2016年07月27日

隠しヤード

image (19) 隠しヤードが大半完成した。あとは終点まで延長するだけなのだが、フレクシブル線路が無くなった。昔のブラス製のレールが沢山あるので、それをめっきして枕木を付けようかと思っていたが、めっき代が意外と高く、買った方が時間も金も節約できる。線路を買いに行かねばならない。


image (18) ヤードは8線で、9 m強ある。実物で言えば、400 m強だ。障害物を避けるために、微妙に曲がっている。実はそれがやってみたいから、支柱の位置を決めた。真っ直ぐにしようと思えば、できたのだ。ここでも、分岐の整列はレーザ光で行った。
 Kansas Cityの巨大なヤードは川沿いにうねり、実に素晴らしかった。曲がったヤードは美しい。土屋氏とそこに行ったのだが、かなり感動的な景色で、
「これをやりたいものだ。」
と話し合ったことを思い出したのだ。
 
 直線部分の線路間隔は90 mmだが、途中の曲線では少し拡げて95 mmにした。だから、微妙な曲線を描いている。さらに奥に進むと細い柱があるので、もう一度曲がって2線と6線に分岐する。

 少し離れた1本は、 機廻り線である。突き当り部にポイントを付けるのだが、切り離しを確認するために、TVカメラが必要だ。剛氏なら、光電式の検知装置を付けるのだろうが、カメラの方が簡単で安そうである。

 しばらく休載させて戴く。

2016年07月25日

客車ヤードの配置

IMG_0608 客車ヤードは入り口のダブルスリップ以外が完成している。型紙は作ったが、まだ取り掛かっていない。DSは機運が熟さないと出来ない。すべての部品を作った上、体力があって気分の良い時に、1日で一気に作るに限る。何日も掛けるとろくなことはない。


image (19) 曲線部に同じ番手の分岐を並べたので、こんな形になった。10番分岐の型紙を何度も並べ替えて、S字カーヴにならない配置を割り出した。これ以外の配置では不可能だ。

 順に7番、8番、9番、10番と急なものから緩やかなものへと使えば、もう少し機能的だったろう。そんな話を鉄道関係者としていたら、
「そんなことはありません。ヤードなんかは手持ちのもので作るのです。余っている分岐で現物合わせですよ。速度が遅いので、線形なんか気にする必要はありませんから。」
とのことであった。

 確かに、港の近くのヤードの線形はかなり無茶だ。ありえない形をしているものがある。

2016年07月23日

押して付ける

soldering iron (2) これが筆者の厚板工作用ハンダこてである。先が少し曲がっている。この角度で下に向かって押し付けるのだ。その時、肘(ひじ)は机に付ける。もちろん小指の方にこて先が来る。
 最近はほとんど使っていないのでハンダは付いていない。いや、どちらかと言うと、ハンダをこてに付けずに押し当てることが多い。最近は炭素棒使用が9割である。

soldering iron (1) このハンダこては祖父江氏の工房で使われていたものの複製である。アカエの100 Wの電気コテをばらして、ヒータを150 Wに取替え、石綿シートでくるんだ。普段は70%くらいの電圧で使っている(すなわち出力は半分)。ここぞというときは、電圧を上げて使う。こての材料は銅のブス・バァを切って作った。軽く焼きなまして先端を少し曲げた。こうするとワークが見えやすい。

 多量の熱を供給したいときは、少しハンダを融かしてハンダを熱媒体とする。そうすれば、1 mmの板の裏側でもハンダ付けできる。もっとも炭素棒なら、2 mm板の裏でも付けられるが。

 この方法を伊藤 剛氏にお見せしたところ、かなり驚かれていた。
「圧力を掛けてハンダごての熱を一気に流し込むのですね。私は、こて使用の場合は、どうしてもハンダを熱媒体に使ってしまいますね。」
「炭素棒ハンダ付けと一緒ですよ。押して付けているのですから。」
「この形のコテは面白いね。あまり見ないですね。」
「祖父江氏の物のコピィです。」
「あの人は本当に凄い。普通の人には真似できない腕があります。手を機械のように正確に動かせる人なのです。」
という会話があったことを記憶している。

 今野氏からの質問で作業台は何を使っているかということだが、厚い合板(15 mm以上)の切れ端を使うことが多い。焦げると捨てて、新しいものを使う。釘が打てるので便利だ。釘を曲げたり、細い木を打ったりしてワークを押え、さらに付けたいものを例の三本足で押さえる。あとは、こてで押さえるだけである。これは客車の組立てに使う。

 塩化亜鉛水溶液が飛ばないので、合板は焦げない限り変色もない。炭素棒の時の台は、もちろん2 mmのブラス板である。

2016年07月21日

続 ハンダ付け時の押え

「塩化亜鉛水溶液を薄めたものを使っても、撥ねたりしない」と書いて来た人があった。その人は飛沫が飛んでいることに気付いていないだけであって、飛んでいないとは言えない。詳しく伺うと、ピチピチ音がしているそうで、それは撥ねている証拠そのものである。

 中学生のころからハンダ付けは塩化亜鉛を使ってきた。薬品は少量しか手に入らなかったから、薄くして使った。付くには付くが、 細かい飛沫が飛び散って、周りの糸鋸、ヤットコ、ヤスリが錆びた。そんなものだと思っていたが、大学生になると塩化亜鉛が豊富に使えて、その飽和溶液でのハンダ付けは、それまでとは全く異なる様相を示した。

 音もせずハンダがつるりと浸み込むのは、見ていて気持ちが良い。周りに飛び散ることは全くない。試しに、周りにヤスリを並べてハンダ付けしたが、錆発生の痕跡もなかった。

 これは使える、と思った。その後いろいろな人にそれを伝えたのだが、誰も興味を示さなかったので、最近は黙っていた。ところが、今回今野氏のブログでそれがかなりの盛り上がりを見せたので、発言者としては妙な高揚感を得ている。  

 筆者は商売柄、全てのことに疑問を持つ。本に書いてあることなど、ほとんど信用しない。条件を変えてテストし、起こる現象の分析をする。世の中にはずいぶん間違いというものが存在するものだ。高校の化学の教科書ですら、怪しい話が無数に載っているのだ。筆者の指摘で随分と是正されてはいる。

 ハンダ付けはクランプで締めて行うというのも、場合によっては失敗の元になる。締め付け過ぎることがありうるのだ。ハンダ付けの隙間は 0.03 mm程度が具合が良い。クランプで締める前に、何らかの方法で隙間を空けねばならない。先回書いたように、片締めになる惧れもある。そういうことを考えると、3本足の押えはなかなか大したアイデアである。板同士の接着時には、ブラス板に細かい傷をつけて、その「めくれ」で、隙間を確保する。この状態でクランプで締めると、うっかりしてその「めくれ」をつぶしてしまうこともありうるのだ。

2016年07月19日

ハンダ付け時の押え

 最近あまりハンダ付けをしていない。ポイントの作成と電気関係の工作をするぐらいで、車輛の工作をほとんどしないからだ。今野氏のブログで、塩化亜鉛飽和溶液の話が出ていて筆者の提供した話題が反響を呼んだようだ。
 ハンダ付けは、日本では塩化亜鉛水溶液を薄めて使うことになっているが、煮詰まるまでにブチブチと撥ねて、周りのいろいろなものが錆びる原因になる。筆者は飽和溶液を使う。全く飛び散らない。音もなくハンダ付けが終了する。飽和溶液にするにはどうすれば良いかという計算例も示されたが、そういうことは考える必要はない。小さな瓶に結晶を入れ、少量の水を足せば結晶が残った状態で、上澄みは飽和溶液だ。どろりとしている。密度は大きい。溶かしたときに濁るのは、水道水に溶けている空気の行き場所がなくなるからだ。放置すれば消える。粘りがあるから浮き上がるのに時間が掛かるが、次の日には消えている。

soldering aid (2) さて、押えの方法だが、ほとんどの方はクランプを使っていらっしゃるようだ。筆者はクランプも使うが、ほとんどの場合、この写真の補助具を使う。今野氏から要請があったのでお見せする。部品は撮影用に仮に置いたもので、他意はない。この設計では鉛の錘の3/4以上がワークに掛かる。押えの先端は平面にして丸く面取りしてある。傷をつけないようにである。

soldering aid (4) このアイデアは、昔アメリカで50年代の古いRMC(Railroad Model Craftsman)を読んでいて見つけた。鉛の付いている部分は針金をつぶしておいて鉛を鋳込んだが、長い間には外れてしまった。特に落とすと一発で壊れた。数年前に作ったのはこれで、鉛をブロック状に鋳て、それを鉄線の途中に付けた台にネジ留めした。壊れにくい。足はブラスで良いが、長い針金はブラスではもたない。Φ4の亜鉛引き鉄線である。熱を伝えにくいというのも、利点ではある。5円玉は大きさの比較用である。

soldering aid (3) 鉛は400 gである。平たくしたのはさらに錘を載せたい時があるからだ。ここで載せているブラス塊は380 gだ。 クランプ締めでは正確に保持するのは意外と難しく、押えるべきものの片方しか、力が掛かっていない場合がある。すなわち、断面が二等辺三角形のハンダが存在することになる。

 この重力による押えはなかなか具合が良く、お勧めしたい。作るのはわけない。鉛の錘を作るのには手間が掛かるが知れている。ブラスの塊でもよいのだ。後ろの2本の足はもう少し広げると安定が良くなるが、作業台が広くないのでこの程度で満足している。

2016年07月17日

続 TMS195号 

 筆者が高効率模型開発の実践をしていることを、山崎喜陽氏は井上豊氏から聞いていたらしく、
「TMSで発表させてあげるから・・・」
と話し掛けてきた。物の言い方が気になったが、数分間話をした。彼は筆者の話に非常に興味を持ち、実際に80坪の部屋の床で大規模な線路を敷いて実験をしている写真を見て、愕然としていた。
「日本で模型の効率を測定している人はあなただけだ。」
と言った。実際にはもう一人いて、それは吉岡精一氏であった。しかし、当時はまだ、吉岡氏とは連絡が付いていなかった。それを妨害した張本人は山崎氏その人であったのだが。
 極めて初期のTMSに、歯車の効率の話がある。山崎氏は、鉄道模型はよく走らねばならないという信念は持っていたようだ。

 話の内容を横で聞いていた荒井友光氏は上機嫌で、
「山崎君、名古屋にはこういう人もいるんだよ、大したもんだろ。『尾張名古屋はO(オウ)で持つ』って昔から言ってたじゃないか。」
と嬉しそうだった。その前の年のNMRAの新年会で、アメリカのNMRAのコンヴェンションのスライドを100枚以上見せた。カツミの栗山氏がそれを見ていて、筆者は請われて東京で二回再演した。そのことも聞いていたらしく、見せてくれと頼まれた。当時アメリカでも、
"O gauge is back" というキャッチ・フレイズでOゲージの復権が始まっていると言うと、非常に興味深そうだった。彼はアメリカの話には心を動かされるようだった。

その席で、筆者は山崎氏が「Model Railroader に投稿するならウチを通さなければ載らない・・・・」と、また言ったものだから、呆れてしまった。筆者は若いとは言え、アメリカに居たことのある人間だから、そんなことを言えばバレることぐらいわかりそうなものだ。
 筆者は井上に連れられて、山崎氏とは過去に複数回会っている。いつもそれを言う人であった。本人はそう信じていたのだろう。お気の毒ではある。
 
 例の3条ウォームの記事はぜひともTMSで扱いたかったものだったと、発表直後に荒井氏から聞いた。

 一方ミキストで、実名を挙げて攻撃された副会長の加藤 清氏の怒りは収まらず、553号まで投稿しなかった。漁夫の利を得たのが「とれいん」誌で、かなりの原稿がそちらで発表された。


2016年07月15日

TMS195号

TMS195 もう50年以上も経ったのだ。TMS195号(1964年)のミキスト欄にはかなりすごいことが書いてある。筆者の持っている一番古いTMSが186号であるが、それ以前のTMSで、NMRC(名古屋模型鉄道クラブ)の記事はよく見ていた。だからクラブに入会しようと思っていたのだが、突然TMSでのNMRCの記事が全く無くなってしまった。解散したのではないかと思ったぐらいだ。
 しばらく経って、椙山氏のお宅でNMRCの会長だった荒井友光氏を紹介され、直ちに誌友となり、正会員になった。NMRCが無事に存続していたことは、筆者には驚きであった。
 
mixt195 そのミキストにはNMRCの悪口が40行くらい書いてある。今だったら、名誉棄損で直ちに裁判沙汰になるような内容である。個人名も明記するなど、とても信じられない記事だ。剛氏と山崎氏は「ケンカ友達」だったのだが、副会長の加藤氏はそうではなかった。TMS憎し、でそれは加藤氏が編集長だったYard誌に表れている。
 これがきっかけで、NMRCはTMSと絶縁した。剛氏はそれまで極めて頻繁に紙面に登場していたが、全く影を潜めた状態が、400号まで続いた。ざっと16年間の冷戦状態であった。剛氏は東京勤務の時代もあったのだが、TMSとは接触しなかった。
 剛氏は仲直りが必要だと考えたのだが、副会長氏は強硬で実現しなかったようだ。
 この状態に心を痛めたのは井上豊氏で、東京方面に引っ越されたこともあって、頻繁にTMSとは接触し、仲裁を試みた。360号(’78年)あたりから、かなり頻繁にアメリカ型蒸気機関車の記事を発表している。古橋正三氏はギヤード・ロコの記事をかなりの数投稿したし、また、荒井友光氏も395号でトラス橋の記事を書いた。荒井氏は上京の際山崎氏に会い、400号までに関係の修復をすることを約束させた。
 その年のNMRC新年会で、山崎氏は来名し、「また仲良くやろう」と全会員を前に、伊藤 剛氏と握手をした。その後名古屋特集が出たのは、筆者の解釈では、いわゆる手打ちではないかと思っている。あの内容を訂正もせず放置したのは良くなかったからだ。


2016年07月13日

C&O 2-6-6-6 Allegheny

 井上 豊氏のHOモデルが掲載されたのはTMSの1967年11月号である。表紙のうすい黄色を覚えていたので探すのは容易だった。実は自宅の書庫のどこにあるのかはすぐには分からないのだが、博物館の棚には全て並んでいるので、探すのは非常に楽である。
 当時は高校生で、ずいぶん興奮して読んだ覚えがある。井上氏はどうしてこの機関車の図面を手に入れたのだろう、という疑問を我々の世代の人は持ち続けていたようだ。
 TMSの569号にはウォーカー氏の記事があり、疑問が氷解された方が多かった。 

 このHOモデルはのちに改良された。テンダのリヴェット打ち出しをやめ、酒井喜房氏の紹介で、エッチング図面を描いて外注したのだ。出来上がったテンダは素晴らしく綺麗で、メーカ完成品かと思うぐらいだった。デカールは椙山 満氏が貼った。テンダの改良は、1983年のTMS436号に載っているが、やはり不満で、すぐそのあとに根本的に作り替えられたのだ。 
 その試運転に来られて、拙宅に泊まられた。その2日間は非常に濃密な時間であった。あらゆる常識、テクニック、機構的アイデアを伝授して戴いた。
 押して動くウォームのアイデアはまだ出ていなかったが、すでに筆者は摩擦の少ない模型鉄道の実現に向けて動き出していた。ミニチュア・ボールベアリングには大変興味を示され、しばらくするとTMSにその記事が出た。筆者が半径3mの線路を敷いて、60輌運転をしていた時代だ。
 ウォーカー氏の件も多少は話題になり、569号の記事にある「お代官様」という表現も、その時出てきたことを覚えている。

 そのTMS569号1993年4月号には、NMRCの新年例会の記事が載っている。このころはすでにTMSとNMRCとの和解の時期であり、その以前の20年弱の「反目の時代」が終わったのだ。だからこそ井上氏の記事が取り上げられたのだ。「名古屋特集」もこの後出版されている。

2016年07月11日

Walker氏のこと その10

Walker 名古屋模型鉄道クラブで長老方にこの話を詳しく聞こうと思っても、ほとんどの方が言葉を濁されてしまう。
 井上 豊氏のお宅にお邪魔して話を伺った時、食料を持ってきてくれたということを仰ったが、同席されていた奥様は突然話を逸らされた。
 話してはいけない、という気持ちがどなたにもあったのだろう。

 伊藤 剛氏は、
「アメリカは時効が長いからね。場合によっては無いかもしれない。突然、軍法会議に掛けられても・・・という気持ちもありましたね。」
「会社のためとは言え、我々もこれが賄賂性があるということは、百も承知していましたよ。ウォーカー氏が帰った時、関係者はほっとしたけど、口外してはいけないという気持ちがありました。」
と仰った。

 椙山 満氏のお宅でこの話が出て、当時のNMRCの会長の荒井友光氏が、いろいろなことを教えてくれたが、写真の件となると、見せてはもらえなかった。
 井上氏のお宅に、伺って見せてもらった時、機関車のことは嬉しそうに話され、試運転の写真を見せてもらったが、その背景については話されることはなかった。

 3年ほど前伊藤 剛氏宅に伺った時、剛氏はこれらの写真を筆者に渡して全てを話され、近い将来の公開を委ねられたのだ。

 多くの模型人の心に傷を残して、それらの模型はアメリカに向かった。


2016年07月09日

Walker氏のこと その9

 Walker氏の模型は、すべて完成後、大同製鋼の集会室で運転をしたのだそうだ。戦災で焼け残った大きな建物は少なかったようだ。おそらく旅客列車が写っている場面がそれなのだろう。
 詳しくはわからないが、中央三線式交流18 V 程度であったろう。HOが12 V になったのは比較的古いが、大規模なOゲージ、1番ゲージは電圧を高くしておく必要があったと思われる。

 ウォーカー氏は帰国時に、
「これらは日本の模型人のレベルの高さをアメリカに知らせる良い見本だ。アメリカ中でこれを見せるツアをする。」と言ったそうだが、それをしたという話はどこからも聞こえてこなかった。彼自身もこれが賄賂性があることを認識していたはずだから、そんなことはできなかっただろう。

 1980年代の終わり頃、名古屋模型鉄道クラブに一通の手紙が舞い込んだ。それはウォーカー氏の子息からのもので、
「里帰りさせたい。」
とあったが、よく読むと、要するに買い取ってくれないか、というものだったそうだ。
 当時筆者はアメリカに居たので、間接的にしか知らないが、乗用車1台分くらいの価格であったそうだ。

 後で土屋氏にその話をすると、
「買っていたかも知れんな。」
と仰った。

 その後、その話は全く消えてしまったので、どうなったのかは分からない。一度見てみたいものだが、手掛かりを探すだけでもかなり時間が掛かりそうだ。

2016年07月07日

Walker氏のこと その8

FM2400FM 2400 ディーゼル電気機関車の完成写真がまだ見つかっていない。製作中の写真が数葉あるだけだ。この機関車はFairbanks-MorseのC-liner 2400seriesだと思う。前後で台車が異なるB-A1Aタイプだ。steam generatorを載せると、軸重が大きくなるので、一軸足したのだ。

「このような設計はいかにもアメリカ的な発想で、日本人にはできませんなぁ。」と、
伊藤 剛氏は語った。

 自動逆転機はもちろん、燈火の点滅、汽笛吹鳴まで手元でできるようにした。車内はその制御器が満載だ。制御器は冷却ファンの部分の天井からも操作できるようになっていて、制御器の軸はモータの大きさがあるので斜めに配置されているのが面白い。駆動用モータはまだ取り付けていない。 前部台車2軸と、後部3軸台車の後ろ2軸が駆動されている。 

伊藤 剛氏(左)伊藤 剛氏 (左 作っている時の写真が数葉ある。伊藤剛氏(左)はまだ二十代で、髪の毛もふさふさとしている。右は青木茂氏と思われる。
「ある時、髪の毛が突然どこかに行ってしまったのですよ。毛があった時代を知っている人はほんとに少なくなりましたねぇ。元々なかったわけではないのですからね。」

 工作台の写真もあったが、今回は見つからない。その工具ラックが面白い。すべての工具が見た瞬間にわかるような配置になっている。金鋸をはじめとする工具が、木製のラックに掛けられていた。決して引き出しには仕舞わない。ネジ回しは先端が見えるように斜めに差さっている。ハンダ鏝は目玉クリップをつけて浮かせてある。
「工具を探す時間は無駄そのものです。アマチュアであっても、プロであっても同じです。」
 筆者はそれを聞いて、直ちに工作台を改装した。

2016年07月05日

Walker氏のこと その7  

NYC Hudson  and L&N streamliner 客車は5輌編成だ。荷物車、コーチ(座席車)2輌、食堂車、展望車である。


coach interior 屋根の外せる範囲が、今日ある模型とは異なる。コルゲート部のつなぎ目を利用して、別れるようになっている。屋根板はネジ留めである。車体が大きいので、ネジは相対的に十分小さい。
 車内の椅子は専門の職場で作ったらしい。クッションこそ入っていないが、実物並みの仕上げを施したそうだ。この写真では洗面所の内部が付けてない。作ったはずである。内装は伊藤 剛氏が中心になって作成した。
 連結部分の幌を吊る装置がいかにも動きそうである。

dinerdiner interior 食堂車にはキッチンキャビネットも付いているが、食堂部分のみ、屋根が外れる。厨房部分の屋根には通風装置が付いている。


parlor observationparlor interior 展望車はいわゆるパーラーカーである。
 parlor carとは、一人掛けの座席を持つ特等車のことである。「こだま」号の一等車は、これらのアメリカの車輛を参考に作ったはずだ。ガラスの仕切りは職人が削った。
 灰皿はホックでできているように見えるが、いかがだろうか。 

2016年07月03日

Walker氏のこと その6

baggage Walker氏はライオネルをたくさん持っていたらしい。剛氏たちはそれを見せて貰って、内部を考察し、TMSなどに解説記事をたくさん書いている。 
 井上豊氏は汽笛の構造に興味を持ち、その中に針金を突っ込んで内部の様子を調べ、その通りに再現したものを作った。ちゃんと本物と同様の音がしたそうだ。そのあたりの様子は、「高級モデルノート」などに再録記事が載っている。

coachcoach interior いかんせん、ライオネルはおもちゃであり、模型ではない。伊藤 剛氏率いる名古屋模型鉄道クラブは模型を作っていた。より精密で、実感的なものだ。
 その点、Walker氏も同様で、スケールモデルの美しさには敵わないことを認めていた。だからこそ、このプロジェクトで鉄道模型が賄賂として機能したのだ。

 伊藤 剛氏からこのアルバムを譲られたとき、
「あなたのブログで紹介して下さい。ただし私たちがみんなこの世に居なくなってからにしてくださいよ。なんと言っても賄賂であることは否定できないですからね。私たちは胸を張ってこれを見せられるかと言うと、決してそうではないのですよ。」
と仰った。

 賄賂としての鉄道模型は絶大なる効果を発揮し、それらを作ってくれる人たちがいる工場には、決して無理難題を言わなかったそうだ。

 その製作に関して得た知識は、その後模型製作に大いに貢献した。私たちもその恩恵を受けていることになる。

2016年07月01日

Walker氏のこと その5

40-ft Reafer and hopper car この写真の裏にはこのような文章が書きこまれている。(原文ママ

 砂利を敷いた線路の上の七両の貨車は、内部も本物そっくり、
 トビラを開けば、電燈もともり、左は冷蔵庫、右は小麦、セメントなど積み込む貨車で、底が開くようになっている 製作費十万円


 その通りなのであろうが、この金額は7輌分なのであろうか。昭和24年当時の10万円は大金である。今の200万円くらいに相当するかもしれない。

 caboosecaboose interior このカブースの内部の写真をご覧戴きたい。室内灯が点き、ストーヴがある。煙突にストーヴ本体が付いているのが面白い。煙突部分でつなぐというのは素人の発想なのだろうか。

 貨車のブレーキハンドルは鋳鋼製であったそうだ。伊藤剛氏はこれからは鋳鋼の時代だと思って、どの程度薄くできるかの試験をしたそうだ。結果は0.5 mmだそうだ。したがってこれらにはその技術を使われていて、鋳鋼でできている。もちろん台車枠も鋳鋼だ。

 本物の動くところはすべて動くようにした。ハンドルを廻すと、鎖が巻上げられてブレーキが掛かったそうだ。これらの鋳物は大同製鋼で作らせた。

2016年06月29日

Walker氏のこと その4

covered hopper Alleghenyの発音の件は先に書いたが、この言葉の複数形はアクセントが後ろに来る

 アメリカにいた頃、この機関車の走った線路に沿ってドライブした。急峻な地形ではなく、老年期山脈である。Appalachian Mountains(アパラチア山脈) Blue RidgeとかSmoky Mountains のあたりである。そこでアレゲニィの音は頭に叩き込まれたが、テキサスの友人宅に行った時は混乱した。アレゲニィがたくさんあったのだ。彼は説明する時にアレゲィニィズと発音したのだ。

 聞き直すと、複数形はそうだと言う。理由はわからないが、いくつか例があるらしい。しかし、Alligator も最初にアクセントが来るが、複数形であっても同じ位置だ。

 

 さて、完成したアレゲニィの写真がまだ見つかっていないが、そのうち出てくるだろう。スロットルを引くと、前後が別々に回転し、スリップした。当たり前だが、妙に感動したそうだ。筆者はその話を聞いていたので、関節機にはモータとギヤを二組入れるようにした。すると祖父江氏も同じことを言っていた。

dda40xさんがさぁ、『二個モータにするといいよ。』って言ってたんだけど、大したことはねぇだろうと思ってたんだ。でもやってみたら、それがいいんだよね。ゾクゾクっとするね。」

 それから、関節機には二個モータというのが、祖父江氏のところの標準になった。 当然、井上 豊氏もそうした。もともと彼は自動車の差動装置を使うつもりだったが、こちらのほうがずっと簡単だった。

 のちに伊藤 剛氏にお見せすると、「やはり、これはいいね、ウォーカー氏の模型を思い出しますね。」とのことであった。



2016年06月27日

Walker氏のこと その3

opentop hopper 井上氏はその図面を祖父江欣平氏にも見せている。だから、Oゲージの アレゲニィのよく出来ている。Max Grayの時代にしては、他の機種より数等、出来が良いのだ。
 祖父江氏は、そのお礼にOゲージのアレゲニィの鋳物、プレスで抜いた板を井上氏に差し上げた。その板や部品は長い間井上氏の押し入れに眠っていたが、ある時、
50-ft boxcar「もうOゲージを作ることは無いから、君に上げるよ。組めるだろ?」
と筆者に譲ってくれた。半分くらい組んだところで、祖父江氏が仕事が無い時期があったので、組んでもらった。
そうしたら、
「鋳物の台枠なんてオモチャっぽいから、厚板で作り直したよ。他にも気になっていたところを全部作り直しちまったよ。」
と言って送ってくれた。それは完全にカスタム・ビルトと言えるものであった。そして、韓国で作っていた怪しいアレゲニィの鋳物部品のうち、正しいものだけを組み付けた。当時のメーカが提供してくれたものから、選り出したのだ。半分以上は捨ててしまったが。
 そのアレゲニィは筆者のコレクションの中で、最も価値ある機関車である。

livestock car さて、ライヴのアレゲニィであるが、井上氏は国鉄の工場の旋盤を使って主要部品を作り、自宅で仕上げをしていた。
 ウォーカー氏は時々寄って、ヤスリ掛けを手伝ってくれたりしたそうだ。そういう時には、
”For your family."
と言って、缶詰をたくさん持ってきてくれたそうだ。
「食べ盛りの子供がいたから、あれは助かったね。」

 蒸気の自在継手を球状に仕上げて、漏れないことを確かめたときは嬉しかったそうだ。  

2016年06月25日

Walker氏のこと その2

flat car 会社のための模型作りだから、勤務中に会社で作る。
「私の人生の中で、あれが唯一の経験でしたね。仕事で模型を作ったのは。」と、剛氏は仰った。剛氏が図面を描き、一部はカツミ模型店で作ったものもある。

reefer 模型とはいうものの、実物通りに扉は開き、ロックも掛かるようにした。実物の図面があるのだから、やればできてしまう。材料は会社が購入し、塗料は塗料会社に注文した。白眉はレイルで、製鋼会社が、わざわざその断面を作って挽き出した。ポイントも熟練工が実物同様に削り出したものを用いた。クロッシングは一体鋳造である

NYC J-1e and streamliner 蒸気機関車はライヴ・スティームだから、ボイラを作らねばならない。井上 豊氏は銅板を丸く曲げてリヴェット留めし、銀鑞付けするつもりであった。ところが、日本碍子の旋盤工が、「ワンピースで作ってやる」と言い出し、薄いボイラを肉厚銅菅から挽き出してしまった。その話を何度も井上 豊氏から聞いてはいるが、いまだに信じられない。銅のような粘っこい材料を旋盤に掛けると、喰い込んでお釈迦になるはずだ。

「彼はね、今で言えば技能オリンピックで金メダルを取れるような人なんだ。出来ないことなんか無いんだよ。」と井上氏は強調した。
 ピカピカの薄いボイラで、素晴らしい出来だったそうだ。 

 1967年、井上氏は C&Oの2-6-6-6 アレゲニィのHOモデルをTMS誌(233号)に発表した。当時はそのような機関車の存在すら、ほとんどの日本人は知らなかったが、彼は本物の図面を持っていたので、わけなく作ってしまったのだ。
 また、井上氏はAlleghenyの発音を正確に覚えていらした。日本の模型人はこの地名をよく知っているのだが、筆者が出会った人の中で、正しい発音をされたのは井上氏と剛氏だけだ。
 参考までに書くと、最初のA強く言うラゲィニ と言えば通じるが、それ以外の発音では不思議そうな顔をされるだろう。しかし、TMSの表記はやや異なってアレゲーニーとなっている。この表記だと第三母音にアクセントが来ると思ってしまうだろう。筆者もそう思った。

2016年06月23日

Walker氏のこと その1

剛氏のアルバム 連合軍が日本を占領していた頃の事情を細かくつづった本を読んでいるときに、筆者はある名前を見てどきりとした。ウォーカー中将という名が出てきたのだ。
 もちろん別人なのだが、名古屋には別のウォーカー氏が居た。剛氏の遺品の中にそのアルバムがある。

 アメリカから派遣されて、当時の中部地方の工業地帯を統括していた人の名である。軍属ではなく民間人であろう。
Mr.Walker ハロルド・ウォーカー氏はこの地方のすべての産業を押え、アメリカの国益を守る経営をさせるために派遣されていた。あまりにも厳しい人で、どの会社も、どうしたら少しでも目こぼししてくれるかを考えていた。ある時、彼は鉄道模型が好きだということが分かった。そこで日本車輛の伊藤剛氏が抜擢されて、話をしに行ったのだそうだ。剛氏は模型人であるし、英語が堪能であったからだ。ウォーカー氏は、Missouri Pacific鉄道に勤めていたことが分かったのだ。

 そこで日本車輛が車輛を、大同製鋼がレイルを作り、彼の好きな列車を進呈することになった。はっきり言えば、賄賂である。鉄道模型を用いて懐柔しようというわけだ。蒸気機関車は井上 豊氏が作ることになった。三菱や日本碍子、国鉄まで巻き込んだ大作戦である。

 車種は先方の指定で、NYCハドソンとC&Oアレゲニィ、FMのディーゼル機関車、流線形客車5両、貨車7両であった。すべてアメリカから本物の図面と写真を取り寄せ、その1/32、1番ゲージ模型を作ることになった。(写真は完成した模型を手にするウォーカー氏)

2016年06月21日

鉄橋上の線路

jig for superelevated ties トラス橋の延長上にガーダ橋がある。線路を続けて作っておかないと、曲率が変化してしまうこともありうる。

 ジグを加工して、長い線路を作れるようにした。2.6 mmの鉄板だから、糸鋸で切れないこともない。
 伊藤 剛氏は、
「糸鋸は最も仕事量が少ないので、手でやる仕事ならこれに勝るものは無い。」
と仰っていた。

 掛かってみると、ほんの数ミリメートルを切るだけで、かなり疲れた。いつも快削ブラスを使っているので、その10倍ほどの手間が掛かる。

 一箇所切っただけでギブアップし、アングル・グラインダに切断砥石を付けて切った。20 mm ほど切るところもあったが、数秒で終わった。角を落として、手を切らないようにした。
 
 また10 mm厚のバルサを敷いて延長工事をするのだが、この写真で左の方は浮いてしまうので、10 mm程度の板を挟んで安定化させた。

 レイルの曲率が一定になるようにあらかじめ曲げて置く。レイルは長さが足らないのでつなぎ、ハンダ付けして一体化させた。こういう作業は塩化亜鉛に限る。ジョイナの隙間をハンダが満たし、固着する。

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2016年06月19日

客車ヤードの現況

passenger car yard bpassenger car yard finished 懸案の客車ヤードの線路敷きが完了し、配線も済んだ。線路間隔を本線と同じ100 mmにしたが、それは正解であった。長い85 ft車(25 m車)を曲線上に置くと、車端がかなり近接する。

 この部分は機関車が走る部分ではないので、饋電線は少ない。客車の照明だけだから、レイルボンドに頼っている。饋電は 3 m おきで十分である。

rail bonds and bender レイルボンドを作るときに、今まではごく適当に銅線を捩じり、手で曲げていた。正確に曲げて取り付けると見栄えが良いので、 今回は工具と型紙を使った。銅線は裸撚り線の一端を万力で挟み、他方をヴァイス・グリップでつまんで捩じった。

making rail bonds この工具は、歯科の入れ歯保持用の針金を曲げるためのものである。日本製の本物は極めて高価であるが、これはPakistan製であると表示してある。アメリカの工具屋で手に入れたまがい物であるが、何ら問題ない。細い線を実に正確に曲げることができる。
wire bender 他にも丸く曲げる道具もあり、それは挟む位置で曲率を連続して変えられるようになっている。入手したのは20年ほど前であるが、当時の価格は一つ3ドルくらいだった。今ではもう少し高いだろう。

rail bonds and tools この種の工具は日本ではまず使っている人を見ない。とても便利である。立てて置く時は、このような保持台に置く。
 これは以前紹介したが、厚板に穴を開けて、底に薄い合板を張ればいくらでもできる。


2016年06月17日

カント付き線路

hand laid superelevated track カント付きの曲線はこのように出来上がった。曲率が一定であるので、なかなか壮観である。枕木裏も削ったので、平面に完全に密着する。スパイクは緩いものをすべて抜き、接着剤を塗って押し込んだので、二度と抜けることはないはずだ。

underside of the superelevated track 裏はベルトサンダの平面で軽く削ると、このようになった。枕木の多少厚いところは削られている。フライスで斜めに削いだ部分は刃型が出ている。目で見ても分からないが、このようにするとオイル・ステインの浸込み具合が浅かったので、その凹凸が強調されているのだ。
 釘の切り口が平面になって光っている。何かの間違いで短絡を起こすといけないので、絶縁材を貼る予定だ。
 
 ここまでの工事で延べ6日掛かっている。もちろん仕事をしている時間は3時間くらいだが、ステインの固まる時間、接着剤が硬化するまでの時間を取らねばならないので、その程度の時間が必要だ。重しを載せて保持する平面も必要で、生産性は極めて低いと言わねばならない。あまりやりたくない仕事だ。
 この部分はトラス橋の上で、さらにガーダ橋の部分も連続して作る。ジグを加工して延長できるようにするのだ。ジグは2.6 mmの鉄板だから、糸鋸で切るのは大変だ。

2016年06月15日

視力とDCC

 検診で視力測定を受けた。意外なことに両眼ともかなり良くない。
 白内障、緑内障の心配は全くなく、網膜も無事なのだが、ピントが合わない。老眼でレンズが薄くなっている。かなりの遠視になったのだ。以前は両眼とも、視力2.0を誇っていたのだが、今はどちらも0.8程度だ。しかし+1.0ディオプタのレンズを装着すると、2.0になったので安心した。夜間、車を運転するときには眼鏡を掛ける必要がある。2,3年前、本業の本を仕上げるのに、数か月コンピュータと睨めっこをしたので、急速に悪くなったような気もする。

 過去に何回も手術を受けて角膜を引張ったせいか、左眼に微妙にあった乱視が完全に直っていた。このことは伊藤 剛氏も仰っていた。
「私は乱視でしてね、夜空の星が点に見えなかったんですよ。ところが白内障の手術をしたら、角膜を縫い付けて引っ張ったので、ピンと張って、おかげでとても良く見えるようになりました。角膜にシワがあったんでしょうね。」

 遠視になると不便この上ない。日中は虹彩が細く絞られるので、かなりピントが合うが、夜間や室内では裸眼ではピントが合わない。線路をつなぐような作業は、眼鏡を掛けないと全くできない。
 もう一つ困ったことがある。DCCの機関車の番号を打ち込む作業ができない。そこに止まっている機関車を、少し移動したいので呼び出そうとするのだが、番号が読めないので非常に難しい。普段あまり動かしていない機関車の番号は忘れてしまうからだ。

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2016年06月13日

客車ヤード

 眼科で検診後、有無を言わせず切られてしまった。本来は手術の日程を決めるための検診であったのが、少々急を要する事態であったので、即手術となった。 中の方ではなく外側なのだが、しばらくは視線を動かすと痛いので、静養していた。
 居間のリクライニング・チェアで好きなカントリ・アンド・ウェスタンを聞いて過ごした。 本は読んでも良いことが分かった。コンピュータ画面とは違って、視線を動かさずに読むことが可能だからだ。河原匡喜氏の「連合軍専用列車の時代」を熟読した。
 実に興味深い本で、3回読み直した。お薦めする。黒岩保美氏から直接伺った話とも重なり、様々なことが分かった。

 そろそろ車の運転もできるので、博物館の工事を再開する。
up, level and down 客車ヤードがある程度完成に近づき、車輛を置いてみた。客車はペンシルヴェイニア鉄道の急行用車両である。隠しヤードに下りていく貨車はNYCのPacemaker塗装である。どういうわけか6輌が番号違いで揃っている。その後ろは複々線を登っていく貨物列車である。たまたま写っているこの2輌はワシントン州に関係がある。スポケーンから来た男は、この2輌を見てホームシックになると言った。こうしてみると、この付近は地下鉄の入り口のような感じである。

 隠しヤードへの線路の敷設もかなり進捗した。5 mmのゴムの効き目は大したもので、レイルヘッドと車輪との転動音しかしない。Low-Dの表面の平滑度が良いことが如実にわかる。しかも、レイルの継ぎ目の音が実にやさしい。あまりにも静かで、拍子抜けする。機関車がベルを鳴らして上がってくるようにしないと、事故を起こしそうだ。

2016年06月08日

plate girder bridge

 シカゴから届いたダイキャスト製の橋を架けるにあたって、その内側をどうすべきか、しばらく考えていた。 間隔を保てばよいので、木の角棒を作って接着するのが一番簡単だ。
 下から見ることなどないと思っていたが、最近は車載カメラという面倒なものがあって、全て見えてしまう。手を抜くと後々まで後悔することになるので、ある程度のところまでは作ることにした。レーザ・カットなら設計さえ気を付ければ、組むのも簡単である。 精度も高い。

girder bridge bracing 実物の図面を何日か眺めて、 作図を開始した。この手の物は非常に単純で30分で設計が終了した。Xブレイスにタブを付けて側面のスロットに入れる。簡単な直角ジグで支えながらハンダ付けすれば、たちまち形が出来る。
 それに上下の稲妻を付ければ良い。問題はこの稲妻の位相だ。同位相なのか、半周期ずらしたほうが良いのかがわからない。近所のものを調査中である。アメリカでの調査では逆位相であった。理論的にはどちらが有利なのだろう。

 このようにして作った箱状のトラスに、側面のダイキャストを接着すればできあがりだ。 稲妻は、透けて見えれば用は足りている。細かい造作は省略する。

 ガーダの上をどうするか、しばらく悩むことになる。直接線路を敷くのか、コンクリートの路盤を載せるかである。後者の場合はバラストが敷いてある。これも資料が手に入ったので、 あれこれと迷う羽目になった。




 

2016年06月06日

Alf の死去 

 先ほど我々の共通の友人であるBoからAlf Modineの死去の連絡を受けた。87歳であった。

 アルフとは25年ほどの付き合いであった。お互いに助け合った仲である。さまざまな部品を作って供給し、また逆に向こうから部品をもらったりした。
 最近は、博物館の工事進行状況を知らせて、意見を聞いたりしていた。

 昨年の春には泊めてもらった。日本に来ないかと誘ったのだが、健康上の理由で少々難しいという話であった。最近は足が悪く、歩きにくそうであった。

 訪問した際には上機嫌でワインを次々に開け、こちらがあまり強くないのを笑っていたものだった。いつも政治がらみの話を持ち掛けるので、事前に予習してから会うようにしていた。

 もうあのような話ができないと思うと悲しい。

2016年06月05日

続 鉄橋内の線路

 cutting the excess枕木の下にはスパイクが貫通しているから、それを裏返して喰切りで根元から切り取る。そののちにベルトサンダのテーブルの上で、裏側に軽くヤスリを掛ける。そうすると、微妙に出ている釘は完全に削り取られると同時に、やや厚い枕木だけが削られて全体が床面に接するようになる。

 この釘の切れ端は始末に負えない。磁石で集めようと思ったが、鉄板の上であるから、磁路ができて、ちっとも集まらない。刷毛で履いて大半を集め、残りは粘着テープの糊で集めた。

 この方法で曲率が一定の軌框ができる。これを橋の床面に置けば、完成だ。しかし問題点がある。スパイクが枕木を貫通しているので、それに金属が接触すると、短絡する可能性がある。裏にプラスティックのテープ状のものを貼るか、何らかの方法で短絡を防がねばならない。

 橋の本体には接着剤で付けることになろう。その時、レイルに継ぎ目をわざと深く入れて、集音マイクロフォンを取り付ける。
 果たしてどんな音が出るのであろうか。場合によっては別の音を出す工夫も必要かもしれない。

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2016年06月03日

鉄橋内の線路

 カントの付いた枕木を整列ジグに入れて、レイルを取り付けた。

 レイルを曲げて所定の半径にする。枕木に罫書きを入れて、位置を確定した。仮留めの位置に、外側レイルを取り付けるためのスパイクの下穴を細いドリルであける。枕木に少量のスーパーXを塗り、レイルを固定する。その時、半径2900 mmのジグを押し当て、全く隙間が無いようにする。

 レイルを圧迫し、枕木と密着するようにせねばならない。枕木はいかに精密に作られたとは言え、多少の厚さの違いはありうる。それでも密着させねばならないので、柔らかなバルサの厚板の上で作業する。その厚さは10mmである。

 レイルの上にあらん限りの重いものを並べる。合板を置いて、その上に定盤、スライダック、金床、電線、ネジ釘、工具、重そうな雑誌を山のように積み上げると、バルサは多少凹み、すべての枕木とレイルが密着して、接着される。
 次の日、重しを取り除くと、バルサには枕木の凹みがあるのが分かる。重しがよく効いた証拠だ。レイル10 cm当たり、6 kgほど載っていたことになる。

M1040001 そこにスパイクを打つ。もちろんバルサまで貫通する。再度2900 mmのジグを置き、内側レイルを接着し、また重しを載せる。固まるまで一昼夜を要する。
 錘を外しても位置関係が正しくできているので、スパイクをすべての枕木に4本ずつ打つのは容易だ。もちろん下穴を開ける。
 裏返してバルサ板を取り除くとこんな具合だ。


2016年06月01日

室内は室外である

caboose by Go Itoh これは伊藤 剛氏の作られたカブースである。かなり傷んでいるが、原型を保っている。これも折り畳み式の筈だと思ったが、そうではなかった。他にもあるのかもしれない。

 このカブースはいわゆる”NE type”である。米国北東部の鉄道で共通に使われたタイプだ。Reading RRで最初に採用したので、Reading cabooseとして売っていた。インポータは複数あったような気がする。ブラス製で、製造は安達製作所である。
 剛氏は安達庄之助氏を訪ねて、板の状態の部品を入手し、それをもとに工作をした。

broken NMRA X2E coupler NMRA型のカプラが付けられている。 X2Eである。この板金製のカプラーは弱い。強くぶつけると、上下に泣き別れになるのである。合わせ目に薄い板を貼れば壊れにくいが、下の押し合う部分が曲がるだろう。砂鋳物製の製品も持っているが、やや分厚い。
 その後ケイディが普及して、誰もこのカプラを使う人は居なくなった。 

caboose interior このカブースには剛氏によって内装が付けられている。剛氏は、「室内は室外である」という名言を残されている。「外から見えるものは、付けるべきだ。」という意見だ。
 このカブースも、見えるところだけは工作してある。キュポラの部分の椅子が付けられているし、洗面台もある。
 経年変化で接着剤が変質して、あちこち壊れているが、直せばすばらしくなる筈だ。また、ガラス窓は上に抜けるようになっている。反対側(この写真では左)の窓はポジフィルムの透明な部分を使っている。 いずれ修理して、デヴュウさせたい。

2016年05月30日

続 collapsible freight cars

cigarette carcigarette car 2 これがその側面である。MDFの板に紙巻タバコの包み紙が貼ってある。さすがに、50年以上経つので、劣化している。ブラス製の側板を持っているので取り替えたい。
 原作を生かしてばらばらにできるようにする。

 台車は大きめのホックで留めてある。すなわち外すのはとても簡単で、たくさんの貨車から台車を外して車体を畳めば、体積が極めて小さくなる。コートのポケットに何台か入るのだそうだ。当時はOゲージ全盛で、運転会には乳母車に満載して出かけた、と椙山 満氏は語っていた。

 台車にはプラスティック製の車輪がついている。台車を車体に嵌める時に、向きを一切考えなくても良いから、好都合だ。

 このような折り畳み方式を考えたのは、当時HOが台頭してきて、小さいから便利だということを見せつけられたからだそうだ。誰かがスーツのポケットから機関車を出して見せたことがあり、それで対抗意識を出した、とお聞きした。

2016年05月28日

collapsible freight cars

collapsible 折り畳み傘を英語でcollapsible umbrella と云う。たぶんアメリカ語だと思う。イギリスでは別の言い方をしていたように思う。collapse という語は、くしゃくしゃとつぶれる様子を表す動詞で、パタンパタンと畳まれるときはfoldingと言ったような気がするが、辞書を引いても今一つよくわからない。言語学者に聞けば良いのだが、なかなか難しい。
 
 さて、この写真をご覧になって、「分かった」という方は多分75歳以上だ。1950年代に伊藤 剛氏が発表された折り畳みができる貨車だ。
 お預かりしている箱を順次開けていくと、このようなものに行き当たる。

 妻板はぱたんとこちらに倒れる。すると体積が1/3になるというものだ。屋根と側板は輪ゴムで束ねる。台車は例によってホックでパチンと嵌まっているだけだから、抜けば体積を減らせる。妻板裏のバネをつかんで縮めれば外すこともできる。残念ながら側板が劣化して壊れているので、すぐにはできないが、修復しようと思う。

 見つかっているだけで5台分ある。驚いたことに(当然なのだろうが)妻板のヒンジ部分は互換性があり、どの部品とも合う。組立時にジグを使っていらしたのだ。この辺のことは、なかなか実現できないものだ。

伊藤剛氏の工作 妻のクロースアップである。このブレーキホィールは既製品ではない。実に見事な造形である。中心部は小さなホックである。それに細いブラスのワイヤを花びら状に作ってある。繊細で美しい。この写真は拡大しているが、実際は直径が10mm程度のものだ。小さいから見過ごしてしまいそうなのだが、細かくできていて、美しい。



2016年05月26日

oil stain

 オイル・ステインが浸み込んだぼろきれは、丸めておくと、とても熱くなる。要するに、空気と接触させて酸素が十分に溶け込んだ状態で表面積を減少させるから、熱が閉じ込められる。
 オイルステインの主成分の不飽和脂肪酸を含む油脂は、酸素と結合し、樹脂化する。その反応は、発熱的(exo-thermic) である。拡げてあれば、酸素はよく化合するが、その時発生する熱は逃げやすい。丸めると、中の熱は逃げられない。

 実際にやって、この現象を確認した。30分くらいでぶすぶすと煙が出てくる。発火するまでには至らなかったが、周りに燃えやすい物があれば極めて危険だ。アメリカの家具屋で見ていると、そのぼろきれをすぐに水に漬ける。たくさん溜まると拡げて乾かし、燃やしてしまう。砂漠の中であるからすぐ乾いた。
 一回ごと燃やせばよいのにと思ったが、油で濡れたものを燃やすと、炎が大きくなって危険なのだ。

 日本でこの種のオイルステインをあまり見ない。塗料と異なるのは顔料粒子の大きさと、fillerと呼ばれる塗膜構成剤の有無である。フィラは塗膜の厚みを作り出し、その膜内で顔料が特定の波長の光を散乱して色を出す。いわゆるペンキにはフィラが大量に入っている。ステインにはフィラが無く、顔料粒子だけになる。たまに染料も含まれている。binder 固着剤はフィラおよび顔料を固着させるもので、油脂や各種の合成樹脂等が用いられる。

 シンナに顔料を分散させることができたとしても、それを塗ると顔料が相手に載るだけで、触れば落ちてしまう。それを防ぐために、オイルステインにはバインダとして、酸素と反応して樹脂化する油脂を薄めて用いている。塗ると、揮発成分はすぐに蒸発し、残留した油脂が徐々に固まっていく。

 オイルステインだけしか塗っていない家具は肌触りが悪く、また、汚れが付きやすい。その上に厚い塗膜を構成するワニスを塗れば、美しい家具となるわけだ。 我々の使う枕木は触る必要もなく、艶消しのほうが良いので、上塗りをする必要はない。

 日本製のオイルステインは、油脂分が少なく、合成樹脂を主体としているらしい。すなわち、火事にはなりにくいようだ。

2016年05月24日

枕木を染める

oil stainstained ties 鉄橋の線路を組み上げるには、まず枕木を染めなければならない。それにはオイルステインを使う。水性のステインを使うと、反りくり返ってしまい、後悔する。合板ならばあまり問題はないかもしれないが、無垢の木で出来た枕木は水をつけるべきでない。
 このステインは、家を建てたときに白木の家具に浸み込ませたものだ。その後枕木にかなり浸み込ませたが、まだ半分ほど残っている。適当な容器にとって、そこに枕木を投げ込み、10分ほど放置する。浸み込んでいくと泡が出る。次に上下ひっくり返して、また10分ほど置けば良い。新聞紙の上に広げて余分の油を落とし、浮かせて放置すればよい。固まるまで2日ほど掛かる。乾くのではない。固まるのだ。
 
 この種の油は亜麻仁油を主として、触媒と煮たもので、空気中の酸素と反応して固化する。要するに内部まで固まるのである。いわゆる塗料とは異なる。手に着くと爪の間に浸み込んで固まるから、すぐに溶剤を使って洗う必要がある。リモネンで洗えばすぐとれる。

 日本の家具はこのステインを浸み込ませるという操作をあまりしていない。さっと塗っておしまいだから、表面だけしか色がついていない。だから傷がつくと、白い木が見える。
 家を建てる時、アメリカの家具屋でじっくりと観察したが、組立ての途中でステインをドボドボに塗りつけ、放置する。テーブルであれば、上に表面張力で盛り上がる位に塗る。時々見に行って、吸い込んだところにはさらに多めに塗る。2時間くらい経ってから、ぼろきれで余分をさっと拭き取る。3日程置いて、透明塗装を掛ける。上塗りを重ねて掛ける。その間には水研ぎがある。とても丁寧な作業である。
 このような仕上げだと、傷がついても色が変化しない。表面のめくれを取って、透明塗料を塗れば元通りだ。

 油を拭き取ったぼろきれは丸めておくと発火する可能性がある。必ず広げて、発生した熱が空気中に発散するようにせねばならない。 

2016年05月22日

吸音材

 ゴムは重い。5 mm厚の1 m幅の1 m当たりの質量は8 kg以上である。10 mあったので、80 kg以上あったことになる。道床下張りにはそれを80 mm幅に切って使った。それだけでも 1 m当たり 640 gほどもあるのだ。

 天然ゴムは水の密度よりわずかに軽い程度だが、この黒ゴムは重い。充填剤がかなり入っているのだろう。

 隠しヤードの先端部分 5 mは、低発泡ポリ塩化ビニルのシートである。工業用のシートで、工場の棚に敷くものだそうだ。大切な工具を置くとき、傷まないようにするのだろう。かなりの面積を戴いたので、それを重ねて貼る。表面が緑で、裏は黒だ。これも重いものである。

 ポリ塩化ビニルは黒ゴムの密度と同程度だろう。いずれにせよ、厚いものを使うと効果があるので、重くなる。

 コルクは全く機能しないことを書いたが、相変わらず吸音性があると称して売っている。驚いたことに、ウィキペディアに、”コルク道床”という項目まである。Google で調べると、無数の写真がある。どなたも効果があると信じていらっしゃるのだろう。ゴムを試すべきだ。吸音能力の大きさにあまりにも大きな差があって、驚くだろう。
 ウィキペディアの間違いは多い。信じがたいほど派手に間違っている。ロンビック・イコライザの項は相変わらず、めちゃくちゃだ。どなたか書き直して戴きたい。 

 ゴム道床を試してみれば良いのに、と思う。走らせて楽しむのだから、より良い方法へと模索するのが正しい姿だ。本に書いてあるからとか、先輩が使っているからと言って採用するのは、賢明とは思えない。
 ゴムは相対的には安いものだ。よく切れるオルファ・カッタがあれば、切断も簡単だ。接着も完璧に付ける必要はないので、気楽にやればよい。HOなら 2 mm厚を使えば十分だろう。

 毎日、ゴムを1mずつ貼っている。今、面積の大きな部分なので、下準備、施工とも大変な作業である。重いのには本当に参る。

2016年05月20日

隠しヤード

yard ladder 3 隠しヤードのラダァ部分にゴムを敷き、エラストマを並べてみた。複線間隔が90 mmであるから、かなり狭く感じる。黒い部分が露出するわけだが、この程度の幅であって、意外に落ち着いている。

 この幅でゴムを貼るというのはかなり難しい。曲がっている部分だけに全面的に接着剤を付け、平らな部分は点付けで行こうと思う。釘を併用して貼れば、落ち着くだろう。
 面積が大きいと、よほどうまく圧力を掛けないと均一には着かない。場合によっては細かく切って、貼るということも考えている。

 ゴム板の上にエラストマを貼り付けた部分に線路を敷いて、貨車を走らせた。枕木に大きめの穴をあけ、線路は緩く取り付けてある。実に静かで、感動的である。車輪の転動音だけしかしない。

 今回はこの黒ゴムが1 m幅で10 mあったので、惜しみなく使っている。ヤードの奥の方は足らないので、仕方なく、ポリ塩化ビニルの 3 mmと 2 mmのシートを重ねて使う。ありがたいことに、端材の廃品を大量に戴いたので、活用する。

 隠しヤードの奥は転車台の横まで伸びている。その部分の工事をしないと先に進めない状況になってきた。
 

2016年05月18日

続 ゴムを貼る

 ゴムを貼るときに裏を削るのは、投錨効果を期待しているのではない。表面を削り落とさないと着かないのだ。ゴムには表面に離型剤が付いている。長い時間が経ってもくっつかないように、ワックスを塗ってあるからだ。 

 今回の路盤には5 mm厚の黒ゴムを使っているが、表面に灰色のエラストマを接着しようと思っても、うまく接着できない。こちら側も削らなければならない。エラストマは洗ってあるが、念のためナイフでしごいて新しい面を出すと良い。スーパーXを点付けして固定する。ここで完全密着させると、消音効果が薄い。

 例によって、エラストマの中で枕木が少し動くようにすると、極端に静かになる。あちこちに摩擦が生じるような環境が必要なのだ。

隠しヤードへ 曲がったゴムを完璧に貼るためには、このような方法で加圧する。厚い合板を締め付けるが、板の先端に圧力が不足していたので、あらん限りの重いものを載せた。金床、変圧器、スライダック、万力、ガロン瓶の接着剤、塗料缶などだ。
  

turntable bearing 転車台のローラを付け替えることにした。 なんとも節操のない様相を見せている。古いのは外せば良いのだが、面倒でそのままである。いずれ外して、他の用途に使おう。

 高さが少し変化したので、中心軸の長さを調節せねばならない。フランジを厚くすればよいが、他の方法でも可能だ。
 

2016年05月16日

ゴムを貼る

yard ladder (2) 機廻り線を先に置いて、矛盾が無いようにラダァを配置してみた。 

 ポイントが密集する部分にはゴム板を大きな三角形に切って貼るつもりだ。すなわち地面が黒く見えるわけだ。それに灰白色のエラストマを貼る。
 他の部分よりも複線間隔が狭いので、黒く見える部分がかなり少ない。

チーズ削り ゴムを貼るには、裏側を削って新しい面を出す必要がある。それにはこの工具を使った。多分チーズ削りの一種なのだろうが、非常に細かい。伊藤剛氏の工具箱で見つけたものだ。
 軽く擦るだけで、細かい綿状のゴムがめくれてくる。掃除機で吸ってきれいにし、曲がっている部分だけに接着剤を付け、クランプで締める。大きな面積のところには、厚板を木ネジで締め付けるのが効果的だろう。

clamps 曲がったゴムを締め付けるのには、かなりの数のクランプが必要で、均一に締め付けるのは大変な仕事である。立体交差部は上の線路の路盤を使って、ジャッキで押し下げた。上が少し持ち上がってしまうので、重い金床や定盤などを総動員して載せた。 


ups and a down 本線の登り勾配と、隠しヤードへの下りとの違いは、この程度ある。まだ仮に置いただけの線路であるが、かなりの急勾配であることが実感できる。

 


 
 

2016年05月14日

カント

 アメリカの炭鉱地帯(ウェスト・ヴァージニア州辺り)には、満載の貨車を引き上げる線路が無数にあった。それらは逆カントを付けていた、とPaul Malleryの著書にある。極めて低速であるから、遠心力は考慮する必要はない。急曲線なら、逆カントのほうがはるかに安定である。アメリカは合理主義の国であるから、実験の結果、それが良いということになったのだろう。
 このような例は日本にもあるのだろうか。電車線での曲線上の渡りではたまに見るが、それは本論から外れる。

 下りは空車であるから、速度さえ出さなければ危険ではない。あるいは複線ならば、自由にカントを付けられる。

 隠しヤードへの進入路は、かなりの急勾配であるが、80輌ほどを引き上げる必要がある。機関車は専用のスイッチャを用いる予定だ。GP9の重連を考えている。
 電流は 3 A ほど流れるだろう。饋電線は 3.5 mmsq を用いる。レイル一本ごとの饋電だ。半径が小さいので走行抵抗は大きい。Low-Dであっても、かなり抵抗が増える。線路が完成したら、要求される引張力を測定してみる。
 入替作業用であるから、曲線部で停止した状態から引き出さねばならない。かなり苦しい条件だが、3条ウォームの特質が活かされるはずだ。

 ヤード部分のラダァを並べてみた。正直なところ、正確な作図をしたわけではないので、無理のないように並べるだけのことである。その先の枝線部分は適当に曲げて障害物を避ける。これは実物と同様である。

2016年05月12日

隠しヤードへの進入路

 隠しヤードへの下り勾配は1.9%もある。しかも急曲線だ。この部分にカントを付けるとろくなことはない。内側に引き倒される可能性がある。本来ならば逆カントを付けるような条件だが、カントなしでやってみることにした。
 電流は大きいだろうから、饋電線を太くする。

rubber roadbed underlay 音がするといやなので、エラストマ道床の下に5 mmのゴム板を敷く。
水道工事用の黒ゴムが10 mもあったので、それを切って敷く。長い間吉岡氏宅の天井裏にあったので、捲き癖が付いていて戻らない。この種のゴムは、出荷時はまだ加硫が不完全で、屋根裏のような高温になる部分に置いてあると、加硫が進み、形が固定されてしまう。細く切っても丸くなっているが、スーパーXで貼ると、真っ直ぐに固定される。
 この写真の白っぽいものはエラストマである。曲がり癖が付いていると貼りにくいので、数日間真っ直ぐな状態で放置し、ストレスを解放してから使用する。

隠しヤード 丸くなっている裏をチーズ削りで細かく傷を付けて新しい面を出す。そこにスーパーXを薄く塗って、厚い合板を置きクランプで圧締する。(写真左の方)
 接着剤は完全に押しつぶされて密着し、素晴らしい接着力を示す。はみ出したゴムに切り目を入れはがそうとすると、ゴムがちぎれる。

rotary cutter 1rotary cutter ゴム板を切るのはこの道具を使った。回転式のカッタだ。床のタイル・カーペットを切るのに買ったのだが、段ボールなどを切るのも楽である。固定刃は超硬、回転刃はハイスだ。絶妙な角度で組み合わさっていて、ハイスの刃がいつも最高の切れ味を示す。自動研磨と書いてある。リチウムイオン電池で、軽くて使いやすい。

2016年05月10日

table saw

 転車台用の枕木を用意した。先回枕木を今野氏に作って戴いたときの残りを、加工した。板の状態で受け取ったものを細く縦割りしたのだ。
 
table saw Proxxon の丸鋸盤の一番小さいのを持っている。 ブラス板を切るのに超硬刃を勧められたので使っていたが、うっかりして割ってしまった。
 買い替えようと思ったがとても高価で、踏ん切りがつかなかった。しばらく迷っていたが、たまたまハイスの丸鋸を廉価で手に入れた。刃の厚みが0.45 mmのものだ。インチサイズである。
 穴が3/8インチで、9.5 mm径だ。Proxxonのは10.0 mm径だから少し小さい。

 アダプタを旋盤で挽いて流用することを考えていたが、今回急に使わねばならなくなって、採寸、加工が間にあわなかった。3/8インチの穴を削れば入りそうである。
 インチキな方法を思いついた。ダイヤモンド・ヤスリの甲丸を使って、内側を削ってみた。刃を少しずつ回転させながら、均一に減るように少しずつ削った。一応、最終的にここまで削るという罫書きは超硬の針で入れておいた。

 ダイヤモンド・ヤスリで削れていく量は極めて小さく、20分ほど掛けて削った。怪しい方法ではあるがこの方法でも心は狂わなかった。削る量は0.25 mmずつであるからほとんど目に見えない程度の量であることと、刃を廻しながら少しずつ削るので、かなり均一に削れたのであろう。

 内側用のマイクロメータで測って、良しというところでやめた。取り付けて廻したが、振れない。試しにブラスの小片を切ってみた。真っ直ぐ切れたので合格だ。

turntable ties 枕木を120本切って見た。極めてきれいに切れた。金工用でもこのような硬い木には適するようだ。

 上の写真の右の円筒状のものは掃除機の吸い口である。弱で回しておくと9割以上吸い取れる。 
 

2016年05月08日

レーザ・カット

鉄橋枕木整列ジグ 鉄橋の枕木整列ジグの写真をお目に掛ける。最近、カメラが不調で代わりのカメラで撮ったので、やや不鮮明なのはお許し願いたい。
 鉄板は2.3 mm厚を用いたので、少々厚すぎた。枕木の薄い部分を外そうと思うと、指が掛からず、なかなか難しい。

転車台index これは転車台のインデックスである。同じく2.3 mm板を用いている。合板の円盤(ピットを切り抜いた時の残材)の外周にぴたりと嵌まるものを設計した。そのドーナツ状の板を円盤に取り付ける板(セクタ)をタッピング・スクリュウで留め、それを合板にタッピング・スクリュウで固定した。非常に正確なインデックスができた。例によって、作図はnortherns484氏に助けて戴いた。   

転車台index2 これは円板の裏である。滑らかに回るように玉の入った支えを付けたが、思ったほど回転の滑らかさがない。再々度、別の部品を用意して付け替える予定である。ボール・ベアリングの入った戸車状のものが良いだろう。 最初は金属製を用いたが、騒々しかった。プラスティック製は静かになるだろうと思ったが、滑りが良くない。古いものは外すのが面倒なので取り付けたままである。
 
転車台レール 車が走る部分は合板では摩擦が大きいので、鉄板の平面レイルを貼った。薄く塗装しないと、錆びてくるだろう。 長四角の穴は、集電ブラシの調整用の覗き穴である。


 これらの部品を自分で作ろうと思うと、その手間は想像を絶するものである。文明の利器を使えるということは、素晴らしいことである。 価格も特別に安くしてもらった。次は鉄橋である。恐るべき細かさで、とても手作業ではできない。

2016年05月06日

倣いルータ

 所属クラブの会員であるN氏が、自宅用の組立て線路を作りたいので、工具を使わせてほしいとやって来た。聞くと、正確な曲線をたくさん作るのが面倒だそうだ。それなら、一枚だけ正確に作って、それをコピィしようということになった。そういう用途には倣い(ならい)ルータが最も適する。

pilot router bit そのルータ(ラウタ)の刃先はこのような形になっている。英語では、pilot router bit という。pilotには案内するという意味がある。
 ボール・ベアリングの径は刃物と同じである。すなわち、ボール・ベアリングに原型が触るまでは、ワークに刃物が当たる。そこでワークをずらすと原型をなぞって切込みが行われる。
 
router table 原型とワークとは釘で固定する。ずれないように正確に打ち付け、倣いルータを起動する。切粉は熱く、猛烈な勢いで飛び散る。出力1-1/4馬力の機械なので、1 kWほどである。最大出力を出すためには、電圧を120 Vにせねばならないから、昇圧トランスを用意する。
 1枚当たり、1分も掛からない。次から次へとワークに原型を打ち付け、作業する。

 切粉だらけになったが、十数枚の曲線があっという間にできた。N氏はとても驚き、
「この方法でやればレイアウトはすぐできるね。」
とご満悦であった。

 筆者は自宅のフェンスをこれで作った。100本ほどの19 mmのwestern red ceder(杉の一種で腐りにくい材)から切り抜いた。いわゆる picket fence である。切粉が大きなゴミ袋3杯以上出た。

 

2016年05月04日

ハンダ付けのテクニック

 ハンダの見えないブラス車輛について書いたところ、複数の方から質問があったので、説明させて戴く。
 大阪の某有名模型店の店先にそれは飾られていたが、全くハンダの色が見えなかった。同行した友人が、妙に感動していたので意見を聞くと、「あのテクニックはそう簡単には習得できない。大したもんだ。」という話だった。

 筆者は、「壊れやすいから感心しない。」と言うと意外そうな顔をした。
「どうして壊れると思うんだい?」
「だってさ、ハンドレイルなんかは折り曲げてチョイ付けなんだと思うよ。持ったら撓んで、ハンダが緩むよ。」

 友人は意外そうな顔をした。「持つ時、そんなに力を入れないよ。」
「でもね、何度か持つと壊れるよ。」
「じゃ、あれは静態保存ということなのか。」
「たぶんそうだと思うよ。」

soldering おそらく、断面はこうなっている(A)。こうしないとハンダの色が見えてしまう。Bのようにすれば、ちらりとハンダが見えるが、丈夫である。そう簡単には壊れはしない。この方法が正しいはずである。ハンダが見えるのを嫌がるというのは、筆者には理解しがたい心理である。Aでは、ハンドレイルの上を持てば、ハンダが剥がれる方向に力が掛かる。

 筆者はOゲ―ジを楽しんでいるので、重い車輛を持つとき、いつも細心の注意を払う。ハンドレイルが剥がれると腹が立つ。祖父江氏のところからの模型はすべてBの方式を採用している。線材は良いが、板を付ける時は、隙間に閉じ込められたフラックスが洗いにくい。全面ハンダ付けをしていれば、歯ブラシでひとなでするだけで完了であるが、チョイ付けでは洗いにくところもあるだろう。
 

2016年05月02日

鉄橋中の枕木

Ties in the truss bridge 今野氏に作って戴いた枕木を整列させるジグをレーザ加工で切り抜いた。作図は例によってnortherns484氏にお願いした。
 
 橋の幅は少し広がっている。モックアップを作って「当たり」を調べた。長い関節機関車でも余裕を持って回れることが分かったので、安心している。
 
肉を盗む 枕木はちょうどぴたりと嵌まるが、少々後悔したところもある。レーザ加工する時に長方形の穴ではなく、4つの角と中間を丸く盗んでおくべきだった。そうすれば、幅、長さともぴったりであっても着脱が容易である。
 この「肉を盗む」という表現は、分かりにくい表現だ。製品の品質に全く影響が無い部分で、その型のある部分だけを意図的にへこませることを指す。そうすれば、嵌め外しがしやすい。英語では "downgage" という。直訳ではとんでもない勘違いが生じる。
 
 枕木を全部きちんと嵌めると、円錐面が出現する。カントが正確に付いているのだ。先日友人たちが来て、その様子を見て感動していた。レイルはジグで形を決めて接着する。固着後、釘穴を開けておいて、スパイクする。
 当然裏から出るので、それは切り取り、ベルトサンダで削り取る。かなり手間を掛けることになるが、素晴らしい仕上がりになる。このジグはまた別のところでも出番がありそうな気がする。

CAT WALK 今野氏のところで、この枕木材をテーパ無しで少し余分に用意して戴いているので、それを切ってターンテイブル用に用いる。
 ターンテーブルの枕木は標準より長いものを、左右に交代に張り出して、通路を支える。そのジグも作らねばならない。レーザ加工の工場では、この種の加工は極めて簡単に作ってもらえる。ジグは自分で作るより外注すべき時代になってしまった。

2016年04月30日

ハンダ付けフラックス

 先日の記事で、飽和溶液を使うと跳ねないということを書いた。我が国では薄めて使うのが常識になっているようだ。

 40年ほど前、ある実験で、筆者は何を熱媒体とすべきかを調べていたことがある。例えて言えば、鍋の中に加熱したいものを入れて直接煮るのではなく、何かの液体を入れて、二重鍋で間接的に加熱する方法を調べていたのだ。
 水では100℃で沸騰が起こる。てんぷら油では200℃くらいまでは平気だ。それ以上になると、あまり良いものがない。危ないが、濃硫酸を熱媒体に使うと、300℃まで大丈夫だ。もっと高い物は、ハンダなどの溶融金属を使う。その中で塩化亜鉛飽和水溶液が320℃まで大丈夫だという文献を見つけたのだ。やってみると本当に沸騰しないが、ガラスのビーカはその温度では少し変形した。

 ハンダ付けは実質的に300℃以下で行われるから、跳ねないハンダ付けができる。ハンダは金属の隙間を埋め、完璧に付く。洗うのは水中で歯ブラシでこすれば完璧だ。飽和溶液は空気中の水を集めるから、徐々に薄まる。だからこそ結晶が下に沈んでいる上澄みを使うのだ。小さいスポイトを使って吸い出す。

電気機関車の作り方 このコピィは、山北藤一郎氏の「電気機関車の作り方」という本の一部である。水で薄めている。塩酸に金属亜鉛を溶かしているから、飽和溶液にはならない。そのままでも薄いが、さらに薄めてしまっている。
 どうもこの辺に薄めるという操作のルーツがありそうだ。いろいろ調べているが、濃いのを使うという記事はまず見ない。
 

2016年04月28日

続々 客車ヤード

passenger car yard 4 しばらく来客が多く滞っていたが、作業を再開した。

 線路有効長はプルマン客車の12輌分が2本と11輌分が1本、10輌分が2本である。これで良しとしておかないと収拾がつかなくなる。隠しヤードへ行く線路には、枕木を茶色のものを用いた。色分けをしておかないと、何かの間違いを犯す可能性があるからである。
 線路は仮に置いただけであるから、多少のずれはご容赦願いたい。

 こうして見ると、ずいぶんたくさんの線路が並んでいて、壮観である。曲線の半径は左から順に、3100、3000、2900、2800R、そして空白があって、2600Rの隠しヤード行の線路がある。その内側の5線は2500、 2400、 2300、 2200、 2100Rである。これだけで10線である。

 考えてみれば、この写真の向こうの方(入り口に近いところ)にも、8線のヤードがあり、本線と合わせて10線ある。すなわち、このカメラの位置から15 m弱は10線が並んでいるということだ。それだけでFlex-Trackを10カートンほど消費している。山のように有った線路の箱がついに一つもなくなったのである。そして、エラストマの道床も400kgほどあったが、半分以上使用した。

 エラストマは製品の表面に何かの油(離型剤)がついているらしく、強力な洗剤で洗って落とした。そうしないと接着剤が付かない。接着剤は水性のものを用いた。

 各ヤードごとに分けて、DCCは全部で4つの饋電区間とする。そうしないと何かの事故が起きたときにどこで問題が起きたか、解明が困難だからである。4つの短絡検出回路を付けるべきであろうが、一つだけ根元に付け、各セクションごとの遮断スウィッチを付ければ、短絡時に一つずつ確かめることができる。この方法は、自宅のレイアウトで検証済みである。

2016年04月26日

おみやげ

plate girder bridge このガーダ橋はアメリカのAuel社の製品である。ちょうどこの橋を作ろうと思って、材料を切る直前であったので助かった。

 長さが385mmなので、ブラス板の定尺ものの365mm幅を少し上回る。そうすると切るのに大きなシァを借りに行かねばならない。どうすれば一番楽な方法なのか、を考えている最中だったから、大いに助かったのである。

 この橋はダイキャスト製である。1940〜50年あたりの製品で、アメリカの国力の最盛期に作られたものである。ダイキャストの地金に間違いがないから、割れることはない。欠陥品であれば、すでに粉微塵(こなみじん)になっているはずだ。

 これはシカゴのMike Hill氏からのお土産だ。彼は体調不良で来られなかったが、家族が持って来てくれた。
”彼がレイアウトを作っている。これが必要なはずだから持って行ってやれ。”
とわざわざ支承も付けて、持たせてくれたのだ。偶然なのだが、有難いことであった。
 懸案の橋は、このガーダ橋とトラス橋が連なる。ガーダ橋は複線だから2本要るのだが、ちゃんと2本持たせてくれた。Mikeには心より感謝する。

 お土産ではないが、どうせ来るのなら、と頼んでしまったものがある。それはフレクシブル・トラックである。2カートンをシカゴのショウで買ってもらった。スーツケースに入らないので、それをテープで留めて、手荷物として預けて持ってきてもらったのだ。簡単な方法であるから、頼みやすいかった。昔に比べて価格は倍に値上がりしていた。それとKadeeの連結器を100組持ってきてもらった。これは安い。

 Kleinschmidt氏は小さいボールベアリングを必要としていたので、探して準備した。200個ほど持って帰ってもらった。運び屋さんとして使ってしまったが、軽いから問題ないとのことであった。 

dda40x at 04:26コメント(0)材料 この記事をクリップ!

2016年04月24日

来訪者

 博物館に連れていって中に入った瞬間に、同じ言葉を発した。
”Huge(巨大だ)!"
 まさかアメリカ人の趣味人が、そういう感想を持つとは思わなかった。すでにYoutubeで動画を見た上での来訪であるから、 その点でも意外であった。もっと狭いところをくねくねと線路を引き回していると思ったそうである。 

 サウンド装置を最大限に働かせた後で、音を消して走行させた。
”音がしない!あまりにも静かだ!”と驚いた。参考に、ごく普通のめっきをした車輪を付けた車輛を1輌、斜面を滑らせた。シャーッという音がして、これが普通なんだよと言うと、納得した。
 Low-Dの威力が分かったのだ。 

 何台つないでいるのか数え始めた。実は数えやすいように、10輌ごとに少し変わった塗装の車輛をつないである。それでもどういうわけか10輌間違えた人がいた。正解は123輌である。貨車を手で押してみて、動力車が入っていないことを確認した。
”間違いなく、1輌の機関車で牽いている。これはすごいことだ。ギネスブックに申請しよう。”と言った。この程度のことではさほど感心することもないのだが。

 図書のコーナではかなり驚いていた。
”よくもこんなに集めたね。”
”大半は故人のコレクションなんだ。一応、日本で発行された趣味誌はほとんどある。”
と言うと、感心していた。

 線路の整列具合も彼らの興味のあるところだ。「レーザでこうやってアラインメントを出している」と見せると、非常に興味深そうであった。
”この方法は使うべきだが、この機械は高いのだろうか?”
 大まかな価格を知らせると、納得していた。  

2016年04月22日

段ボール箱の工夫

段ボール箱 段ボール箱の蓋にこのような爪を付けておけば、テープは要らない。このような工夫は、段ボールの製函会社に行けばいくらでもサンプルがある。抜き型も用意されているかもしれない。しばらく前に電話でコンタクトしたが、可能性はいくらでもあると感じた。


段ボール箱蓋 蓋が無いと、とても弱い。垂直荷重だけなら何とか持つが、その状態での横からのちょっとした力で、つぶれてしまう。このような爪は蓋のずれを防ぐのでとても強くなる。

 こういうものを工夫して、みんなで使うことを考えて戴きたい。ある程度の数がまとまれば、価格は非常に安くなる。高さは様々な要因があるので、筆者からは何とも言えない。

 模型の収納箱も段ボールで手際よく作れる。アメリカには鉄道模型専用の箱が何サイズかある。どれも簡単に組めて、非常に強い。価格は安く抑えられている。段ボール会社によると、すでに既製品があるから、その中から選ぶと安いそうだ。

 つい最近のニュースで、段ボール製の簡易ベッドを被災地で活用するというのがあった。段ボールは使い方を工夫すれば強度が十分にある。 

  この一週間に2組の客が有った。一つはワシントン州のスポケ−ンから、そしてシカゴからである。遇然にも1日違いでやってきた。しばらく滞在したので、あちこち案内して楽しい日々を過ごした。

 彼らは熊本の地震のニュースを見て非常に驚いた。すぐに熊本に居た親族が避難してきたので、我が家は大変な賑わいであった。

2016年04月16日

続 仮設レイアウト

仮設レイアウト3 箱を並べて所定の位置に配置する。そこに12 mm合板を並べて、合板の継ぎ目には粘着テープを貼る。これで架台の組み立ては終了だ。
 単純にして明快な方法で、体重が分散するから、上を歩いても壊れることはない。


仮設レイアウト4 その上に厚手の布地を敷き詰める。フリース素材である。音もかなり吸収される。そして線路を敷くとできあがりだ。 もちろん、多少の不陸もあるから、くさびとか段ボール片を用意して線路の下に挟む。

 
 撤収は実に簡単である。運ぶには大きめのワゴン車が必要だが、これを木製の架台にしていたらどれほど大変かと思う。つぶした段ボール箱は、取り扱いが多少手荒でも傷むことはない。
 HO以下でも応用可能なアイデアだ。現実にHO、N部会でも使っている。合板は薄い物を使う。。

 改良案はいくつかある。蓋をするとき、その蓋に耳を付けて、それを差し込むようにするのだ。そうすればテープは要らない。段ボール屋は様々な事例を知っているから、適切なアドヴァイスをくれるだろう。
 合板をやめて段ボールにする手もある。薄い皿状の段ボール箱を作る。その側面で強度が出るような設計をすればよい。うまく組み合わせて、体積を小さくする工夫もできるだろう。



  

2016年04月14日

仮設レイアウト

 先ごろ行われた所属クラブの年次総会で、O,OJの仮設レイアウトを設置した。
 足立健一氏のアイデアで、この数年はこのような架台を用意する。実に素晴らしいアイデアで、読者のみなさんにも紹介したい。 

 今までは机のあるところしか借りることができなかった。机を運び込むのは大変で、また金も掛かる。アメリカの例を見て、木製の折りたたみの足とパネルも試作したが、弱いし、作るのが面倒だ。毎回少しずつ破損するだろうから、その補修を考えると採用は難しい。面積が大きいので、少し奥の方は手が届かない。上に上半身を乗せて手を伸ばすことも多い。少なくとも50 kgが乗っても壊れないような強度が欲しい。

仮設レイアウト1 足立氏は、「考えがある。任せてくれ。」とおっしゃった。翌月、ワゴン車に段ボールの箱を満載して現れた。皆驚いたが、組み立てると非常に強度のある箱がたくさんできた。
 段ボール屋に知り合いがあったそうで、ダブル・ウォールの箱を特注した。100個強の注文で、1つ700円くらいだったそうだ。トリプル・ウォール(三層ダンボール)にするともっと丈夫で長持ちする。価格は200円くらい高くなるということだった。

仮設レイアウト2 クラブ員総出で組み立てる。簡単にテープで留めて蓋が開かないようにするだけだ。下になる方は解放で問題ない。撤収するときは剥がさない。ナイフで、テープで合わせたところを切る。テープは何回も重なるとそのうち剥がしやすくなるかもしれない。とにかくテープは仮留めであるから、深く考えることもない。

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