もあるが、最近はラッカシンナである。天気の良い日なら、全く問題ない。  

2016年10月14日

続 open top hopper の整備

 貼り付けた t1.2 はわずかに設計値より厚い。ハンダ付けした後で、フライス盤でひと舐めする。0.1 mmほど削るのだ。こうすることにより、連結器が完全な平面に取り付けられる。ハンダの厚みとか、様々な要因が一掃されるわけだ。

 穴を開けてタップを切る。そして接着剤を塗って、Kadee couplerを付ける。ネジ一本では多少のガタが生じると緩みやすい。ネジが落ちると大事故になる。金属製の貨車は連結器の片方を電気絶縁する。何かの間違いで、たくさんの貨車の先端と後尾が導通するのを避けるためだ。まずそんなことはないが、念のためである。

painted cars また早朝より天気の良い日があったので、8台塗った。今回は塗り分けがあるものもあるので、慎重に塗った。塗膜が硬くなってから、マスキングをする。黄色の家畜車は3色塗りであるが、屋根と妻が銀、床下が黒であるから簡単だ。

 問題は次回に塗装予定のboxcarたちで、側面の上下が塗り分けられている。水平に塗り分けるのは非常に難しい。定盤の上でハイトゲージでケガくことになる。貨車のボディを定盤の上に正確に置くのは、意外と面倒なのである。たくさんのブロックを用意して支えなければならない。

追記 上の写真の背景にあるフェンスはpicket fenceですね。というコメントを戴いた。その通りである。よく見ていらして驚いた。表は白で、内側が緑である。

2016年10月12日

open top hopper の整備

USH hopper conversion シカゴから貰ってきたブラス製貨車を整備している。台車が足らないので3台しか直していない。この貨車は安達製作所製である。以前入手したジャンクとは異なり、完成品なので、ダミィ・カプラが付いている。その部分を外し、Kadeeが入るように切り取る。

USH hopper conversion 2 そこに t1.2のブラス板を貼り付けて、高さを合わせるが、チャンネルをただ切っただけでは、連結時の衝撃で壊れてしまう。台車センタ・ピンのところまで深く差し込んで、全面ハンダ付けをすると丈夫だ。
 こうすれば、連結器にかなりの力が掛かっても座屈することが無い。こういうところに少し気を付けるだけで、長持ちする模型になる。

 ホッパの連結部はややこしい形をしているので、めり込むと修復が困難だ。以前めり込んだのは、切り落として全く新しい部品を作って嵌め替えた。大変に面倒な作業で、二度とやりたくないのだ。要するに加わった力は背骨を通って次の車輛に伝わらねばならない。途中で弱いところがあると、そこが座屈するわけだ。

 天気予報を見て、塗装日を決め、塗料瓶の数を確認する。塗り始めてから足らないことがわかると、悲惨だ。 

2016年10月10日

所属クラブの公開日

O scale NMRC 9日は、所属する名古屋模型鉄道クラブの公開日であった。名古屋市立科学館の地下ホールで、例の仮設テーブルの上で線路を組み立て、公開運転をした。
 段ボールの箱を沢山組立て、合板を載せてテープで継ぎ目を押さえる。上に人が乗っても大丈夫だ。

 O,OJの島、HO,Nの島、DCCの島と三つに分かれて設営した。見ていてはっきりわかるのはDCCのグループの設営完了までの時間が極端に短いことだ。スナップ・トラックを使っていて、パチパチと組めばすぐ運転できる。
 山本真一氏によるZ21に依る運転で、スマホを使ったワイヤレス操作である。ポイント切り替えはiPad上の画面をタッチして行う。すべてワイヤレスで接続の面倒がない。固定レイアウトではないので、そのメリットは素晴らしく大きい。
 山本氏はスマホの中古を多数手に入れられて、それで車輛をコントロ−ルし、さらにipadによる分岐切り替え指令および表示を実現されている。素晴らしく調子が良く、初めて見る子供でも直ちに操作法を習得する。
 博物館の新レイアウトにも採用予定である。

 模型誌上でのDCCの記事が少ない。下らないと言っては失礼だが、姿形だけの模型記事ばかりだ。走らせていない人が多いということだ。
 山本氏の機関車は、どれも素晴らしく良く走る。動輪の心がよく出ているのだ。当たり前のことではあるが、実際にはそのような機関車は少ない。精度の高い旋盤加工の腕をお持ちなのである。

 O,OJグループは入り口に近いところで走らせている。
「どこで売っているのだ」
という質問が多い。
「すべて自作ですよ」
と言うと、皆驚く。

cars from Harmon 筆者は塗り立ての貨車を3輌持っていった。このFriscoのヘラルドは興味深いらしい。
バットマンと関係があるかという質問が多かったが、そのはるか昔から使われている。
 アライグマの皮を張った様子を表しているのだ。日本では理解する人はまず居ないが、アメリカでは子供でも分かる形のようだ。  

2016年10月08日

塗装日和

 台風ですべての予定をキャンセルしていたのだが、その日は急に絶好の塗装日和になった。庭のデッキのうえに、シートを敷き、塗装台を持って来た。マスキングの要らない車種を選び、一面ずつ流れ作業で塗った。

 8輌を同じ色で塗るのだから、難しいことではない。太陽光の下だから、塗り残しもすぐわかる。塗装には光が必要なのだ。
 室内の塗装ブースもあるが、やはり外の方が失敗の可能性が少ない。室内で塗るときは背中の方から肩越しに300Wのライト2灯で照らしながら行う。夏は暑くて仕方がない。白熱灯は熱源としても機能している。塗ったものが温かくなれば、塗膜のカブリが無くなる。
 太陽光なら、何もしなくても十分温かい。

 1時間ほどで塗り終わり、日なたに置いておけばよい。フロクイルなので、固まるには時間が掛かる。夕方には触っても問題ない硬さになり、次の日の夜には完全に固まっている。
 デカルを順に貼っていく。やはり、多少古いのはすべて劣化していた。使わない部分を切って水に漬けると粉微塵になる。すぐに補強剤を塗っておいた。先回ほどひどいものではなかったので、十分再生した。

donated by Harmon シカゴから来た車輛のうち、数台が完成した。裏には、
"donated by Harmon Monk"というシールを貼った。 

2016年10月06日

貨車を隠しヤードに置く

hidden yard かねてより製作中の隠しヤードが一応完成したので、貨車を入れてみた。全部で200輌入るはずである。自宅のレイアウトからの移籍分が50輌ほど、土屋氏から100輌ほど、最近シカゴから移籍・新製したものが20輌ほどある。すべての車輛の質量を測定し、所定の質量まで補重する。

cars not completed そのうち30輌は未塗装である。相も変わらず悪天候で、塗ることができない。 この写真の下り線路に10輌以上ある。 

 すべての車輪をLow-Dに取り換え、連結器をKadeeにする作業がかなり大変であった。どっさりあった連結器、車輪がたちまち底を尽いた。 台車もAthearn製がなくなり、Weaverの台車で代用したものもある。
 また、車輪に色を塗った。ステンレスの地の色では許せない。すべての車輛の車輪の裏を塗る作業は、意外に大仕事で、一日20輌ずつ片づけている。レイアウトの工事終了後、1時間半程の作業だ。それ以上やると体力が持たない。フロクイルの赤サビ色が1瓶無くなった。 この色は、隠ぺい力があるので助かる。ひと塗りで作業が終了するのだ。車輪を弾いて回転させておき、筆の先を接触させる。もちろんあまり速く回転させると遠心力で飛び散るので、多少の工夫が必要だ。早く廻っているときは、径の小さい軸部分を塗り、遅くなった時に外周に近いところを塗る。裏も表も塗る。摩擦が少ないので、慣性モーメントだけで作業できる。
 ついでに連結器もサビ色にした。たっぷり塗ると固まってアウトなので、ドライ・ブラシでちょんちょんと塗る。 

 ローラ・ベアリング車のサビ色の車輪を付けた車輛群は、なかなかの見ものだ。 

2016年10月04日

decalの補強剤

Decal 苦労して古いデカルを手に入れ、貼ろうと思った瞬間に、水の中で四散してしまうことがある。古いものはデカルの膜が劣化して、ヒビが入っているからだ。
 そういうときのために、この液体がある。Microscaleから出ている。膜の強度が怪しいデカルにこれを塗ると、表面に新たな膜ができ、水に浮かせばその膜を拾い上げることができる。

 Fordのホッパ車のデカルは極めて貴重で、オークションで苦労して落札したものだ。貨車を塗装して貼るつもりだったが、膜が怪しいので、この液をさっと塗った。
 塗った瞬間に不思議な感触があった。なんと、膜がほとんど流れてしまった。擦ったわけでもないのに、白い模様が全体に広がってアウトだ。
 薄く吹き付けると良さそうにも思えたが、粘度の高い液体で、それも難しそうだ。溶剤はメタノールのようだ。薄めると、デカルの印刷部分がますます溶けやすくなる可能性もある。

 顔料を結びつけているもの(binder)が、塗った液の溶剤に溶けたらしい。 このデカルは、おそらくもう二度と手に入れることができないであろう。がっくりきた。
 Fordの工場の動力源であった蒸気機関の燃料を運んでいたのだ。のちには、暖房用燃料を運んだ。 

 古いデカルは最初からあきらめた方が無難だということだろう。この液を塗らずに水に入れれば、ばらばらになっておしまいだ。しばらく前、大きなヘラルドを貼ろうとした時にも、それが起こった。なんとか拾い集めようと思ったが、とても無理で、あきらめた。
 それもずいぶん高価なものだったが、一瞬で消滅した。腹立たしい限りだ。

2016年10月02日

携行用DCC

power-cab 今回はDCCの機関車を持って行ったので、その電源を持っていく必要があった。これは、非常に軽くて助かる。2A電源を含めて350 gくらいだ。他に電線が100 gほどある。
 

 NCEはフル・ファンクションのスロットルを売っているが、これは単なるスロットルではなく、 ブースタ(出力の電源)まで内臓である。しかも電流計が付いていて、その瞬間の電流が直読できる。

wiring 配線はこの図の通りで、簡単明瞭である。薄く右側に描いてある小さいスロットルは、場合によって付けることができる。そうすると大きなスロットル内蔵の出力電源がブースターとなる。好みによって、小さいほうだけを使うことができる。デコーダのプログラムには、大きい方を使える。 
 
 このPower Proは、普通のブースターにつないで使うこともできる。博物館のレイアウトのDCCではこの方式を使っている。そうすると既存のスロットルと組み合わせて、重連で前牽き後押しが楽しめる。
 価格は非常に低く抑えてあり、今でも実売価格135ドル程度だ。お勧めする。

 これを持って行ったら、NCEは初めて見たと皆さんが仰る。
「ボタンがたくさんあるから大変そうだけど、かえって初めての人には分かり易いかもね。」ということであった。

2016年09月30日

クラブ・レイアウト

この合運の参加者が毎年減っている。参加者で、年金受給者でない人が、何人いるのだろう。おそらく、両手で足りるとのことだ。
 鉄道模型は年寄りの遊びになったようだ。若い人もいるのだが、それはNゲージがほとんどで、車輛工作をする人は少ない。HO以上の模型はいずれ、日本では絶滅してしまう、と心配する人が多い。

 この合運も、会場の床にシートを敷くことから始まり、机の搬入、線路の組み立てをする。撤収時にはその逆をやるわけだ。年寄りにはつらくなる。クラブ所有の固定されたレイアウトが欲しい。

 筆者のブログをご覧になっている方が、
「クラブレイアウトが必要だ。」
という話をされた。筆者も同じことを考えていた。自宅から、山を越えて一般国道を通って現地に行ったのだが、途中で見た、山あいにある廃業したホテルなどはなかなかの好物件だと思う。 駐車場はかなりあるし、交通の便もかなり良い。価格はおそらく1000万円も行かないだろう。
 鉄骨作りであれば、内部をぶち抜いて大広間ができる。
 最近は法人の作り方はいろいろあるので、法人の所有として登記すれば、相続問題からは切り離される。
 
 不動産を持つということは、十分な大きさの固定レイアウトが出来るということだ。このようなクラブが大都市の郊外にいくつかできない限り、この国の鉄道模型の未来は真っ暗だと考える。筆者の例を参考にして戴きたい。田舎の土地は安いのだ。
 諸外国の例を見れば、クラブ・レイアウトは当然のように存在する。 

2016年09月28日

続 関西合運

 筆者の属するJORC関西には様々なお客様がいらしたが、
「ブログをいつも拝見してますよ。」
と仰る方が多く、驚いた。

 ガーダー橋を持って行ったが、意外と人気があり、皆さんが手に持って、その重さと構成を吟味された。意外なのは支承が人気であったことだ。可動する支承は初めて見たという方が多い。
 ダイキャスト部分はかなり欠陥があり、パテで埋めなければならないことを指摘されている。塗装するので全く問題ないであろう。
 トラス橋の図面も持って行った。その規模、精緻な設計には賞賛を戴いた。レーザによる加工手段がなければ、とてもできる代物ではない。
 ブレイスが同位相あるいは逆位相の件については、構造の専門家がいらして、実例を示して話をしてくださった。災害時に橋台の半分が無くなったりした時には、逆位相のほうが落橋せず、生き残る率が高いらしい。
 ピッツバーグ市内の同位相の例の話は面白いとのことであった。

 持って行った貨車は少なかったが、手で押すと、するするとどこまでも滑走するのが面白く、何度も実演した。
「今までの鉄道模型の概念を崩しましたね。」と言われた方があった。
「いやそうではなくて、鉄道というものは、もともとそういうものなのです。模型がその特性を再現するように方向づけられなかったのが間違っていたと思います。」
と答えると、
「全くその通りですね。潤滑というものすら抜けている車輛がありますからね。」

 軸受からキーキーと音を出して走る車輛は少なくない。

2016年09月26日

関西合運

 ベルの内側の色については、たくさんのコメント、メイルを戴いている。正直なところ、筆者にはお答えできる知識はない。赤は目立つという意見もあるが、振れないベル(固定されて、内部で打ち金が動くもの)もあり、赤である積極的理由とも思えない。 
 日本も銅は戦前は輸出をしていたし、 戦争がはじまると、薬莢製造に多量に必要なので、諸国が輸出を制限したことが大きい。当時はアメリカ西部の銅山はまだまだ未開発の部分があった。

 さて、週末には関西合運に行った。長雨で塗装ができず、生地完成まで持って行った貨車20輌が完成しなかった。せっかく、塗装の工程表を作り、デカールの数も確認したのに、である。かれこれ10年ほども掛けたプロジェクトだったので、少々残念であった。

 仕方がないので、DCCのディーゼル電気機関車と、持ち運びが楽なプラスティック製貨車4輌だけを持って行った。ご覧になった方は、DCCの重厚感ある走りに、感銘を受けられたようだ。機関車がとても重そうに見える動きをする。Momentum(動いていると止まらない) のある動きだ。牽引力は十分あり、連結器を押さえて止めようとするが、かなりの力があるので、皆さん驚かれた。超低速も可能だ。
「『3条ウォームは力がない』ということを言う人がいるが、ありゃ嘘だね。」 
 ホイッスルを鳴らしてエンジン音が高まり、警告ライトを点滅させながら走ると、観客は陶酔状態だ。

 貨車には間に合わせのウェイトを入れていった。例の使えない曲がったゴム板を切って入れていったのだ。固定しなくても具合よく納まる。また、運搬中に中で踊っても、被害はない。 ゴム板を持ってみての感想は、
「意外に重いものだね。」
ということである。 

2016年09月24日

続 ベルの内側

 色は赤か黒だ。赤は警戒色ではあるが、黒い機関車の前面にあったとしても、明度の差が小さく、視認性に欠ける。内側が黄色や白だったりすると、かなり目立つだろう。
 たぶん、視覚に訴えるという話ではないと思われる。

 材質については、書き出すときりがない。金属の専門家に話を聞くと、やはりヤング率に大いに関係がある。硬い材料は高い音が出せる。銅合金であれば、青銅系のものがよく、ブラス(黄銅)系のものはダメだ。青銅系でもスズの割合を多くすると良いらしい。その代わり割れやすい。
 歴史上有名な割れた鐘は、いくつかある。フィラデルフィアの独立記念館に行くと、その割れた鐘が展示してある。嬉しくて鳴らしまくったのだろう。色はかなり白い。ということはスズの比率が高いということだ。

 アルミニウム青銅も極端に硬い。その専門家の話によると、船に付ける鐘の注文があったが、普通の青銅製を示しても納得しなかったそうで、鋳造屋が聞きに来たのだそうだ。

 アルミニウムを1割弱含む銅合金で、恐ろしく硬い。スクリューなどに用いる例が多かったが、それを鐘に転用したのだ。
 素晴らしく良く響く音で、発注者は納得したそうだ。

 日本の話なので、多くの鐘がそれで鋳造されていると思うが、意外に出くわさない。消防車の鐘は今までどおりの音である。

 戦争中はアメリカでも各種の物資が不足した。有名なのはBig Boyなどのパイロット先端のゴムである。日本がマレー半島を押えたので、すぐに木製に取り換えられたらしい。 

2016年09月22日

ベルの内側

 機関車のベルの内側はどうして赤く塗ってあるのかという質問を複数の方から戴いている。これは極めて難しい質問で、筆者にはとても答えられそうにない。

 実は40年以上前に椙山 満氏のところで、それについて論議したことがある。当時カラー写真は少なかったが、明らかに赤のものが多く、たまに黒いものが見つかったのだ。

 アメリカに居た時、いろいろな場所で鉄道関係者に当たってみた。赤が基本のようだが、黒い時もあった。戦争中は黒かったというのが、答えとして多かった。

 赤は目立つから、という話もあるが、それはほとんど意味はなさそうだ。たまたまどこかの機関車メーカが赤く塗って出荷したのが、定番になったというのが信じられる話だ。

 もっと意外な証言も出てきた。東部で聞いた話だ。戦争中は物資が不足し、ベルの材料の銅合金は供出させられた。代わりに鉄のベルが来た。変な音だった。戦後すぐに新しいベルが支給され、音が良くなった。

 確かにその音の問題は深刻だ。鋳鉄で作ったベルの音など、聞けたものではない。ボコボコという音がする。焼きの入った鋼製ならばかなりいい音がするが作りにくい。
 日本のベルは、砲金(青銅)を使っているものが大半だ。専門家の話では、
「音が良くない。もっと硬い材料を使うべきだ。アルミニウム青銅はいいよ。試作したら、皆驚いた。」
 この話を聞いたのは20年以上前のことだ。今ではどうなっているのだろう。

2016年09月20日

続 girder bridges

girder bridge inside ハンダ付けをした。鉄のハンダ付けは久しぶりで、コテを使った。炭素棒では炭素が鉄のほうに拡散して(浸炭)、部分的に不均一になり、しかも硬くなる。以前やった時は部分的に焼きが入った状態になり、ヤスリが引っ掛かった。コテならその心配はない。

 まず片方の板に垂直にXブレイスを差し込み、締めて固着させる。ハンダを流して固定する。もちろん塩化亜鉛飽和溶液を付けておく。ハンダはすべての隙間を満たして完全に付く。もう一方の板のスロットをよく掃除し、Xブレイスのタブを入れ、水道工事用のプライヤ(アゴが平行に開くように調整できて好都合)で締めると「コツン」と嵌まる。

 すべてが嵌まったら、また塩化亜鉛を塗って、コテで留めていく。 音もせず、臭いもないハンダ付けである。次に稲妻型の部材を逆位相に付けてできあがりだ。完璧にハンダが廻っているので、極めて丈夫である。静荷重なら、大人一人が載れる。

 終わったらすぐに流水を掛けて洗う。錆びないように直ちに高圧空気で吹き飛ばし、扇風機で乾かす。下地処理材を多方向から吹き付け、錆止めする。 

girder bridge completed ダイキャスト製側板をよく洗い、スーパーXで接着するとできあがりだ。思ったよりよくできていて安心した。完成した線路を載せると、透けていて気持ちが良い。


 鉄橋上はガードレイルが必要だ。ガードレイルの図面を見ている。細いものを使うのがデザイン的には良いことに気が付いた。

2016年09月18日

girder bridges

girder bridge construction レーザで切った鉄板を仮組みして、様子を見ている。0.8 mmの板のタブを0.8 mmのスロットに入れるのはやや難しい。タブの先端を斜めに削いで、ぐっと押し込む。ブラスの棒を当てて、金槌で軽く叩くとスロットに入って抜けなくなる。
 この状態でフラックスを塗り、ハンダ付けをする。隙間を、完全にハンダで埋めるようにする。鉄板だから熱が逃げず、100Wのコテでも簡単にできる。

 Xブレイスの両側に板をつけるのは少々難しい。反対側にも楽にはまるように、スロットをダイヤモンド・ヤスリで削っておくことが必要だ。するすると入らないと組むことができない。

 上下の稲妻は逆位相にすることにした。ピッツバーグの街の中でN&Wの橋を見上げて、同位相のものを確認したが、たった1例しかない。あとはすべて逆位相であった。

tie jig 転車台上の枕木整列ジグである。先回の失敗を踏まえて、肉盗みしてある。簡単に嵌められ、外しやすい。この上でレイルをスパイクする。線路の中心がずれると、回転した時、線路が合わないから、精度が必要だ。
       

2016年09月16日

続 隠しヤード敷設

escape track 隠しヤードの中の機廻り線である。長い機関車も一旦突っ込んで、切り離せるような寸法になっている。12輌の客車を留め置くことが出来る。ポイントマシンは、後付けは難しいので、予め付けておいた。切り離し用のアンカプラはまだ付けてない。電磁石方式にしようと思う。この工作は裏からできる。

 この部分は天井が低く、140 mmしかない。首を突っ込むこともできないので、横から手を入れて線路を敷く。ポイント部は、コルク板の上に貼ったものをハーマンのところで貰ったので、それを使っている。車輛が通ると騒がしい。通過速度がかなり小さいので問題にはならないが、貨車を手で押してその騒音を調べた動画を作った。かなりひどいものである。コルク道床は、何の役にも立っていない。


hidden yard その他の通常ヤード部分は7線あって、まだ工事中である。 照明は十二分だ。工事の時や、脱線復旧の時には必要なので、やや多目の照明を付けたのだ。捨ててある蛍光灯器具を有効利用した。使用時間が短いのでこれでよい。ゴムシートを敷いたが、5 mm厚ではなく、2 mm厚のシートを使った。エラストマの効果もあるので、十分静かだ。
 敷設は大変難しい仕事で、釘を打つ手を、横から入れることしかできない。この部分は25 mm合板上に建設し、一気に持ち上げて吊ボルトで留める方法も考えたが、重量がかなりあるので諦めた。長さは6 m以上あるから、同時に8人ほど居ないと持ち上げられないからだ。

 工事は、線路の通りを見る人と釘を打つ人が必要で、T氏にお願いして手伝ってもらった。あまり丁寧な仕事はしていない。速度が遅く、行き止まりで誰も見る人などいないから、完全な直線にはできてないが良しとした。ただし騒音対策は完璧である。 

2016年09月14日

隠しヤード敷設

 亡くなったハーマンのところには、お悔やみを伝えるために、寄るつもりだった。ちょうど線路が不足していたので、荷物を現地で受け取るための送付先に指定してもよいかと聞いたところ、快諾を得た。2日のうちに荷物が届いたと連絡があったが、
「これは線路か?うちにもいっぱいある。持って行ってもいいよ。」
ということになり、博物館への寄贈という形で貰ってしまった。全部で数十本あり、かなりの体積だった。しかし、業者が商品を入れて来た箱が大きめだったので、それにぎっしり詰めることができた。
 空港に持ち込んだ時、検査で引っかかると思ったが、箱に
”Model Railroad Tracks”
と大書しておいたので、X線で検査しただけで通った。開けられると、もう一度きっちり詰めるのは難しいほどのすし詰め状態だったから助かった。透視するとレイルだけしか見えなかったのだろう。

 沢山の線路が揃ったので、隠しヤードの線路を敷き詰めた。「8線」+「機廻り線」で9本あると、線路がかなりの量必要だ。
 5 mmゴム板の上にエラストマを置いて、線路を留めた。ゴムは25 mm合板の上に置いてあるだけで、ところどころ、ずれ留めで釘が打ってある。この方法は、デッドニングがよく効いて、とても静かである。
 貰ってきた線路の中には、コルク道床に木の枕木を接着したものにスパイクしたポイントがあった。分岐の向きがちょうど良かったので、機廻り線用にフレクシブル線路の間に挟んで使った。
 その部分はとてもやかましい。ビデオに撮ったので、いずれYoutube にupする。 

2016年09月12日

続 Allegheny

the Henry Ford (14)the Henry Ford (29)the Henry Ford (28) 1973年にこの博物館を初めて訪れた時、持っていた情報は、
「とてつもなく大きな機関車がある。世界一大きい。」だけであった。
the Henry Ford (25)the Henry Ford (23)the Henry Ford (24) それはBig Boyに違いないと思っていたのだが、行って見たら外れであった。
 当時はどこにどんな機関車があるかという情報はあまりなく、現物を見て驚くことが多かった。幸い、アレゲニィは井上氏の模型を知っていたので、なるほどという感じである。

 世界一大きいというのは間違っているとは言えない。機関車の「大きさ」はいくつかの次元で語られる。
 質量、長さ、出力、引張力などである。その前に「機関車+テンダ」が、100万ポンド(454トン)以上なければ比較の対象にはならないらしい。1980年代のNMRAの会報にいろいろな諸元から考える記事が載っていた。整理が悪くてその記事が見つからない。
 確か、アレゲニィは引張力と機関車の質量とが最大ではなかっただろうか。長さはPenssyのS1だ。出力にはいろいろな測定条件があり、Big Boyは連続した出力の点で1位だったような気がする。短時間の出力ではPenssyのQ2が凄い。それと速度の問題もある。Big Boyは大動輪で高速運行ができた。特に下り坂ではその違いは大きい。また稼働していた輌数、期間、運行距離も大きなファクタである。
 様々な点で、Big Boyを最大、最強、最速、とする意見が支配的であると感じている。

2016年09月10日

Allegheny

the Henry Ford (26)the Henry Ford (27) 多くのコメントを戴いた。すべて正解で、Alleghenyである。ビデオが繰り返し放映されていて、その発音はやはり第一音節にアクセントであった。

 この機関車は整備し終わった状態で放置されたので、それをそのまま博物館に収蔵した。タイヤが削りたてである。デンヴァに置いてあるBig Boyのタイヤが磨り減っているのとは大違いである。塗装も当時のままだろう。ベルの外が黄色であるのは興味深い。
 
 ベルの内側を赤く塗るのは、大半の鉄道会社で行われている。40年ほど前、筆者は自分の機関車のベルを赤く塗って椙山氏のところに持って行って披露した。椙山氏はそれを目ざとく見付けられて、褒めて下さった。懐かしい思い出である。

the Henry Ford (21)the Henry Ford (30) この機関車の大きさは、尋常ではない。よくぞこんなものを作り上げたものだと感心する。
 この博物館がなければ、屋外に放置されて朽ちていったのだろう。

2016年09月08日

続々 Greenfield Village

Greenfield Village (15)Greenfield Village (16)Greenfield Village (17) この工場はフォードの工場の一角をそのまま移設したものだ。動力は蒸気機関である。非常に懐かしい。筆者の子供の頃は、日本にはまだこのようなシャフトのある工場がたくさんあった。もちろん電気モータ駆動であったが。天井のシャフトから動力を取るから、ベルトに巻き込まれると大事故である。3枚目の写真の機械は、売店で売る小さなブラス製の商品の部品を作るために作動させるが、作業中にベルトに巻き込まれる事故を防ぐために金網でその部分を囲ってある。

 シャフトには丸いドーナツ状のフェルトが通してあり、シャフトの回転により、自然にあっちへ行ったりこっちへ来たりする。即ちシャフトの錆び止めである。
各種の工作機械が並び、これで自動車を作っていたと思うと隔世の感がある。

the Henry Ford (7) 前後するが、Henry Ford博物館の中の最も人気のある展示物はこの貨車の前にある。
冷蔵車は保存状態が良く、あちこちの飛び出し具合がよくわかる。ちょうど製作中のと同型だから助かる。しかしここまで細かく作っても、他が同水準でないと変なものだ。
the Henry Ford (11) 冷蔵車の扉に手前に黒い札が差してある。板の厚みには驚いた。こんなに厚いのである。

 さて、その前方にあるのは何だろう?この博物館の中で最も写真に撮られる頻度が高いのだそうだ。大き過ぎて、運び込む時に入り口を少し壊して入れたそうである。  

2016年09月06日

続 Greenfield Village

 この村の中には、20世紀初頭の様々な職業を再現して見せてくれる場所がある。印刷屋とか、焼き物を作る工房とか、機織り、ガラス屋、木工所、鍛冶屋などがある。
 その中で特に興味を持ったのはこのブリキ屋である。ブリキ板(スズめっきをした軟鋼板)を曲げて、いろいろなものを作ってくれる。大物は時間が掛かるので、簡単なクッキィの抜型をお願いした。短冊形に切ったブリキを片方だけ曲げて手を切らないようにする。それをくねくねと曲げて目的の形にして、最後はハンダ付けだ。

Greenfield Village (11) 大きな焼ゴテ(1ポンド級)を出して見せたが、これは使わないと言う。どうするのかと思えば、アルコールランプを使うのだそうだ。このアルコールランプは、タンク部分が多面体で、いろいろな角度で置くことができる。

Greenfield Village (12) ほとんど横向きに置き、吹管を使って炎を所定の場所に導く。吹管は、長さが30 cmほどの平仮名の「し」の字の形をしたブラスの細い管で、青い炎を目的の場所に当てることができる。フラックスを少量塗ってハンダの粒を置く。やはり置きハンダだ。ブリキはハンダ付けが極めて容易で、あっという間に付く。机に松脂が置いてあるので、それも使うのかと聞いてみたら、松脂はあと始末が面倒だから使わないそうだ。
 ハンダは2×3×1.5mm程度の大きさであった。

 ここで作られた商品は、売店で適価で売っている。 

2016年09月04日

Greenfield Village

 このグリーンフィールド・ヴィレジには1991年から鉄道が整備された。もちろんヘンリィ・フォード自身の意思によって線路敷設は予定されていたのだそうだが、時間が掛かった。
Greenfield Village (9)Greenfield Village (7) 機関庫は1884年に建てられたものを移設した。転車台は手動である。
 稼働可能な蒸気機関車は3輌あって、先の4-4-2、4-4-0とこのメイソンボギーがある。 
  
Greenfield Village (30) かなり大型である。訪問時には機関庫に入っていたが、走っている動画はかなり見つかる。


Greenfield Village (31) 機関庫の中にはピットも切ってあり、動輪の嵌め替えもできるようになっている。工具類の並べ方は参考になる。


Greenfield Village (34) 煙突は上下できるようになっていて、煙を庫内に充満させることがない。見学スペイスは高く、作業の邪魔にはならない。原則として機関車を奥に突っ込む。そうすれば作業スペイスが確保できる。
 テンダは後ろに尻を出しているときもある。昔、テンダばかり買う男がいたので、何をするのだと聞いたら、こう言った。
「機関庫に並べるのだ。」

2016年09月02日

祖父江欣平氏の殿堂入り

 祖父江欣平氏を、O Scale Hall of Fameに入れようと、過去5年ほど動いてきた。その前の段階から考えると、もう10年もやって来たことになる。

 DavidはワシントンDCの弁護士で、この運動に力を入れてくれていた。今まで殿堂入りした人は、すべてアメリカ人だ。その点も難しいところであった。
 筆者は各地で何回か、祖父江氏に関するクリニック、”The man who built engines for Max Gray" を講演した。参加者はすべて、祖父江氏のファンになり、運動を後押ししてくれた。O Scaleのコンヴェンションをまとめる評議会で何度も話題になったらしいが、すでにその年の人選が終わっていて、難しかったようだ。
 ようやく、今年になって可能性があるという知らせをもらったが、決定を知らされたのは最近だ。日本人が、アメリカの殿堂入りをするということは、画期的なことであり、日本の模型界のみならず、世界に影響を与えた模型人という意味でも、我々模型ファンは深く心に刻むべきことであろう。
 写真を送らねばならない。良い表情のものを探している。
  
 これは、もちろん日本の模型雑誌でも発表すべきことである。さて、どんな扱いになるだろうか。雑誌社にコンタクトしたいが、先年コンピュータが2台ともクラッシュして、アドレスが行くえ不明になってしまった。 

2016年08月31日

続 O Scale Resource

 OSRは、もともとあった紙媒体の雑誌を受継いでいる。数千部では経費ばかりかさんで採算割れしてしまった。いっそのこと、無料のウェブ雑誌にしてしまえば、採算が取れるという計算だ。大きな利益を目的としていないので、損失がなければよいのだ。編集者は、良い書き手を求めて、取材活動をしている。くだらない投稿記事ばかり並べるような雑誌とは、一線を画しているのだ。

 編集者は、筆者と過去に何回か話をしている。記事にあったように、Melissaが日本に来て、当家に逗留していった報告を聞いて、ぜひとも詳しい話を聞きたいと思ったのだそうだ。
 博物館のレイアウトの分岐がハンドメイドであることには甚く感動していた。例の4番Y分岐と8番の関係など、目から鱗だったようだ。また、持って行った等角逆捻りのサンプルを見て、眼を輝かした。
「これはすごい発明だ。このデモンストレイションをやったら、みんな拍手喝采だよ。」
線路を持って行かなかったので、ハーマンの遺品の線路を借りて置いた。p.28の写真を見ると泣き別れになっているが、そんなことはどうでもよい。3点支持のまずいところがよくわかったのだ。

 ハーマンの奥さんが、
「線路がたくさんあるが、持って帰れるものなら博物館に寄贈したい。」
と言う。有難い申し出であった。線路はいくらあってもよい。ショウケースの中の展示用が不足していた。縦横高さの和158 cm以下であれば持って帰れる。航空会社の上級会員になっているので、荷物の数も余裕がある。数十本貰い、ちょうど良い箱を作って入れた。他にも、
「組み掛けの貨車キットなども、持って帰ればどうか。」
と勧めるので、10輌分ほどもらってきた。完成時には「ハーマンからの寄贈」というシールを貼る。
  墓地でハーマンの墓に参り、
"Bye bye, Harmon."
と言った瞬間に、それまで気丈に振舞っていた奥さんが号泣した。遠いところを来てくれたことを感謝された。

 帰国してから、すでに半分以上組んでしまった。欠落した部品は自作して補った。どれもシカゴ近辺の鉄道会社の貨車である。久しぶりの車輛工作だ。ハーマンのことを思い出している。

2016年08月29日

O scale Resource

 昨日友人から連絡があって、記事が載っていると言う。開いてみたら、5ページもあって驚いた。27ページからである。編集者によると5,6回の連載にするつもりだそうだ。この雑誌は無料のウェブ雑誌で、広告費と寄付だけでやっている。金を取る雑誌よりも中身が良いと評判である。数千人の定期読者がいるそうだ。

 先日、シカゴに行ったときに、亡くなったハーマン宅を弔問し、墓参した。その時、奥さんが編集者に筆者が来ることを連絡したのだ。彼は急いでやってきて、3時間半のインタヴュを受けた。
「世界中であなたしかやっていないプロジェクトを紹介したい。なぜ、ここまで機関車の性能向上に心血を注ぐのか、それは一体何が始まりだったのかを知りたい。誰があなたに影響を与えた(mentorという言葉を彼は使った)のか。」と聞く。
 彼はジャーナリストである。今まで、仕事上でも趣味の世界でも、さまざまな報道関係者と話をしたが、彼の姿が一番正しい。核心を突いているのだ。

 i-Padの写真を見せながら、いくつかのサンプルを机の上に並べて見せた。彼は一つずつ動かしてみて、驚嘆した。
「これは模型の世界ではない。とてつもなく素晴らしい性能だ。どうして模型製造業者が飛びついてこないのだろう。」と聞く。
「単純に言えば、彼らに能力がないからです。見ても理解できない人たちなのです。実際に走らせていないから、100輌牽くと言っても、フーンで終わってしまうのですよ。」
と答えた。
「誰にもわからない、とは思えないけど。」
「ごく一部の人はわかります。今回も車輪を1000軸ほど買ってくれた人がいて、それを持ってきました。また、韓国の製造業者はこの歯車を欲しがりました。」
「でも、実用化されなかったよね。」と畳みかける。
「アメリカのインポータがそれを蹴ったのです。頭が悪いとしか言えませんよ。『単なるマスターベーションの一種だ。』と言ったそうです。でもヨーロッパには売れたようです。それほど高いものではないからね。」
「うーん。そうだね。」

 100輌以上の列車が1輌の機関車によって牽かれ、なおかつ下り勾配で発電しながら降りて来る様子をヴィデオで見せると、
「これは世界中に見せる必要がある。」と言った。           
 
 忘れていたが、このブログの開設10周年の記念日が過ぎたことを指摘された。 

2016年08月27日

gas engine

Greenfield Village (26) これがそのガス・エンジンである。gas motorとも言う。「〇×モータース」という言葉はここから来ている。アメリカではいまだによく聞く。diesel motorという言葉もある。

Greenfield Village (29) さて、エンジンはこの配置であったのだ。排気ガスは観客のほうに出て行ったらしく、途中で切れている。軸受は二つで、クランクケースはない。コンロッドやピストンの潤滑はどうしたのだろう。シリンダの中頃にパイプがある。そこから潤滑油を滴下したのであろう。油は飛び散り、ブロゥ・バイ・ガスはすさまじいものだったろう。点火プラグが見えないから、焼玉エンジンのようなものであったのかもしれない。窓を開けないと、とても運転できないだろう。
 当時は電気モータは非常に高価だったようだ。また直流送電の区域では大電流が取れず、使えなかったらしい。

Greenfield Village (25)  翼の組み立てはここで行われたのだ。堅い木を接続して作られ、ワイヤで引張って羽を捩じる工夫がある。細かい細工は自転車の技法を駆使してあり、自転車屋ならではである。

Greenfield Village (28) この一角にはボーリング中のガス・エンジンがある。4気筒だ。既存のものでは役に立たなかったので自作し、出力を上げている。この大きさでもせいぜい12馬力であるが、他の熱機関に比べると、対質量比で大きく勝っている。

 風洞では、揚力を羽の断面を変えながら測定していた様子が分かる。彼らは職人であると同時に科学者であった。考えながら作るというところが、他の挑戦者と大きく異なるところであったことを実感した。理屈だけではだめなのだ。

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