2018年09月24日

Kemalyan氏

 ケマルヤン氏は、走る鉄道模型の開発に貢献した人である。造形も素晴らしかったが、様々なアイデアを鉄道模型に応用した。
 初期の段階においても、ウォームを機械で削り出したものをそのまま使うな、と指示したらしい。必ずバフを掛けて、表面をつるつるにせよと言ったのである。要するにウォーム歯車の損失の大部分は摩擦損失であることを知っていたのである。効率を上げるには、これに勝る方法はない。

 台車では、軸を細くせよ、軸に熱処理をせよ、という指示も出している。当時の標準は軸が 3.2 mm径、あるいは 3.0 mm径であったところを1.5 mmにした。細くすれば仕事量が減り、摩擦損失は小さくなるのは当然であるが、誰もしなかった。

 この車輪のフィレット半径を大きくしたのは誰なのかが知りたかった。それは、意外にもカツミの高橋 淑氏であった。
「理屈は分からないが、とにかくフランジが当たらなければ抵抗は減るだろうと思った。」とのことである。正解だが、これ以外にはその応用例がなかったのは残念である。

KTM case 台車はアメリカでよく見る、小物入れの透明ケースである。スポンジは日本のものとは手触りが違う。30年以上経っても劣化していない。
 日本からは裸で送って、アメリカで箱に詰めたらしい。 


2018年09月22日

roller bearing trucks

 この台車枠は素晴らしい。過去のKTMのどの台車とも違う合金が使ってある。やや重い亜鉛合金なのだが、色が白い。シルミンのような色である。かなり快削性がある。
symington-could trucks 説明書にはvirgin Zamakとあり、劣化しないとある。その軸受けはグラファイト粉末を入れた Delrin ということで、鋼製軸との摩擦を減少させ、10年間の保証を謳っている。この種の文章は鉄道模型界では極めて異例である。車輪は鋼製で黒色処理がしてあり、減りにくいとある。それは10年ほど走らせているから、よく分かっている。 また、振れもない。

modifying trucks 筆者はこの軸径がΦ1.5であることに目を付け、内径1.5、外形4.0のボ−ルベアリングを大量に持っているので、嵌めてみようと思い立ったのだ。デルリンに嵌め込むのは難しい。小さなものを加工しても心が出ないのである。ブラスの棒から挽き出した。筆者は同じものを12個以上作る作業はしないことにしている。これは8個だから良いだろうと思ったが、ベアリングがきちんと嵌まるような加工は難しく、20個ほど作って良いものを選んだ。さらに外からベアリング・キャップが嵌まるので、それからも控えなければならない。

 ロックタイトで固定した。液が中に入らぬよう最深の注意を払って組み立て、放置して固まるのを待った。結果は成功であったが、とても疲れた。

 板バネは少し加工してコイルスプリングの代わりに入れ、これはスーパーXで固定した。カブースに付けて試走させた。合格であった。  

2018年09月20日

Japanese market

 KTMという会社は、戦後長らく輸出用には最高のものを、国内需要には二級品をというポリシィを持ち続けて来た。ライアン氏による鶴の一声で、輸出用には厚い板を用いた工芸品を作ったが、国内向けはIMPの時代のままと言ってよいものしか売り出さなかったのだ。

for Japanese market このUS Hobbies向けの台車も、その路線を踏襲している。国内でこのローラ・ベアリング台車を手にしたのは1970年代の最後だと思う。いやな色をした車輪でフランジが直立に近く作られていた。こんなものでは満足できなかった。一組手に入れただけで、そのまま抽斗に入れて20年以上経った。

KTM case 2005年頃に土屋巖氏とアメリカに行ったとき、この台車のアメリカ仕様を大量に手に入れた。それには、随分良い車輪が付いていた。箱はいかにもアメリカ製のポリスチレンの綺麗な箱で、大きなKTMのロゴが金色で箔押しされていた。既に韓国製の時代になり、日本製は過去のものとして人気がなくなって、割安であった。価値の分からない人は多いのだ。

without bearing cap 軸は細く Φ1.5で、熱処理した軸である。硬い。軸受はデルリン(ポリアセタール)で摩擦が少なく、無潤滑でも行ける。軸の先端には、ローラ・ベアリングのキャップが嵌まっていて、それが回転するのが見える。RP25の枠組みの中にある。
 ボールベアリングやピヴォット軸受には負けるが、かなり優秀な転がりを示す。無給油で1%の坂を転がった。注油して重いものを載せると、0.75%以下で転がった。決して悪くない転がりだ。 

pseudo Low-Dpseudo Low-D2 この2枚の写真をご覧戴きたい。鉄レイルの上をよく走らせてあるので、黒色処理が磨り減っているが、フランジに触っている形跡がない。フィレットのRはかなり大きい。フランジ角も小さい。Low-Dと同じ考え方である。

2018年09月18日

leaf spring

leaf spring この写真はUPのカブースの台車を取り替えたものである。このタイプの台車があったかどうかは別として、少々工夫したものである。間違って多過ぎる窓は、塞いで埋めた。リヴェットを打った板を貼って丁寧に削り、段差を無くした。

 貨車の台車はコイル・スプリングで懸架されている場合が多い。コイル・スプリングは 摩擦損失が殆どないので、振動が減衰しにくい。普通の貨車はともかく、カブースは、それでは具合が悪い。乗員が振動(共振振動数の問題が大きい)でどうかなってしまう。客車のような減衰力のあるバネで懸架されるべきだ。
 模型の台車のうち、リーフ・スプリング(重ね板バネ)を付けているものは少ない。仕方がないから作る。バネの形をした鋳物を半分に切り、台車のコイルバネの部分を削って、嵌め込む。ハンダ付けかエポキシ樹脂で接着する。

 たまたまリン青銅板でできたバネを見つけた。KTM製のローラ・ベアリング台車のコイルバネを外して嵌めると良さそうだということに気が付いた。後述するが、かなりの手間を掛けて嵌め替えに成功した。同時に、ボールベアリングを仕込んだ。もう一回やれと言われても、やりたくない面倒な工事であったが、取付けに成功した。

 この台車はKTMの製品中、断トツによく出来ている。アイデアはケマルヤン氏で、設計は酒井喜房氏である。軸の摩擦が少なく、長持ちする。この車輪の形状が不思議なのである。


2018年09月16日

ダイヤモンド・ホィール vs. 鋼

 最近はダイヤモンド工具が安い。百均の店に行くと様々な先端工具がある。さすがにダイヤモンド・ホィールは見たことが無いが、通販で購入すると安くて驚く。

 鋼材(鉄合金)をダイヤモンドホィールで切る話を、時々ウェブ上で見かけることがある。ご本人は気が付いていないようだが、あまり感心しない話である。ダイヤモンドは鉄と反応するからである。高温では炭化鉄になってしまう。

 例えば、モータのシャフトを切る時、ダイヤモンド・ホィールの直径を測定してから切ると、切断後少し小さくなっていることに気が付く。減るのは当然だと思う人もいるが、切断砥石を使った時は減り方が少ないはずだ。しかも速く切れる。

 ダイヤモンド・ヤスリで鉄合金を削るのはダメなのかと聞かれることもあるが、それは構わない。要するに温度が問題なのだ。赤熱したり、火花が散っているようではいけない。ヤスリ掛けでは、そんな温度にはならないから問題ない。

 旋盤でダイヤモンド工具を使う人は、アマチュアではいないだろうが、ゆっくり廻す分には問題ない。ダイヤモンドは熱伝導率が極めて大きいので、赤熱することはないはずだ。余談だが、こんな事例がある。

 そんな大きなものは持ったことは無いが、ダイヤモンドの薄板を温かい指で挟んで、氷に触れさせると、氷は融けてダイヤモンドが食い込んでいく。指は冷たさを感じる。ダイヤモンドは金属よりはるかに熱を伝えやすいものである。


2018年09月14日

曲がったブラス板を平らにする

 薄いブラス板を落として、角がくしゃくしゃになった経験はないだろうか。ペンチで修正しても、細かい凹凸が残っている。普通の方法では直らないから、新たな材料で作るしかない。

ヤスリによる塑性変形の応力 昔、伊藤剛氏に教えて戴いた方法を紹介する。とても簡単な方法である。平面を見せたい方の面を下にして傷の無い金床の上で粗いヤスリを被せて、叩くのだ。もちろんヤスリを普通のハンマで叩くと傷が付くし、ヤスリも折れてしまうかもしれない。筆者はゴムハンマで叩く
 剛氏のオリジナルの方法は、ヤスリと共に万力で挟むということであった。筆者の万力の口金は模様があって、それが転写されてしまうから、傷の無い金床の上で叩く。もちろん、傷の無い鋼板と粗いヤスリとで、挟んで締めても良いのだ。少し伸びて大きくなるから、縁は削って修整する必要が生じるが、平面が戻る。この方法は、星打ち(七子目ならし)と呼ばれるらしい。

 理屈は一言で言えば、なるべくたくさんの部分(体積にして)が、塑性変形の応力を受けるようにすることである。ヤスリの尖った部分がブラスにたくさん突き刺さって、どこもかしこも塑性変形するわけだ。ペンチで曲げても部分的にしか応力は加わらないから、一部しか変形、修正されない。だから、へなへなのままである。

nanako 精密機械やメータなどの測定機の中をあけると、ベースになる金属板に無数に細かい傷がついているのをご覧になった方もあるだろう。あれこそがこの方法が応用された実例であるとのことだ。平面の板が必要な時は、この方法を使う以外ないのだ。

 この話を剛氏から教えて戴いたのは、30年以上前のことである。時々やるが、とてもうまく行く。紹介記事を書こうと思ったが、どんな絵を描こうかと迷っていたところ、名古屋模型鉄道クラブ会報の、古い記事を再録する作業をされている濱島氏からオリジナル記事を送って戴いた。 早速絵を描き直して紹介した。

2018年09月12日

最新の切断機

LatestLatest3 つい最近購入したという切断機を見せて貰った。ぴかぴかで素晴らしい。筆者のも昔はこうだったのだろうか。いや少し違うと思う。
 加工する工作機械の進歩で、表面の粗さが違う。つるつるしていて、面取りも大きい。おそらく錆びにくい。錆びやすさは表面の粗さに関係がある。筆者のも細かいサンドペーパで磨って、油を塗っていた。だんだん面倒臭くなってきて、溶剤で洗ってクリヤ・ラッカを吹いた。それが段々変色して現在に至る。

latest3 新しいものには安全装置の針金が刃物の前に通っている。指を切らないようにという配慮らしいが、むしろ邪魔である。それよりも刃物と連動する押えがあったほうが良い。コメントで藤井氏が教えてくださった AccuCut には、それが付いている。良さそうだ。真似をして作ってみたいものだ。

 今考えているものはリンク式の押えで、トグル式クランプを使うものだ。テーブルわきに熔接して、ワンレバーで押し付けたいと思う。伊藤 剛氏のお得意のイコライザ機構を付けて、均等な押し付けを考えているが、AccuCut方式のほうが良いかもしれない。

 今回発表の切断機用テーブルを鉄工所に発注する準備をしています。相乗りをご希望の方はコメント欄で〈私信〉として連絡してください。今月末で〆切ります。 

2018年09月10日

続 切断機をカスタマイズする

0001607_3 ブラス板を固定するとこんな感じである。小さなクランプ二つで留めて、簡単に切れる。直角ガイドがあるから極めて楽である。




 これをクラブの仲間に見せると加工希望者が集まった。鉄工所の暇な時期を狙って注文することにしたが、問題は個体差である。
 長年の間に微妙な設計変更があり、固定刃の位置を微調整するネジが付いたり、足が太く長くなったりしていた。ハンドルのネジも当初は1/2インチのネジであったが、途中でM12になり、最近はM16のようだ。
 今のところ、固定刃の高さには4通りがあることが分かっている。即ち、テーブルの脚の長さが4通りになる。同じものを作れば安いが、異なるものを現物に合わせて作ると手間が掛かり過ぎて、高いものになる。
 脚の長さは一定として、シムを挟んで高さ調整というのが一番楽な方法であろう。

holes また、テーブルを固定せず着脱式にすると、送り装置を付けられるという希望もある。テーブルを付けると、足を取り付けるネジが外せない。そこで卓抜したアイデアが出された。テーブルに、その固定ネジを抜き取る孔を二つあけることである。ネジの頭の直径よりも大きな孔をあけるのだが、そこにワークが嵌まり込むことは無いだろう。


2018年09月08日

切断機をカスタマイズする

 遠藤機械が発売している切断機は、鉄道模型界では根強い人気を保っている。薄板を切るには便利な道具で 1 mm厚のブラス板が切れる。1200×365 mmのいわゆる定尺板(業界では小板という)を切ることができる。

 TMS1972年3月号の新製品紹介記事に出ている。当時の価格は12,000円だった。それが50年近く売り続けられている。確かに便利な道具である。しかし、ワークを手で保持しなければならないし、どうしても引き込まれる方向に力が掛かる。直角に切るのは少々コツがあって、そう簡単ではない。

plywood table 筆者は2本の足に大きな合板製のテーブルを付け、そこに留め具をネジ留めするようにしていた。マホガニィの合板の屑を用いた。合板は厚く、留めにくい。薄い鉄板で作れば小さなクランプで留められる。一念発起して簡単な図面を描き、友人の鉄工所に持ち込んだ。


0001607 テーブルは 180 mmの奥行(足の長さと同じ)とし、4本の支えで固定した。4 mm厚の板だから、踏んでも曲がらないが、それほど重くもない。1インチ(25 mm)のクランプで簡単に留められる。

0001607_2 直角に切りたい時の直角定規も同時に取り付けた。有効幅が 370 mmしかないので、365 mm幅の材料に対しては 5 mmしか余裕がない。細い角材の先を 2 mmまで削って熔接してもらった。ここの熔接は素人にはできない。プロの仕事である。筆者がやると真っ直ぐにはならない。
 これでざくざく切れる。

2018年09月06日

続 塗装ブース

 今野氏のブログに塗装ブースにバッフルを付けた例が掲載されている。段ボールを切って付けただけだが、好結果を得ている。
 Brass_solder氏のブログにも掲載されている。材料の弾力で浮かせてある。これでも良いのだ。他にも作例が見つかるが、隙間が左右だけしかないものもあって、それでは効果が期待できない。
 上下左右に均等な隙間があることが肝要である。また、風圧でめり込まないようにする。工作時間は5分も掛からないであろう。皆さんも、ぜひ採用して戴きたい。驚くほどよく吸われ、臭いがしなくなる。

vortex 筆者の作例はジャンクのコンピュータ用冷却ファンを4台並列に付け、その前に間口60 cm、高さ40 cmのフッドがある。バッフルとの隙間は20 mmほどである。バッフルの縁は後ろに曲げておくと、音が多少静かになる。渦が大きくなって、遠くに行くからである。

 内部には照明がたくさんある。白熱電球もついているから、少々熱くなる。カブリを防ぐためである。白熱電球は製造停止になったので、スペアをかなり持っている。バッタ屋に行くと投げ売りしていたから買い占めた。このような用途には不可欠だ。
 また、ターンテイブルがあって、ワークを回転できる。その上には餅焼き金網で作った台がある。風が抜けるので、細かいものを塗装しやすい。

 排気は全く継ぎ目のないパイプで外に抜けている。外で上に行って雨が入らない形の煙突につながる。屋外で排ガスが漏れる分には問題ないが、室内では洩れないようにした。

 早く完成させて写真をお見せできるようにしたい。最近のような湿気の多い時期は、外では塗装ができないからだ。塗装待ちがかなり溜まっている。既に埃が付いたのもあって、洗わねばならない。無駄な仕事が増えてしまった。

2018年09月04日

塗装ブース

 塗装ブースの設計に関することで、問い合わせを戴いた。現物が今はないので写真をお見せできないが、基本概念だけは図で説明できる。

 様々な形の塗装ブースが発表されているが、そのほとんどは気休めの域を出ていない。大量の空気を吸えばそれで良いはずだが、現実にはワークに当って跳ね返ったものは吸い込まれないこともある。ある友人の塗装に立ち会ったことがあり、部屋中にシンナの臭いが立ち込めたことが、それを裏付けている。

 少ない風量で、完全に近い吸い込みを期待しようと思うと、風速を上げることである。風量が限られているから、断面積を小さくするしかない。

fume hood 化学実験室には、fume hood(日本ではドラフト・チャンバーという怪しい言葉が使われている)がある。有毒なガスが出る実験はこの中でやる。そのガスが重いか軽いか、によって下の出口をあけたり、上をあけたりする。その手前にはバッフルという板があって、空気はそこの上下にあるスリットのどちらかから吸い出される。よくできた装置では、少ない風量で完全に吸い出される。前面のガラス戸も汚れない。これを見て閃き、自宅の台所の換気扇を改造した。

kitchen hood 30年以上前に住んでいたマンションの台所の換気扇は、何の工夫もない単なる箱状のもので油煙は溢れ出し、部屋が汚れた。風量を増すのは大変だったので、中にバッフルを吊り下げた。アルミ板を曲げてぶら下げただけだったが、効果は覿面で、煙は完全に吸い取られた。

 kitchen hood improved 煙はバッフルに当って横に移動する。その端の部分の流速は、今までの10倍ほどもあるので、煙ははみ出すことなく吸い取られる。おそらく、当時そのような台所換気扇は日本で唯一であったろう。特許を取っておけば良かった、と今でも思う。しかしその特許が売れたかは怪しい。このバッフルつきが商品化されたのは、ここ数年のことであるからだ。その購入者も理屈を理解しているようにも見えない。ただ意匠上のことだと思っているようだ。上記のリンクのカスタマーレビューの中にも、”カバーがある分吸い込み能力は並”と書いてあることからも推測できる。ずっと性能は良いはずである。メーカは、どうしてその機能を謳わないのだろう。
 
 その後転居して、現在の住居では油煙の出る物は外で調理するので、コンロの後ろから上にせり出して来る、簡単な局所換気扇で用が足りるようになった。(リンクは一例である。筆者宅のはもっと原始的なものである。) 

 現在の住居に引っ越してから、模型の塗装は外でやるようになったので、塗装ブースは作りかけて何年も放置されている。バッフルも用意したがまだ付けてない。


2018年09月02日

崖の表現

 崖の表現は古くからの課題であった。日本にはレイアウトは少なかったが、椙山 満氏、古橋正三氏らのレイアウトを見せて戴いた時に材質を確認した。当時は金網石膏タイプが多かった。その後、紙系材質の骨組みプラスタの組合せが増えて来た。最近は金網・ポリエチレン・紙・プラスタになってきたようだ。

 アメリカの雑誌を読んでいたら、この方法に行き当たった。ただし、全くリアルでなく、すべての層が水平に積んであるだけであった。材質はもう少し厚いホマソートであった。それでもかなり岩の感じが出ていた。

 自宅を建てたときの材料を残してあったのと、近所の工事現場で廃材置き場を丹念に見て集めておいたものを使っている。
 ナイフで切ることができるが、刃はすぐダメになる。硬い成分が含まれているからだ。折るときは、先回の写真のように半分を足で押さえて、残りを当て板をして踏む。切り口はランダムに割れ、なかなか良い。

 貼り終えて接着剤が固まったら、刷毛に水を付けて地層に沿って左右にこする。こうすると、多少丸味が付いてより実感的になる。穴は事前にかけらを突っ込んで塞いでおくのは言うまでもない。


2018年08月31日

崖の素材

 何人かの方に種明かしを迫られたが、沈黙を守っていた。これは天井のタイルである。日本語ではなんという言葉を使うと正しいのかよく分からないが、商品名は大建ダイロートンと書いてある。かなり安いものだが、工事現場で捨ててある半端品を貰って来たからタダである。
 材質はロックウール(石綿とは異なる人工物である)とセルロースだろう。後者は不燃加工してある。

cutting apartbreak it それを 7 cm程度の幅に切り、半分に割って切り口を露出させる。表面は多少人工的であるので、下を向けて見えないように積む。



making cliff 全体の褶曲の様子を頭の中で描いて、ある程度の角度で積む。支えの合板にも接着剤を付けて剥がれて来ないようにする。



anticline この部分は背斜になっている。多分この下には石油が埋もれているだろう。だから石油タンクがあるというのは、出まかせである。


2018年08月29日

ユニヴァ―サル・ジョイントの不等速性

 現物を手で廻してみると、この辺りは速くなる、この辺りは遅くなるというのが分かるが、紙の上で説明するのはなかなか難しい。傾いた軸を回転させながら正射影を見ると、回転部分の円周は楕円を描いている。周速度は一定でも、正射影は一定速ではないのだ。

universal joint そんな説明ではだめであるが、例の工学のエキスパートT氏が、素晴らしい絵を描いて送って下さったので、紹介したい。これを見れば一目瞭然である。よくもこんなうまい絵を描けるものだと、感心した。



 優秀な人は易しい説明で相手を納得させるという良い実例である。自称専門家は、専門用語を並べ立てて、相手を煙に巻こうとするが、それは説明能力がないことを立証していることに他ならない。

 先回紹介した音で角速度の変化を示す動画では飽き足らず、T氏は角速度変化を目でみる装置を作られた。まだ改良の余地があるそうで、この動画はより良いものができれば更新するそうだ。
 途中の黒いリンク装置は動力を二つに分けるクランクである。歯車ではバックラッシがあって誤差が出るので、クランクにしたそうだ。その部分は見る必要が無いのだ。向こうの回転板は左右で位相差が分かるようになっている。追い越したり、抜かれたりする。

 反対側から見た動画もある。


2018年08月27日

阿里山のシェイ

 阿里山のシェイについては多くの方から情報を戴いた。古い写真を点検されて間違いを確認して下さった。
 結論として言えることは何も考えていなかった訳ではなく、間違った方向に統一したようだ。完全に孤立した社会で、他から全く干渉されなかったというのが、その間違いが温存された理由だろう。アメリカの場合は、シェイを使っているところがたくさんあるから、他所のを見るチャンスがあって、間違いを指摘されたりしたはずだ。

 トラックのドライヴ・シャフトの話も出たが、それは正規の位相しか組めないようになっているのだそうだから、間違いようがない。急勾配の曲線上で客貨車を押し上げている時、彼らは何を感じたのであろうか。振動して当たり前と思っているなら、悲しい。

 ちょうど友人のN氏が、1968年撮影というvideoを貸して下さった。DVDになっている原氏の台湾旅行記である。例によって撮りまくったもので、細かいところは一切写っていないが、当時の雰囲気は分かる。若かりし頃の 植松宏嘉氏の姿が写っていて、懐かしい。
 原氏は機械工学を専攻したことになっているのだから、気が付いてもよさそうだが、その件については何もない。

 最近のニュースによると、嘉義は大雨で浸水し、阿里山鉄道も運休のようだ。

2018年08月25日

再度 ユニヴァーサル・ジョイント 

 阿里山のシェイは混迷の度合いを増してきた。彼らは一体何をやっていたのだろう。曲線では異常な振動があるはずだし、駆動系の寿命も短くなる。 
 写真集もたくさん出ているが、それらも間違いを写している。撮影者や、編集者は何も感じないのだろうか。機構学の知識がなかったとしても、正しいシェイの写真を見たことがあれば、何かおかしいと気付くのが普通ではないか。

gear trainUV joint 実はしばらく前のことだが、博物館の図書の整理をしていて、1976年のNMRA Bulletin(会報)を見付けた。その中に無視できない問題があった。
 その記事は鉄道模型の動力伝達方式の研究で、10ページほどもある大論文である。モータの架装の仕方とかギヤトレインについて、細かく実例を書いてある。ところが、ユニヴァーサル・ジョイントの接続法が間違っている。丁寧に書かれた図が間違っている。説明文にも、90度捻るとある。これはどうしようもない。
 その図の上の方にゴムパイプでつなぐ絵があるが、ギヤボックスの反動受けの話もない。前後進で調子の違う機関車ができる。

 2,3箇月後の号に訂正が載るはずだと思って調べたが、見つからなかった。おそらくそのままになっている。NMRAも意外に低レヴェルである。AJINは間違っていたが、その図を見て間違えたわけでもあるまい。しかし、これは由々しき事態である。

 その後NMRAには車輪の件で何度も手紙を出して間違いを知らせたが、規格担当者の資質の問題で、ますますおかしくなった。その件もあって、NMRAとは縁を切った。アメリカの O scale の友人たちは、「NMRAはHOの連中の集まりだから、付き合う必要などない」と、切り捨てた。

 この件に関しては、栗生氏の記事の一番下の【追記3】にその顛末が出ている。

2018年08月23日

続々々 Shay geared locomotives

25-3 ギヤはむき出しだから、油が飛ぶ。油はタンクから滴下するようになっているが、この機種だけは軸端から入れるようになっている。軸受への注油と兼用だろう。


Shay 25-9 これは水面計である。キャブ内にもあるが、もう一つ付けたのだ。こんなところにまで水面計を増設したということは、水面の泡立ちによる見誤り等があったのだろう。(コメントで、勾配での変化が少ないところに付けたという説明を戴いている)

Shay25-11 給水温め器である。かなり大きい。配管は単純で、追跡するとすぐ分かった。



 ユニヴァーサル・ジョイントの件には参った。ひどい話だ。誰も理屈が分かる人が居ないのだろう。昔はどうだったのだろうか。どなたか、古い写真集をお持ちの方は確認願いたい。台湾には知らせてやるべきだろう。開き直られると大変だ。そういう人もいるらしいから、気を付けて手紙を書かねばならない。


2018年08月21日

続々 Shay geared locomotives

Shay 25-2Shay 25Shay 25-4 動態保存されているのを見かけた。この3気筒も、傘歯車は後ろにある。


 
 火を入れればすぐ動きそうである。これはオイル炊きに改造されている。石炭を焚くのにはある程度の技量が必要であり、カマ焚きを養成するのはもう賄いきれないのであろう。

Shay 25-6Shay 25-5 石炭庫の上の方に油槽を作ってある。体積が小さくなったので、その分、水をたくさん積める。給水温め器は巨大である。おそらく国鉄仕様のを無理に載せたのだろう。水面計は外にも増設してある。
 
Shay 25-7 前の台車へ行くドライヴシャフトがおかしい。現地では気が付かなかったが、この写真で判断する限り、間違っているように思う。位相がおかしいのである。平坦な直線路を走っていれば気が付かないだろうが、急曲線で重負荷が掛かるとアウトである。

2018年08月19日

続 Shay geared locomotives

Shay 23-2Shay 23-3Shay 23 この機関車は3気筒である。この機関車もギヤが逆方向についている。やはり何かの理由があるはずだ。
 ユニヴァーサル・ジョイントは外してある。静態展示なら付けておくべきである。

 ボイラーさえ更新すればいくらでも寿命は伸ばせるのだが、放置してある。要するにお金さえあれば直せるはずだ。どなたか懐の温かい方が手を伸ばして下さらないだろうか。

Shay 23-4Shay 23-5Shay 23-6 この機関車も、キャブは何回も作り替えらえて中華風になっている。エンジン部はオーバーホールして部品を換えれば使える筈だ。ユニヴァーサル・ジョイントがないのは残念だ。 

 空気圧縮機が一つしかないが、不都合なく使えたのだろうから十分であったのだろう。ギヤード・ロコはエンジンブレーキが良く効くそうなので、それで良かったのかもしれない。


2018年08月17日

Shay geared locomotives

Shay 29 阿里山のシェイの動力機構の歯車配置は個体によって異なる。小歯車が前方(煙室側)にあるのと、後ろ側にあるものがあるのだ。ここで見る限り、3気筒のものは後ろにあるようだ。
 エンジンの構成が同じなら、逆転レヴァの向きが逆になりそうな気がするが、良いのだろうか。小傘歯車の減り具合によっては、歯の裏を当てて均一な減り具合を期待しているのかもしれないとも考えたが、前後を逆に運転すればよいことで、それも考えにくい。筆者は小ギヤは必ず前側にあるものだと思っていた。


push-pull train 嘉義市内の北門駅に行った。嘉義駅から歩いても15分程度だ。下り列車がやって来たので写真を撮った。
 鉄道公園になっていて、そこにはシェイが3輌あった。1輌は動態である。あとの2輌は保存状態が良くないのだろう。静態展示されている。

Shay 13-2Shay 13Shay 13-3 この13号は小さい。2気筒の機関車だ。キャブは何回も作り替えられたのだろう。原型を全く留めていない。


2018年08月15日

続々 阿里山

ShaysShay 18-2Shay 18 奮起湖駅には機関区があり、そこには2輌のシェイが置いてあったが静態である。片方はドライヴシャフトも外してあった。

 ここには整備工場もあったが、もぬけの殻で、壁に近いところに、古い旋盤とボール盤があった。旋盤の展示は向きが逆で、スピンドルが右にあった。おそらくもともとそういう向きにあったのだろう。観客の観覧スペイスを作るために、平行を保って奥にずらしたので、意味不明の展示となってしまった。こういうところは考えるべきである。

Shay 29Shay 29Shay 29-6Shay 29-3 シェイは頂上の駅付近にもまだ置いてあるのだろうが、詳しくは分からない。阿里山のシェイはどれがオリジナルなのかが、特定できないらしい。フレームを新製したり、廃車と振り替えたりしたという。ボイラも自家製と取り替えているものがあるという話も聞いた。

Shay 29-5Shay 29-4 小さな機関車である。762 mmゲージだから、北勢線と同じである。今までに見たものは、 standard gauge と 3-ft gauge であるから、格段に小さい。

 彼らもこの機関車が観光資源になると気付いたので、最近は大事にしている。40年前は、買おうと思えば、目方で買えるという話さえ聞いた。北朝鮮の蒸気機関車も、おそらく目方で買えるだろう。代わりの機関車を持って行けば、喜んで交換するかも知れない。狙っている人も居る筈だ。しかし、石油のない国だから難しいのかも知れない。


2018年08月13日

続 阿里山

loop line 樟脳寮という駅を過ぎると、世界で最も巻き数の多いループに突入する。2巻き半と8の字というとんでもない線形で、車窓から樟脳寮の駅が、3回見える。



 この辺りから高原に入り、窓ガラスが熱くなくなる。植生も変化する。シェイの能力はこの種の急勾配、急曲線によく適合する。3気筒のものは特に調子が良かった。ドライヴシャフトが一回転する時のトルクが均一化されているから、スリップが起きにくい。

diesel engine 今回のディーゼル機関車はかなりの大出力らしく、この急勾配を 25 km/h程度でぐんぐん進む。機関車が後ろだから、煙を吸うこともない。途中のトンネルや築堤はかなり新しかった。数年前の大事故で、あちこちを更新したのだ。時々、旧線跡が見える。

奮起湖 奮起湖という駅が、現在の終点で、標高は1400 m程である。ここにはホテルがいくつかあるし、商店街は必要以上に賑やかだ。この地名の由来は、要するに山に囲まれた地形で、霧が湖のように見える事から来ている。前の二文字は元々は別の字で、当て字である。

 バスに乗ると阿里山頂上まで行けるが、時間的余裕が少ない。何かあると帰りの汽車に乗れない惧れがある。3時間ほど、そのあたりを散策した。
 弁当屋が何軒かある。弁當という字を使う。日本語が残っているのだ。

2018年08月11日

阿里山

高鐵 阿里山に行くには、まず嘉義(ジャーイーと発音している)という町に行かねばならない。新幹線で行くと、高鐵嘉義站(站は駅の意味)に着いて、バスに乗り換え、嘉義站に行く。このバスは、新幹線の切符を持っていれば、無料である。20分ほど広い道を走ると、嘉義の駅の西口に着く。新幹線駅はかなり郊外にあるわけだ。

嘉義駅 嘉義の駅は日本の地方都市の駅そのもので、日本統治下を偲ばせる。その阿里山鉄道切符売り場は外の壁に面していて、コンピュータで打ち出した予約表を見せると切符がもらえた。日本語の表示もあるが、音声では通じなかった。

 朝だけ3本の列車が、30分ごとに出る。うっかり早いのに乗ってしまい、席がないのでびっくりしたが、「30分後の列車である」と指摘され、慌てて下車した。車輛はリクライニング座席で、冷房付きである。冷房は個別のエンジン駆動のものである。

 出発後10分足らずで、北門駅に着く。ここはその昔、大きな製材所があったそうだ。既に台湾ヒノキの巨木は枯渇し、製材所は取り壊された。現在は車輌基地があり、シェイの復元工事もしている。ここからさらに30分くらいは、ほとんど勾配を感じない。

pin and link couplers その後60‰以上の急勾配が続く。機関車1輌で客車4両を押し上げる。すべての車輛はピン アンド リンクの連結器と安全鎖二本でつながっている。先頭の客車に監視台があって、いわゆるプッシュプルの運転方式だ。監視台は運転装置は持たない。蒸気機関車の時代は、機関車から先を見ながら運転したが、客車は2輌しか押さなかったので問題はなかった。
 古橋氏はシェイの運転室に乗って行くほどの ”顔” であった。また、機関士が名古屋に訪ねて来ることもあった。

push-pull freight train 置いてある貨物列車もプッシュプルである。安全を考えるとそれしか方法はないだろう。


2018年08月09日

台湾

   台湾は時差が少ないので来やすい。最近は、台北の地下鉄網が完備されたので、市内の混雑の中をタクシィで移動する必要がなくなったのは助かる。しかも電車賃が安い。地下鉄のことを「捷運」という。英語の ”rapid transit” の直訳である。新幹線は「高鐡」という。高速度鉄道の略だろう。外国人には割引切符を提供してくれている。事前にインターネットで押さえるのだが、行ってみると、無効であったりする。金額的には大したことではないが、腹立たしい。ソフトウェアに問題がある。鉄道側は、随分恐縮していた。
   阿里山の乗車券もインターネットで押さえられるが、これは外国人にはなかなか難しい。友人のアシストがなければとても無理であった。開通直後で、乗ってみると満席だ。立ち乗りもできるようで、かなり混む。
   
   同行者は実によく知っているので、安くて安全な宿を押さえてくれた。また、食べ物も廉価で美味しい店ばかり行ったので、日本にいるより安いくらいだった。

   筆者はシェイを1輌持っている。 祖父江氏が作った試作品である。途中まで作って放置してあったのを貰ったものだ。動力伝達装置を工夫して作り直そうと手を付けて、そのままになっていた。車輪も作り替えるつもりでいた。
   本物のシェイを見るたびに写真を撮り、細かい構造を調べてきた。今回の訪台は良いチャンスである。じっくり見てきた。今回見たシェイは、今まで見た中で最小のものである。2-1/2フィートのシェイは初めてだ。 

   阿里山には、45年ほど前に、シェイの大家の古橋正三氏に連れて来てもらう予定であったが、たまたま渡米することになって、そのままになってしまった。当時は生きたシェイがたくさん働いていた時代で、今思えば、万難を排しても来る価値があった。古橋氏には、8mm映画等をよく見せて貰ったが、そのうち行けるだろうと思っているうちに、チャンスが無くなった。


2018年08月07日

ロストワックス

 ケムトロンは鉄道模型に大量のロストワックスを提供した最初の会社である。社長のKemalyan氏はエッチングで車体を作り、手際よく製作できるキットを作った。
 ケマルヤン氏は、Max Grayの友人で一緒に日本によく来ていた。カツミでいろいろなものを作らせて、アメリカで売るためだ。LobaughのChallenger用のテンダーをはじめとして、様々なものを注文した。
 本業は印刷屋で、フォト・エッチングはお手のものである。彼の製品のブラス板は普通のアメリカのブラスとは異なり、さらに緑色がかっている。印刷原版を作る板は腐食しやすい配合になっていて、それを使っているからだ。

 日本では、鉄道模型社が世界で最初にエッチングを使った事になっているが、アメリカでも戦前からあったという話もある。大量か個人の楽しみかはわからない。

 ケムトロンはゴムで型を取ってロウを流し込む普通のロストワックス以外に、金型にプラスティックを注入して作る方法(investment casting)を開発し、精巧な台車等を作っていた。
 ライアン氏はそれをHOに応用したかったので、ケムトロンの主要な従業員を、ケマルヤン氏が日本に来ているうちに全て引き抜いた。別会社を作り、それをPFM製品に付けたのだ。かなり強引なことをやってのけたわけだ。このあたりのことは、またの機会に詳しく話そう。 

stratum 博物館のレイアウトは少しずつ進捗している。今、崖の部分の堆積岩を作っている。地層が傾いているのがミソである。こうすると実感的である。隙間があるが、それはあとで埋める。
 材料は何であろうか。

    実は先月末から台湾に来ている。阿里山鉄道が何年も不通だったのだが、ようやく開通したので乗りに来た。筆者の中国語は全く感心できないレヴェルなので、元台湾に来ていた技術者の方たちに、連れて来てもらっているのだ。
 その間の記事は、自動的に送り出されている。

2018年08月05日

2-truck Shay

 PFMの極めて初期の製品に 2-truck Shay がある。筆者が祖父江氏に最初に会ったときに見せて貰った。その時は単なるHOのシェイだとしか思わなかったが、そのうちにそれがHOの最初のプロダクションモデルであると気付いた。再度じっくり見せてもらった。(写真は上のリンクの一番下の方にある。)

 Oゲージのものとは伝導方式が違う。細いウォームをドライブシャフトに取り付けたウォームホイールに、斜めに裏側から当てている。ウォーム軸は片持ちである。うまい工夫だな、と感心した。しかしながら、祖父江氏は、
「3気筒のは、真ん中のヴァルヴギヤは動かねえんだ。インチキなんだけど、これでいいってんだから、しょうがねえよ。」
とぼやいた。
 その機関車は祖父江氏の設計である。その試作品を保管していたのだ。

  あと2,3輌のHOモデルがあった。ドイツ型の4気筒の機関車は、内側まで作られていた。プロダクションモデルでは、内側は省略されていたそうである。多分、ご自身の設計のものだろう。ギヤは外してあり、押すとするすると走った。

  既に当時祖父江氏は50歳になろうかという時で、「老眼で、もうHOは見えやしないよ。」と言っていた。それから30年以上、彼はより進歩した模型を作り出したのだ。

 このシェイのギヤトレインの設計は、その後の United の標準仕様となった。生産総数は万の桁であろう。もし祖父江氏がいなかったら、様々な点で大きな違いが生まれたことは間違いない。

2018年08月03日

続 職人たち

 HOの蒸気機関車の窓枠を抜くのは面倒だ。細い十字の窓枠を残さねばならない。

 祖父江氏に聞いた話だ。竹野三郎氏という職人がいた。彼は0.2 mmのブラス板を12枚重ねてハンダ付けして糸鋸で抜いた。もちろんヤスリを掛けてから、ばらばらにする。大したもんだということになったが、祖父江氏が
「そんなもの、タガネでも抜けるぜ。」
と言って、6枚ずつ重ねて万力に銜え、先を斜めに研いだタガネで打ち抜いた。万力には研いだ口金を付けているのは言うまでもない。
 板厚の半分の 0.1mm ほどずらしてやれば抜けるという。剪断による歪が出るから、そのひずみを窓枠に関係ない方向にもっていくのだそうだ。抜いたカスは、菱(ヒシ)の実か、蕎麦殻のような形になる。こうして6枚ずつを2回で12枚抜く時間は、竹野氏より短かったそうだ。

 こういった特殊技能の自慢会ができるくらい、素晴らしい職人が揃っていたのだ。竹野氏は、PFMのリストにいくつかの作品が載っている。

 日本には錺(かざり)職人の系譜がある。とんでもなく細かな作業をキサゲとヤスリでやってしまう。そういう人たちは、腕を磨いて、自慢し合っていたのだ。ライアンが来た頃には、その種の職人がたくさん居た。

<追記> 
   mackey氏の情報により、竹野氏のフルネームが判明した。感謝に堪えない。 

2018年08月01日

職人たち

 PFM-NakayamaのUP7000は有名である。手際よくまとめられている。ボイラの上端の高さの線が、実物通りだ。それほど細かくはないが、繊細な仕上がしてある。

 実は中山氏には1987年に、3回ほど会っている。中野区大和町に在住であった。その頃はもう引退して、お孫さんと遊んでいた。また、目が悪くなってもう仕事はできないと言っていた。作業場をみせてほしかったのだが、仕事をやめたのでつぶしてしまったと言う。その場所は駄菓子屋になっていた。眼光鋭い職人を想像していたが、穏やかな長身の好々爺であった。つぼみ堂系列の職人だったようだ。
 「あのUP7000は素晴らしい。」と告げると、「写真と図面を渡されたから、その通り作っただけですよ。大したことは無いです。動輪は何かの流用ですよ。」と言った。確かにこのボックス動輪は、あまり感心しない。Mohawk L4b の動輪に孔をあけ足したような感じだ。聞けばOゲージもいくつか作っていて、その中にMcKeenもあった。

Ken Kidder McKeen 残骸が転がっていたので、お願いして簡単に修復してもらい、相当額で購入した。後部台車はないとのことで、それは自作した。
  
McKeen この McKeen の屋根は叩き出して作ってあり、そのすべての面にリヴェットが打ち出してある。なかなか難しい細工である。また、窓は糸鋸で切り抜いてあり、曲げた真鍮線の縁取りが付いている。
 現在はDCC化してあり、内部には3つのデコーダが載っている。走行、はずみ車、音声用である。マーカーライトには小型電球を入れたが、現在のLEDを使えば、もう少しうまくまとめられる。更新が必要だ。


2018年07月30日

二人のビジネスマン

 この三成氏の生き馬の目を抜くような離れ業で、窮地に陥ったアトラス工業は息を吹き返した。看板を掛けさせてやったカツミも、その恩恵を十分に受けた。大したものである。
 ライアン氏はIMPのような作り方をするなら契約しないと言った。厚い板を使って、正確に切り、曲げ、ハンダ付けを完璧にするよう求めた。

 この二人はPFMの歴史を語る上で、最も重要な役割を果たしている。即ち、この二人がRainmaker である。
 沙漠に居る人には3つのタイプがあるだろう。一つ目は雨が降らないかなあと願う人。二つ目は雨が降る地方に引っ越す人。三つ目は雨を降らせることができる人。この2人はまさにそのタイプの人間である。
 IMPは二つ目であった。たまたまそういう時期に日本と接触しただけで、それ以上のものではない。それでは日本の職人たちはというと、まさに一つ目の人たちであった。腕はあるが仕事がない。誰か仕事を持って来てくれないかなあ、と思っていたのである。


 IMP時代のハンダ付けは、中学生がアルバイトに来てやっていたと、安達庄之助氏から聞いた。へたくそなわけだ。持つと壊れるのも当たり前だ。そういう中で、著名なクラフツマンが何人か見つかった。


2018年07月28日

ライアン氏の来日

 三成氏はIMPの社長の日本訪問により、自社工場がないことがばれてしまい、契約を打ち切られた。
 仕方がないので、アメリカの模型店に片っ端から手紙を送った。鉄道模型の製造拠点を持っているから、輸入業者を探している旨、知らせたのだ。
 ライアン氏は興味を持ち、日本にやってくることになった。三成氏は心配した。また自社工場がないということで、契約して貰えない可能性があると思ったのだ。

Atlas Models そこで一計を案じた。看板屋に行って看板を注文したのだ。それには、
"ATLAS MODEL(S)" と書いてあった。それを持って、三成氏は大田区上池上のカツミ模型店の工場に出かけた。社長の酒井一氏に、
「今日、アメリカから客が来るから、その間だけこの看板を掛けさせてくれ。」
と頼んだ。カツミにとっては三成氏はお客さんである。今までかなりの製品を、輸出してもらっていたのだから、そう簡単には断われない。仮に取り付けることになった。

 そうしてライアン氏がやって来た。工場を自社のものであると言って案内し、その前で記念写真を撮った。その写真には三成氏、ライアン氏、酒井氏、社員数名が写っている。看板は、帰った後すぐ取り外した。当時は英語ができる人の数は限られていたから、このようなことができたのである。

 

 この図は、最近高橋淑氏に描いてもらったものだ。写真もあるはずだとのことだ。この話は祖父江氏の証言とも一致する。

2018年07月26日

続々 一次情報 

 Drew氏、三成氏にはある程度のファンが存在し、神格化されているという話も聞く。彼らのことをありのままに書くと、まずいことになりそうだと忠告してくれた人もいる。客観的な話のみにする。
 既に本になっているもの、ウェブ上の情報、伝聞(二段階以上の伝聞)は、筆者の価値観では何の意味もない。とにかく一次情報だけを書く。現場で見た人、写真を撮った人、相手と直接話をした人を探してインタヴュした記録だ。

 ビジネスマンとして優秀だったのは創業者のBill Ryanである。彼のポリシィが続けられたから、PFMは存続できた。ライアン氏は剛腕で、必要とするものはすべて集めて、ビジネスを立ち上げた。
 彼の言葉は有名で、当時を知っている何人かの人が全く同じことを証言した。

金はいくらでも出すから、最高のものを作れ。

 ライアン氏は、IMP International Model Products の製品にはまったく不満であった。「おもちゃを作るのではない。模型を作るのだ。」と連呼したそうだ。

 祖父江氏もそれには同感で、
IMPの板は薄かった。Oゲージの模型が 0.25 mm の板なんて冗談じゃねぇよ。最低0.5 mm以上はないと持てねぇじゃないか。握ったら壊れっちまうぜ。大体ねぇ、フレームが 1 mmの板なんて駄目なんだよぉ。しかもそれがプレスで抜いてあるもんだから、伸びちまって軸距離が合わねぇんだ。その点、ロボゥは砲金の鋳物を横フライスで削ってあるから大したもんだったよ。
 ライアンの方針は嬉しかったよ。良い模型ができるってね。マックス・グレイよかぁ、モノがよく分かっていた。もっとも俺はOゲージの方だったから、あんましHOの仕事はしてねぇんだけどね。」

 ライアン氏が来なければ、日本の鉄道模型はIMP路線の延長上を走っていた可能性が高い。IMPの貨車はいくつかあるが、どれもこれもへろへろの板で、補強を入れないと走らせられない。連結しただけでも壊れてしまう。 


2018年07月24日

続 一次情報

 一次情報を集めるということは一見難しそうに思えるが、たかだか40年前のことである。生き証人はたくさんいる。
 例えば川口市周辺の新聞に折り込み広告を打てば、United に関する情報提供者は複数人集めることができるはずだ。それから芋づる式に調べられると思う。関東在住の人にとっては簡単なことであろう。本格的に調べようと思えば、それくらいのことはしてもよいはずだ。

 たまたま、この趣味を熱心にやり始めた1975年ころは、日本の模型界は最盛期であったが、1980年になるとその先が見えてしまっていた。遅かれ早かれ消えていくものであるから、何らかの形でその歴史の一部でも調べて記録しておこうと、伝手を頼って、何人かの職人、ビジネスマンに会った。今となってはなかなか得難い情報もある。
 その結果はどこにも発表していなかった。個人的には伝えたこともあるが、インターネット上には出していない。

 シカゴの連中は、筆者の情報を欲しがった。このドリュウ氏の回想録を出している
brasstrain.com の社長の Dan は、コンヴェンション会場でしつこくいろいろなことを聞いてきた。
「いずれ発表するから待て。」と伝えて数年になる。

 今は亡き Harmon がこのように連絡してきたことを思い出す。
「”Tad (筆者のこと)が詳しい”と、あるBBSに書き込んだら、”あいつはcraftsmanではあるが、ブラス製機関車の歴史のことは知らない。”と書き込んだ奴がいるぞ。それは違う。お前はよく知っている。しかも direct knowledge(primary informationと同義)を握っている。早く発表せよ。」

 その頃は自身の仕事が忙しく、それに時間を割けなかった。そのBBSの書き込みが何であったのかを詳しく聞こうと思っている矢先に、ハーマンは亡くなってしまった。結局その書き込みは見ていないが、そのおかげでその種の問い合わせが減り、時間的には助かった。その後、ブラスメーカの歴史は、意識の端の方に追いやられていたが、今回のUg氏のメイルで覚醒した。  

 ドリュウ氏には2003年に数時間会っている。食事を交えていろいろな話をしたが、正直なところ、それほど卓抜したビジネスマンではなかったと感じた。運が良かった人である。そのビジネスの、相手側の人達に会った話を少しずつ書くことにしよう。


2018年07月22日

一次情報

 最近始まったブログ「米国型鉄道模型とモダンジャズ」は、興味深い。そのなかに、Don Drew氏の回顧録 ”Fit for a King”がある。Drew氏はPFMの経営者であった。その感想は?と問われると、やや複雑である。英語を日本語に置き換えたことに問題はない。なかなかの名訳である。問題はその回顧録である。

 4,50年ほど前、朝日新聞に連載された”マッカーサー回想録”を思い出す。それを読んで、父や叔父は、「嘘が多い」と言っていた。回顧録は、自分の都合の良い方向に書いてあるのが普通である。失敗したことは小さく、成功したことは大きく書く。相手方の話も同時に読まねばならない。しばらく前に出た瀬島龍三の本などと照らし合わせると面白いのだが、そういうことをする人は少ないようだ。 
 
 さて、筆者は日本のブラスの歴史には少なからず興味がある。たまたまその最後の時期に日本とアメリカの両方の関係者に会っているので、その時の聞き取りメモ、録音を持っている。いずれまとめようと思っていたのだが、先週、Ug氏(日本人)が連絡してきて、知っていることを発表するよう促された。とりあえずこれに関連したことだけでも、発表しよう。

 最近はインターネットの発達で、あちこちを検索して、情報を得やすい。それを並べると、いかにもそれについて研究したような気になってしまう。それは二次、三次の情報であって、いずれAIが進歩すると、瞬く間に集めてくれる程度の情報だ。殆ど価値はなく、自己満足の範囲を出ない。

 筆者は一次情報 primary information にこだわる。一次情報でなければ価値がない。Tom Harveyの記事、祖父江氏井上豊氏伊藤 剛氏伊藤英男氏の記事を書いているのも、それらが一次情報だからだ。


2018年07月20日

伊藤 剛氏の記事

pictorial 鉄道ピクトリアルの1951年11月号(4号)の30ページに伊藤 剛氏の記事があることを知った。例の1番ゲージの車輛群である。剛氏からは、生前、すべての記事に関する発表許諾を戴いているので、この記事に関しては、問題なくコピィを発表することができる。

 この時期の伊藤 剛氏は様々なメディアに登場している。模型工作雑誌に客車の作り方などを発表されている。
Go ItoGo Ito 2 この記事は、さらりと書かれた紹介記事である。如何せん、写真の鮮鋭度が低く、分かりにくい。多少加工してコントラストを上げてもこの程度である。

 カブースのストーヴが煙突についていることはよく分かる。

 ハドソンをハドスンと英語風の発音にしているのは、先の禿膸瓩竜事に倣っている。しかしキャブースは不思議だ。そういう発音はしない。酒井喜房氏がそう言ったのは覚えている。その影響を受けているのだろう。のちに剛氏はカブースと発音されるようになった。正しい音を確認されたのだろう。

 食堂車の回転煙突は、スナップを用いて廻るようにしてあるというのは剛氏らしいアイデアだ。車内の灰皿はやはりスナップであった。

2018年07月18日

tapping aid

tapping aid (2) 先日、工具箱を整理していて見つけた。30年以上前に作ったものだ。

 タップでネジを立てる時に使う、極めて単純明快な補助具である。砲金のブロックに孔をあけただけのものであって、下穴の上にこれを置き、タップを挿す。歯車を廻すとネジが立つ。必ず直角に立つし、タップに妙な力がかかることも防げる。すなわち折れにくい。
 歯車は指に痛いが、それがかえって良い方向に働く。無理に廻そうとしないので、折れることが少ない。


tapping aid (3)tapping aid (1) M1〜M2のタップは太い部分の外形径が 3 mmで共通だが、M1は短いので、ブロックの薄い部分に貫通させてある。M3は、外径 4 mmである。

 インチのタップは、 外形が 3.2 mmなどいろいろあるから、測定して孔をあけねばならない。孔にはリーマを通す。

 筆者は最近はガラなどを使うので、久しく使ってなかった。ガラ導入以前は、やや大掛かりなtapping aid を使っていた。それはこんな形をしていた。

 GOW_3158六角のカートリッジをたくさん作って、タップを挿してハンダ付けしてある。それを差し替えて、上の大きなハンドルで廻す。
 M3 以上ではとても使いやすいが、M1.4あたりでは具合が悪いから、このブロックを使った。この大掛かりな道具の小さいヴァージョンを作ろうと思っていた矢先に、ガラが手に入ったので、使わなくなり、すっかり忘れていた。

 このブロックは単純な形であるので、お薦めする。材料はアルミ合金でも良いだろう。40年前、アメリカで見たことを記憶しているが、銘柄等思い出せない。 それは、細くて短いタップを挿す部分が、らせん階段のように低くなっていた。六角形だったような気がする。Bill Melisの自作品であったかもしれない。

2018年07月16日

続 技術者T氏の来訪

 T氏のあとを付いて歩き、質問があれば答える形にした。
 アメリカ製キット組立のディーゼル電気機関車には興味が湧いたようだった。手に取るとずしりと重いのが気持ちが良かったようだ。
「これくらいないとね。薄いよりは厚いほうが良いね。でもハンダ付けは大変だな。」 
 ガスバーナで焙って焼きゴテで付ける話をした。今なら炭素棒だ。

 巨大なフライホィールを増速してあるタイプを、押してご覧になった。
「すごい慣性だね。」とご満悦であった。衝突時に壊れないよう、スラストベアリングが入っているのに気が付かれた。

 等角逆捻りのサンプルを、いくつか手に取ってご覧になり、リンク機構をじっくり観察された。例の魔法使いの弟子風のもご覧になったが、取り立てて磨り減るとはおっしゃらなかった。
「動きが面白い。カウンタ・バランスが効いているから、横に寝させてはだめだな。」とおっしゃった。

「私も昔は3線式のOゲージから始めた。当時のものは軽かったね。機関車は厚い板で作りたかった。」 
 中学生のころの筆者も同じことを考えていた。薄い板で作ってウェイトを積むより、厚い板で作ってウェイト無しが理想であった。持った時壊れにくいからだ。それができるようになるまで、40年ほど掛かった。ハンダ付けが完璧なのは良い、はみだしていなければならない。という点でも意見の一致をみた。

 フライス盤のZ軸DROの支持点を上に延ばしたアイデアは面白いとおっしゃった。 

 本物の技術者と話をすると面白い。伊藤 剛氏をお招きしようと思っている矢先に亡くなってしまって、ずいぶん残念な思いをしたが、先日のT氏の訪問で、いろいろな意味で救われたように思う。

2018年07月14日

技術者T氏の来訪

 先日、技術者のT氏が見学に来て下さった。以前、等角逆捻り機構のまとめをして下さった工学エキスパートのT氏とは異なる別のT氏である。こちらのT氏は、貨物船のクレーン、冷凍機などの専門家であり、歴戦練磨の技術者で、いくつかのbreakthruを実現された方である。かねてより見学を希望されていた。プラグマティズムに満ちた方で、名うてのクラフツマンである。様々な点で尋常ではない方だ。筆者も来訪を心待ちにしていた。どのような視点でご覧になるかが、知りたかったのだ。

 転車台駆動モータを押し付ける機構のピニオンの歯数が17枚であることに気が付かれた。模型用の歯車は14枚とか12枚、ひどいものは8枚などがあるが、皆インチキな歯型で、音がするし、効率が悪く、寿命が短い。これは静かで良いそうだ。
 T氏は粘性継手に感銘を受けられたようで、実現したいことがあるとのこと。

 車輪のフランジの形、踏面の滑らかさ、ピヴォットの潤滑を一つずつ確かめ、列車全体を手で押し、確認された。機関車単独で押したときの感触も確かめられ、旅客機の動輪が大きいことによって、軽く押せることを確認された。小動輪の関節型機関車は、モ−タを2台積んでいるので、押したときやや重く感じる。小動輪は回転数が多いので、効率もやや低くなることを見抜かれた。

  レイアウトの下にも潜って、構造を調べ、鋼板製角パイプの強度について具体的に教えて戴いた。下にはふんだんに照明があるのは良いそうだ。また、潜って入る部分に、簡単な線路と台車があってそれに乗って辷り込むのは、真似したいとのことであった。

 路盤に敷くPVCの道床の消音効果には驚かれた。車輪の踏面が滑らかなのと相まって、音が殆どしないのには興味津々であった。また、転車台の作動状況には興味深そうだった。 

2018年07月12日

DC-DC converter

DC-DC converter 転車台の回転橋を廻すモータの速度を、下げる必要があった。完成時にはコンピュータ・コントロールになるので、加速率なども自由に選べることになっていたが、アナログでは一定電圧しか選択できないからだ。
 インデックスや、アラインメントのモータは 7〜10 V でちょうど良いのだが、回転橋の駆動モータは 5 Vの時の回転速度がちょうど良い。別電源にしようと思っていたところに、たまたまDC-DC コンヴァータを戴いたので、例のバックアップ操作盤に取付けた。この頃は非常に安くなってきたそうだ。
 
 完全アナログにするはずだったが、一部ディジタルが入ってしまった。その故障時には外して短絡すればよいので、それはマニュアルに書くことにする。

 橋がゆっくり回転するので、実感的である。目的の位置が迫ったら、インデックス・ボタンを押すと、円盤にキィが喰い込む。
 慣性で円盤が廻り続けるので、キィは少しずれる。即ち回転橋は、目的の位置を越えてしまう。そこでアラインメント・ボタンを押せば、完了だ。

 今まではインデックスとアラインメントのモータに掛かる電圧が低くて、動きがやや渋い時もあった。今回コンヴァータを付けたことにより、全体の電圧を 7 V をやめて 9 V に出来た。動きが俊敏になって、確実である。
 
 どのポジションでも必ず位相は合うので、安心して機関車を動かせる。動画を撮り直して公開しよう。

2018年07月10日

O Scale West の記事

 O Scale Resourceの最新号が届いた。今回の特集は、O Scale West への参加レポートである。15 ページから始まる13 ページもある記事だ。写真が多い。
 筆者のクリニックにも聞きに来てくれたので、次号あたりに何か書くよう、要請された。この説明に "a great clinic" と書いてあるのが気になる。雑誌では、一般的にこのような主観的な表現は避けるものであるが、何か感じたのかもしれない。彼自身の言葉なので論評しても仕方ないが、異例の表現である。聞きに来てくれて、
「感銘を受けた。素晴らしいクリニックだ。他所でもやるべきだ。」
と言ってくれたので、嬉しかった。

 主催者の Rod からはあとでメイルを貰った。
「遠いところを来てくれて、感謝する。貴君のクリニックを聞いた、と言う友達の来訪を受けた。素晴らしいクリニックだったそうで、招待のし甲斐があった。また来年もやって欲しい。」
という事であった。

 この無料雑誌は最近購読者が急速に伸びているそうである。ページ数もどんどん増え、広告も多くなっている。日本の雑誌もこうなるのが理想である。


2018年07月08日

続 架橋工事

bridges 橋脚、橋台が固着されていれば、あとの仕事は容易である。
 線路を延長し、ガードレイル付きの線路と結合する。レイルボンドを付け、通電を確保する。念のため、一番大きな車輛を通して、どこにも触らない事を確認した。また、曲線の外方向には関節機関車の煙室戸の脇のラニング・ボードが突出するので、それも確認した。
bridge すべて合格であったので、一応の完成である。本線の運行禁止を解く。新しい線路には油が付いている可能性があるので、直ちにリモネンで拭き、試運転列車を通した。

 橋の部分は音が極端に静かである。セラミック・ピックアップを用意してあるので、それを付けてアンプで増幅した音を出してみる予定だ。

 橋の色は目立たない。そういう意味では土屋氏の意向の通りであったが、ややアクセントも欲しかった。少しさび色も塗ってみよう。下の線路を通る車輛からの煙で汚れているはずだ。そのあたりのことは徐々に完了させる。

 着工から2年以上掛かったが、漸く完工した。設計に尽力して戴いた northerns484氏ハンダ付け時に手助け戴いた橋本氏、ガセット作りを手伝って下さったクラブのN氏には、心より感謝する。レーザ加工してくれた会社の専務には招待状を出さねばならない。

 来週からは高架部分の擁壁と岩肌の表現に取組む。その次は信号装置である。


2018年07月06日

架橋工事

bridge construction (1) レイアウト建設で、まだ実行しなければならない面倒な工事はいくつかあって、一つはこの架橋である。近々予定されている来客に合わせて、先週から工事を開始している。
 本物と同じで、本線を遮断する時間をなるべく短くするように段取りを考える。位置をマークし、橋の代わりに橋脚の上に載っている板は、橋の footprint(正射影と同義)である。原寸大の板であるから簡単である。垂れている電線は既存の饋電線である。仮橋脚、仮橋桁を撤去し、製作した橋脚を立てる。 
 まず細かい調整部分を解決する。これだけで1日掛かった。全て予定通りであったが、橋台(abutment) の部分で多少の調整が必要であった。橋は3次元の調整が必要なものである。
 この写真の左手に大きなアンヴィル(金床)がある。これは現場で切り離した貨物列車の前半が、勾配から滑り降りてくるのを阻止している。機関車ごと下って来るのである。

bridge construction (3) この写真の左の方は例の巨大な橋台が来る。高架の路盤の 24 mm 合板を少し切ってはめ込む。丸鋸でやると埃が出るので、手で鋸を挽いた。その時、掃除機で出るおがくずを吸い取りながらやる。橋台はぴたりと嵌まった。計算通りで助かった。線路の上に敷いてある黄緑色の合板は、その上で作業する時の足場板である。

 道床を延長するが、全体を見通して不具合の無いように行う。橋の上だけが長い枕木になるように調整し、仮固定する。枕木を糸で縛り付けるのだ。
  
 すべての部材が予定通り嵌まった状態で、遠くから見て曲率が一定であるか、確認する。その後橋台、橋脚の位置をマークし、すべて取り外す。

bridge construction (2)bridge construction (5) 2日目は橋脚をネジ留めする。地震の時にこれが動くと大変な被害が生じるから、接着剤を塗って、裏からネジで締める。
 ネジを締める時には、動かないように、最大限の錘を載せておく。ネジは下穴をあけてから差し込む。


2018年07月04日

快削ブラス

 快削ブラスを紹介したのは10年以上前だ。それについては、誰からもコメントが無い時期が続いたが、数年前に仙台の今野氏が反応して下さった

 糸鋸でブラスの板を切るのは、ちょっとした骨(コツ)があって、習熟するまでに、多少の時間が掛かる。良い糸鋸刃を買えば少しは楽であるが、それでも初心者には大変である。高校生の時から数えて、糸鋸刃を一体何本折ったのだろう。数えてはいないが膨大な数であろう。ブラスには、刃が喰い込みやすいのだ。

 昔、アメリカでブラスの色が違うのに気が付いた。アメリカのブラスでは、ヤスリ掛け、糸鋸、ドリルでの穴あけが非常に楽である。自分ではやらなかったが、プレスでの窓抜きも簡単である。抜いた後ヤスリを掛けなくてもよい。それを使うと、糸鋸を折ることが少ない。1ストロークで切れる量が、普通の2倍以上である。

 今野氏は筆者と同様、糸鋸、ヤスリを良く使われる方だ。そういう人には、快削の有難みがよく分かって戴ける。
 筆者はブラス板を買うときは番号で買うが、その板はそれほど良く売れているわけでもなさそうだ。聞き直されることがある。ということは、ほとんどの顧客は快削材を使っていないということだ。快削材は別名”クロック板”という。クロックは時計である。掛時計の歯車を作った時の名残である。普通のは”コーペル板”というのだ。copper(銅)という名前から来ているのだろう。

 アメリカのブラスを今野氏に送って評価して戴いている。日本のクロック板より、さらに快削である。糸鋸の1ストロークで切れる長さが3倍近いように感じる。腰が強く、バネ性がある。色は緑がかっているように感じる。削って新しい面を出したとき、白味を感じるが、徐々に酸化されて緑っぽくなる。

 先日の記事でブラス工作をする人が減ったことを書いたが、その一つの原因は快削材を使わないからである、と筆者は思う。サクサクと切れて仕上がりが綺麗だから、工作は楽で、なおかつ美しいものができる。
 糸鋸を、殆ど折らずに工作できるのは有難い。TMSに「快削材を使うと良い」と、どこかに書いてあっただろうか。もし御記憶の方はお知らせ願いたい。この不作為が、現在のブラス工作をする人が減った大きな原因の一つである、と思うのは筆者だけだろうか。


2018年07月02日

cabooseの台車

 カブースを手に入れると、懸案事項が一つ増える場合が多い。カブースの台車は客車と同等の乗り心地が必要だから、減衰力のあるリーフ・スプリングを必要とするからだ。
 台車が手に入れば良いが、そうでない時は作らねばならない。たまたま手に入れたリーフ・スプリングの鋳物を切ってハンダ付けする。大きく飛び出させると良い。鋳物が無い時は、薄いリン青銅を曲げて作る。末端の部分には針金を入れて締め、それらしくする。何か出ていれば十分であると考えている。

 伊藤剛氏が、「ペチャパイではいけません。少し誇張するぐらいに飛び出させていいのです。」とおっしゃったので、それを守るように心懸けている。
caboose truck 2caboose truck 作例は Lobaugh のベッテンドルフのカブース用である。鋳物の出来が良くなくて、リーフ・スプリングがほとんど飛び出していない。フライスで切り込んで四角の穴をあけ、そこに直立するようにリーフ・スプリングの半分を立ててハンダ付けする。比較的大きな鋳物であるから、ガスバーナで加熱して完全にハンダを浸み渡らせる。


 ロボゥのカブースは重く、500 g 以上あるから、ボールベアリングが必要である。座グリドリルで沈めて、取り付けた。
 ボールベアリングを取り付ける時に、台車枠の中で車輪が左右に動かないように、ぎりぎりの寸法にする。こうすると走行が安定する。また、センターピンには薄いゴム板のワッシャを挟むと、音が静かになる。

2018年06月30日

laser-cut のキット

 先回紹介したキット以外にも、レーザ・カットのキットはたくさんある。日本にはまだ少ないが、アメリカではよく売れるので、多種のキットが出ている。

 BTSという会社がある。社名は社長の名前からきているはずだったが、
大きく"Better Than Scratchbuilding" とある。「自分で作るよりも良い」ということである。縮尺は自由だから、N, TT, HO, S, Oの各サイズが出ている。建物のキットは素晴らしい。

 日本では、まだレーザ・カットはガレージ・キットの範囲を出ていないように思うが、この会社はかなり大規模にやっている。友人が組んでいるのを見せて貰ったが、とても良い。
 これなどは素晴らしい出来だ。

 車輛は好みの問題があって何とも言えないが、ストラクチュアはどれをとっても、よく出来ていると感じる。日本のメーカも参考にすべきだ。
 金額的にはかなり張るが、完成すると素晴らしい。

 都市部の高架橋などは、レーザ・カットの最も得意とするところだろう。HO以下なら薄い航空べニアで十分だろう。あるいは、プラスティックでも良い。
 曲線部は直線を組合せて作っているようだ。井桁で承けているところもある。

 Oスケールでも合板製だ。鉄板製の方が安くできるはずだ。
 今計画中の扇形機関庫はかなり大きなものだから、剛性を持たせなければならない。骨組みを4 mm程度の板から切り抜き、屋根、壁は0.8 mm程度にする。窓枠は0.5 mmで作ると良いだろうと思っている。
 これから工場と相談するが、筋彫りができれば煉瓦の目地を表せる。

2018年06月28日

cabeese

 caboose の複数形である事になっている。foot と feet、goose と geese の関係から、導き出された言葉なのだが、実際にはあまり聞かないし、こちらが使うと、相手は一瞬ドギマギする。”通”ぶっていると思われるのだ。アメリカ生まれでもないのに、アメリカ人の一部しか知らない言葉を使って、ウケを狙っているように思われるのだろう。cabooses という言葉を使うべきだと思う。
 一部の会社では crummy または crummie(複数形は crummies)とも言う。作業車という意味だ。 
  
 博物館へ少しずつ引っ越しをしているが、最近 "cabeese"と書いた箱を開けたら、ずいぶんたくさん出て来て驚いた。ブラス製もあるし木製キット組や、自作もある。機関車を手に入れると、その鉄道のカブースを必ず手に入れて来たし、UP, SP, ATSFなどは各種ある。高いものは買っていないが、総数25輌以上で、ヤードのかなりの面積を占めてしまう。

cabeese このカブースは、CB&Q鉄道の木製である。Mullet River というレーザ加工の店が出していたキットで、かなりの細密度を持つ。今は廃盤になっている可能性が高い。HOもある。下廻りは2段エッチングの凝った作りで面白そうだが、工作は面倒である。
 どういう訳か組掛け品が捨値で出ていた。見ると、作り間違えているところがある。糸鋸で切り離して作り替えて、仮台車に載せた。工作のスキルはあまり良くないが、なんとか見られる程度に修復できたので良しとする。

caboose interior 内部もある程度付いていて、面白そうだが、木製なので異常に軽い。台車無しで100 gもない。補重しなければならないが、内装があると錘を入れる場所がない。座席やトイレ、物置を壊してその中に鉛を5.5オンス(約150 g)押し込み、エポキシ樹脂を流し込んだ。衝突時に錘が外れると大変だからである。重心が真ん中に来るようにするのは意外と難しい。あと、ストーヴを旋削して入れねばならない。
 当初は金隗でも入れないと無理と思ったが、鉛でも何とかなった。この錘の出どころは、Micromarkだ。チョコレートのように切れ目で割ることができ、一つが1/4オンスである。随分昔に入手したものだが、役に立った。現在のところ、台車込みで355gで、標準質量である。


2018年06月26日

木製キット

 逆説的ではあるが、木製キットは長持ちする。法隆寺は1000年以上持っている。接着剤はエポキシ系のものを使わないとダメである。いわゆるホワイトボンドは長持ちしない。これは伊藤剛氏の意見でもある。剛氏はどんな材料が長持ちするかをまとめて、クラブ内向けに発表されたことがある。

 80年代まではアメリカには木製キットを作るメーカがたくさんあった。Basswood(シナの木の一種)で作られたキットは有名であるが、パイン材(松の一種)のキットもすばらしい。日本の松とは異なり、目が細かく、艶がある。

wood stock carwood stock car2 この家畜車は筆者の好きなもののひとつである。見つけると買うが、もうほとんどなくなった。一つ10ドルで買える時代になってしまった。側面の枠だけは、工場で接着して組んであるが、誰も組めないのだろう。文字を印刷して付けてあったが、それは外した。別の色を塗る。右の写真の床板は、細いものを何十枚か貼り付けて作る。凝ったキットである。
 簡単なジグで押え込んで接着する。できると素晴らしい。

 木はプラスティックよりはるかに長持ちする。cattle car(家畜車)のように本物も木の板が貼ってあるようなものには適する。20輌弱の家畜車だけの編成を作って、コンソリあたりに牽かせたい。カブースも専用のを作りかけている。支線を走る列車だ。本線を走るときに、長大列車に組み込むことは稀である。家畜車だけの列車が普通だ。
 動物であるから水や餌をやらねばならず、その乗務員が乗る専用の車輌やカブースもあった。

 家畜車は鋼製のものは評判が悪かった。内側が木板張りでないと、商品に傷が付くのだそうだ。厳冬期に鉄板は凍てつき、家畜がそれに触れると一瞬で凍り付く。びっくりして逃げようとして皮が剥がれてしまうのだそうだ。その点、熱伝導率の低い木板張りは事故がなかった。
 今は家畜車は消えてしまった。筆者がアメリカに居た70年代には支線の留置線で見かけたが、既に廃車寸前であった。

2018年06月24日

ブラス離れ

 3年ぶりの O Scale West 参加で、気になったことがある。ブラス離れである。昔はブラスの機関車が大量に並び、1000ドル から 4000ドル くらいの値札が付いていた。今回は過去の10分の1もないという感じだ。しかも安い。
 多少の破損品がとても安い。3日掛けて修理すれば直るものが、適正価格の1/3で出ている。筆者はすでにコレクションを終わっているのでもう要らないが、若い人は欲しいだろう。旋盤を持っていて炭素棒ハンダ付けができれば、すぐ直る。

 もうブラスの機関車を加工できる人が少ないのだ。これは由々しき事態である。
 ブラス偏重を攻撃する人は多い。進歩的と言われる人はそれに同調する。しかしながら、金属以外の材料で作られたものは、50年というタイム・スパンで考えると持たない、というのは客観的な意見である。ダイキャストも怪しい。
「趣味は作った時が楽しいのだからそれで良い。」という意見もあるが、この趣味を盛り立てて行こうと思うと、それでは心もとない。

Lobaugh Cabeese 今回も、昔は価値のあった Lobaugh のカブース・キットが25ドルで投げ売りされている。一つくらい買おうかと思ったら、その男は下からもう一つ出して、
「これも買ってくれたら40ドルで良い。」と言う。思わず2種買ってしまった。
 いずれ発表するが、重厚な仕上がりの期待できる素晴らしいブラス・キットである。
Lobaugh の砲金鋳物の台車も各種調達した。今となっては貴重なアメリカ製のブラス製品である。祖父江氏はLobaughの機関車を見て参考にしたのだ。
 アメリカ製のブラスは、すべて快削材である。糸鋸でサクサクと切れる。色も違う。日本製は黄色いが、アメリカ製は緑っぽい。

IMP stock car  1950年代のIMP (International Model Products) の家畜車も安く押し付けられた。厚さ10mil (0.25 mm) の材料で、ハンダ付けが最小限だから、とても弱い。握ると凹むし、パラパラと部品が取れて来る。よくもこんなにハンダをケチって作れるものだと、妙に感心した。
 帰宅後直ちに全部の部品を引っ張り、取れそうなものはすべて外したのち、ハンダを贅沢に使って修理した。センタービームにはブラスの厚板をハンダ付けして連結器周りの強度を確保した。僅かのロストワックス・パーツを付け、手摺り等を補う。連結器、台車を取替えると当鉄道仕様となる。


 久し振りに会った友達が来て、箱を開けて中を見せる。
「どうだい、これ欲しくないか。200ドルでいいよ。」とCentral Locomotive Works の機関車キットを示す。
「君ならすぐ組めるだろ、組んだのを持って来てくれれば400ドルで買い戻すよ。」と抜かす。冗談じゃない。

 要するにもう彼らの大半がブラスと縁がないのである。日本も同様な時代に入ったと思う。それだからこそ、博物館が開いたら、ブラス工作教室を開きたい。


2018年06月22日

O Scale West での講演 7

 最後に博物館の目標の「摩擦の少ない世界」(Free from Friction) について話した。Oゲージ以上の大きさでなければ実現できない事であることを強調した。
「故土屋氏から引受けた祖父江ドライヴの機関車群数十輌と、私の数十輌を維持し、Low-D車輪をつけた長編成を走らせることは、模型鉄道の真髄 (essense) を受け継ぐものである。私はあと20年くらいは無事に生きられるであろうが、その後は不明である。しかし、公に博物館としての登録ができれば、遺産相続からは切り離され、切り売りの危険からは逃れられる。この博物館には祖父江ドライヴの機関車約1000輌のうち、1割以上が揃っている。これは世界的に見ても貴重なものである。客車は100輌、貨車は400輌ほどあり、すべてLow-D化されている。これまた、世界的に見て稀なことである。

 また、「博物館を開いていれば、有能な人を探し出して後継者にすることができる。」
と言ったところで、
「有能な人 (man of ability) とは何か?」という質問があった。

「まず第一に工学的素養があること。サイエンティストであること。歴史、地理に興味があること、ある程度語学ができること。経済的に余裕がある人。切り売りされてはいけないからね。」と答えた。
「そうだ、語学は必要だ。ここにきて話をしてもらわねばならないからな。」と言う人に続いて、ある人が、
「あなたはbilingualだ。便利だね。」と言った。

 それを聞いて、少々気分転換がしたかったので冗談を言った。
「ここでクイズです。二か国語を喋る人をバイリンガルと言います。それでは3か国語以上を喋る人は何というのでしょうか。」
 正解は polyglot (たくさんの舌という意味)だが、誰も知らず、trilingual という誤った言葉を使った者が多かった。それを修正したのち、
「 それでは1か国語しか喋れない人はなんと言うのでしょうか?」
この質問に対して、皆は、
「idiot(ばか)」とか様々な言葉を出した。筆者が、
「とても近いですね、惜しいな。正解は American です。」
と言ったら、皆椅子から転げ落ちそうになって笑った。
 毒のある冗談だが、実際にそうなのである。アメリカは大国なので、相手の方が合わせてくれる事に慣れている。だから、外国語を勉強しようとする人が非常に少ない。 英語圏でも、イギリス人もオーストラリア人もアメリカ英語に合わせていく傾向がある。

 ビジネスマンで本当に有能な人は、相手の国の言葉を理解しようとし、会話を勉強する。通訳を付けている人で、能力のある人は見たことがない。そういう意味でも、1960年代から1980年代にかけて日本に来た鉄道模型インポータで、能力のある人は居なかったと筆者は思っている。


2018年06月20日

O Scale West での講演 6

 現在建設中の博物館の概要を紹介した。

 最小半径が 110インチ(2800 mm)で、一周が約 300 ft(約 90 m)のbent dog bone であって、高低差は 11インチ(約230mm)勾配は1.55%でUPのシャーマンヒルと同じ勾配であると言うと、
「wow!」という声が上がった。
「Big Boyに100輌牽かせたかったのだな?」
「その通り!現実には勾配の長さが足らないので、半分しか斜面に載らない。残念だ。」と言うと、
「動画から判断するに、行けるだろう。」
という声が上がった。引張力と抵抗から計算するとぎりぎりである。
 この博物館の奥行があと数メートル長ければ、そういうことも可能であったが、
展示物としてはこの程度が適当であろう。

 レイアウトに勾配を付けない人は多いが、均一な長い勾配があると、機関車の実力がよく分かる効率の良くない機関車は煙を吹くであろう。ギヤ、軸受の寿命も短くなりうるので、設計時に十分配慮せざるを得ない。保油機構の必要性もわかるはずだ。

 アメリカにはかなりの数の、勾配線を持つレイアウトがあるが、どれもディーゼル電気機関車の多重連で運転している。単機の蒸気機関車が牽く場面では、貨車の輌数は少ない。筆者の動画を見て、皆非常に驚いたと言ってくれた。特に、このビデオで勾配を登るとき、
「スリップによって位相が時々ずれるのが素晴らしい。こんな場面は見たことが無い。」と称讃された。前後のエンジンを独立させるのは、効果があったことが証明された。

2018年06月18日

O Scale West での講演 5

bridge painted 橋の説明をした。Oスケールの橋はAtlasのプラスティック製のトラス橋か、韓国のAjin製のブラスの橋しかない。二種しかなく、複線橋は無理である。しかも幅が狭いので、直線にしか使えない。

 今回作成の橋をレーザ加工で切り抜き、ハンダ付けして組み立てた話は、非常にエキサイティングな話だったらしい。  
「一枚ずつはふにゃふにゃした板でも、直角にハンダ付けしてトラスを組むと、とても剛性の強いものになるのは印象的であった。」
と述べたところ、
「そうだ、本物もそうだからな。」
と言った人が居た。

top lateralsrivet forming (5) ほとんどの人の興味はガセットの作り方だ。例の大きな円にメスのダイを上から合わせるアイデアを紹介すると、大きな声で、
「これはすごいアイデアだ。」と叫ぶ人が居たほどだ。
 皆困っていたのだ。これも一つの breakthru (誰もやってなかったことを成し遂げること)であったらしい。真似をする人が増えれば嬉しい。


girder bridge completed ガーダ橋の内側のトラスも非常に興味をかき立てられたようだ。安くできるのだったら作ったほうが良い、と思ったのだ。曲線上であるから、カントの処理も興味の対象だ。傾斜の付いた枕木を特注で製作して、レーザ加工のジグの中で組んだという話はとても興味深そうであった。皆レーザ加工をしてみたいのだ。
「厚いブラス板をレーザ加工するといろいろな点で問題がある。鉄板、ステンレスは楽で良い」と言うと、俄然その気になった。
「電話帳で工場を探して、ソフトウェアを送ればすぐできるよ。」と言うと皆やる気になった。 
 CNCでの3次元加工とか、3Dプリンタによる工作に頼るのには、まだ拒否感を示す人は多いが、正確な切り抜きを期待できるレーザ加工は、ホビィ・クラフツマンに期待されていると確信した。
「やる気になれば、各種の客車を受注生産できるよ。」と言うとやりたそうな顔をした人が何人か居た。

 breakthrough という綴りではないかという問い合わせを複数戴いている。本来はそうであったが、現代のアメリカでは、誰もそのような綴りを使わないようになった。言葉が、簡略化されていく良い例である。June 28, 2018 追記

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